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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かわいそうな熊ちゃん

作者: まこたろう

架空の村の比較的長いお話です。

現実の人間社会と少しのファンタジーを織り交ぜて書きました。

読者の方には情景を浮かべながら読んでいただければ幸いです。

ちょっと長いですが、お付き合いください。

第一話 かわいそうな熊ちゃん


日本国中がさらなる戦争に向かって突き進んでいた昭和初期のある山の中の旅館とその村であったお話しでございます。


その旅館は今では屋根まで草ぼうぼうで、かつてここが湯治場としてにぎわっていたことなど想像もつかないほどに荒れ果ててしまいました。荒れ果てた旅館の東側には、かすかに「はやて」と書いてある小さな木の祠がございました。祠は小さな塚の上にあり、今日でも干し魚や果物が絶やさず供えられているのでございます。


ある年の秋口の事でございます、旅館の周辺に熊の目撃情報が寄せられました。最初の情報は旅館の下を流れる川の河原でございました。この事は旅館の従業員とその村の村長の耳に入ることになり、村長は旅館で働く人たちや村人に注意を呼びかけました。村人達は音の出るものを持って歩いたり、子供の一人歩きをさせないよう申し合わせました。しかし、この事は旅館の客には知らされませんでした。泊り客が帰って噂が広がる事を恐れたからです。旅館の主人である村長は宿の評判が大事なのでございました。


その後も熊の目撃情報が寄せられ、ある日木の実を含んだ大きな糞が上の林道から旅館に通じる道に残されていたのが発見され、熊との距離は次第に旅館とその周辺の民家に迫ってることが分かりました。村人たちは日に日に不安をつのらせました。村長は村役場の担当者に対策を講じる様指示いたしました。そして、村長、村役場職員、地元猟師が話し合い、罠を仕掛けて捕らえる事になりました。竹で檻を作り、中に熊が入り餌を食べると蓋が閉じるという仕掛けです。餌には熊の大好きな蜂蜜に藁を浸したものが使われました。


茂どんと呼ばれている茂三という猟師がおりました。茂三は山をよく知っていたので、罠の場所を決めることになりました。茂三はなぜかいつも軍服を着ていました。茂三はその日朝早くから手下の村人二人とともに林道を入って行きました。しばらく行くと、

「よし、ここに仕掛けよう」

先頭を歩いていた茂三が罠を担いだ二人を振り返って言いました。

二人は、やれやれと罠をおろし、言われた場所に罠を置いて、手下の一人が

「こんなとこでかかるんかねえ?」

と聞くと、茂三は、

「かかるさあ」

と自信ありげに言い、餌を仕掛け、蓋を上げて台につながる丈夫な麻ひもの先のカギを仕掛けにひっかけると、手をぱちぱちとたたき、しばらく罠を見つめていましたが、

「さて帰ろう」

と、来た道を茂三が先頭を、あとの二人も茂三について帰っていきました。

 

罠を仕掛けて3日目の夕方の事、最近目撃されていた熊が近くを通りかかりました。独立したばかりの子熊でした。小熊は蜜のいい匂いに導かれて、罠の方へ吸いよされていきました。そしてとうとう蜂蜜を発見し、罠の中にそろそろ入り、一口ペロッと蜜を舐めたときでした。罠の蓋がばたっと閉まり、子熊は捕まってしまいました。


あまりの怖さに子熊は暴れました。檻を壊そうと、爪で引っかいたり、頭や鼻をぶつけましたが、頑丈な檻はびくともしません。子熊は怖くて怖くて暴れたり、お母さんを呼ぼうと吠えたりいたしました。


-きっとお母さんが助けに来てくれる-


子熊は力の限り吠え続けました。


やがて疲れて、とてもおなかが減りましたので、罠の蜂蜜を全部食べて、そのうち眠ってしまいました。


その夜子熊はたくさんの夢を見ました。巣穴の中でお母さんに抱かれて甘えている夢や、蜂を追いかけて野山を駆け回っている夢、川で大きな魚を捕った夢など、とても楽しかった夢でした。


 熊はある程度成長すると親から離れ独立して、自分で食べ物を探しますが、人間がいくら歳をとっても親子は親子のままであるのと同じく、熊にとっても子供はかけがえのないものなのでございました。


母熊は子熊が吠える声を川向こうの山の中で聞きました。そして母熊は悟りました。


-わが子よ、お前はもうすぐ死ぬのだね-


しばらく前から熊の遺伝子の中には、命を落とす理由の一つに‘人間の手による死’ということが組み込まれていました。母熊は子熊の啼き方でそれが分かりました。


やがて夜が明け、子熊は目を覚ましました。檻を鼻でちょっと突っつきましたが、もうあばれませんでした。


木漏れ日に目を細めながらあたりを見回している時、夜露が木の葉を伝わって子熊の鼻に落ちました。鼻先をペロリと舐めると、それが子熊がこの世で最後に口にするものになりました。


これからどうなるのだろうという不安でいっぱいでしたが、まだお母さんが助けに来てくれるという淡い期待がありました。


しかし、それがすべて崩される音が近づいてきました。


ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、


何人かの人間がこちらに近づいて来ました。子熊は自分に迫る危機を本能的に感じました。そして、恐怖のあまりにまた暴れだしました。足音は罠の前で止まり、六つの目から視線が子熊に注がれました。そのうちの2つは軍服を着て、手には鉄砲がありました。


子熊は恐ろしくて、さらに激しく暴れました。


軍服が

「あー、かかったかかった」

と得意げに言いました。

「さずが、茂どんだなあ」

茂三の手下の一人がおだてると、茂三はまんざらでもないという顔で

「どうするかねえ、こう暴れちゃあ、ほかに持っていくわけにもいかねえなあ、、、、、

しょうがねえ、撃っちもうか。あまり苦しまねえように。」

茂三が言うと、手下の二人も

「しょうがねえな、苦しまねえようにやってくんない」

「たのまい」

と言いわれると、

茂三は、サッと鉄砲を構えました。子熊は一瞬動くのを止め、銃口を見ました。茂三は大きく息を吸い、止めて、子熊の眉間に銃弾を撃ち込みました。子熊は倒れ、ちょっと痙攣しましたが、すぐに動かなくなりました。


銃声は母熊にも届き、わが子がこの世から消えたことを知りました。



茂三が手下の二人に向かって

「丈夫そうな棒を探してくんない」

と指示をしました。まもなく一人が、

「あーあったあった、これならちょうどよかんべ」

と太目の枯れ枝を持ってきました。

「おー、いいんじゃねえかい」

と茂三は腰に吊るしてあった縄を切り、横たわっている子熊を罠から引きずり出すと、前足と後ろ足を棒に縛り付け、手下の二人が担ぎ、罠は後で片づけに来ることにして、茂三が先頭になり、山を下って旅館に向かいました。


旅館の厨房の裏に熊を持っていき、三人は手際よく解体を始めました。あっという間に子熊は皮を剥がれ、真っ赤な肉と内臓、骨に分けられました。熊の肝(胆嚢)は万病に効くと言われ、高値で取引されていました。肝は別のどんぶりに入れて蓋がされていました。


通常肝と皮は熊を仕留めた者のものになるという習慣がありました。茂三は当然自分が持って帰るものと、そして周りもそのように考えておりました。しかし、肉の分配作業も終わろうとしている頃でした、旅館の主人である村長が来て、


「今日はご苦労さん、肝はどこ?」

一人が、台の上にあるどんぶりを指さすと、

「じゃあ、もらっていくよ」

と村長はふたをちょっと上げて肝が中にあることを確かめて、当然のようにそのどんぶりを持って出ていきました。茂三も他の従業員も皆お互いの顔を見合い、あっけにとられていました。 一番あっけにとられていたはずなのは茂三でしたが、

「しょうがねえ、皮だけもらっていくか」

と言い、また黙々と作業を続けるのでした。


その日、村の家々では、久しぶりのご馳走に大人も子供も笑顔に包まれました。熊の肉と内臓は、平等に分けられ、村人の家々では、鍋にしたり、炭で焼いたりと思い思いの方法で料理をしました。その湯気と煙は村を包み、村中に‘いいにおい’が漂いました。


川を隔てた藪の中の母熊にも‘いいにおい’は届きました。ですが、母熊にとってこれほど忌まわしい臭いはなかったという事は申し上げるまでもありますまい。


母熊は人間に気付かれず川を渡り、なにやらくんくんと鼻を使って探しておりましたが、木の実が入った糞を探し当てると止まりました。そして母熊は、子熊がかつてこの世に存在した証しをぺろりとなめ、子熊の復讐を誓いました。


熊が人を襲うことはめったにありません。まして、復讐のため人殺しをする熊など、この母熊を置いておりますまい。殺された子熊は、村人の間で恐れられた‘はやて’という雄熊との間にできた子で、大きくたくましく優しかった‘はやて’を母熊はとても愛していました。はやては賢く神出鬼没でした。人間の仕掛けた罠などにはかからず、鶏やウサギなどを狙って民家にも現れので、村人に恐れられていました。疾風のごとく素早く、あちこちに現れるのでこの名で呼ばれました。しかし、そのはやても去年人間の手にかかって死にました。その時はやてを撃った猟師も軍服を着ておりました。


母熊は殺された子熊の前にも出産の経験がありましたが、はやてとの間に生まれた子熊には特に大きな愛情を注いできました。人間から恐れられていたはやては、鉄砲で撃たれて殺された後、はく製にされて、旅館の東側に‘飾られて’おりました。


ここで作者は申し上げなければならないことがございます。日本中、いや世界中でこれまで幾多の人々が不幸にも熊の犠牲になられたであろうことは、伝え聞くところでございます。そうした方々の御霊がどうか安らかでありますようお祈りするとともに、この物語、または作者が犠牲になられた方、並びにご遺族に取って不愉快な存在にならぬことを願い、この架空の物語を先に進めさせていただくことをご容赦いただきたいと存じます。


第二話 母熊の復讐


 復讐を誓った母熊は、人間達がどうすれば一番衝撃を受けるか考えました。その結果人間の子供を襲うことにしました。村の家々は数件がかたまり、かたまりとかたまりの間は30間(約50メートル)ほどの距離がありました。そこには茂みや林があり、母熊は人間に気付かれずに潜むことが出来たのでございます。


母熊は毎夜茂みに身を隠し、‘その時’を待ちました。小さい村で親戚同士の行き来が頻繁に行われ、村人が夜の小道を行ったり来たりするのを母熊は知っていました。


或る夜母熊が身を潜めていると、おじいさんとおばあさんが子供を見送る声がしました。祖父母の処へ孫たちが遊びに行った帰りでしょう。子供たちが数人小道を歩いて母熊が隠れている方へ近づいて来ました。息をひそめて待っている母熊の前まで子供が歩いてきたその時です、ガサッと茂みから出た母熊は手前の子供の太ももに食いつきました。悲鳴を上げて逃れようとする子供を容赦なく襲い、子供は絶命しました。


それはそれは悲惨な最後でした。他の子供二人はあまりの恐ろしさと自分の兄弟を助けたいとの思いもあり、しばらくその場を動けませんでしたが、ここにいては次は自分という考えに至り、一目散に悲鳴を上げながら自宅の方へ逃げていきました。しかし、母熊は二人目を襲う気は最初からありませんでした。一人で十分でした。母熊は自分が殺した子供の顔をぺろぺろとなめ、また茂みの中に消えていきました。 はやて、子熊、母熊による初めての人への襲撃でした。殺されたはやても子熊も、人間を襲ったり、傷つけたことはなかったのです。


 生きて逃げ帰った子供の話を聞いた村人たちは驚き、悲しみ、恐怖におののきました。その日の夜、村人たちは村長のうちに集まり、熊の対策について話し合いました。一人で外出はしない事、外出するときは鈴や音の出るものを携帯すること、そして熊をできるだけ早く退治することで話がまとまりました。

 

母熊は話し合いのため留守になった旅館に忍び寄り、はやてにこの事を報告に行きました。小さくため息にも似た啼き声をあげ、はやてのはく製がある棚に前足をかけ立ち上がり、はやての口をぺろぺとろなめました。母熊の口にはまだ子供の血がべっとりと付いていたので、はやての口は真っ赤になり、口から血がしたたりました。いとおしそうにはやての顔に頬ずりをすると母熊はまた低く声を出し、前足を地上に下ろし、反転して来た道を帰っていきました。

 

次の日の朝、旅館の東側から悲鳴が上がりました。物置小屋に炭を捕りに行った女中が腰を抜かして倒れていました。声を聞きつけた番頭がどうしたのか尋ねても口がきけず、わなわなと指さす方向を番頭が見たとたん、番頭も腰を抜かさんばかりに悲鳴を上げました。


そこには、口を血で真っ赤にした雄熊のはく製がありました。


昼前にはほとんど村人全員がはやてのはく製を見に旅館に集まってきました。そして互いに囁きあいました。はやてが生き返っただの、はやての呪いだの、村人のほとんどはそう信じていました。


そんな中、軍服の茂三は、必ず別の一頭がいると確信しました。そして、やったのは子熊の母親だということも分かっていました。


ほとんどの村人ははやてが甦ったと思い込んだので、魂を早く諌めなければ、また犠牲者が出ると考え、旅館の東側に穴を掘りはやてのはく製をそこに埋めて塚を作り、村の大工が小さな祠を建ててはやてをまつりました。


たまたま泊り客がいなかったので、村から外にこの事が漏れる事はありませんでしたが、旅館の従業員そして村人たちに対しても厳しいかん口令が敷かれました。特に旅館の中では客がいるいないに関わらず、このことには触れぬよう、もし背いた時は即刻暇を出され、給料も払わないという厳しいものでした。


その後何も起こらなくなったので、村人の間では一層‘はやての蘇り’を信じるようになりました。


それから今日に至るまで、祠には干し魚や果物が欠かさず供えられるようになりました。


第三話 おろかな人間達の追跡


 子供殺しの‘犯人’が母熊と確信していた茂三は、手下二人、太助と久三を連れて山に入ることにしました。手下の二人は他の村人同様、子供ははやての呪いによって殺されたと信じていたので、まったく気が進みませんでしたが、茂三の説得に負けてしぶしぶついていくことになりました。川向うの山にいるに違いないと考え、母熊が住んでいる山へ分け入っていきました。茂三の感はさえていました。茂三たちは熊が好きな木の実が多くある沢付近を目指しました。何時間歩いたでしょう。手前のはげ山まで来たところで日が暮れようとしていました。


 はげ山のてっぺんには一本高い杉の木がありました。


三人は木の根元で一夜を明かすことにしました。ここなら熊が出てきても襲われる前に鉄砲で撃つ事が出来ます。茂三、久三、太助はそれぞれ鉄砲を持っていました。それを木の幹に立てかけて、まずは火を起こすことにしました。火おこしの道具を持ってきていましたし、彼らにとって火を起こすことはたやすい事でしたので、間もなく火は起きました。そして三人は即席の寝床をこしらえました。

 

それまで三人はほとんど口をきかず、黙々と作業していましたが、茂三が

「さてと、飯にすべえ」

と言うと、ほかの二人は

「ああ、腹減ったなあ」

「ああー腹減った」

と言い、火の回りにべたりと座りました。それぞれが持ってきた竹にくるんだもち米の握り飯を前に置き、久三自家製のドブロクを回し飲みし始めました。太助は持ってきた干し肉を拾った小枝の先端に刺して焼き始めました。

 

一部始終を母熊は林の中から見ていました。森の精は母熊のために風を吹かせ、人間の場所を教えていましたので、母熊は全く人間達に気付かれずに先回りをし、行動を把握していたのです。

 

林の中に母熊の大嫌いな匂いが漂ってきました。太助が焼いている干し肉は、そうです、殺された子熊の肉だったのです。この時ばかりは森の精にこちらに風を吹かせないようと母熊はお願いしたので、煙が消えるまで風は逆に吹き母熊ににおいは届かなくなりました。母熊の中には言いようのない悲しみと怒りの感情が甦りましたが、再び人間を殺そうとは思いませんでした。

 

猟師三人はほろ酔いと満腹で眠くなりましたが、全員寝てしまうわけに参りませんので、一人は見張りと火の番として起きていることになりました。小枝で作ったくじで見張りの順番を決めました。一番は太助になり、茂三と久三は先に寝ました。二人が高いびきをかき始めたころ、林の方からガサガサという音がしました。座って月を見ていた太助は慌てて鉄砲を取り、近くで寝ていた久三を起こしました。

「おい、久三、久三」

「ああー、なんだよ太助どん」

「何かいるぞ!」

眠い目をこすりながら久三は

「ウサギでも出たんじゃねえか?」

と、太助が指さす方向を見ると、月明かりに照らされているはげ山の際の背の高い草がガサガサと音をたてていました。

「おめえはそっち行け」

「俺はこっちだ」

と二人は茂三を置いて音のするあたりを挟み撃ちにするよう際に沿って、弧を描くようにそろそろと距離を縮めていきました。二人は息を殺して先ほど音のした方へ抜き足差し足近づいていきました。


また同じあたりからガサガサっと音がしたその時、パーンという銃声がとどろいたと思うと、「ウーン」といううめき声の後、ドサッと人が倒れる音がしました。

「た、た、太助どーん」

久三が恐ろしさの余り放った一発が太助の胸に命中したのでした。久三は熊がいるかもしれないにも関わらず、太助が倒れる音がした方に慌てて駆け寄りましたが、太助の息はすでにありませんでした。


「太助どーん、すまねえ、頼むから目を覚ましてくれえー」


久三は太助の体を揺さぶりましたが、太助の体温は急速に下がり、久三の力に任せてだらりと揺れるだけでした。


銃声に目を覚ました茂三が駆け寄り、

「どうした、何があった」

周りを警戒しながらも出せるだけの声で放心状態の久三に聞きましたが、久三はしばらく返答もしませんでした。ようやく茂三がいる事に気付き、

「ああー茂どん、えらいことをしてしまった」

茂三の胸もとをつかんで泣き崩れました。


茂三とて目前で起こったことに気が動転していたのは同じでしたが、そこにいては危ないととっさに考え、冷たくなった太助を背負い、杉の木の根元に戻りました。ぶらぶらになった太助をドサッと地べたに置き、その上に布を被せました。ふらふらとやっと歩いてきた久三も木の根元にドサッとへたり込みました。


もはや母熊を探している場合ではありません。夜が明けるのを待ち、一人が救援を呼んでくることになりました。太助の亡骸を二人で運んでいる時に襲われるかもしれません。 


茂三は久三に山を下りるように言いました。久三にとってはどちらにしても地獄に代わりませんでしたが、太助の亡骸と一緒にじっとしているよりは、大変な疲労になるのは間違いありませんでしたが、山を下る方がまだましだろうという茂三の判断からでした。


日が昇る前に久三は出発しましたが、救援が着くのは早くてその日の夕方位になるだろうということは、山をよく知る二人には予想がつきました。 


茂三はそれまで太助の亡骸と一緒にひたすら待たなければならないのでした。太陽が頭のてっぺんに来るまでとてつもなく長い時間がかかりました。まだまだここで待ち続けなければならないと思うと、自分の身に起きていることを呪いました。今の自分と過去の事、母の事、妻の事、村長の事などいろいろと考えました。


やることと言えば、太助の処にたかってくる虫を追い払うことと、思いを巡らすことくらいしかありませんでした。時々、ガサッという音に驚いて、鉄砲に手をかけたりもしました。疲れていましたが、眠ることは出来ませんでした。しかし、何度か睡魔が訪れ、打ち勝つことが出来ず、茂三はいつしか眠ってしまいました。


母熊はおろかな人間が行ったことの一部始終を茂みの中で見ていましたが、人間に隙があろうとも、もう襲う気など毛頭ありませんでした。久三が山を下りて行ったのを見届ける、食べ物を探すために山の中に入っていきました。その後母熊は森の中から出てくることはありませんでした。


どのくらいの時が立ったでしょう。茂三は人の声に気付き目を覚ましました。急いで起き上がり、声のする方に走っていくと、

「おー茂どん、すまねえ」

久三でした。村人は久三に村に残るよう言いましたが、茂三の事を考えると、自分が村で休んでいるわけにはいかないと、先頭に立って山を登ってきたのでした。


久三はまた茂三の胸にすがり、泣きました。

「すまねえー、すまねえー」

何度も言いました。

「久三、おめえは悪くねえ、事故だったんだよ」

茂三はそうとしか言えませんでした。しかし、人一人を撃ち殺した事実は消えません。一緒に来た警官による聴き取りと現場検証の後、久三は逮捕されました。


村人たちは今回のこともはやての呪いだと囁きあったのでした。久三もそう思いました。手錠をされて山を下りるとき久三は茂三に言いました。

「茂どん、もう熊は追うなよ、また何か起きるよ、これは呪いだよ、はやての!」

「うん」

とだけ言い、茂三は無言で歩きました。

その後茂三は母熊を追って山に入る事はありませんでした。


第四話 村長のたくらみ

 

茂三には美津という妻がいました。やはり女中として旅館で働いており、村で一番の器量よしと言われていました。


茂三は日中戦争に出征したことがあり、村人たちの万歳に送られる茂三の姿に美津は心を奪われたのでした。茂三は浅黒く目鼻がはっきりとした顔立ちで、美津ならずともあこがれを持って送り出した少女は少なくなかったのです。


 二年の後、美津が19の時、茂三が帰還しました。美津は茂三の帰りを心待ちにしていましたが、そのことは誰にも話しませんでした。美津はその少し前から旅館で働くようになっていました。人の恋心は隠そうとしても隠せないものでございます。美津の茂三に対する思いに周りの女中が気付きました。女中たちは面白がって美津をからかいましたので、美津は顔を赤らめて否定していましたが、美津も悪い気はしないので、それに付き合っておりましたが、いつか茂三に対する気持ちを白状しました。それをまた女中たちは面白がって話しましたので、噂は瞬く間に旅館と村中に広まることになりました。その事は旅館の女将を通じて村長の耳に入るに至りました。村長は、

「あーそうか」

と言い、二人の縁組に動き出しました。


帰還した茂三の耳に真っ先に入ってきたのはその話しでした。 茂三と美津は知らぬ仲ではなかったのですが、早速見合いの席が設けられ、話はとんとん拍子に進みました。もちろん仲人は村長自らかって出て、婚礼は旅館でにぎやかに行われました。


戦地から帰ってきたばかりの茂三は村では英雄でしたので、美津の両親は大変喜びました。茂三の両親はすでに亡くなっていたので、茂三は両親の眠る墓前で美津と一緒にこのことを報告しました。幸せいっぱいだった二人にこの後泥沼の悲劇が訪れる事は誰も知る由もありませんでした。


そもそもこの縁談に村長が乗り気だったことには裏がありました。美津を我が物にしようという邪な動機があったのです。


 茂三の父は茂三が幼い時分に他界し、母親の敏子が女手一つで育ててきたのでした。旅館で働く傍ら、農作業もこなし、評判の働き者でしたが、茂三が16歳の時突然の病で寝たきりになってしまいました。16歳といえばまだまだ遊びたい盛り、これからの人生なんでも出来ようという希望に満ちた歳に母親の介護という重荷を背負ったのです。親孝行な茂三は、甲斐甲斐しく敏子の面倒を観ました。医療の発達していない時代、しかも山の中の事ですので、敏子の病が治るという見込みはありませんでした。敏子の頭ははっきりしていましたので、息子がこのまま自分の面倒を観続けなければならないということに心を痛めていました。茂三のため、自分さえいなくなればと思う日々、ある晴れた春の日、枕元に来た茂三に敏子は語りかけました。


「茂三や、いつもありがとう、かあちゃんは幸せだったよ」

「何言ってんだよ、これからもずっと一緒だよ、まだまだ恩返しは終わってねえよ」

優しく茂三は言いました。

「茂三、お願いがあるんだけど」

「なんだい」

「これを武夫おじさんに届けてくれるかい」

震える手で無造作に折った紙を渡しました。武夫は敏子と三つ違いの一番仲の良い弟でした。

「わかったよ」

茂三は紙を懐に入れました。

 

武夫おじさんのうちへは、行き帰り丸一日を要しました。茂三は母親がとても心配でしたが、母の用事を早く済ませようと走っておじさんのもとへ向かいました。武夫おじさんの処に着いた時には茂三の足は棒のようになり、腹もペコペコでした。武夫おじさんが、

「おー茂三かあ、よく来たよく来たなあ」

と言って、歓迎してくれました。

「どうした、おっかさんの具合はどうだ」

「相変わらずです、これをおじさんに渡すよう言われてきました」

と茂三は武夫に母から預かった紙を渡しました。武夫は紙を広げて、敏子のよれよれの字を読み、

「茂三、おめえ、すぐ帰れ」

と言いました。

「え、なんで?」

「いいから帰れ、俺はちょっと広子の面倒見てからすぐ行くから」

広子は、武夫の妻で、3人目の子供が腹の中にいて、すでに予定日を過ぎていましたので、もういつ生まれてもおかしくなかったのです。武夫は大きな握り飯を二つ竹の皮に包んで茂三に渡しました。

「これ、途中で食え、な、じゃあ後でな」

というと、茂三の肩をポンと押しました。茂三は武夫おじさんの態度に何か悪い予感が沸いたので、とにかく急いで母の待つ家に向かいました。


家に着いたのは太陽が山の端にちょうど隠れたころでした。急いで来たので、まだ明るいうちに着くことが出来たのでした。

「かあちゃん、帰ったよう」

返事は有りませんでした。

「かあちゃん」

と言いながら、茂三は敏子が寝ている部屋の襖を開けると、そこには仰向けの顔の上に手ぬぐいを被った母がいました。

「かあちゃん!」

と近づいて、濡れた手ぬぐいを取ると、真っ白な母の顔がありましたが、茂三には何が起こっているのか理解できませんでした。

「かっ」

その後の言葉は出ませんでした。涙が溢れて来て、やっとのことで、

「かあちゃん」

と、震える声で母を呼びました。

「かあちゃん」

「かあちゃん」

やはり返事はありませんでした。


茂三の手が震え、頭の中は混乱し、これが夢であってほしいと願うのでした。まだ若い茂三には泣くことしか出来ませんでした。母の胸に突っ伏して茂三はひたすら泣きました。


その時、

「こんちは」

「こんちは、茂三、居るかい」

村長でした。旅館で働いていた敏子が病に伏せってから、村長は何かと親子の面倒を観てくれました。敏子は美人でしたから、女中の時から村長が目をかけていたのです。茂三は村長が好きではありませんでした。村長も自分になつかない茂三が好きではありませんでした。

「入るよ」

と、空いている襖の中から茂三の泣き声が聞こえたので、

「どうした、おい、茂三」

「おっかさんがどうかしたのか」

と村長は泣いている茂三の隣りに座り、敏子の顔を見て、ようやく何が起きたか分かりました。そして、茂三の手が握っている濡れ手ぬぐいをひったくり、

「まさか、茂三、おまえ」

と泣いている茂三の肩を揺さぶりました。茂三は何を言われているのか、されているのか理解できませんでした。村長は、急に静かに諭すように

「茂三、お前も辛かったろう、このことは私とお前の秘密だ、分かったな。私は何も言わん。おっかさんは急に具合が悪くなったということにすればいい」

何を言っているのか分からない茂三に村長は続けました。

「この手ぬぐいな、これはここにはなかった、いいな、ここにはなかったんだぞ」

といって、村長は濡れ手ぬぐいを自分の懐に入れました。

「これから平野先生のところに行こう。お前は何もしゃべらなくていい」

だんだんと村長が何を言っているのか、混乱しながらも分かってきました。


-村長は自分が母を殺したと思っている-


と気付いたのは、遅すぎたのでした。悪い方へことは進んでおりました。村長の‘取り計らい’で真実は闇に葬られようとしていました。


-これから一体どうなるのだろう-


言いようのない不安が茂三の心をよぎりました。本来ならば、不幸な母の死を悲しんでいればいいだけの筈でしたが、なんの因果でしょう、この状況は16歳の茂三にはあまりにも荷が重すぎました。それでも、茂三は村長に事実を言ってみました。

「村長さん、母ちゃんは、俺が来たときには死んでました、あの濡れ手ぬぐいを被って」

しかし村長は取り合いませんでした。

「おまえ、この期に及んで、そんなこと誰が信じる。俺は見たんだ、お前がこの手ぬぐいを持っているところを、警察に聴かれたら、俺はそう証言せざるを得なくなる。だから、な、二人の秘密なんだ、いいか、これから医者には俺から説明する。お前は黙っていろ。すべて俺が納めてやる」

と言われ、若い茂三は何も言えなくなりました。村長と自分、警察はどっちを信じるか?


平野は村長おかかえの医者で、まるでそこに居合わせたかのように語る村長の言葉をすべて鵜呑みにして、

「まあ、相当弱ってましたからなあ、 寿命でしょうなあ」

あごひげをいじりながら、うなずいて、死亡診断書を書きました。


茂三は、消すことの出来ない‘弱み’を村長に対して負うことになりました。

叔父の武夫が茂三のうちに着いたのは、医者が死亡診断書を書いた頃でした。武夫は敏子の手紙を読み、姉が自ら命を絶とうとしていると思っていたので、茂三に様子を聞いてみましたが、ついに茂三が本当の事を話すことはありませんでした。


さて、話を茂三と美津の事に戻しましょう。


美津が茂三の処に嫁入りし、幾日か経った後のことです。美津が夕飯の用意をしている時でした、一升瓶を手にした村長が茂三の家に入って来ました。

「こんばんは」

木戸を開け村長が中に入ってきました。夕飯を作っている美津が目に入ったので、

「おお、美津元気そうだね、茂三は居るかい?」

「茂さんは中にいます」

と言い、

「茂さん、村長さんがいらっしゃいましたよ」

茂三に声をかけました。村長が好きでない茂三は、

-何しに来たのだろうか-

と思いました。

「茂三、一杯やろう」

と村長が話しかけ、土間から居間に上がってきました。茂三は迷惑でしたが邪険にも出来ず、美津に徳利と杯を用意するように言いました。ちょうど夕飯の支度をしていましたので、美津が茂三と食べようとしていたおかずを酒の肴に出しました。一升瓶の酒を徳利に移し、男二人は飲み始めました。美津は夕飯も食べずにあり合わせの料理を二人のために作りもてなしました。


だんだん村長も茂三も酔っぱらってきました。

「茂三、美津は料理上手だなあ」

「いやあ、本当にそうです、俺は幸せもんです」

「なあ茂三、相談なんだが、俺にもその幸せを分けて欲しいんだが」

「えっ、どういうことでしょう?」

村長が何を言い出したのか理解できない茂三が聞きました。

村長が茂三の方ににじり寄り、耳打ちしました。

「美津を一晩貸してくれ」

「えっ」

茂三の胸が高鳴り、汗が出て来て、酔いは一気にさめました。

「村長さん何を言っているんですか、そんなことできるわけがないじゃないですか」

「おっかさんの事、二人の秘密だよな」

「それは、秘密でお願いします、でも、それは関係ない事です」

「関係ないと言えるのかな」

「関係ないと思います、、、、、、、」

その声は弱弱しく、茂三はそれ以上何も言えませんでした。

「茂三、美津に酒の相手を頼んで、お前はちょっと用を足しに外に出てくれんか」

「おっしゃる通りにしますが、お願いですから美津は勘弁してください」

「安心しろ、おまえたちのことは俺に任せておけ」

茂三は杯の酒を飲み干すと

「美津、釣り仲間の寄り合いがあるのを忘れてた、ちょっと出てくるから、村長さんの相手を頼む、すぐ帰るよ」

と言って木戸を開けて出ていきました。


美津は茂三に言われた通り村長の酒の相手をするため、村長の正面に座りました。

茂三はもともと寄り合いなどなく、行くところもありませんでした。かといって家に帰ることも出来ませんでした。美津が村長に抱かれている事など想像したくなかったですが、茂三は怖かったのです。気が気ではありませんでしたが、一晩中、村の中をうろうろして帰ったのは朝方でした。

閉まっていた木戸を震える手で開けると、家の中は静まり返っていました。

「美津」

と妻の名を呼んだとたん、大粒の涙が目から流れました。

泣きながら美津がいるであろう奥の間へ半ば倒れるように入っていきました。美津は布団を被っていましたが、起きていました。

「みつうううう」

茂三は泣きじゃくるだけでした。

美津も泣いていました。

「なんで一人にしたのよう」

というと美津も泣きじゃくりました。茂三は何が起きたか悟りました。美津の布団に覆いかぶさり、なんの声もかけられず、泣くだけでした。美津も泣きましたが、体を固くして、茂三の体に触れる事はしませんでした。


-神様お願いです、何も起きませんように-


というはかない思いは見事に踏みにじられました。あの強欲な村長が何もしないわけはありませんでした。か弱い美津の抵抗に期待していた茂三は浅はかすぎました。茂三は自分の愚かさと弱さを呪いました。


やがて朝になりましたが、二人は同じ状態で横たわっていました。茂三も美津も眠れませんでした。美津は旅館の仕事があるので、覆いかぶさっている茂三を押しのけて起き上がりました。押しのけられた茂三は仰向けになり天井を見つめました。美津は顔を洗い、鏡を見て髪を直して、外に出ていきました。茂三は言いようのない不安に押しつぶされそうになり、


-これからどうなるのだろう-


と天井を見ながら考えました。

外では雀やほかの鳥たちが朝の到来を喜んでいるがごとく鳴いていました。それを聞いて茂三は心底寂しくなりました。


季節は廻り、また春が来ました。茂三と美津の関係は悪くなり、お互いの事に関心を持たなくなっていました。そこに付け込んだ村長は、茂三が居ようが居まいが、茂三の家に来て美津との逢瀬をするようになっていました。美津も大分前から村長を拒まなくなりました。最近では毎日のように入りびたり、茂三は家を開けることが多くなり、外に女を作りました。美津と茂三はお互い口もきかなくなっていましたが、茂三は美津の腹に子供がいることに気付きました。もちろん自分の子であるはずがありませんでした。時が経つにつれ誰が見ても分かるくらい美津の腹が出てくると、茂三は自分の子だと言わざるを得ませんでした。


第四話 村長の死


その頃また熊の目撃情報が入りました。

冬眠から覚めて腹ペコで食べ物を探しているのでしょう。雌の熊は小熊を連れていることが多く、この季節の熊は特に危険とされていました。茂三は以前村の子供を襲った母熊かもしれないと思い、また熊を追うことにしました。今度こそ自分の手で仕留めてやるとの一心で、目撃情報のあった民家に近い、熊の出そうなところに隠れて獲物が来るのを待ちました。そして、三日目の事でした。太陽が真上まで上がり、茂三は自分で作って持ってきた握り飯を一口食べたとき、正面の笹の葉がガサガサと動いたので、そのかたを見ると黒いものが動いていました。

-熊だ-

とっさに思い、鉄砲を構え


「パーン」


と撃つまで一秒位だったでしょうか。そして次の瞬間

ガサッと、何かが倒れる音がしました。茂三は鉄砲を携えて駆け寄りました。 なんとそこに倒れていたのは村長でした。銃弾はこめかみから入り、頭を貫通していました。声を出す間もなく絶命していました。

「そ、村長」

「しっかりしてくれ」

上体を抱き起しましたが、頭はぶらりと垂れ下がり、血がぽたぽたと垂れていました。茂三が放心していると、驚いたことにそこに美津が駆け寄ってきました。

村長は旅館に飾るために笹の葉を取りに来ていたのでした。美津も一緒に行くつもりでしたが、村長が美津の体を気遣い、どこかで座って待つよう言い、美津は座って遠目に村長の作業を眺めていたのでした。

「村長さん」

と美津は呟きましたが、すがりつくことも、涙を流すこともなく、


「茂さん、ありがとう」


と言い、旅館の方向へふらふらと歩き出しました。茂三は美津を後ろから抱きしめ、

「美津、俺が悪かった。またやりなおそう、頼む」

泣きながら言いましたが、美津はかすかに頭を横に振り、さらに歩き出しました。茂三の両腕はゆっくりと美津から離れ、それ以上声をかけることはできませんでした。 美津は旅館に帰って、

「村長さんが死にました」

と消え入りそうな声で、ほかの女中に告げました。皆は急いで美津の指さす方へ走って行くと、そこには村長の亡骸を抱えた茂三がいました。警官がすぐにとんできました。茂三が、

「私がやりました」

と自ら告げたので、その場で茂三は逮捕されました。茂三は取り調べのため、郡の警察署に連れて行かれ、その後村に戻る事はありませんでした。

その日の夕方、美津も誰にも知られず、村から姿を消しました。それきり美津も村に戻ることはありませんでした。美津は身重な体であてもなく歩いているところを通りかかった隣町の温泉行のバスに拾われて、運転手の紹介で旅館の中居として雇われましたが、間もなく女児を出産し、バスの運転手と一緒になり、ひっそりと幸せに暮らしたそうでございます。

茂三は、たとえ誤射であったとしても、村長を殺したという罪で裁かれ監獄に行きました。村人は村長の所業を知っていましたので、皆茂三に同情しました。


村人たちは、再び噂しました。はやての呪いだと、、、、、、、、しかし、別の事を言う人もいました。


「茂三は、知っててやったんだ」


確かに茂三は旅館に飾る笹の葉採りは村長の仕事という事も知っていましたし、どのあたりで採っているという事を知っていてもおかしくありませんでした。これは茂三のみぞ知る事でした。警察にもこの事は尋問されましたが、

「熊と間違えて撃ちました、すべての責任は自分にあります」

と言い通しましたので、警察もそれ以上追求せず、茂三を裁判所に送りました。茂三は、服役中戦地に送られ、戦死したという噂が流れましたが、正確な事は誰も分かりませんでした。天国に昇った茂三は、優しい母親に会いようやく平穏な時を過ごすことが出来たのでございます。


第五話 旅館の崩壊


強欲な村長は旅館でも疎まれていて、その死を悲しむ者はおりませんでした。むしろ茂三をたたえる向きもあったくらいでした。隠していたつもりの美津との仲は村中に知れ渡っており、村長の妻でさえ、涙を流さなかったほどでした。こうした一連の事件は世間に知られることになり、客足は遠のき、従業員も一人減り、二人減り、残ったのは、村長の腰巾着の番頭そして番頭の腰巾着の女中数人、全員村長と番頭へのゴマスリばかりで、周りから村長同様に疎まれていた連中でした。早々に辞めた女中たちは仲良く、一緒に仕事をやろうかとか、どこに仕事口があるだとか、情報を交換しながらこれからの事をみんなで考えましたが、腰ぎんちゃくの女中たちは皆から嫌われていていましたし、腰ぎんちゃく同志の仲は上辺だけで、お互いを嫌っていたので、孤立しましたが、それまでひどい事をしてきましたので、誰からも相手にされませんでした。


腰巾着の女中たちも、客が来なくなるにつれ旅館にとどまる事が出来なくなり、3人のうちの一人を残して解雇されることになりました。旅館には番頭と女中一人のみが残りました。旅館の規模を縮小し、これまでのもてなしは到底できず、調理人もやめたので、番頭が厨房に立ちましたが、大したものは作れず、数少ない客の評判がさらに悪くなり、最後の砦である常連客も来なくなりました。こうなると二人でも多くなり、番頭は、もう一人の女中も辞めさせ、一人で残る事にしたのです。


ついに客は全く来なくなりましたので、事実上建物の管理だけが番頭に残された仕事でした。しかしそれではお金は入ってきませんので、貯えておいたお金を使い切ると、旅館の運営が完全にできなくなりました。このような旅館に融資してくれる金融機関もありませんでしたし、番頭は最後に旅館の中の売れそうなものを売る事にしました。年代物の骨董品が数多くありましたが、業者は足元を見て、二束三文の値段をつけ、それでも番頭は受けざるを得ませんでした。それほどの金は集まりませんでしたが、番頭は有り金をすべて持ち出すと、ある日行方をくらましました。村長の妻はすでに別居していましたが、まだ村長の妻でした。番頭が持ち逃げした骨董を売った金は自分のものだと警察に訴え、警察が逮捕状を取って番頭を追いました。間もなく番頭は捕まり、結局旅館には誰もいなくなりました。

そのような曰くつきの宿の引き取り手もいませんでしたし、以前女将だった、村長の妻も全く続ける気は無く、取り壊すのにも大金がかかるというので、そのままになった旅館は荒れ放題に荒れて、狸やムササビなどの恰好の棲家になりました。


旅館は常連客からも忘れ去られ、村人も次第に忘れていきました。ただ、はやての事は語り継がれ、お供えを絶やすことはありませんでした。


再びあのような惨事がありませんようにと、、、、、、、、、、


終わり


最後まで読んでいただきありがとうございました。

結果的に母親の愛という事がテーマだったのかなと気付いた次第ですが、

皆さまはいかがお感じでしょうか。

お楽しみいただけましたら幸いでございます。

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