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第74話:音貝

あけましておめでとうございます。だいぶ遅くなりましたが、本年もよろしくお願いします。

早速修正で申し訳ありませんが、ジックの一人称を「あっし」から「私」に変更しました。「あっし」だと小物感が強すぎてw


 宗一郎はジックに呼び出されて、領主の館から少し離れた空き地へとやってきた。


「どうしたんだ?」


「ちょっと見て頂きたい物があります。これです」


 ジックは傍らに置いてあった貝を差し出した。


「これは音を保存する貝ーー音貝です。奴隷の鎖と同じで定期的に魔力を流し込む必要性がありますが、魔力を補給していれば半永久的に保存可能です」


「そんな貝があるのか」


 大抵のあり得ない事象には慣れていたそ宗一郎も、音貝には驚いた。魔力を補給さえすれば音を保存できるとは極めて低コストである。


「ドレスデンでしか取れない貝ですから、ソウイチロウ殿が知らなかったのも無理はありません」


「ドレスデンでしか取れない? ならーー」


「とは言っても希少すぎて、特産品にはなりません。私も2つしか持っていません。これはそのうちの1つです」


 宗一郎は肩を落とした。インフラが整ったら、次は産業を興す予定だった。他の領地へと売り込める特産品が欲しいな、と思っていたのだが、音を保存する貝は産業としては成り立たないらしい。


「それで? お前が音貝を俺に見せる理由は?」


「私が所有している音貝は最期の特攻を前にしたマジュール伯爵から譲られた物です。ここには亡きマジュール伯爵の遺言が込められております」


「遺言だと? オリジはそんなモノないと言っていたぞ」


「誰にも言ってませんから。キャスカ様を託せる相手、ルクス王とも渡り合えるような相手に聞かせろと言われました。そんな相手がみつからず途方に暮れていましたが、ソウイチロウ殿、あなたなら適任です。どうか聞いて頂きたい」


 ジックは頭を下げる。彼はマジュール伯爵の言いつけを守り、いるかもわからない相手を探していたのだ。その相手が目の前にいる。新参の貴族であり、新任領主であり、レッドドラゴンを撃退する程の腕を持ち、ドレスデンの復興を行う男がいるのだ。彼は万感の思いを込めて貝を差し出した。

 宗一郎はジックから貝を受け取った。


「貝には魔力を補給しなければならないと言ったな。するとジックは魔導師なのか?」


「そんな立派なモノじゃありません。魔力を一点に集め放出できる程度です。当然戦いの役には立ちません」


 「……そうか」宗一郎は少々落胆した。魔法の使える凄腕剣士かと思ったが、そうではなかった。

 宗一郎はマジュール伯爵の遺言を聞こうと思ったが、聞く方法がわからない。なんとなく貝を振るったが何もおこらなかった。


「貝の内部に魔力を込めるんです」


 貝はサザエのような形をしており、中は空洞だった。宗一郎はジックに教えられた通りに、貝に指を入れ、魔力を込めた。すると一瞬発光し、少し間を開けてから低音の男の声が聞こえた。その声は弱々しかったがどこか晴ればれとしたモノだった。


『私はマジュール伯爵である。此度は我が娘、パトリシアを手討ちにしたルクス王を懲らしめる戦いである。……まぁ懲らしめられているのは私だがな。残念ながら今回は負け戦だ。そして私は死ぬだろう。だがキャスカに罪はない。私は妻とパトリシアに先立たれたため残された家族はキャスカだけだ。どうかキャスカを守ってくれ』


 最初は笑いながら語りかけてきたマジュール伯爵もキャスカの件になると、声が震えていた。その後は領民への謝罪、死なせた部下への懺悔、パトリシアは不貞を働いていないという無実の訴え、再度キャスカの将来を託す力強い言葉で遺言は終わった。

 マジュール伯爵の遺言があると聞かされた時には、『キャスカを領主に』という内容があったらどうしようか、とヒヤヒヤしていた宗一郎も胸を撫で下ろした。

 マジュール伯爵の声の再生を終えた貝は光を失い、沈黙した。


「これが全てです。音の再生は一度しか行えません。私からもお願いします。ソウイチロウ殿、キャスカ様を守ってやって下さい」


「任せろ」


 宗一郎はジックと固い握手を交わした。

 すると後ろの茂みから、カサッ、と音がした。宗一郎は即座に探知魔法を発動させた。「誰だ?」ジックは剣に手をかけ、警戒態勢をとる。


「……ビット、さては俺をつけてきたな。怒らないから出てこい」


 茂みからビットが顔を出す。


 「話聞いてたのか?」宗一郎が尋ねるとビットはこくんと頷いた。


「同じ部屋で寝てるんだから、つい話が聞こえて。つけたんだ」


「しょうがない奴め」


「君は……」


 ジックは初めて領主の奴隷であるビットを見た。それはジックも参加したボーグル軍が捉えた盗賊団頭の息子であるビットだった。


「そうか。ジックはビットの過去を知っているか。どうかこのことーー」


「みなまで言いますな。当然黙っておきます。ソウイチロウ殿の考えに従います」


「ありがとう。ほらっ、ビットもお礼を言え」


 宗一郎はビットの頭に手を置き下げさせた。


「ありがとうございます。ジックさん」


 「さん」付けである。ビットはナターシャの教育の下、目上の人に対して敬語を使えるようになっている。ビットが「さん」付けしない唯一の目上の人間は、親の仇の宗一郎だけである。


「ジックさん、いきなりだけど、おいらにその貝の使い方を教えて欲しいんだ」


「良いが、これはそうある物ではない。おそらくビットの人生でこの貝を使う機会はないと思う」


「それでも、お願いします」


「わかった。教えよう」


 それからビットは熱心に貝の使い方を聞いた。録音の持続時間だとか、魔力の量だとか、まるで研究にのめり込んだ学生のようだった。

 宗一郎はビットの熱心さに目を細めると、暖を取れるように火の玉を周囲に張り巡らせてから領主の館へと戻った。自分がいない方がいいと判断したのだ。それから30分程度、ビットは音貝のメリット、デメリットを聞き、これは使えると確信した。


「ジックさん、おいらの話を聞いてくれないか?」


 ジックを自身の悪巧みに勧誘した。今度は反対にジックがビットの話を熱心に聞いた。そして盗賊として過ごし、ろくな教育もうけていないであろう少年の提案に瞠目した。ジックは快諾し、以後ビットの悪巧みに参加することになる。



 宗一郎はカインの提案を受けて、アリッサ、ナターシャ、リーザ、ビットと話し合った。


「カインの提案は2つ。ジックの説得とキャスカの処遇だ。前者は成功した。残る問題は後者だ。ドレスデンが復興すればキャスカの奴隷刑期を短くするという手紙をゲーリッヒ宰相から頂いたが、それでも駄目らしい」


「ダメ?」


「ああ。具体的な条件が必要だって。復興の条件はなにか、短縮される刑期はどれくらいか。これらがわからなければ、領民が積極的に復興に協力することはない。長年の耐久生活で、彼らは疲れている。雲を掴むような話では動かない。乗れるようなしっかりした雲が必要なんだ」


「とするとソウイチロウがルクス王かゲーリッヒ宰相に聞くしかないんじゃ」


「そうなるよな」


 宗一郎もそれしかないと思っていた。元々ドレスデンは王都から馬で5日の距離であり、気軽に行ける距離にある。アリッサとリーザを連れてまた旅をするか、と宗一郎は決断しようとした。


「それについておいらから提案がある」


 しかしビットが遮った。「提案?」宗一郎は聞き返す。


「剣闘大会だ」


「剣闘大会? ラシルドが優勝した大会か」


「そうそれ。剣闘大会は1年に1回、夏に行われる。つまり今年はもうまもなくだ。そして優勝者はルクス王に1つだけ願いを叶えてもらう権利が与えられる」


「そんなことを何でお前が知っているんだ?」


「アリッサねーちゃんに教えて貰った」


 宗一郎がアリッサに確認するとアリッサは頷いた。

 アリッサは普段は自分に懐かないビットが話しかけてきたことに気を良くして、求められるままにべらべらと喋っていた。ラシルドが剣闘大会で優勝した事もその中に含まれていた。


「そこでソウイチロウが優勝して、キャスカさんを解放すれば良いんだよ」


「俺が?」


「他に誰がいるの?」


 宗一郎は周囲を見渡す。


「……俺しかいないな。だがそれは可能なのか? キャスカは罪に服している官奴だぞ。マリーンとは違う」


「それはおいらにもわからない。ルクス王に聞くしかないと思う。それに復興の条件とかをルクス王に聞いてもしょうがないよ」


「何でだ?」


「カインさんの見積もりは甘い。おいらはずっとモーやコーと遊んできたからわかる。領民はキャスカさんを助けるってだけではもう頑張れない。耐久生活で領民の力は搾りかす状態。家を復興するのでもう出尽くした。キャスカさんが解放されて初めて領民に復興の力が生まれるんだ」


「卵が先か、鶏が先か、みたいな話か」


 宗一郎はビットの提案を受けて考えこんだ。ビットの提案の筋は通っている。「アメとムチ」に例えるなら、今の領民はさんざん「ムチ」で叩かれて動く気力さえなくしている状態だ。目に見える「アメ」を欲している。それがなければ、満身創痍の身体を動かすことはできない。その「アメ」がキャスカの奴隷解放、というわけだ。

 「卵が先か、鶏が先か」という宗一郎の発言にビットは興味を示して、考えこむ宗一郎をよそにアリッサへ質問していた。宗一郎の「ことわざ」を一番理解しているのはアリッサであり、宗一郎が聞き慣れない事を言うとビットは毎回アリッサに質問していた。アリッサは丁寧に宗一郎の言葉の意味を解説した。


「よし! 決めた。ひとまず俺は王都へと行き、ルクス王と話しあおう。俺が剣闘大会に優勝すればキャスカの奴隷解放が成るというのなら、喜んで参加しよう」


 宗一郎はビットの提案を受け入れ、王都へ行く事を決断した。


「ソウイチロウ……さん」


 「「「「えっ?」」」アリッサ、ナターシャ、リーザが驚愕した。今までビットはぶっきらぼうに「ソウイチロウ」と敬称を付けずに呼んでいた。それが急に「さん」付けしたのである。


「なんだ、ビット。熱でもあるのか?」


「ソウイチロウさん。おいらからお願いがあります。おいらも王都へと連れて行って下さい」


「理由は?」


「ルクス王にお礼が言いたいのと、父さんやおじさん達がどうなったのか知りたいからです」


「辛いぞ」


「わかっています。処刑されていたらお参りしたいです」


「……覚悟は決まっているようだな。わかった。連れて行こう」


「ありがとうございます。……フゥー、疲れた。慣れないことをするもんじゃないな」


「ビットくん、遂にソウイチロウさんに敬語を使うようになりましたか」


 リーザは尻尾と耳をピョコピョコと振っていた。


「違う、違う。お願いする時は下手に出る方が良いんだよ。ソウイチロウはおいらの親の仇ってことは忘れてないよ」


 リーザの尻尾と耳の震えが止まり、目が点になった。

 ビットは色々と成長していた。

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