1-2 「遠野君と図書館」
図書館に入ると、本を読んでいる人物が三人いた。その中のひとりは遠野で、秋子は声が届く位置まで近づいていく。
「遠野くん?」
「……」
本に熱中してしいるのか、遠野に声は届いていなかった。秋子が後ろから覗き込むと、文字はとても小さく、難しい漢字が並んでいる本だった。
「ねえ、聞いてるの? 遠野くん!」
秋子は無視されることに慣れていなかった。クラスでは男子に人気があり、女子からも嫌われていないかった。だから、素っ気なく対応されるのに慣れていなかった。
何度呼びかけても反応しない遠野は、秋子の中では初めて遭遇するタイプの男子だった。
「遠野くん!」
むっとして、読んでいる本を取り上げた。やっと気付いたのか、本を取り上げた秋子のことを見た。
「何か」
秋子を見る遠野の視線は冷たかった。
声は平坦で、感情がこもっていない。身の危険を感じるほど、鋭い切れ味がある響きに、秋子は身をすくめた。
「ひぃ」
そのため、女子っぽくない、間の抜けた声を出しているのにも気付かず、遠野の視線を真正面から受けて固まってしまった。
「なに?」
まるで、虫を見るような……いや、それよりも酷く、価値の無い何かを見るような視線に、秋子は鼓動が早くなるのを感じた。そして、鳥肌が立つような衝撃を受けた。
「どうしたの?」
「あ、あの! これ、先生から渡されたの! 遠野くんにって!」
秋子は大きな声を出しながら、遠野にプリントを渡す。この場所が図書館であることも忘れ、うわずった声で要件を伝える。
「ありがとう」
「それじゃあ、これで!」
渡した後に、急いでその場を後にする。
遠野の視線を受けたとき、秋子の中から知らない感情が湧き上がってきた。
ぞくぞくするような、冷たい視線を受けて、切なくなってしまった。それと同時に、無条件で拒絶を突きつける視線に、寂しさを感じてしまった。
それなのに、何故かその視線が忘れられなかった。
心の中から湧き上がるような、悲しいはずなのに、その視線をもっと受けたいと感じる矛盾した欲求に。
「なに、これ」
胸のあたりを左手で押さえながら、誰もいないことを確認しつつ、早くなった鼓動をしずめる。
ふと、秋子は右手に違和感を感じた。
「あ……」
それはさっき、図書館で取り上げた本だった。とっさに逃げてしまい、持ったままなのを忘れていた。
しばらく、返しに行こうか迷った末に、とぼとぼ図書館の方へ歩いていった。