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ベッドアンケート

ベッドアンケート


   ~   ~   ~


 目覚めると電車の中だった。

 夢を見ていた。あの人が歩けるようになり、全てのわだかまりがなくなって、笑顔で福岡行の高速バスに乗るのだ。主治医が竹中監督だったり、看護師がまゆちゃんだったりと、現実感からは少なからず乖離していたが、夢から覚めた瞬間は、ひどくがっかりしたものだった。

 こっちに来てどれくらい経つだろうか。あの人が怪我を負った原因が原因なだけに、とりあえずお金が必要だった。手術代、入院費、弁護士費用なんてものもかかった。怪我を負わせた輩が無駄な言い逃れをしてくるせいで、余計な出費が嵩んでしまった。

「高度な医療が受けられる病院があるから」

 という理由で東京に移ったのは建前で、ほんとはわたしの個人的な事情だった。東京の方がセクシー女優の事務所も仕事も多く、給料の相場が高かったからだ。ひったくりの輩がまだ潜伏している故郷には居たくないという理由も少しあった。

 何にせよ、一大決心で東京に来たことは〝アタリ〟か〝ハズレ〟かで判断するならば大当たりだった。まさかCDデビューするとは想像もつかなかったが、大手事務所の力というものを思い知った。田舎に留まっていれば手にすることが出来なかったであろう金額を稼げた点を考えれば、都会に移った理由があるというものだ。

諸費用の返済の目処が立ち、退社の意向を伝えてから随分と経ってしまったのは想定外だったが、大手である程度のステータスを勝ち取ってしまった自分の立場を考慮すれば、事務所側が渋るのも無理はないと今では思えた。

「――優先席付近では、携帯の電源をお切りになり、お年寄りや、体の不自由な方には、席をお譲り頂くよう、ご協力お願いいたします――」

 車内アナウンスの内容とは裏腹に、電車内は空いていた。正面には静かに新聞を読むおじさん。同じ座席には異国の言葉を話す外国人のグループ。離れた優先席には起きているのか寝ているのか、目を閉じつつも背筋をピンと立てて座るおばあさん。ざっと見回して同じ車内にいる人間はそのくらい。既に都心から離れたところを走行しているのだから、当然だろうか。

 電車を降り、駅から病院までの道のりを歩く。腹が立つくらいの良い天気だ。行き先が行き先なら、スキップのひとつでも思わずしてしまいそうだ。

 無意識ながら、わたしは常に〝最短距離〟を歩んでいた。道中の緩やかなカーブでさえ、車の気配がなければ時として車道にはみ出すこともある。病院に着いても同じだ。脇目も振らずに受付を済ませ、説明もそこそこにエレベーターへ向かう。

「あ、藤村さん。こんにちは」

 呼ぶ声がしたかと思えば、わたしだけを乗せて閉まろうとしていたエレベーターに滑り込むようにして、ひとりの女性が入ってきた。看護師だった。何度もあの人を担当してくれている、比較的若い人だ。

「こんにちは」

 軽く会釈する。

「毎日お疲れ様です」

 と言って看護師は微笑んだ。

「勝手に来てるだけですよ。それに毎日じゃないですし」

 彼女に限らず、頻繁に訪れるわたしを覚えてくれている関係者は少なくない。あまり有名にはなりたくないが、せめて受付の人はそろそろ覚えてもらいたいところだ。毎度ご丁寧に説明されるのもいい加減うんざりしている。

「リハビリ、相変わらず順調ですよ」

 看護師はそう言うと、まるで自分のことのように嬉しそうな顔をした。

「そうなんですね」

 出費が重なって遅れを取ってしまったが、昨年ようやくあの人は手術を受けた。今年に入って歩行訓練を行えるまでになったのだが、これが――看護師も言うように――驚く程経過が順調だ。何でも新しいリハビリの先生との相性がすこぶる良いらしい。

「もしかしたら今もリハビリ中かも知れないですね」

「あ、そんな時間か」

「お忙しくなかったら、一度会われてみたらどうですか?」

 ドアが開いた。開扉ボタンを押してくれている看護師に礼を言いながら、わたしは六階に降り立った。

 今日は何の予定もない。わたしは、後からやってきた看護師の提案に乗ることにした。

「そうします。――どんな方なんですか?」

 そう尋ねると、看護師は顎に手を当てて考え込んだ。

「うーん……ひと言で言うと……やっぱり『真面目』ですかね」

 ありふれた答えだ、とつい言いそうになった。ナースステーションへ向かう彼女とはここで別れを告げ、わたしは病室に向かった。

 彼女が言った通り、リハビリに行っているらしいあの人のベッドは空だった。昼過ぎの病室は、まだ昼食の匂いがほのかに残っていた。パイプ椅子を立てると、テーブルに荷物を置いてゆっくり腰掛けた。

 テーブルにはふたつの飲み物があった。カップに入った飲みかけのお茶と、ペットボトルのミネラルウォーター。

自動販売機で買ったのだろうか。そう思っていたら、ボトルの下に一枚の紙が挟まれていた。

 〝痛みはありましたか〟〝疲れてはいないですか〟

 ――様々な質問項目のあるその紙の最上部には、大きくこう記されていた。

 〝ベッドアンケート〟と。


   ~   ~   ~


 東京というのは恐ろしいところだ。ここ数年を振り返って浅倉達弥は常々そう思う。

有名私大に入学すると早速、相内新という都会育ちの色男と出会う。今まで出会ったことのないタイプの青年は、田舎丸出しだった彼に日本の首都・東京での立ち居振る舞いを叩き込んだ。

 飲み込みの遅かった彼が、すっかり都会に染まるようになったのは秋口。時間はかかったものの、田舎臭さは微塵も漂わなくなった。

 人生初の恋人ができたのも、丁度その頃だ。全国の女子大生の中で五番目の美人という称号を持つ女・馬場鈴乃だ。そんな〝選ばれた女〟と、つい最近シティボーイにランクアップした程度の〝ありふれた男〟――それは、男側は騙されているか、弱みでも握られているんじゃないかと傍からは感じてしまう組み合わせだった。

 ここでも相内青年の助言が大きく関わっていた。だが、馬場が浅倉のプロポーズにOKを出したいちばんの要因を、彼は知らなかった。

 浅倉達弥は、テクニシャンだったのだ。



 先程までの騒々しさが嘘のように、夕方のロビーには穏やかな空気が流れていた。

「――さて、色々なニュースもありますけど、僕的にいちばん気になるのは鷹羽選手のことですよ!」

周りの雑音もなく、大きなテレビからの音は、よりクリアな音質で僕の耳に届いた。

「あの若さで『日本のエース』とまで呼ばれる選手ですから、野球ファンだけじゃなくてみーんな知ってるじゃないですか。寡黙な方でね、今までそんな噂もなかった選手だったから、この報道を聞いたとき、僕はね、ホント驚いちゃった」

 夕方のこの時間帯は、どの局も似たようなワイドショーを流している。今映っている番組では、プロ野球選手・鷹羽の熱愛報道を取り上げていた。野球好きで知られるMCが、大げさに鷹羽を持ち上げているのが何とも白々しく、僕も何となく見ていた。

「でもお相手が馬場アナで良かったよ。彼女とはお仕事一緒にしたことあるんだけどね、もうすっごく誠実。お似合いだと思うなあ」

 鷹羽からも馬場アナからも声明がないのに、何と気が早いんだろう。

「ごめんなさい。待たせちゃって」

 何となく見ていたつもりだったが、そう声をかけてくるまで僕は彼女が現れたことに気が付かなかった。

「いや、いいよ。テレビ観てたから」

 そう言って横にずれたが、彼女はその空いたスペースに座ることはしなかった。

 相変わらず、地味な格好をしていた。あの頃の若さもないから、その分老け込んで見えるのが少し残念だったが、それでも綺麗だった。

「ありがとう、時間作ってくれて」

 と言って頭を下げる。それがあまりに深々としたものだったから、僕はつい慌ててしまう。

「頭上げてよ。俺も藤村さんとは話したかったから」

 僕がそう言うと彼女は、恐る恐る、というようにゆっくりと頭を上げた。

 視線が合う。ドキっとする。あの時と何も変わっていない。長い年月を経ても、大好きな人の前だとこうだ。

静まり返ったこの空間が、僕の鼓動を更に速くさせていた。煩わしかったはずのあの雑音が、今では欲しいと思った。

「とりあえず座りなよ」

 僕は隣を指差す。あくまで自然に言ったつもりだったが、藤村さんはどう捉えただろうか。

「うん」

 そう言って彼女は僕の隣に座った。

「付き合ってるんだね、このふたり」

 再び訪れかけた静寂を追い払ったのは、藤村さんの方だった。映っているテレビのことを言っていた。

「まだ正式に発表されてないみたいだけどね」

「鷹羽って人は知ってるけど、相手の女子アナは知らないなあ」

「その女子アナ、大学の時友達だったよ」

 言った直後に、ちょっと自慢っぽかったかと後悔する。

「ほんとに? すごい!」

 藤村さんがそう返してくれて、僕は少しホッとした。

「やっぱり東京の大学はすごいなあ。わたしもそんなこと言ってみたい」

「福岡と大差ないよ」

「そうかなあ」

「違うのは『東京の私大』っていう肩書きだけだよ。どんなに不細工でも、その人が金メダリストだったら魅力的に見えるだろう?」

「あ、今の例えなら分かりやすい」

「年上の同級生の受け売りだけどね」

 と言いつつも、僕は少し誇らしかった。

「〝オシャレ感〟に惹かれてその学校に決めた人も多いから、東京の大学生は意外と田舎者が多いから気をつけてね」

「フフッ、何に気をつけるの?」

 と藤村さんは笑う。

「都会人気取った人に騙されないようにだよ。――あっ、あと都内の公園も気をつけた方がいいよ。ひと癖あるホームレスがいるから」

 僕の忠告に、再び彼女は吹き出した。彼女の笑顔を見られた僕は、言葉にできない満たされた気分だった。

 ところが、そうやって充実感に浸っているうちに、会話が止まってしまった。さっきまでの饒舌さは見る影もなく、次の言葉を探すもどこにも見当たらなかった。改めて自分のムラッ気のある会話力を呪った。

「――さて、今日はゲストが来られてます。抜群のスタイルとダンステクニックを持つ女性ユニット〝マユツバ〟のおふたりでーす」

 テレビの音が一際大きく聞こえる。まるで静寂を精一杯ごまかしているみたいで、それは会話の糸口を探している僕の焦りを増長させた。

「あ、わたしこのふたりと友達だよ」

 探しつつも内心自分を呪い中だった僕は、彼女の言葉で視線をテレビ画面に引き戻された。

「やった。わたしも自慢できた」

 そう言って笑顔を見せる藤村さん。

ゲストとして出てきた二人組を、彼女は友達だと言った。童顔だがグラマラスな女性と、大人っぽくスレンダーな女性の対照的なコンビ。

 それを見て、僕もつい笑ってしまった。僕も彼女らのことはよく知っていた。

「それ『友達』とは言わんよ。『元同業者』って言わんと」

「えー、良いやん、友達で」

 僕らは顔を合わせて笑いあった。気持ちが一気に楽になった。

 〝マユツバ〟は、下克嬢から派生した二人組ユニットで、ユニット名はそれぞれの名前を頭の二文字を取って繋げたものだ。

「セクシー女優の集まりが夕方のワイドショーに出るとか、世も末よね」

 と藤村さんは言う。

「それだけ人気だってことよ。今度ドームツアーやるらしいやん」

「わたしはその人気を味わっとらんけどね。その前に辞めたけん」

「それで良かったとよ。辞めとらんかったら、こうしてふたりでゆっくり話すことも出来んかったやろうし」

「でもツバサさんはあの成田純と共演しとるんよ? あの美容師役の成田君、めっちゃカッコよかったなー。会ってみたかった」

 博多弁で繰り広げられる会話は、何てことのない取り留めのないものばかりだった。

 初めてだ。こんなに近くで、彼女の温度を感じられるなんて。中学の頃からの知り合いだったはずなのに、今までこんな感覚を味わったことがなかった。僕自身が彼女と――いや、クラスの大多数の人間との間に、分厚い国境線を引いていたからだ。

「ねえ……屋上行かん?」

 僕が口にしたこの提案も、当時の僕からは到底思いつかないような発言だと思う。断られて傷ついたらどうしよう――そんな後ろめたさが邪魔をして、万が一思いついたとしてもきっと口にはしなかっただろう。

「良いよ」

 藤村さんはそう言ってにっこり微笑んだ。

 この感情を、どう表現したら良いか分からない。語彙力のない僕には『天に昇るような』なんて安直な例えしか思いつかなかった。

 けれどこうして彼女と一緒にエレベーターに乗り込む僕は、文字通り天に昇っていることになるので、今の状況は比喩にもならなかった。

 テラスのように整備された病院の屋上には、数名の入院患者らしき姿もあった。こんなに良い天気だ。歩ける体力と気力があれば、病室に閉じ込められた生活を送っている人々も、陽の光を浴びて外の空気を吸いたいという気になるのも必然と言えよう。

「座る?」

 空いているベンチを指差して僕は尋ねた。藤村さんは首を横に振り、

「あっちに行こう。外の景色見たい」

 と、見晴らしの良さそうな端の方に僕を導いた。

 手すりに身を乗り出して景色を見下ろす彼女を、僕は西に傾きつつある陽光と共に見つめていた。

「わたし、ここに来たの初めて」

「そうなんや」

「お母さんの足が良くなったら、一緒に行こうと思いよったと」

 言いながら藤村さんはこちらを振り向いた。

「偶然じゃないよね?」

 明るい話し声が一転、落ち着いた声色になった。雲ひとつない秋の空が、心なしか薄暗くなった気がした。

 言葉の意味を理解した僕は、何も言わずに頷いた。

「何で言ってくれんかったと? お母さんのリハビリをずっと浅倉君が担当してたって」

 責められているわけでもないのに、何故か答えが出なかった。あるのに、それを口にする勇気が僕にはなかった。

 藤村さんの力になりたい――それが本心だ。下心や邪な気持ちは微塵もない。だからこそ、それを安易に言えなかった。嘘だと思われるから。僕は下を向いて、彼女が他の答えやすい質問に切り替えてくれるのを待った。

 足音がする。俯いたままで確認は出来ないが、藤村さんが近付いているようだ。一歩ずつ、その音が迫ってくる。僕の視界に彼女の足が映ったとき、遂に彼女が目の前に来たのだと確信した。

「ありがとう」

 短く僕にそう告げた。直後、温かい感触が僕を襲った。藤村さんが僕にハグをしたのだと気付くのには、少し時間がかかった。

「ありがとう……ありがとう……」

 彼女はそう耳元で何度も囁く。俯いた体にぶら下がるように抱きつくものだから、腰が痛かった。けれど、それさえどうでもよくなる程、彼女の感謝の言葉が胸にじんわりと届いた。

「あれからいろいろ考えたんよ」

 彼女の体温を感じながら、僕は口を開いた。

「愛って何やろうって。……結局分からんかった。学校のテストとかと違って、模範解答があるものでもないし。でも、それが答えやないかな、って。漠然としたものに、明確な定義なんてないんよ。――そりゃ、辞書には載っとるけどさ。……何を愛と呼ぶかは、人それぞれと思ったんだ。やけん僕は、僕なりの愛をもって君に会いに来た」

 ぶっきらぼうに紡いだ言葉は、息切れとともにここで途切れた。言葉の端々で彼女は小さく頷いた。

 大学を辞めて理学療法士の道に進むと告げた時、多くの反対の声があがった。母も相内も、スズちゃんも。皆一様に、わざわざ学校を辞める必要がないと言った。スズちゃんに至っては、泣いて説得してきた。だがこれは、僕がわざわざ学校を辞めてまで決断したことだ。決意の重さは母にも相内にもスズちゃんにも伝わった筈だった。

だからこそ、スズちゃんは泣いたのだと思う。僕の決意の裏側までも、彼女は何となく見えてしまったのだろう。その決意の先にはきっと、自分はいないのだと気付いてしまったのだろう。それでも最後は、スズちゃんを含め全員が僕の意志を尊重し、送り出してくれた。

 唯一父だけは、初めから後押ししてくれた。

「達弥が決めたことだから」

 と言って。学費を援助すると言ってくれたが、そこは断った。自分で決心したことだから、自分の力でどうにかしたい。そう思ったからだ。幸いチェリー達男が残してくれた蓄えがあったため、学費はどうにかなった(彼が与えたのがベッドの上でのテクだけではなかったのだと、その時改めて実感した)。

「気持ち悪いやろ?」

 僕は尋ねる。彼女は僕に抱きついたまま首を振る。質問を重ねた。

「ストーカーみたいやろ?」

 再び首を振る。構わず続ける。

「お母さんは、歩けるようになる。そしたら藤村さんは、看護学校に行く。そして助産師になる。ここまで辛かったかも知れんけど、それもあとちょっとで終わるんよ」

 そう、あとちょっとで終わる。彼女もまた、愛染ゆかりが自らの体と歌声で手に入れたものによって、新しい人生を手に歩むのだ。

 彼女に触れている箇所に、じわりと水気を感じた。それが彼女の目から溢れたものだと、僕は瞬時に分かった。十七歳の時からこれまでの辛さや苦しみ、それらが涙となって溢れ、僕の服に染み込んだ。

 僕が彼女を引き剥がしたのは、涙で汚れるのが嫌だったからでも、無理な体勢で腰が限界だったからでもない。彼女の――愛染ゆかりから完全に卒業した――藤村さんを正面から見つめたい。その一心だった。

 藤村さんは、目こそ真っ赤に腫らしてはいたが、真っ直ぐにこちらを見つめ返してくれた。けれどすぐ彼女は視線を外した。

「恥ずかしい」

「どうして?」

「だって……こんなに変わっちゃったんやもん。シチュエーションはあの頃とほとんど変わらんのに」

 傾きかけだった太陽が今、西日となって僕らを照らす。彼女の言ったとおり。高校二年のあの頃と同じだ。

「確かに随分と変わったなあ。僕たち」

 そう言って僕は空を仰いだ。彼女もそれに倣う。

似た状況ではあるが、今の僕はチェリー達男を、藤村さんは愛染ゆかりをそれぞれ経由してきた。何にも染まっていないあの頃とは、容姿以上にあまりに変わりすぎていた。

「嫌になるなあ、空はこんなに変わらないのに」

 さめざめと彼女は呟く。愛染ゆかりとしてすっかりすすけてしまった自分を、かつての自分と見比べているのだろうか。

「一緒だよ。藤村さんも、空も」

 間髪入れずに僕はそう言った。彼女はこちらに視線を戻した。

「どういうこと?」

「空がずっと綺麗なのも、僕の藤村さんへの気持ちも」

 乾いた秋の風が僕らの間を通り抜けた。今の率直な気持ちが言葉に出た瞬間だった。

 面倒くさい文豪かぶれのあの人の言葉も、今ならちょっとは理解できた。僕は今、スズちゃんというひとりの女の子の悲しみを踏み越えて、ひとつのハッピーエンドを手にしたのだ。僕は身勝手な主人公だったのだ。

 彼女は再び泣き出しそうに顔を歪める。理由が分からず戸惑ったが、直後にごまかすように笑顔を見せてくれたので、少し安心した。僕は目の前にあるとハッピーエンドに向かって、一歩足を進める。

「聞いてくれる? 僕なりの、藤村さんへの愛の言葉を」

 僕らは――僕らが自ら築いていたそれぞれの世界は、空にもっとも近いところでひとつになった。


完結です。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。


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