2話・この人がいれば、邪神討伐も楽勝だと思う
自身のいる場所が異世界ではなく、未来である可能性がある事を告げられたエータ。その事は一体何を意味するのか。
「さて、出発するッスよー!」
何度目かの野宿の朝。食事を終え、俺達は出発する。野宿の疲れから、俺はテンションが下がり気味だ。ササさんの元気さには正直助けられている。
「……そういえば、ここから一番近い所は何て言ったっけ?」
眠い目を擦りながら俺は質問する。照り付け始めた太陽の光が鬱陶しい。乾いた汗がベタベタして気持ちが悪く、風呂までとは言わないが、せめて水浴びがしたい。
「ここから一番近いのは『カートシラ』ッスね。ハーシルトの保養地と呼ばれる宿場街ッス。色んな宿や保養施設があるッスよ」
なんとタイムリーな場所であろうか。思わず俺はパァっと表情が明るくなる。面白いもので、そうなると太陽の眩しさも心地良く感じるものだ。
――保養地か、温泉とかあったら良いな。のーんびり浸かって、入浴後は冷たい牛乳かなぁ……
「カートシラに公演以外で行くのは初めてですわ。薬湯に浸かるのも良さそうですわねっ」
「保養地……何だかのんびり出来そうな所ですね。楽しみです」
浮かれるシュシュさんとメーリーさんを目にした俺の頭に、ピコーンと電球が浮かび上がる。
――これは……温泉で偶然混浴ムフフなイベントがあるに違いない!
俺は眠気も吹き飛び、気分ルンルンで歩き始めた。これほど期待させておいて、まさかそんなイベント無しって事は無いだろう。という謎の確信を得る。
「さぁ、皆! パパっと行こうぜッ! カートシラへ!」
「……何で急に元気になったんですかね?」
「シュシュ、気にしたらダメッス。男ってのはこういうモノッス」
やれやれ、といった様子のササさんを尻目に、俺の足は止まらない。健全な男子高校生が、美しい女性の裸体に興味が無いはずが無い。これほど嬉しいイベントは、ちょっと直ぐには思いつかなさそうだ。
「ふふっ。勇者様は面白いですわね、ヤエ」
「そうだな、メーリー」
面白そうについてくるメーリーさんとは対称的に、ヤエさんは真顔だ。昨日見せた柔らかい表情は微塵も感じない。昨日のヤエさんは別人だったんじゃないかと疑うくらいだ。
「予め言っておくぞ、勇者エータ」
「え?」
ヤエさんが後ろから俺の肩に手を置き、顔を近づける。な、何だこのプレッシャーは……
「覗きなどしてみろ。頭と体が泣き別れになるぞ?」
「絶対しません」
秒で答える。
――怖ぇ……マジで別人なんじゃねぇ?
三時間ほど歩いていくと、緩やかで高めな丘の頂上から、遠くに高い壁に囲まれた街が見える。ここから見る限りでは、かなり大きい街のようだ。
「おー! 皆、街が見える! なぁなぁ、あれがカートシラ?」
俺は街を指差し、まるで子どものようにササさんに尋ねる。
「そうッスよ。ん? エータ、あそこ見るッス!」
ササさんはそう言って俺が指差したところの少し下を指差した。見ると、少人数の人達が、魔物に囲まれているようだ。狼みたいな魔物と……デカい、なんだあの魔物は。一体だけ大きな魔物がいる。
――ここから見てあの大きさなら、恐らく五メートルくらいの高さはあるようだが、それよりも長さだ。七~八メートルはあるんじゃないか?
囲まれている人達は背中合わせに武器を構えているようだが、結構消耗しているようだ。ジリジリと狼達が距離を詰めている。
「あれはマズいッスね、タウロンッス」
「タウロン? そいつとガドルラスーは、どっちが強いの?」
「速さではガドルラスーの方が全然速いッスけど、タウロンは硬いッス。それに火を吐くと聞いた事があるッス。どうするッスか、エータ?」
そんな事決まっている。このままじゃどう見たって囲まれている人達は全滅する。
「よし、行くぞ皆っ! あの人達を助けるぞッ!」
「はい!」
「了解ッス!」
「分かりましたわ!」
「了解だ」
俺達が全力で丘を駆け下りていくと、こちらに気づいたのだろう、狼の群れはこちらに向かって威嚇し、集まってオオーンと鳴いた。
「範囲魔法を使うッ! ――焼き尽くすのは放たれる業火! 逃げ惑うが良い!」
走りながら、俺は呪文の詠唱をする。魔素が手に集まり、渦巻く。
動きながらの詠唱は、魔素が安定しなくて難しいのだが、ガドルラスーを想定して訓練していた俺は、いくつかの魔法は動きながらでも撃てるように練習している。
「フレイムスロワー!」
三十メートルくらいまで近づいた時、俺は右手を前にして魔法を放つ。火炎放射器の様に放たれた炎は、狼達の前に広がって奴らを怯ませる。
堪らず散開する狼達。その隙をついて俺達はそれぞれに攻撃を仕掛けた。
「上手いッス! でぇえいッ!」
ササさんの飛び蹴りで狼一匹、首が折れた。
「さすが勇者様ですわっ」
メーリーさんは細剣による刺突で狼の額に風穴を開ける。
「やぁ!」
シュシュさんの斬撃は狼の頸動脈を斬り裂き、血が勢いよく飛び散った。
「はッ!」
ヤエさんの斬撃では……え、マジ?五匹くらい同時に斬れてんだけど。
「ここは私とシュシュでやるッス! エータ達はあっちを!」
ササさんはタウロンのいる方向を指差す。見れば、男女二名ずつのパーティがタウロンに魔法攻撃を行っている。が、聞いている様子は無い。構わずに彼らを攻撃している。
しかし、タウロンて……何か樽に足が付いてるみたいで変な形だな。樽の先っぽに顔があるみたいだし。
「分かったッ! ここは任せたッ!」
――お、何か今のちょっと格好良いな。
そう思いながら俺達は駆け出す。間に合うか!?
「撃ち貫け! 貫き燃えよ!」
俺は再び、走りながら詠唱する。貫通力のあるこの魔法なら……いけるか!?
「ヒートレイ!」
人差し指を目標に向け、親指を立てる。銃のマネをする時のアレ。ピシュン!という音と共に、人差し指の先から光線が放たれる。イメージはビームライ〇ルだ。
光線はタウロンの横腹に当たった。が、貫通しないどころか、気にしている様子すらない。尻もちを付いた女性を前足を上げて踏みつぶそうとしている。
「ちッ! 思ったより硬いッ!」
ダメだ、タウロンまでは間に合うが、攻撃を止められる気がしない。尻もちを付いた女性は手にした小ぶりの斧を構えたまま、ぎゅっと目を瞑って悲鳴をあげた。
「うわぁぁぁっ!」
「――私に任せろ。メーリーは彼らを」
そう言ってヤエさんは俺の横を走り抜ける。剣を横に構え、凄い速さだ。
「天流乱星――」
一気にタウロンの横腹に辿り着き、かなり低く沈んだと思うと……
「星ッ! 崩しッ!」
斬り上げた。いや、斬り飛んだと言った方が良い、斬り上つつ剣の背を左腕で押し上げている。魔力、なのだろうか、剣の刀身から薄赤いオーラのようなモノが揺らめいている。
ボォォウウ……!
タウロンは低く鳴く。腹に響く声が印象的だった。ヤエさんは天に向かって斬り抜けると、空中でくるりと前回転する。
「堅牢断破――」
そのまま剣を思いきり振り被り……
「星ッ! 砕きッ!」
斬り上げた軌道と同じ軌道で、タウロンを斬る。着地と同時に剣は、タウロンの腹下の地面をも穿ち、大きな窪みを作った。
ボォオ……ゥゥ……
樽型の魔物は小さく鳴くと、横腹から綺麗に前と後ろに別れて地に伏せる。遅れて切り口から大量の血が勢いよく飛び出し、文字通り血の雨となった。
「ふん、こんなモノか」
ヤエさんはタウロンを背に、剣を一度素早く振り、鞘に納める。降り注ぐ血の雨をものともしない。その姿はまるで漫画のワンシーンの様だった。
「すげー……」
俺は思わず開いた口が塞がらなかった。ハッキリ分かる自分との強さの違いに、素直に関心するしかない。
――ヤエさん、こんなに強いのか。俺の貫通力の高い魔法でも何とも無かった相手が、真っ二つになるなんて、どんな切れ味だよ。
「おーい――ってうわ! 何スかこれ!」
ササさんとシュシュさんが追い付いてくる。一面の血の海に、シュシュさんは声にならず、両手で口元を覆っている。
「あ、あぁ、そっちは終わったの?」
「お、終わったッス。バウアウ達は散り散りに逃げて行ったッス」
ふぅ、終わったようだ。オイシイとこはヤエさんに持って行かれた気がするけど、そんな事は気にしない。
「凄いですねヤエさん。これは剣技ってヤツですか?」
この世界に来て、魔法というモノは見てきたが、剣技のような技は見た事が無かった。気とかそういうモノの達人っぽいもんな、ヤエさんて。
「いや、これは魔法と同じ原理だ」
「え?」
「ちゃんと魔素を集めて詠唱している。君のオリジナル魔法と同じ、私のオリジナル魔法だよ」
「へぇ~……」
そうなのか。魔法って考えようによっては本当に何でもありなんだな。自分の発想力では、精々ゲームとかに出て来るような魔法しか思いつかないから、目から鱗が落ちたような気分になった。
「た、助かりました!」
そうこうしていると、俺達の方へ男女のパーティがメーリーさんに支えられながらやってくる。先頭で来た青髪の男性がリーダーか。見たところ、兵士という感じではないな、全員の装備に統一性は無い。
「無事で良かったです。ここではまた襲われるとも分かりません。とにかく、街の中に入りましょう」
俺達は自己紹介もそこそこに、とりあえずカートシラに入る事にしたのだった。
「改めてお礼を言わせてください。本当に助かりました」
「わぁっ! 本物の勇者様なんだぁ! 凄いのね! 凄いのねっ!」
「……エータさん、犯罪はダメですよ?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」八章3話――
「嫉妬も嬉しい年頃です」
「ふっ。モテる男はツラいせ」
「言ってろッス」




