3-3 「なぜ勉強する必要があるのか③」
「それは嘘で、いけないことじゃないの?」
「誰しも、間違えることはあるから、悪気があるかは分からない。それでも、社会科の勉強をしていくと、約束をきちんと果たしましょうねって、正式に文章を作って約束を交わしたり、法律という『社会のルール』に法りましょうねって教えてくれる。算数・国語・社会の勉強が必要な理由は、こんなところかな」
「むつかしくて、よく分からない」
「色々な知識が組み合わさると、生活するうえで便利になるって考えればいいよ」
すると、来世は机の下においてあったカバンから、一枚のプリントを取り出す。
「遠足のプリントを渡されたでしょ?」
「うん」
「親と子供に向けて、何が必要でどんな注意をするのか。これは先生が『きちんと説明しましたよ』って、忘れないように渡してくれたもの。受け取った時点で、俺たちは書かれた内容を守る約束をしたことになるんだよ。契約書とは違うけど、意味としては似ている部分がある。書いてあるのに、持ってこなかったら怒られるでしょ? そういうイメージで考えていいよ」
秋子は余計に混乱したのか、分かったような分からないような、微妙な反応をする。
来世の語る内容が、百パーセント正しいとは言えないものの、どんな場合に役立つかという面では嘘は言っていない。
「つまり、勉強するとかしこく生きられるってことで良いの?」
「それでいいよ、清川さん」
「わかった」
(あれ、いま遠野くん、わたしのことを『清川さん』って呼んでくれた?)
秋子は聞き流していたが、来世は秋子を『清川さん』と初めて呼んだ。
いままでずっと無視されて、説明以外では短い言葉でしか返事をしてくれなかった来世が、初めて認めてくれたように思えた。
来世からすると、秋子は難しいと思ったことでも、頑張って理解する頭を持っていて、その聡明さを少しだけ好ましく思っていた。
後は子供らしい『しつこさ』がなければ最高だと考えていたが、それは秋子が知らないこと。
「ねえ、遠野くん! いま、わたしのこと初めて呼んでくれたよね?」
「……」
その日は、秋子がどんなに来世へ質問しても、口を開くことなく無視された。
それでも、心の距離が縮んだように思えた秋子は、少しだけ嬉しくなり、つい過剰に反応してしまった。
――そして、縮んだと思っていた心の距離は、秋子の知らないところでまた元に戻っていく。彼の嫌いな子供っぽさが、前面に押し出されることによって。
カクヨムでの作品URL
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