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8話・富裕層と貧民層

自分の昔を知る人物と出会い、またも彼女は頭を悩ませる。張った意地は後になって考えれば笑い種にもなろうが、今のピピアノには、とても消化出来る問題では無かった。

 ――何なのよ。何なのよ、何なのよ!

 私は苛立ちを隠せないまま、街の中を彷徨(さまよ)っていた。行き先は決まっていないのだが、市場を過ぎて閑静(かんせい)な一般住宅地に紛れ込んだ私は、路地裏に向かって歩を進めている。

 昼下がりの暖かい陽気は、今の私の心境を照らすには少々残酷過ぎる。陽の光から逃れるように、私は路地裏のジメジメした袋小路に吸い込まれていった。


「……はぁ」


 長く薄暗い路地裏の先はゴミ置き場になっているのか、木材やら何やら、様々な物が乱雑に転がっている。生ゴミは無いようなので、幸い臭いはそこまで気にならない。むしろ孤児院にいた頃のゴチャゴチャとした敷地内を思い出し、居心地が良いくらいだ。

 ――ピピアノで居ようと決めた矢先に、まさかこんな事があるなんてね。

 そう思いながら横たわった木材に腰掛ける。ギシリと軋む音が陽の光を遮る建物に響く。


 ――私がピピアノであろうと、クロエリスであろうと、フィズ達には何にも関係は無いのよね。クロエリスだと認めてあのお婆さんに名乗り出ても別に害がある訳じゃなさそう……

 そうは思う。そうは思うのだが、これは私の中でのケジメだ。ここで私がクロエリスだと認めてしまえば、もうピピアノには戻れない気がして……そうなればアーディとの繋がりが酷く薄くなってしまう気がする。


「はぁ」


 溜め息を吐いて路地裏の奥を眺めると、何やら()がある。薄暗さに目が慣れると、奥の壁が壁ではなく、石を積み上げて作られた門のような物だと分かる。

 ――あぁ。きっとこの先が『掃き溜め』ね。

 そう理解した。『掃き溜め』とは獣人国の貧民街の蔑称べっしょうだ。中央国にも似たような場所があるが、中央国はそう言った場所を無くす為に慈善事業を行っている貴族が多い。それのお陰で私は孤児院に入れたのだ。


 だからと言って私自身、個人的にこういう場所に住むヒト達を支援するつもりは無い。一人支援すれば「自分も自分も」とキリが無いからだ。

 しかしこの時の私は何故だろうか、気まぐれを起こしてしまったのだ。食料品店に行って食料を買い込むと、崩れそうな石の門を抜け、『掃き溜め』の中に入って行ったのだった。


※※※※※※※※※


 ピピアノを探して走り回った私は、住宅地の方へやって来ていた。高級そうな大きなお屋敷がドンドンっと立ち並び、小さな私はますます小さくなってしまいそうだった。

 道の舗装も先ほどまでいた区画とは違い、滑らかで歩きやすい。この隣にある一般住宅地を通って来たけど、ここまで差があるのかと思うほどに違いがある。


「ピピアノ~? 出て来てよ~。いないの~?」


 高級な住宅地に入ると、私は自然と声が小さくなっていた。先ほどまでは「ピピアノー!」と大きな声で叫んでいたのに、何だかここでは静かにしなければいけない雰囲気だった。完全に私の気のせいだと思うけれども。

 ――いけないいけない。ここでピピアノをしっかり探さないと、レマさんが可哀そうだよ。よーし……


「ピピアノ―! 出て来なさーい!」


 叫ぶ声が響き、屋敷の木などに留まっていた鳥が飛び立つ。その後には沈黙が訪れた。

 ――こうなったら見つかるまで叫んでやる!

 

「……もし、そこのお嬢さん」


 大きな声を出しながらウロウロと探し回っていると、不意に背後から声を掛けられる。うるさいから注意されるのかと思って振り向くと、そこには白猫の獣人の姿が。胸には爪と牙をあしらった紋章が光っており、柔和そうに微笑みを浮かべている。声の感じからしてオジサンだろう。

 オジサンの背後には屈強そうな牛の獣人が二人立っており、大きな鼻から荒い鼻息がフンフンと威嚇するように聞こえてくる。

 

「わ、私ですか? すみません、うるさくしてしまって……」


 ――あちゃあ。この高級そうな恰好、絶対貴族だよ。怒らせると面倒かも……ここは大人しくしておいた方が良いよね。

 そんな心配とは裏腹に、白猫のオジサンは優しく微笑んで口を開いた。


「はは。元気があって大変宜しいですよ。それにしても、ニアイとは珍しい。観光ですかな?」


「あ、私、信じてもらえないかもしれませんが、勇者なんです。中央国の」


 あはは、と笑いながら私が言うと、一瞬目付きが鋭くなるオジサン。直ぐに元通りの柔和な面持ちになるが、私は若干警戒する事にした。


「勇者様ですか? これは失礼致しました」


「あはは。いえ、えと、信じてくださるんですか?」


 子どもの嘘に乗るように驚くオジサン。私は心配そうな表情でオジサンの顔を覗き込む。もちろん演技だ。


「少々お待ちを……」


 そう言って手持ちの鞄から一枚の紙を取り出し、何やら私と見比べている。


「おぉ……これは……間違いなく勇者様ですね。ささっ、こちらへ! お茶の一杯でも是非!」


 本当に驚いたようで、オジサンは嬉しそうに私を案内しようとする。屈強そうな牛の獣人達は私の背後へ回り、押すような形で強引に連れて行こうとする。オジサンは先頭を鼻歌混じりで歩いて上機嫌なようだ。


「ちょ、ちょっと! 私はヒトを探しているんです!」


 そう叫ぶとオジサンが振り返る。するとお付きの二人もピタリと止まった。


「ヒト探し、ですか。では、特徴を教えて頂けますか? マイルクルオールの総力を挙げて探してご覧にいれましょう」


 ――ん?マイルクルオールってどこかで……


「そ、それは助かりますけど、見知らぬ方に助けてもらうのも……」


「あぁ! これは大変失礼を! 興奮のあまり名乗る事を忘れておりました!」


 そう言うとオッホンと大きく咳をする。


「私はマーセル・マイルクルオールと申します。獣人国の貴族に名を連ねております。無礼をお許しください、勇者様」


 片膝を着き、丁寧に挨拶するオジサンは、私の予想通り貴族だった。

 ――思い出した。マイルクルオールってレマさんの話に出て来た、ピピアノのお父さん達の土地や財産を奪っ……買ったヒトだよね。

 そう思うと、このヒトの私に対する一連の対応が酷く腹立たしく思えた。きっと勇者と仲良くして何か利益を得ようって魂胆だと思ったのだ。どうやって利益を得るかは分からないけど。


「いえいえ、無礼だなんて……私は神託を受けて勇者として旅をしていますけど、元はただの見習い兵士なんです。だから丁寧に対応される方が苦手で……」


 この流れで断ろうと思った。確かに貴族のヒトの総力を挙げて探してもらえれば、きっと直ぐに見つかるだろう。しかし、既に私の中でこのヒトは悪いヒトなのだ。いや、悪いまではいかずとも、頼ってはいけない部類のヒトであると思ってしまっている。


「はっはっは。そういう事ですか。では年相応の接し方をさせて頂きます。コホン。なに、私にも勇者様と共に旅をしている息子が居てね、直接私は何も出来ないが、こうして少しでも勇者様方の手伝いをしたいと思っているんだよ」


「はぁ……」


「中央国の勇者様……こう呼ぶのは丁寧な対応になってしまうかな?」


 貴族のオジサン……マーセルさんは首を傾げて私の反応を待っているようだ。


「あ、えっと、フィズ・アウレグレンスって言います」


「フィズさん、ヒト探しを是非手伝わせてくれないかな? 目立ちたくないと言うのなら、もちろん配慮するよ」


 不思議な事に、マーセルさんの柔らかい笑顔を見て、私は先ほどまで感じていた嫌悪感のような感覚が薄れていた。

 自分でも単純な奴だとは思う。騙されやすいとピピアノに怒られてしまいそうだ。

 ――ピピアノの奴、私には怒るくせに、私が怒っても少しも聞いてもくれない。

 そうだ。今は取り合えず彼女を見つけたい。レマさんに一言謝らせないと私の気が済まないのだ。その為の手段は選んでいられない。


「じゃあ……目立たないように、お願いしますね?」


「おぉ! もちろんだとも、特徴を教えてもらえるかな?」


 と聞かれたところで、私はハッとした。もしこのヒトが本当にピピアノのお父さん達の土地や財産を奪ったっていうのなら、当然ピピアノのお母さんの顔を知っているだろう。

 レマさんの話からしても、ピピアノとお母さんは相当似ているようだから、先に見付けられたらマズいんじゃ……


「あ、えと……」


「ん? どうしたのかな?」


 ――もう十年以上も昔の話だし、財産も何も持っていないピピアノをどうこうする意味は無い……よね?

 不思議そうな顔をするマーセルさんに愛想笑いをしながら、私はまた迷ってしまう。でも、迷っていても仕方がない。私達は明日、ここを立つ予定なのだ。


「……げっ歯類の獣人です。丸い耳。鼠とはちょっと違うみたいですけど、鼠の獣人とよく似ています。体毛が白くてとても綺麗なんです」


 ピピアノの特徴を伝えると、一瞬先ほどのように鋭い目つきになるマーセルさん。

 ――しまった。何だかマズい予感がする。

 私はそう思いながら、気が付いたら腰に差した剣を軽く握っていた。


(面白い事になってるねェ。全部聞いていたよォ)


 ――グラキアイル!聞いてたの……?ねぇ、どう思う?


(そうだねェ。ピピアノの親の財産を奪っていてェ、その子供が生きているって知ったらァ……ボクだったら消したいねェ)


 ――だよね。私がどうかしていたかも。


「あ、ごめんなさいマーセルさん! 今のは嘘! ちょっと怖いオジサン達に連れて行かれるかもとか思っちゃって、咄嗟に嘘ついちゃった!」


「はぁ……? 嘘、ですか?」


 分かり易いくらいにピリっとした空気を出すマーセルさんに、お付きの二人。

 ――苦しい言い訳だよね……仕方ない。


「そっ。探しているヒトがいるなんて嘘ですっ。あはは。でも私の思い違いだったね、全然怖いオジサンじゃなかったみたい……あ! 息子さんのお話聞かせてもらっても良いですか? 勇者と一緒に邪神討伐に行くなんて、強いんですね!」


「……お、おぉ! 我が愚息の話で宜しければ、いくらでも。ささ、お茶でも飲みながらゆっくりと……」


 ――流れ的にここは断れないなぁ。どうしようか。


(ここは割り切るしかないねェ。ピピアノを探すのは後にしようよォ。それにィ、彼女にだって思う事はあるだろうからねェ)


 ――うん。そうだね。


「喉も乾いちゃったし、お邪魔しちゃいまーす」


「では、特産のウォルドブを使ったお茶は如何かな? 私の私設農園で作られた物は評判が良くてね。フィズさんにもきっと気に入ってもらえると思うよ」


「わー! 楽しみだなぁ!」


 私は努めて明るく振舞った。両手を上げて嬉しさを表現してみる。


(……まァ、ボクだったらこの段階で捜索を決めちゃうけどねェ。くっくっく)


 グラキアイルの言葉は、剣から手を離している私には聞こえなかった。そして私はマーセルさん達に連れられ、物凄く広くて大きなお屋敷へと招かれていくのであった。


※※※※※※※※


「我ながら甘い考えだったわ」


 私は貧民街の中央で、自身の手持ち金の半分を費やして買った食料品を配った。質より量だと思い、安い食料を大量に購入。ま、この御時世だから、結構値が張ったけど。

 集まったヒト達に配り終え、食料品も底をついた。そして今、私は痩せ細った獣人の男達に囲まれている。


「へへっ。こんな綺麗なネェちゃんが慈善で食料を配りに来てくれるたぁ、感激の極みだぜぇ。でもなぁ、ここは『掃き溜め』だ。掃いて捨てるようなクズ野郎どもの集まりなのさ」


 そう一人の男が口走ると、他の男どももニヤケながら頷いている。


「神様に感謝するぜぇ。食料だけじゃなく、綺麗なネェちゃんまで俺達にくれるってんだからなぁ」


「……ちっ。下衆な奴ら」


 心底虫唾が走る。ホント、さっきまでの気まぐれの私を殴ってやりたい。


「下衆だとよぉ! そんなん知ってるよなぁ! ひっひっひっひ!」


 ゲラゲラと笑う男達の声が酷く不快に思える。短剣に手を伸ばし、頭の中でどの順番で殺すかを一瞬で予行練習する。そして今から降り注ぐであろう血の雨を想定し、布を一枚取り出して顔に巻き付けた。


「よーし、捕まえろぉ! 殺すんじゃねぇぞぉ!」


「「おおー!」」


 下衆達が一斉に私に向かって手を伸ばして集まってくる。


「……馬鹿な奴らね」


 私は軽く息を吐くと、全身の力を抜いて行動に移る。短剣を抜くと同時に一番近くにいる男の首に手を伸ばし、引き抜く。赤い飛沫が舞うと同時に後ろへ飛び退き、地面を蹴って宙を舞った。


「……」


 懐に手を伸ばし、男たちの頭上から取り出した薬品をばら撒く。


「ふふっ。安心して、極めて弱い薬よ。ただ少し、平衡感覚がオカしくなるだけ」


「ぐえッ! このッ……あふぇ――?」


「は、早いッ!? あがっ……」


 薬品が掛かって混乱する男達数人の頸動脈を掻き斬る。赤い飛沫が舞う中、薬品の掛からなかった男達は恐怖で顔を歪め、叫んだ。


「ひ、ひぃぃいい! お、お前は一体何なんだっ!?」


「私? そうね、殺し屋ってヤツかしらね。休業中だけど」


「ひぃぃいいいッ! 助けてくれぇ!」

 

 叫びながら逃げる者がほとんど。薬品を浴びた者は何度も転びながら逃げ惑う。腰を抜かしてその場に座り込む者も見受けられる。追い掛けるのも面倒だと想い、私は短剣をしまい掛ける。すると――


「ヒャハッ。随分と強いお嬢さんだ。それに、何と美しい。これは高く売れそうだなぁ」


 その声の主はいつの間にか私の後方に立っていた。


「ッ!?」


 咄嗟に声と反対方向へ飛び退く。血だまりの中へ着地し、ズシャりと赤い液体が飛び散った。くたびれて垂れ下がる二つの耳、元は白いと思われる灰色の体毛。私を見つめる目は、真っ赤に燃えている。よくよく見れば、耳は向かって右側の方が半分ほど無くなっている。


「……ウサギの獣人とは珍しいわね」


「だろぉ? しかし、巻き布のせいでよく見えねぇが、綺麗な毛並みじゃねぇか……ヒヒッ。とっとと捕まえて売り飛ばすに限るなぁ」


 そう言って腰に差した剣をスラりと抜き、構える。只者ではない。そう容易に思わせるほどに隙の無い構えに、私は短剣を握り直す。


「……」


「……」


 吹き抜ける風が頬を撫でる。表立っては出て来ないが、ガタガタと鳴く家屋の中からは視線を感じる。恐らくは住人達が見ているのだろう。そして私達は、しばらくの沈黙の後、どちらともなく地を蹴りぶつかり合っていくのだった。 


「クロエリス、落ち着きなさい。中央国に着く前に怪我でもしたら大変よ」

「はっはっは。クロエリスは好奇心が旺盛だなぁ」

「ここは? アンタは……」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」七章9話――

「遠い記憶と、届かない手」


「私はピピアノ? クロエリス? どっちなの?」

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