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1話・重大な事って、意外とあっさり出て来たリする

森林国を出発したエータ達一行。野営の中、エータにとって重大な情報がヤエから語られる。

 ハーシルトの国境を越えて最初の夜、俺達は野宿だった。魔物を警戒したり休憩を挟んだりすると、思ったよりも進めないものだ。

 この場所は開けた草原で、見渡せば所々に小さな森が見える。まぁ、ウルバリアスの巨木を見た後では何と言うか……物足りない大きさの木が可愛くさえ感じたが、魔物が潜んでいる可能性も考えれば気軽には近寄れない。

 そして、ウルバリアスを離れて地味に驚いたのが、この世界には馬がいない事だ。従って馬車というモノが無い。移動手段は専ら徒歩で、荷運びでは牛を使うらしい。


「食事の準備が出来ましたよ~」


 テントを張るチームと食事を作るチームに分かれて作業をしていると、食事チームのシュシュさんが食事の完成を告げる。相変わらず歌声のように心地良い声で、俺は思わずニヤケそうになる。


「はーいっ! 今行きまーす!」


 テントチームは俺とヤエさん、メーリーさん。メーリーさんは食事チーム希望だったが、ヤエさんが必死に止めた結果、テントチームになった。理由は聞かないでおいたが……まぁ、きっとお約束通り(・・・・・)なのだろう。


「いっただっきまーす!」


 ウルバリアスから持って来ている材料を使った、シュシュさん特製の煮込みスープとパネ(パン)を前に、俺がいつものように挨拶をすると、メーリーさんがクスクスと笑う。


「ふふっ。ヤエ、勇者様に貴女の国の挨拶を教えましたの?」


 ヤエさんの国?


「いや……」


 ヤエさんは目を閉じて小さく言った。


「勇者エータ。食後に少し、話がある」


 意を決したように重みのある声。元々ヤエさんはそうだが、いつもにも増して真剣さがある。それを受けて、俺は生唾を飲み込んだ。今まで聞くに聞けなかった(・・・・・・・・・)事を、聞く決意を固めたのだ。

 

「は、はい。分かり、ました」


 緊張と不安からか、折角の食事はまるで、砂を噛んでいるかのように味も食感も分からなかった。





「――メーリーさんは?」


 食後、俺とヤエさんは皆のいるテントから少し離れた場所に二人でいた。小高い丘の上で見晴らしが良い。今夜は月も星も綺麗に出ている。俺達は二つ並んだ丁度良い大きさの岩に腰掛ける。


「一緒に行くとゴネたが、置いてきた。それより、本題に入りたい」


 先ほどよりは落ち着いてはいるが、焦っているように急かすヤエさん。まぁ、俺も同じだ。前置きはいらない。


※↓ここから日本語で話している。

「勇者エータ。お前は、日本人なのか?」


 日本語だ。この世界に来てから初めて聞いた。そして、ヤエさんがこの質問をしてくるという事は……


「はい。冴島瑛太、です。ヤエさんもその、日本人ですよね?」


 同じく日本語で返す。俺の回答に彼女は納得というか、やはりな、という顔をする。


「……」


「あ、あのー」


「あぁ、すまない。そうだ、私も日本人だ。天崎八重。ふふっ。久しぶりに苗字を先に言った気がするよ」


 少し緩んだ口元に、俺は妙に安心した気持ちになった。やはり、ヤエさんも日本人だったのか。薄々、そうではないかなと思ってはいたが、まさか異世界で同郷の人に会えると、本気で思っていなかった。

 いや、無意識のうちに違うと思い込みたかったのかもしれない。それくらい、俺には元の世界に対する嫌悪感はあったんだと思う。


「今まで何度か遠回りに反応を伺っていたんだが、反応がイマイチだったからな、違うかもと思い始めていたんだが……」


 思い返してみると、思い当たる節はありまくる。というか、反応を確かめていたのか。

 俺は気付いていない事もあっただろうし、タイミング悪く他者に遮られる事もあっただろうから、ヤエさん的にも煮え切らない感じだったのかも。


「俺も、ヤエさんは日本人じゃないかって疑ってはいました。剣道着に刀なんて、どう考えても世界感が違い過ぎますよ」


 俺が小さく笑うと、ヤエさんは少し照れたように、口元に手をやり目を伏せた。


「ヤエさんはいつ此方(こちら)に?」


「十六の頃だ。もう八年前になる。当時の私は、剣道で全国大会優勝とかで結構紙面にも乗ったんだが――まぁ知るはずも無いと思う」


 ふふっ。と小さくヤエさんは笑った。その自虐的な顔で何となく悟る。きっと向こうでの人生は、順風満帆に進んでいたのだろう。俺とは真逆だな。


「すみません」


 俺は知らない事を謝る。


「何を謝る? しかし、八年か……私が此方に来たのは2004年だから、2012年か、ははっ、想像も出来ないな」


 様子を伺うように俺を横目で見ながら、ヤエさんは言う。

 ――ん?


「あれ? 俺は2016年から来たんです。少し計算が変になりますね?」


「ふむ。タイムスリップ(・・・・・・・)の影響じゃないか? 時間を越える時に多少のズレが生じたんだろう」


 え?また聞き捨てならない単語が聞こえた気がするが?


「タイムスリップ?」


 俺の怪訝な顔を見て、ヤエさんは顎に手を当てる。


「……ふむ。君が過去から来た人間だという事は分かった。私と同じ時間列から来ているのかを知る術は、私には無いが――」


 何が何だか、さっぱりだ。頭の上には、ハテナマークが浮かんでいる事だろう、


「君はここを何処だと思っている?」


 ヤエさんのその言葉を聞いて、俺は変な汗をかいた。今までの言葉が意味する事は、ただ一つしか俺には思い浮かばない。


「え、と……異世界、では?」


 思い浮かんだのとは違う事を、あえて口にする。ヤエさんは小さく息を吐き、正面に広がる闇を見据えた。


「そう思っているか。これは私の推測に過ぎないのだが。勇者――いや、瑛太君。ここは何千年も未来の、地球だ」


 ナンゼンネンモ ミライノ チキュウダ。

 俺の頭にヤエさんの言葉が何度も響く。全身の毛穴が開いたかのように汗が噴き出る。喉が急激に乾き、心臓の鼓動が煩いくらいにハッキリ分かる。


「そ、そんな……ここが、地球? 異世界じゃ、ない、のか?」


 信じられない。でも、確かに、言われてみれば、いくつか思い当たる点はある。似た単語、似たような食べ物……


「この大陸の形を見た事があるか? 大陸の変動は多少あるが、アフリカ大陸と酷似しているぞ。大結界の先は地図には無いから分からないがな」


 ――アフリカ!?何故、そんなところに?せめて日本だろ、そこは。

 つまり、ここは未来の世界で、日本から遠く離れたアフリカ大陸。ヤエさんは俺を日本人だと思ってはいたが、いつの時代の人間かは分からなかった、て事か?


「まぁ、あくまでも仮説ではあるがな。しかし、異世界であっても未来であっても、この状況は変わらないさ。元の居場所に帰る術は無い。まぁ、今更帰るつもりは無いが……」


 そう言って、ヤエさんは夜空を仰ぎ見る。


「君はどうなんだ? 瑛太君。帰りたいと思うかい?」


 ヤエさんの質問に少し胸が痛くなる。思い出されるのは、辛い学生生活……


「帰りたく……ないです」


 俺の悲痛そうな表情を見て、悟ってくれたのだろう。


「……そうか」


 それだけの反応だった。それから、二人で夜空を見上げる。この星々は、全てを知っているのだろうか。この地球がどんな歴史を刻んで来たのか、全てを見ていたのだろうか。

 もし出来るのなら、この世界が俺の居た世界の未来なのか、全く関係の無い異世界なのか。この星が教えてくれたら、どんなに良い事か。


「そう言えば、どうして俺が過去の人間? って言ったら良いのかな? それだと思ったんですか? きっかけは?」


 並んで夜空を見上げながら、俺は言った。俺だってヤエさんが日本人なんじゃないかって思う事はあったけど……


「え? えっと、あぁ。瑛太君、シュシュに大陸外の話をしていただろう?」


 俺の方を向き、ヤエさんは少し笑いながら言った。その笑いが、何かを誤魔化しているように感じるのは、(うたぐ)り過ぎであろうか。

 ――なんだ?少し変だな。今考えたみたいだ。


「え? 何の事です?」


「ほら、初めて会った時だ。シュシュが少し壊れかけてただろ?」


 首都でメーリーさんの演劇を見た夜か。あれはどういう事なんだろうか?そう言えば、以前同じようにカルロも変になっていたような気がする。


「あー、そう言えばそうですね。それで分かるんですか?」


「いや、あくまで可能性がある、という程度のモノだがね。私も全てを理解している訳ではない。仮説ばかりで、実証は出来ていない事がほとんどだ」


 こんな現象、実証出来るはずも無いと思う。


「あれは、一体どういう事なんですか?」


「私も詳しくは分からない。とにかく、この大陸の人に大陸外に関する質問はダメだ。直接で無いにしても、間接的に関わる物事でも酷い時はあのような事になる。」


 どういう事なんだ?さっぱり分からない。


「はぁ。あの状態が続くとどうなるんです?」


「最悪、精神が崩壊して廃人になる。どういう原理かは分からないが、偶然的に考えた時は少し記憶を失うくらいで済むようだが。君が(かたわ)らで言い続けたら間違いなく壊れるだろうな」


 その言葉に背筋が寒くなる。あの時、ヤエさんが止めてくれなかったら、シュシュさんは廃人になっていたのかもしれない。という事になる。


「まぁ、何にしても気を付ける事だね」


 優しい調子でそう言うヤエさん。一本に纏めた綺麗な黒髪が夜風で揺れている。


「き、気を付けます」


 何だろうか、少し話しただけだが、ヤエさんのイメージが変わったな。取っ付きにくい大人って感じだったのが、今では良い先輩みたいな感じに思える。心なしか、ヤエさんの表情も柔らかい。


「あれを見て、大陸の人ではないのかもしれない、と思ったんだ。それが始まり。まぁ――」


 続けて何かを言い掛けたようだが、ヤエさんはそこで首を横に振った。まだ色々と隠している事があるようにも思えるが……


「後は君の行動が、何と言うか……日本の男子高校生っぽく見えた、とでも言おうか。そうして観察を続けていたところ、ダメ押しに先ほどの『いただきます』かな」


 なるほど……確かに、俺もヤエさんが日本人だという決定的な証拠は見付けられていなかった。

 名前、恰好共に偶然という線もあったし、いずれ聞こうにしてもウルバリアスでの勝負に負けている手前、『詮索しないで欲しい』という約束を破ったと捉えられかねないから、タイミングが分からなくなっていた。


「……」


「……」


「――君は、シュシュの事が好きなのだろう?」


 少しの間を置いて、唐突にヤエさんが口を開く。突然の話題の転換に、思考が一瞬止まった。

 ――何だ何だ?まさかヤエさん、俺を狙っているのか?『瑛太君に好きな人がいなかったら、私が立候補しちゃうゾ☆』みたいな?モテる男はツラいな。


「えと、その、はい。でも、好きっていうか、もう将来を約束した仲ですよ。だから相思相愛です」


 ごめんなさいヤエさん、俺は貴女の思いには応えられません。


「そうか、頑張ると良い。この先、辛い事が多く待ち受けていると思うが……乗り越えられると良いな」


 どこか悲しそうな表情。まさか本当に俺の事を?いや、まさかな。


「はいッ! ありがとうございますっ!」


 緊張して何故か敬礼して答えた。


「ふふっ……」


「あはは……」


 恥ずかしの混じる心地良い沈黙。何処からか虫の鳴き声がする。鈴虫みたいだけど、俺の記憶の中の鈴虫よりも少し高い声だ。


「――私はな、メーリーが好きだ」


 虫の声を聞いていると、ヤエさんが空を見つめてそう言った。


「え? それって……」


「ふふ。そういう事だ、瑛太君」


 まじかよ。リアル百合なんて初めてみるぜ。


「い、色々な愛のカタチがあって、俺は良いと思います。でも、何で急に?」


「さぁ、ね。気まぐれかな」


 そう言って笑ったヤエさんの横顔は、星明りに照らされてとても綺麗だった。


「……」


「……」


 再び少し間を置いた後、ヤエさんは俺の方を向く。真剣な表情だ。


「君はこの先、どんな事があっても彼女を守ると、ここで誓えるか?」


 もちろん。と即答できないのが悔やまれる。


「え、と?」


「もう一度言う。君はこの先、どんな事があっても彼女を守ると、誓えるか?」


 冗談や嘘で誤魔化す場面では無いな。意図は全く分からないけど。


「はい。誓います。俺はどんな事があっても、シュシュさんを守ります。そして、彼女がいるこの大陸を守る為、邪神を倒します。必ず!」


 俺の本心からの言葉に、ヤエさんは満足したのか、優しく微笑んで立ち上がる。俺も釣られて立ち上がった。


「そうか、その言葉を忘れないようにな」


 そう言うとヤエさんはテントの方に歩き始める。


「あ、一つだけ良いか?」


 ヤエさんは足を止めて振り返る。


「ん? 何ですか?」


「ここでの話、メーリーには話さないでくれ。私と君は『同じ国の出身だった。』という話をしただけ。異世界出身という事でな」


「はぁ。分かりました。理由は……聞かないでおきます。」


 あまり聞いてほしくないのだろうな。ワザワザこんな言い方をするくらいだし。


「すまない。恩に着る」


 ヤエさんは小さく頭を下げた。


※↓ここから大陸言語。

「そろそろ休もう。明日に差し障るといけない」


 言葉が大陸の言葉になっている。この話題は終わり、という事なのだろう。


「はい、俺はすぐ見張り交代なので、もう少し風に当たってから行きます」


 野宿の時は交代で番をする事にしている。今はメーリーさんが番をしているはずだ。


「そうか、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」


 ――何だか新鮮に思えるな。シュシュさんは覚えたみたいで最近では向こうから言ってくれるけど、文化として根付いた人から言われると何かこう、感慨深いモノがあるなぁ。

 そんな事を俺は、軽く手を振りながら考えていた。ヤエさんを見送った後、俺は再び岩に腰掛ける。ここが未来だとしても、異世界だとしても、どっちでも良いか。俺をイジメていた奴はここにはいないし、何より仲間がいる。俺にはその事実だけで十分。

 しかし、謎はやはり多い。この前ウルバリアスの聖樹内部で見たあの人、サクラコさん、だったかな。彼女の言った言葉が気になってしょうがない。


 『君はヒトじゃない。私達と同じ、人間だ』


 異世界なのだったら、まぁ、異種族というのもギリギリ納得が出来なくもない。

 しかし、ここが未来だったら?ササさんのような獣人は?ヒトと人間って違うのか?

  

「――考えても、分かる訳……無いよな」


 さっき考えた通り、シュシュさん達は皆仲間だ。それだけで良い。他に何だというのだ。俺は立ち上がり、テントの方へ向かって歩き出した。


「さぁ、皆! パパっと行こうぜ! カートシラへ!」

「覗きなどしてみろ。頭と体が泣き別れになるぞ?」

「天流乱星――」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」八章2話――

「この人がいれば、邪神討伐も楽勝だと思う」


「いやいや、ナニコレ?」

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