表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/119

6話・波心

王様の口から出た家名は、ピピアノの家系のものであった。家名を捨て、育ての親の死を探る為に勇者の一行として旅をする彼女は、この国で何かが変わるのだろうか。

 城を出た後、城下街までの通りでフィズは心配そうな目で私を見ている。謁見中とはまるで反対。私がこの子を見守るつもりだったのに。色々と事情を知っているジフは(とぼ)けた顔で知らないフリを決め込んでいる。正直その方がありがたい。


「ねぇ、ピピアノ」


 しばらく誰もが口を閉ざす中、無言に耐えかねたフィズが私に名を呼んだ。雲一つ無い晴天とは真逆の曇った私の心に、幼さの残る声が辛く感じる。


「……何よ?」


 私は努めて無表情で返事をする。感情の込め方が分からない。それもこれも、王様が最後にあんな事を言うからだ。

 ――私は、私はまた迷うというの?


「ピシェルマロッテって言ったかな? もしかしてだけどピピアノの――」


「関係無いわ」


 最後まで聞かずにそれだけ言う。立ち止まってジッと瞳を見つめ合うと、フィズはやがて仕方なさそうに、寂しそうな顔で言った。


「……分かった。ピピアノがそう言うなら、私はもう何も聞かないよ」


「そう、ありがと」


 何に感謝したのか。そんな事を言ったら自分で認めているようなものだ。何かしら関係があるって。私達は無言のまま、それぞれに喧騒の街へと溶けていったのだった。


※※※※※※※※※


 よく晴れた昼下がり、私とウードは大衆的なお店でお茶を飲んでいる。私は特に買い物も無かったので、壁外に魔物でも倒しに行こうかと思ってたんだけど、ウードに引き留められて街を見て回っていた。


「――あの~、フィズさん? 聞いてますか?」


 向かい合って座る、苦笑いのウード。周囲は獣人で賑わい、獣人ではない私達は若干浮いているものの、特段気にはしなかった。ウードは若干ソワソワしているけど。


「んー? 何だっけー?」


 ピピアノの態度がどうしても気になり、どうも話に身が入らない。こんな調子じゃ魔物退治も危ないね。ウードが引き留めてくれて良かったよ。


「しっかりしてくださいよ……次の目的地の話です」


「あー。確か第二王子は鉱山国経由で大結界に向かったんだよね?」


 王様と世間話した時に得た情報だ。理由は武器の調達、だったはず。


「そうです。俺達はどうします?」


「そうだねぇ。第二王子達みたく武器の調達するって言ったとしても、私達には特に当てがある訳じゃ無いんだし、クノスティアで揃えられる物で良いよね? 鉱山国に行かないでこのまま大結界目指そうよ」


 頬杖をついてお茶を一飲み。甘苦い風味が口に広がって鼻を抜ける。割と好きな味だ。


「まぁ、そうですね……てフィズさん、もう少しやる気出しましょうよ。ピピアノさんの事が気になるのは俺も一緒ですけど、本人がああ言う以上、俺達からは何も聞けませんよ」


「そうだよねぇ。そうなんだよねぇ……そうなんだけど、なーんか、悔しいような寂しいような」


 そう、何かズルい気がしたのだ。考えてみれば、ピピアノは私達に自身の事を殆ど話していない。孤児だとは聞いたけど、それだけだ。何故あんなにも機敏に動けるのか……何も知らない。

 ――何も聞かないと言った手前、私からは聞けないしなぁ……


「あの、もし……中央国の勇者様でしょうか?」


 モヤモヤしていると、心配そうな表情をした年老いた犬の獣人の女性が私達に話し掛けてくる。茶色と白が所々で別れており、お茶に牛乳を注いで混ざり合う前のような色合いに思えた。


「はい? そうですけど、何でしょうか?」


 私は背筋を伸ばして返事をした。返答を受けた女性はわぁ、と嬉しそうに表情を和らげた。


「突然すみません。私はレマ・ポーニーズと言う者です。勇者様のお連れ様に、純白の美しい獣人がおられましたよね?」


 私とウードは顔を見合わせる。間違いなくピピアノの事だろう。


「はい。それが何か?」


 私は努めて柔らかい表情で言った。その返答を聞いたレマさんはジワリと涙を滲ませたのだった。


※※※※※※※※※


 窓の内戸を閉め切り、光が遮られた部屋。隙間から射し込んだ光が思いの外強くて苛立つ私。そんな事に苛立つなんて馬鹿馬鹿しいのだけど、今は何かのせいにしておかないとこの苛つきは行き場を失いそうだった。

 乱暴に飛び込んだ寝床に顔を埋めて私は頭を抱えていた。この国に来たのは間違いだっただろうか。私が知らないだけで、私を『クロエリス・ピシェルマロッテ』として存在させたい何かの力が働いているのか?

 ――どうして王様ともあろう偉い方が私の家名を知っているの?どうして私を見てその家名が出るの?私は『ピピアノ』で良いの。『クロエリス』なんかだった時の事なんて何にも覚えてないのよ!


「私は、知るべきなの?」


 特に責められている訳では無い。ピシェルマロッテの名が私を苦しめている訳では無い。ただ、今更言われると『アンタは別のヒトなのよ』なんて言われてるみたいで気持ちが悪い。

 ――またフィズに悪い態度取っちゃったわね。学習しなさいよ、私っ。

 苛立ちから拳を寝床に振り下ろす。ボフっと沈む拳。埃が射し込んだ光に照らされて白く舞っているだろう。


 ドンドンと誰かが部屋の戸を叩く。立て付けの良くない扉が過剰に音を出し、私はそれが少し不快だった。

 ――宿のヒトかしら?


「よぉ、ピピアノ、居るんだろ?」


 ――コイツ……どうしてこういう時に来るかな。

 私はそう思うと自身が安心している事に気付く。のそりと寝床から起きて戸を開けた。


「居るわよ」


「よっ。飲むか?」


 酒の瓶が何本も入った布袋を掲げてジフは笑った。その顔を見て一層安心する自分がいる。


「アンタねぇ……入りなさいよ」


 溜め息混じりで部屋に通す。


「というか、何で私がこの宿に居るってしってるのよ?」


「聞いて回った」


 椅子に腰掛けて袋からガチャガチャと酒瓶を取り出しながら、ニヤリとジフは言った。


「聞いて回ったって……私の事を知るヒト何ていないのに?」


「お前なぁ。こんなヒトが往来している街で、完全に誰からも見られないなんて無理だぞ? それに、お前さんはかなり美しいらしいな。男どもにしっかり見られてんぞ」


 そう言うジフに手招きをして座れと促され、机を挟んで座った。

 ――美しいらしい、ね。何故かしら?ジフに言われると何だかムカつくわ。


「それは盲点だったわ」


 私が美しい……その言葉だけが何故か妙に気になる。

 ――中央国じゃそんな事言われた事無いのに。


「ねぇ、アンタは私を見て美しいと思うの?」


 自分の口から出た言葉に、自分が一番驚く。ジフをチラリと見ると目を丸くして変な顔をしている。

 どうして自分の口から出た言葉がこんな事なのか。悩むべき事はそこではないはずなのだが、コイツの話を聞いた途端にこちら(・・・)の悩みが大きくなったように感じた。


「あ、いえ、その……ひ、一つの意見て言うか、その、あの……わ、忘れなさい」


 泳ぐ目線、というかジフの方を見れない。変に顔が熱く、胸の鼓動が速くなる。グルグル回る視界が気持ち悪い。

 ――何これ、病気かしら?と言うか、頭がゴチャゴチャして考えが上手くまとまらないわ。自分が自分で無いみたい。


「綺麗だと思うぞ」


 その言葉を聞くと、鼓動が一瞬止まったと勘違いした後に、ビュウンと心臓が跳ね上がった。意図していないのに耳が勝手にピコピコと動くし、自然と口角が上がりそうになるのは必死に堪えないと変な顔になりそうだ。


「……」


「んだよ? 照れてんのか?」


 酒をコップに注ぎながら言ったジフ。私はその手元を見るので精一杯だ。

 ――これはあれよ、そう、酔ってるのよ私!或いは……そう!具合が悪いのよ!


「て、照れてなんかいないわよっ。そ、そんな事を平然と言える奴が恥ずかしいだけっ。こっちまで恥ずかしくなるから止めてよね」


「お前さんが聞いてきたんじゃねぇか……ほれ」


 呆れた様子で酒の入ったコップを手渡してくる。私はそれを手元だけ見て受け取った。


「で? どうするんだ? まさか王様からピシェルマロッテの名が出るとは思わんかった。別に隠す必要も無いとは思うが、お前さん自身の事だ」


 その話、ね。当然だ。きっとジフは私がクノスティアに入ってから様子がオカシイ事に気付いていて私を探してくれたんだ。今はこの話以外に無いだろう。

 心臓の鼓動が落ち着くのを待ち、私は深呼吸をしてから口を開く。


「ふぅ……そう、ね。色々考えてはみたわ。出来れば私はただのピピアノでいたいわ。クロエリスだった頃の記憶なんてほぼ無いんだから」


 考えた結果はこれ。今更亡き家名にしがみ付く理由は無い。隠す必要も無いが、余計な事を背負う事になりそうで今は明かしたくない。


「それがお前さんの答えなら、俺ぁ何にも言う事はねぇよ」


 そう言って酒をグビりと飲んだ。旨そうに喉を鳴らすジフ。その光景は結構好きだ。何だか安心する。


「あら? 何か言いに来たんじゃないのかしら?」


「悩んでるならとは思ったが、結論が出ているのなら言う事はねぇよ」


 また飲んだ。相変わらずペースが速い。


「ふん、何よ。小うるさいオジサンにしては静かで気味が悪いわね」


 鼻で笑ってやる。そして私も酒を一口。


「~~~っ!」


 口に広がる強い酒の香り、喉が焼けるように熱い。私は思わず口元を押さえた。


「げっほ! げほ!」


「うっはっは! ソイツは効くだろぉ? うはっはっは!」


 楽しそうに笑うジフを私は恨めしそうにギロリと睨み付ける。むせって言葉は出ないので、目で抗議したのだ。


「お前さんの事だ。ごちゃごちゃ色々考えたんだろ? で、結論が出たって言いながらまた悩むんだろ? 止めはしねぇけどよ。ま、今日くらい悩むの止めろや。飲んで肩の力を抜け。ほれ、コッチの酒は甘い果実酒だ」


 そう言って新しいコップを手渡してくる。私はそれを受け取るとスンスンと匂いを嗅いで一口飲む。鼻に抜ける甘い香りが気分を落ち着かせる。


「ぷはっ。アンタね……まぁ良いわ。私の事を考えてくれたって事で今日は感謝しとくわ」


「お? 何だ今日は素直だな。こりゃ明日は大雨でも降るんじゃねぇか? うははははっ」


「ったく。どういう意味よ」


 不機嫌な調子で言うものの、全然不機嫌じゃない。こんな他愛無いやり取りが心地良くて堪らない。

 この日はジフのお陰か、何も余計な事を考えずに良い気分で終えられた。しかし次の日、あのヒトに出会った事で私は再び頭を悩ませる事になるとは、思いもしてなかったのである。





「……飲み過ぎたかしら」


 酒を飲んで眠った次の日の朝、寝床からムクりと起き上がった私は、ズキズキと痛む頭を押さえて呟いた。結局あの後は記憶が曖昧になるくらいまで飲んだようだ。潰れてしまった私を寝床まで運んでくれたのだろうか。


「さて……」


 このまま寝ていたいけど、それではこの天気の良い日が勿体無く思える。閉じた窓の隙間から射す光が、「今日は良い天気ですよ」と言っているように思える。

 

「……ガー、スピィ……グガー、スピィ……」


 そんな音がする方向に目を向けると、机の下でジフが酒瓶を抱いて眠っている。


「……馬鹿過ぎるでしょ」


 若い女性の部屋にオッサンが一緒に寝ているという事が衝撃的に思えたが、それを越えて笑いが込み上げてくる。

 ジフの寝顔を見て溜め息を吐くと、私は水を一階からコップに注いで持って来てジフの口に流し込んだ。


「ガハッ!? ゲホッ!? な、なんだ!?」


「あっはっはっは! つぅ」


 腹を抱えて笑う私。笑うと頭が痛む。咳き込むジフは、鼻からも水が出ていた。


「こ、こら! 危ねぇ事すんな! ゲホッ!」


「昨日強いお酒を飲ませてくれたお礼よ。お陰で頭痛いわ」


「それはお前が飲み過ぎたせいだろうが!」


「記憶に無いわね。あっはっはっは!」


 そんな事をしてしばらく笑った後、私達はそれぞれに入浴施設に向かった。二日酔いのダルさを消すには、安宿の風呂では力不足だ。ジフは行かないと言っていたが、それについては説教した。臭いオッサンは勘弁してほしい。

 入浴施設でサッパリした後、私は一人街をぶらぶらと歩いていた。特に目的は無かったが、使っている短剣がそろそろ替え時な気がしたので、そういうお店へ向かっている。


「あ、ピピアノ見つけた!」


 フィズの声。振り返ってみると、フィズとリアリス、ギィの姿が。本当に仲良くなったものね。


「アンタ達も武器見に来たの?」


「うぅん。私達、ピピアノ探してたんだよ♪」


「私を?」


 怪訝な顔をすると、フィズに促された犬の老獣人が何とも言えない表情で一歩前に出た。

 ――誰?

 私が一層怪訝な顔をすると、その老獣人は涙を浮かべて私にこう言ったのだ。


「お懐かしゅうございます……クロエリス様っ」


 照り付ける太陽の光、生ぬるい風、ほど良い往来の喧騒の中、ハッキリとその言葉が私の耳へと届いた時、私は思うように体が動かせなかった。

 

「ピピアノよ。クロエリスなんて知らないわ。ヒト違いじゃないかしら?」

「わぁ。ピピアノそっくり……というかこれ、ピピアノじゃないの?」

「フィズ、ちょっと黙ってなさい」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」七章7話――

「そんなのダメだよ!」


「どうしてそんなに冷たいの?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ