6-3 「猫のように笑う」
「“チェシャ猫のように笑う”」
「猫?」
「常にニヤニヤしてて、何を考えているか分からない。そういう猫が登場するんだ。意味はないかもしれないけど、少しでも不安が紛れればと思う」
「ありがとう」
秋子は何故か、くすくすと笑いがこみあげてきた。
何でも答えを知ってそうな来世は、不器用な励まし方しか知らない、ただの少年だった。
秋子が相談したのは、聞いてもらうことで楽になりたいと思ったから。来世に押しつけるつもりはなかった。
友達には話せない、だからといって、先生や母にも相談できない悩み。適度な距離感を保っている来世だからこそ、気兼ねなく話せた、それだけのこと。
でも、それが少しだけ近くに感じられて、渡された本を胸に抱いた。
(遠野くん、おもしろい)
秋子は翌日になり、母親の再婚相手について、聞いてきた内容を来世に伝えた。
「三ヵ月後だよね。それまでに、ちょっと伝手を使って調べてみるよ」
「調べる?」
「気にしなくていい。分かったら声をかける……」
そういうと来世は、本に目を落として読み始める。
相談を受けてしまったからには、中途半端で済ませることが来世には出来なかった。
滅多にないことだが、再婚相手が連れ子を虐待するということも、ありえない事ではない。
子供の頃に受けた精神的な衝撃は、その後の情操教育に影響を及ぼす。
誰でも助けたい訳じゃないけど、せめて手の届く範囲で、声をかけてきた少女に知恵くらいは貸してあげたい。そう思っていた。
たとえ、何もできなくとも。
「どういうこと?」
「……」
「ねえ、遠野くん。教えてよー」
「……」
秋子が騒がしいうちは、特に心配することもないと無視を決め込む。
何がきっかけかは分からないが、落ち着いたのなら大丈夫だろうと考えていた。
図書館に、いつもと同じ空気が流れる。
結論を先延ばしにしたものの、来世はとりあえず、今後の予定を思い描いていた。
――秋子に返事を用意するのは、もうしばらく先の話である。