5話・国が違っても美味しい物は美味しい
フィズの笑顔で気分が晴れるピピアノ。しかし、悩みが解決した訳では無い。自身の悩みが次から次へと浮かんでくる彼女に、良い解決策は思いつくのか。
「おー……ピピアノさん凄いですね、一瞬フィズさんだとは気付きませんでしたよ」
とギィさんが驚嘆するくらい、ピピアノが選んだ衣装は私にピッタリだった。淡い水色の、見るヒトによっては地味過ぎると言うかもしれないが、無駄が無いように思えるスッキリとした衣装が私の肩までの赤髪と良く合っていると思う。腰に差したグラキアイルはちょっと目立つけど、さすがに武器は手放せない。何が起こるか分からないからね。
「ま、もっと時間掛ければもっと良い組み合わせも探せるかもしれないけど、もうお腹空いたし、お店行きましょう」
そう言うピピアノは黒系統の落ち着いた衣装に身を包む。リアリスの衣装ほど豪華さは無いが、落ち着いたピピアノに丁度良い感じでよく似合っている。ギィさんは灰系の紳士服。
「そうですね。お兄様、あれくらいのお店に入るのなら、これくらいはしたいです」
リアリスがギィさんの腕に絡みついて言った。ギィさんは困り顔で笑う。
「ははっ。観光で来ているのならいざ知らず、私達は邪神討伐の旅で来ているのだからね。そこまで気が回らなかったよ」
「まったく。お兄様はそういうところへの関心が無さ過ぎます。まぁ、そこが良いところなのですけど……さぁ、行きましょう」
私達は気分良さそうなリアリスを先頭として高級店へと足を運ぶ。入店して席へと通されると、高台に築かれた店内から街を見渡せる良い席で嬉しくなった。
「おぉ。良い眺めだねぇ。これだけ夜景が綺麗だと、ご飯も美味しく食べられそうだよ」
「どこで食べても同じよ。料理の味は変わらないわ」
「もう、ピピアノ。気分の問題だよ? 実際に味が変わる訳じゃないのは、私でも分かってるよ」
「……そこは意外と現実的なんですね、フィズも」
そんな事を話していると不意に視線を感じ、周囲を見渡す。すると周囲の獣人が皆チラチラと私達の方を見ている事に気付いた。
「……やっぱり獣人じゃないヒトって珍しいのかな? 衣装を整えても結局目立ってる気がするよ」
私は丸い食台に身を乗り出してコソリと言った。
「そうかもしれませんね。ま、気にせず食事を楽しみましょう。何が美味しいか分からないですし、オススメを頂きましょうか」
冷静なギィさんの注文により、オススメ料理を頂く事になった。周囲の獣人達の目が気にはなったが……
――あれ?こっち見てるのって全員男のヒト?
と気づいた私は聞き耳を立てて周囲の会話を聞こうとしてみた。
「……物凄く美人な方だ」
「お、俺、後で声かけてみようかな……」
「純白の毛に丸い耳……なんて美しいんだ」
と呆けた様子の男性達。心なしか顔を赤らめているように感じられる。
――ははーん。そういう事かぁ。
「ピピアノ」
私は無表情で窓の外を眺めるピピアノを呼んだ。からかう気満々で。
「何よ?」
「ピピアノってモテるんだねぇ」
私のニンマリとした笑顔を見て悟ったようで、軽く溜め息をついて再び窓を見る。暗くなった街並みを照らす魔灯の光が幻想的で綺麗。ピピアノの瞳にそれが宝石の様にキラキラと映っている。獣人ではない私には容姿の美しさはイマイチ分からないけど、今の彼女は素直に綺麗だと感じた。
「外見だけで判断されたくないわ。そんな男、迷惑なだけよ」
「ピピアノさんは性格も良いじゃないですか。面倒見良いし、普段冷静ですが情熱的な面もありますし」
ギィさんがそう言うとリアリスはピピアノを睨む。そしてピピアノは無言だった。
「照れてるの? ねぇ照れてるの?」
私はまたもニンマリと笑って言う。
「……好きに言ってなさいよ」
そう言うピピアノは何処か嬉しそうだった。
「お待たせしました」
給仕係のヒトが料理を運んで来る。美味しそうにホコホコと湯気を立てる皿には、編み目状の焼き目が入ったお肉がドカッと存在感を放っている。付け合わせの野菜達も色とりどりで綺麗だ。
「美味しそうだね♪」
「これは確か、ステークと言う肉料理だったね?」
ギィさんが給仕係に問う。
「はい。農耕用や搬送用とは別に飼育された牛の肉を、網状の焼き機で焼き上げた逸品です。余分な脂を落としていますので、女性も食べやすいかと」
「へぇ。網状の焼き機か……お父さんにも教えてあげよう」
私の実家では板状の焼き機しか無く、脂が肉に染み込んでしまい女性客には不評だったのだ。
「――はー、食べた食べた。美味しかったぁ。で、どうする? これから」
私達は出された料理を全て綺麗に食べると、今後の事について話す事にした。なーんにも決めてなかったのだから、話しておかなければならない。
「明日、お城に言ってみますか?」
「お城に? 王様に会うの?」
私は首を傾げた。確かに私は中央国の正式な勇者として旅をしていて、ここは他国。王様に挨拶をしておくのは必要なのかもしれない。
「はい。獣人国の王は気さくで温厚だと有名ですが、勇者が挨拶に来ないと知れば今後の外交上、あまり良い印象にはなりませんからね」
「ふむふむ。あれ? どうして私達が入国してるって知ってるの?」
私は更に首を傾げた。
「開門要求の時に言いましたから」
「あ、そうか」
傾きを直し、パチンと手を合わせた。
「じゃあ明日はお城に行ってみよう。そう言えば、この国の勇者は確か王子様だったよね? どんなヒトか聞いてみたいな」
ガガルさんが言っていた事を思い出す。確か第二王子って言ってたから、第一王子はお城にいるかも。
――勇者の兄弟だもんね、きっと強いんだろうな……ふふ。
「……フィズ。言っておくけど、お城のヒトに戦い挑んだりしないでよ?」
「え? そんな事しないよ?」
「そう。なら良いけど。アンタの事だから強そうなヒトがいたら戦いを吹っ掛けそうで心配なのよ」
呆れ顔のピピアノ。リアリスもウンウンと頷いている。
「ぐむむ。さすがに私だって時と場合を弁えるからね!」
※※※※※※※※※※※
食事を済ませると、それぞれ宿へと戻っていく。フィズとリアリスは同じ宿らしい。最近あの二人はなんだかんだ言いながらも仲が良い。
私は一人路地裏の安宿に戻ると、窓辺に座って買っておいた果実酒を小瓶のまま一口飲んだ。
「……ふぅ」
甘い果実酒が喉を通り、遅れてじんわりと暖かさがくると、思わず息を吐く。
夜空に浮かんだ丸い月が綺麗だったが、路地裏故に他の建物が邪魔で少ししか見えなかった。
――今更自身の家がどうなったとか、生まれ故郷がどうだとか……
「ダメね。一人になるとこんな事ばかり考えちゃうわ」
自虐気味に笑いながら首を振る。フィズを支える為に旅をする。それはもう決めた事だ。しかし、自身の事については何にも決まっていない。
――この旅が終わったら、ゆっくり考えてみるのも良いかもね。それまでは気にしてもしょうがないわね。
「はぁ」
今度は溜め息。気にしないようにしたいけど、ヒトは気にしてしまうものだ。
――旅が終わったら、か。ジフの奴、本気で言っているのかしら? 一緒に暮らそうだなんて。
そう考えるとまた溜め息も出よう。あの時は良いかと思ったけど、冷静になって考えればなかなかに重大な案件だ。
――オッサンと二人暮らしとか、考えただけでもゾッとするはずなんだけど……
「なんでかしらね……」
不思議と嫌な気がしない。いや、恥ずかしい気持ちや、よく分からないモヤモヤが私の中で渦巻いている感じはするのだけど、拒絶心という事でもないようだ。
――まったく。気持ちってヤツは厄介ね。自分自身のモノのはずなのに、自分自身でもよく分からないなんて。
そう考えながら、私は再び瓶を傾ける。
「ふぅ……」
――まさかだけど、私ってジフの事好きな……
そこまで考えておいて、ぶんぶんと首を振る。
「何考えてるのよ、私はっ! そんな訳があるかっ!」
残った果実酒を一気に飲み干し、私は寝床に身を投げた。
――やっぱり一人になるとダメね!変な事ばかり考えてしまうわ。寝る。もう寝る。さっさと寝る!
そう考えながらも、私は悶々となかなか寝付けない夜を過ごすのであった。
※※※※※※※※※※※
お城にやって来た私達ハーシルト勇者一行は、直ぐに王様への謁見が叶った。何でも、王様が勇者が来たら最優先で通すようにと言ってあったらしい。
そういう訳で、私達の眼前には獣人国の王様が玉座に座って柔らかな笑みを浮かべている。犬系の獣人の王様は、歳だからか毛もくたびれた感じで白というよりも灰色に近く、毛艶が鈍っているようだ。
「遠いところ、ようこそおいでくださった。中央国の勇者達よ。余は獣人国が王、ダルガズム・ゴンドタム・ダンザロアじゃ」
そう挨拶する王様に、私達は右手を胸に当てて頭を下げた。昨日のようなお洒落な服装ではなく、いつもの兵服姿。こっちの方がしっくりくるなぁ。
「私は中央国の勇者、フィズ・アウレグレンスです。本日は謁見叶いました事、誠にありがたく存じます」
スラスラと私の口から出る挨拶。落ち着いた調子で言える私は、どこからどう見ても立派な勇者だろう。
――昨日リアリスからみっちり教え込まれたもんね……
「カッカッカ。よく出来た娘じゃ。じゃが、そう固くならずとも良い。余の事はおじいちゃんとでも呼んでくれれば良いしの」
枯れた笑いが派手さの無い謁見の間に響く。玉座の隣にいる大臣と思わしき人物が頭を抱えている。
「お、おじいちゃん……あは。どうして私の出会う王様や王子様は気さくなヒトばっかりなのかな? あはははっ」
思わず笑ってしまう。しかし、私は知っている。王や王様という偉いヒト達は、優しそうにしていても裏では残酷な事を考えているものだ。そう、オルさんが私を捨て駒扱いしたように。
――全て終わったら、全部私が斬ってあげれば良いんだよね……?
「……フィズ、挨拶が済んだなら早急に出ましょうか」
ピピアノがそう言う。何でだろ?まだホントに挨拶しただけだけど……?
「待て待て、そう焦らずとも良いではないか。少し、話を聞かせてくれ」
「はい。何でしょうか?」
王様が私に簡単な質問をいくつかし、世間話をした。こちらからも第二王子の動向を聞き、今後の旅の参考にする。
十分くらい話した頃、私達が入って来た入口とは対角にある扉が開き、一人の熊のような獣人が入って来て玉座の横で立ち止まる。
「――遅れました。父上」
「おぉ。来たか、アルスホルム。勇者殿、こやつはアルスホルム。余の息子じゃ」
王がそう言うと、アルスホルムと呼ばれた獣人が一歩前に出る。大きな体躯は栗色の毛に覆われていて暖かそう。王に似たのか、温厚そうな雰囲気と表情が好感を持てる。
「アルスホルム・トーンタム・ダンザロアと申します。獣人国第一王子です。本日はようこそおいで下さいました、勇者殿」
ペコリと下げた頭、柔らかな口調に表情がよく似合う。
――このヒトが第一王子って事は、勇者のお兄さんって事か。
そう思いながら見ると、巨体が何とも強そうで思わず口角が上がりそうになる。
「フィズ」
ピピアノが斜め後ろから小さく声を掛ける。
――もう、さっきから心配し過ぎだよっ。
そう思うと、王様は再び質問を私に投げ掛けてくる。私は努めて笑顔でそれに答えていった。
「――ふむ。色々と話が聞けて良かった。アルスホルム、お前は何か聞く事は無いか?」
「私ですか? うーむ……そうだ。勇者殿は邪神を討伐された後はどうなされるのです?」
ニコリと優しい笑顔。巨体が笑うと結構怖いものだ。
――邪神討伐した後、か。
「うーん。まだあまり考えていないですね。獣人国の勇者さんは何か考えていたとか?」
私は反対に質問する。アルスホルム王子は一層優しく笑ってこう答えた。
「弟は私と共に国を盛り上げてくれるそうだよ」
「ほぅ。ガンザリアはそんな事を言うておったか」
私よりも王様が早く反応した。
「えぇ。言っておりました」
「ふぅむ。そうか……」
納得していない様子の王様。これは、きっと色々事情があるのだろう。知りたい気持ちも少しあるが、私には関係の無い事だ。
「あぁ、そうだ。勇者殿、一つ頼まれて頂けぬかな?」
王様は何かを思い出したように言った。
「何でしょう?」
「これから先、ウチの馬鹿息子と力を合わせる時が来るじゃろう。その時に一つ言伝を頼みたくてな」
馬鹿息子。この国の第二王子の事だ。自身の息子とはいえ、王様が他国の客人にそう言う伝え方をするのはどうかと思うが、まぁ、この気さくな王様の事だ、私達がこの先第二王子と会った時に変に固くならないように配慮しているのかもしれない。
「はい。良いですよ」
「すまんの。『お前の好きにしたら良い。全てな』とだけ伝えてくれんか」
「それだけです?」
「それだけじゃ」
お前の好きにしたら良い。全てな……これだけか。うん、覚えた。
「分かりました。それでは、私達はこれで失礼致します」
そう言って私は右手を胸に、頭を下げる。皆もそれに続く。
「あ、それからのぅ」
退室しようとすると、王様の呼び止める声が。
「そちらのエオーケ……獣人、すまんが名を教えてくれんか?」
いち早く振り返るピピアノ。
「私……しかいませんね。私はピピアノと申します」
言い終わるとペコリと頭を下げる。
「家名は?」
「……ありません。私は孤児ですので」
「ふぅむ。そうか。いやな、その方とよく似た女性を知っておってな。昔ハーシルトに夫婦で行って命を落としてしまったんじゃが……ピシェルマロッテ、という家名に聞き覚えは?」
「……ありません」
苛立つような、迷うようなピピアノの声。
「……そうか。すまんな、下がって良いぞ」
王様の言葉に無言で頭を下げ、ピピアノは扉へ歩いていく。私達はそれに続くように謁見の間を後にするのだった。
「……分かった。ピピアノがそう言うなら、私はもう何も聞かないよ」
「私は、知るべきなの?」
「それはお前が飲み過ぎたせいだろうが!」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」七章6話――
「波心」
「次から次へと……何なのよ!」




