8-3 「二人の少女③」
千鶴には、友達ができたら相談したいことがあった。どうしても、同い年の女子にしか聞けない悩みがあった。
しばらく前から悩んでいたことで、それはさすがに、男子である来世には相談できないことだった。
「あのね、清川さん。ひとつだけ……相談があるの」
「私の事は、秋子でいいよ。千鶴ちゃんって呼んでいい?」
「うんっ。あ、秋子ちゃん」
「それで、なに? 何でも聞いていいよ」
千鶴はあまり運動が好きではなかった。
自分の体形を気にしているのに、長時間の運動が続かない。
元々、ご飯の量は少ないはずなのに、同年代と比べて太めの体形をしている。
秋子に相談したい悩みというのは、それに関連していることだった。
「その、誰にも言わない?」
「うん」
「私がおかしいだけかもしれないけど……」
「うん」
まだ親しくなった訳でもないのに、相談したいという思いの方が大きかった。
恥ずかしさを抑えながら、その内容を言葉にしていく。
「走るときに……胸が痛くて……そう思うことない? 揺れると……擦れて痛い」
「あー……」
秋子が改めて千鶴を見ると、胸の膨らみが見て取れる。
「もしかして、ブラとかまだ着けたことない?」
「……うん」
「他の子でも、そういう悩みを持つ子はいるよ。私もそうだったから」
「そうなの?」
「お母さんに言って、買ってもらった方が良いと思うよ。まだ着けてない子もいるけど、きちんとサイズを測って、体に合うものを着けるとよくなると思う」
そういうと、秋子は細かいことを千鶴に説明していく。
「秋子ちゃん、ありがとう。良かった……私だけじゃなかったんだね」
少女のほっとした顔を見て、秋子はやっぱり表情は大事だと思った。
「さっき、背筋を伸ばしたときに気にしてたのも、やっぱり胸?」
「うん」
「背筋を伸ばして、堂々と明るく笑っていたら、千鶴ちゃんは可愛いよ。体形を気にしているみたいだけど、胸の痛みがなくなって運動するようになったら、きっと誰よりも可愛くなるよ」
「そんなこと……ないよ」
「私がそう言うんだから、間違いないよ」
「ありがとう。そうだったら、いいな……」
来世がいない間に、二人は少しだけ仲良くなった。
遠慮しがちな千鶴はともかく、秋子は日頃のやり取りによって、心理的な壁をあまり意識しなくなっていた。無視されても折れない、謎の粘り強さを発揮するようになっていた。
もちろん、空気を読むことは忘れていないが、あえて違う選択をする機会は増えていた。
「そうなるよ、きっと」
一歩を踏み出す勇気を使って、少女の世界はまたひとつ、広がった気がした。
(変えようと思わなきゃ、何も変わらないのかな)
目の前の秋子がそうであるように、自分から歩み寄ることで日常は変化する。
それを知ることが出来た少女は、明日から少しづつ変わっていこうと決意した。
――その様子を、山田 美知子が横目で眺めていた。