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何でも出来て何にも出来ない男が平穏無事な生活を手に入れるまで  作者: 大山秀樹
第1章:仲間をつくろう
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第9話:修行終了


「ところでソウイチロウって何歳なの?」


 アリッサ先生が第一声を放った。


「19だ」


「!?……何ヶ月?」


「19になったばっか。正確に言えば19歳と15日」


「やった!私は18歳と10ヶ月。つまり同年代ってことね」


「……そうだね」


「よかったよかった」


 アリッサは嬉しそうにフンフンと頷いている。宗一郎にはアリッサの感情の推移が理解出来なかった。

 宗一郎の年齢は推定である。死んだ日は19歳と12日だったのを覚えている。


(確か遅い誕生日会に呼ばれて……ダメだ。死んだ時のことを思い出そうとすると、頭にモヤがかかったみたいで思い出せない)


 その後約2ヶ月間宗一郎はアリッサ先生に教えを受けた。

 何処からともなくメガネを取り出し、クイっとあげながら教えてくれることを期待したが、そんなことはなかった。別に宗一郎にメガネ属性はないが。

 あらゆることにチャレンジしては飄々とこなす宗一郎を見て、アリッサは苦虫を噛み潰したような顔をしたが手を抜かずに指導した。1週間も経つと魔法の制御を覚え、殆ど思い通りの場所へ当てることができた。その後は魔力の集中や範囲攻撃などの応用を練習していく日々だった。

 宗一郎が常時探知魔法を使って危険を事前に察知していたため特にトラブルもなく修行に打ち込めた。魔力切れになると脱力感が全身を覆い目眩がするとアリッサに教わったが、経験することはなかった。


 修行が終わる頃久方ぶりに探知魔法にケンタウロスがかかった。恋人繋ぎは見慣れた光景だが、雄の肩に子供のケンタウロスが乗っていたのには思わず2度見してしまった。

 アリッサによればケンタウロスは身ごもる確率が非常に低いが妊娠してから1ヶ月で出産して、1年で立派な大人になり独立するらしい。宗一郎はここ1ヶ月程、ケンタウロスに遭遇しなかったことに合点がいった。妊娠中の雌を守っていたのだろう。ケンタウロスが乳房の大きな雌を勝ち取ったのは約2ヶ月前。そして現在子供がいるのだから、結婚?してから1ヶ月以内にできたことになる。幸運だったのだろう。

 

 食事も食べられる木の実や植物をアリッサが教えてくれたので問題なかった。

 ただ甘味だけは得られなかった。デザートに飢えることはなかったが、飲み物はそうはいかない。ここには炭酸水もないのだ。甘い炭酸飲料を常飲していた現代っ子の宗一郎にとっては堪えた。アリッサに炭酸の入った飲み物はないかと尋ねたが、飲んだことはないし、聞いたこともないと言われた。


(この世界に炭酸飲料はないのかな?)


 寝るところも大地に横になるだけだが、宗一郎が結界魔法を使っているので外敵に襲われることもなかった。就寝中魔法は発動しない、例え発動してもずっと魔法を展開していれば魔力切れを起こすに決まっているとアリッサは言っていた。しかし宗一郎が実際にやってみせたところ、呆れ顔をしたが、一晩経つと見張りの必要性無いから便利ねと褒められた。

 大雨の日に大樹の下に行き雄大な葉の上で寝ようとしたら、結界魔法を使い忘れ鷹に襲われ、ほうほうのていで逃げ出したこともあった。危険が去った後、びしょ濡れになった顔を見て大笑いした。しかし大樹の葉は寝心地が良いため、日を置いて再度チャレンジし結界魔法を発動させてから寝たら、鷹に襲われることはなくなった。

 それ以降は大樹の葉の上が宗一郎とアリッサの寝床になった。


 アリッサはかなりの博識で、魔法以外でも宗一郎の問いには、何でも答えてくれた。

 Hなこと以外は。

 

 最初に狩った兎みたいな豚は、「サブタ」と言い、封印魔法を得意とし自身を外敵の目から隠して身を守っているらしい。その魔法は高度なもので滅多に捕まえられない。生息地が獰猛な魔物の近くということも相まって高級品と認定されている。サブタは脂が乗ってキメ細やかな肉質で、それこそ1匹捕まえて売れば一家の半年分の食費をまかなえるそうだ。おそらく宗一郎はピョートルが煙に施していた封印魔法を見ていたため、耐性がつき効かなかったと思われる。

 その話を聞きピョートルからもらった筒を取り出し、【金庫破り】と唱えたらピキピキピキと音がして、猛烈な勢いで筒の周りの空間にヒビが入りパリーンと良い音がして割れた。中には盾や鳥をかたどった模様の筒が見えた。今までは封印魔法で外部からは何も見えなかったのだ。それを見たアリッサが「これはグレゴリウス家の……」と呟いた。宗一郎が深く追求しようとしたら物凄く悲しそうな顔をしたのでそれ以上聞けなかった。


 その後筒の先から出ている光を指して言った、「これを辿れば人里に着けるんだって、帰りたいならこの筒を渡すけど」という言葉がアリッサの逆鱗に触れ、「出てけって意味?私は邪魔者なの?」などとわめき散らされ、機嫌が治るのに3日かかったこともあった。


(言葉足らずでした)


 ピョートルの水分を吸いミイラ化させた向日葵みたいな植物ーージラソーレは危険度Bクラスの魔物らしい。近づくか攻撃しなければ害はなく討伐対象にはならないが、水魔法が強力でなため、見つけたら逃げるのが鉄則らしい。しかも取れる素材に良いものがないとのことだった。


(最悪の魔物じゃん)


 探知魔法の範囲は、余程の熟練者でも半径100mくらいが限界らしい。宗一郎の範囲は異常とのこと。

 探知魔法で探し物の場所がわかる人物がいるとアリッサは言っていたが、それは神話上に出てくる人物だった。その人物はあらゆる物を探しだし、ある国の祖になったそうだ。どの国かは教えてくれなかった。


 宗一郎とアリッサは片方が見張りをしてもう片方が水浴びをするのが日課となっていた。勿論封印魔法や結界魔法を使えば大丈夫なのだが、人が近くにいたほうが安心出来る。これはアリッサから言い出してきたことであり、宗一郎に下心などない。ないったらない。石鹸やシャンプーはないが水浴び前後では、体のベタつき具合が全然違った。

 水浴びする際にアリッサが宗一郎にちょっかいをかけるのは恒例となっていたが、ある晩宗一郎がアリッサから水をかけられて反射的にクルッと振り向いたら裸のアリッサと目が合った。ヤバイ、これはブチ切れられると宗一郎はサーッと血の気が引いたが、アリッサはストンと腰を下ろし、メソメソと泣き始めた。宗一郎は急いで目を逸らし、誠心誠意謝罪の言葉を口にした。アリッサは当然怒っていたが、泣いた理由は裸を見られたことに怒ったからではなく、安堵して気が抜けたためらしい。


 アリッサに「こっちが水をかけたのが悪かったのだから宗一郎は気にしなくて良いよ」と言われて宗一郎は胸を撫で下ろした。

 宗一郎はアリッサに感謝して、その時見たアリッサの裸を脳内から消去しようとした。アリッサの細い足首、健康的な腕、豊満な…etc。

 成功したとは言っていない。


 修行の終わり頃には文字を書けるようになっていた。簡易な長文も読めるようになった。文法が日本語とは違うため「書き」には相当苦労した。この世界の文法は英語に似ていた。名詞、動詞、形容詞or副詞という順番だ。宗一郎は短い文章程度は書けるようになったが長文はまだ無理であった。


(学び続けることにしよう)


 文字を習いながらこの世界の識字率を聞くと、「そういうのは知らないけど、農民や奴隷とかは読めない、貴族や商人しか読めないから10%もないんじゃないか?」と返された。教育制度が疎かで、貴族以外が学校に行くことはないそうだ。富国強兵の最善の道は教育にあるはずなのに、この世界には根付いていない。一部の特権階級がその地位にあぐらをかきたい場合は、教育しない方が良いからこんな事になっているんだろう。


 宗一郎はアリッサから教えを受けていただけではなく、アリッサに教えていたモノもある。

 日本の話だ。技術的なことは大学生なりたてで、しかも文系の宗一郎には無理だったので、日本の諺や偉人の言葉を教えた。とは言っても寝る前のお話程度なものだが、アリッサにとっては未知の話だったので興味津々に聞いていた。

 アリッサが特に笑っていたのが、「船頭多くして船山登る」という諺だ。「指図する人間が多すぎると方針が統一できずとんでもない方向に向かう」という意味だ。これを聞いたアリッサは「船が山登ったらすごいじゃん。それ見てー」などと言い笑い転げていた。宗一郎は同感だったのでつられ笑いをしていた。

 他にも豊臣秀吉などの成り上がりの話を好み、宗一郎が話し終わると「いつか私も見返してやるんだから」と呟いていた。


 この世界「ガイア」にある国の名前もわかった。

 アルエット、中小国、魔の森あり、現在地点。

 カルドビア帝国、西の大国、人間至上主義。

 サルーン、東の大国、宗教国家、ラビア教、奴隷が大量にいる。

 タージフ、南の大国、他の国には蛮族とみなされている新興国。今の王が一代でたちあげた。魔族多し。

 バリス、中央にある小国、交易で成り立っている。全ての国が手に入れようとしているがお互い牽制しあって手を出せない。

 マージ、北の国、騎馬民族、牧畜が盛ん。

 ライン、アルエットの隣にある。元々アルエットとラインは同一国だったが2人の貴族が王族を廃して、それぞれ独立して建国した。仲は悪い。

 ザッとまとめるとこんな感じである。因みに海に面しているのはサルーンとタージフのみである。


(サルーンとカルドビア帝国には行きたくない)


 宗一郎は国の情報を聞いただけで、関わりたくないと思った。


 そんなこんなで2ヶ月経ち、宗一郎もこの世界にだいぶ馴染み、というかこの森の生活にも慣れ、魔法も制御できるようになったので、ピョートルの筒を頼りに人里に降りることにした。

 やっと人里に降りようかというのに、ここ1週間程アリッサに落ち着きがない。魔法を教えてくれる際にもぼーっとしていることが多かった。心配事でもあるのだろうか。寝る前の話も上の空で聞いている。

 この2ヶ月間はアリッサ以外の人間には会わなかった。やはり魔の森に人間は近づかないのだろう。


(ザ・弱肉強食って世界だからな)


 人里に降りる前日、長く伸びた影が夕闇に溶け込む頃に、アリッサが夕食の用意をしている宗一郎の元に来て神妙な面持ちで口を開いた。


「信じていいんだよね?ソウイチロウのこと。私を守ってくれるって」


「いきなり何を言ってんだ?」


「いいから答えて」


「…大丈夫。ここ2ヶ月の生活でアリッサが良いやつってわかっているから。ちょっと食いしん坊だけど、それ以外は普通の女の子だな。もしアリッサに何かあったら俺が守るぜ。……信じてほしい」


「ん。わかった。その言葉だけで嬉しい」


 と言うとくるりと向きを変え離れていった。何かあるのかな?と思いつつもサブタの肉を串に刺し焼いていった。

 その日の夕食は無言だった。いつもはアリッサが陽気に話して宗一郎はその聞き役に回るのだが、今日は静かだった。宗一郎が気を使って話しかけてみたが生返事を返されるばかりだった。静かな食事を終えて日課の水浴びをして床に入った。


(明日は遂に人里に降りる。久しぶりに屋根があり、硬い大地ではなくベットで寝れる。探知魔法や結界魔法を常に展開しなくてもよくなる)


 宗一郎は期待に胸を膨らませていたため、隣で寝転ぶアリッサの気分がズンズン沈んでいっていることに全く気がつかなかった。

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