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第62話:雇用条件


「ぐ、ぐ、ぐやしい」


 アリッサは泣いていた。頬から伝わる涙が地面へと落ち雪を溶かした。

 悔しさの余り木を切り取っただけの簡易なテーブルを殴り続けている。これは宗一郎が野外での大食い対決用に急遽用意したモノである。テーブルの上には食べかけのパン、脇には審判役の宗一郎がいた。周囲には火の玉が並び、対戦者が暖を取れるようになっていた。

 それを遠巻きに見ている観戦者はそれぞれ違った表情をしていた。トールは周囲に異変がないかを警戒しており、リーザはアリッサを心配そうに見つめている。ナターシャはやれやれといった様子で肩をすくめ、ビットは目をキラキラさせ勝者のムンに拍手を送っていた。

 一方勝者のムンは、オロオロと落ち着かない顔をしており、しきりに羽を動かしていた。


「決着だな。勝者ムン!」


 宗一郎はムンの前足を持ち上げ、勝利宣言をしたが、ムンは全く喜んでいなかった。


「これでわかっただろ、アリッサ。お前はムンに勝てない。体格差があるんだからしょうがないさ」


「……いいえ、リベンジするわ。来週ーーゲホッ」


 「やめとけ」宗一郎は突っ伏しているアリッサの頭に手を置いた。

 こうしてアリッサとムンの大食い対決はムンの圧勝で終わった。



 宗一郎はアリッサがムンに3回目の説教をした後で王都へと戻っていた。行きとは違い、ムンの背中に乗ることが出来たため、結界魔法の必要もなく、優雅な空の旅を楽しんだ。真冬の雪山は凍えるような寒さだったが、ムンの豊かな毛並みが寒さを感じさせなかった。

 着いたのは昼過ぎで宗一郎が王宮へ向かうと、ゲーリッヒ宰相が出迎えてくれた。


「ソウイチロウ殿。申し訳ありません。ソウイチロウ殿がボーグルへ発った日、つまり昨日ですな、ジェット男爵から手紙が届きまして。盗賊団が退治されたとの報告を受けました」


 ゲーリッヒ宰相は頭を下げる。


「いえいえ、盗賊団を退治できたのは喜ばしいことです。それでですね……」


 宗一郎は今朝起きたことーーレッドドラゴンの襲来、撃退、ビットの救出、ガンツ公爵との話し合い、ビットの処遇を事細かに話した。

 宗一郎が話し終わるとゲーリッヒ宰相がチラッとトールに目を向ける。


「ソウイチロウ殿の仰っている事は間違いないであります」


「ふむ。事情はわかりました。今ルクス王は不在でして、私が代理で決済をすることになっています」


「では?」


「今すぐ判断したいところですが、ガンツ公爵から手紙がきてからになります。ソウイチロウ殿の事を疑っている訳ではありませんが、土地の譲渡者であるガンツ公爵からも話を聞く必要があります」


「……ですよね」


「2,3日宿屋でお待ち下さい。但しビット君には奴隷の鎖を付けて貰います」


「……そうなりますか」


「逃亡の恐れがありますからね。彼は立派な犯罪者で死刑も適用される重罪人です。無罪放免とは参りません。勿論ソウイチロウ殿を奴隷主として登録致しますよ」


「だとよ」


 宗一郎はビットを振り向く。


「おいらは構わないぜ。お前の側にいて、いつか倒してやる。そしてレッドドラゴンに復讐しにいくんだ」


「お前に俺が倒せるかな?」


「何だとー」


 前に進み出ようとするビットをナターシャが抑えこむ。


「離せよ。ナターシャ姉ちゃん」


「喧嘩はここを出てからおやり。今は宰相様の話を聞きな」


「……ナターシャさんは随分優しくなりましたね。この国に来た当初とは見違えるようです」


「そりゃね。あえてツッケンドンな態度をとっていたからねぇ」


「あの時のナターシャさんは大変でした」


 ゲーリッヒ宰相が笑う。


「ソウイチロウ殿とビット君はこのまま役所に行って下さい。案内役をトールに命じます」


「了解したであります」


「ソウイチロウ殿とお仲間の宿代はこちらで手配しておきます。ガンツ公爵に事実確認したら再度お呼びしますので、それまでは王都観光でもお楽しみ下さい」


 宗一郎はゲーリッヒ宰相に一礼して部屋を後にした。



 役所で宗一郎は再度書類と格闘した。盗賊にみをやつしていたビットは当然ながら身分証明書を持っていなかった。そのため宗一郎はビットの身分登録書、奴隷書、その他諸々の書類を記入しなければならなかった。リーザとトールは宗一郎の後ろで心配そうな目で見ているが、アリッサ、ナターシャ、おまけに当事者のビットまでが外で遊んでいた。


 「俺がこんなに苦労しているってのに」宗一郎は書類に記入しながら怒鳴っていた。


「すみません。リーザが文字を書けないばっかりに」


「いやっリーザのせいじゃないよ……でも確かにリーザが文字を書けないのは不便だな。俺が領地持ちになったら、学校を建てるからリーザとビットもそこに通わせよう」


「学校? 貴族しか通えないモノですよね。奴隷のリーザやビットさんが行けるはずがーー」


「領主権限で誰でも通えるようにするさ。アリッサとナターシャは学校を卒業しているから教師でもして貰うかな」


「リーザでも学校に通えるのですか?」


「勿論。教育は最も力を入れるべき分野だ。農民の子だって受け入れるさ。文字が読めない子供でもな」


「……素晴らしいです」


「ああ、ありがとうーーよし、大体出来たな。リーザ、悪いがビットを呼んできてくれ」


 「はいっ」リーザは飛び出していった。


「某もソウイチロウ殿の領地のお役に立てると良いのですが……」


「トールは兵士としてタージフの役に立たなきゃ」


「……そうでありますな」


「たまには遊びに来いよ。歓迎するぜ」


「是非遊びに伺わせて貰うであります」


 宗一郎がトールと握手をすると、リーザがビットを連れてきた。


「何だよ?」


「ビット、良く見ろ。これがお前の奴隷書だ」


 宗一郎はビットに奴隷書を見せる。


「おいらは字が読めないんだって。馬鹿にしてんのか?」


「違う。読めなくても見ておく必要があるんだ。お前の親父はもういないんだ。お前を守ってくれる人はいない。自分の事は全部自分でしなきゃいけないんだ。その時なぁなぁで済ませるな。自分が納得してから先に進め。ここにはお前の処遇が書いてある。俺が逐一説明するから文字を追っていけ」


「何だってそんなこと……」


「いいから見ろ。俺はお前が理解するまで説明を続ける。まずここはーー」


 宗一郎はビットに奴隷書の説明をした。

 自殺の禁止、例外を除いた他者への加害行為の禁止などは元々書類に書いてあった。それらを読み聞かせた後、最も大事な項目を説明した。


「ここは詳細条件と言って奴隷主の好き勝手に書き込める部分だ。余りにも酷い内容だと役所に認めてもらえないがな」


「それで?」


「いいか?読み上げるぞ。1、奴隷主ソウイチロウは奴隷ビットに月銀貨1枚(1000円)の賃金を支払うこととする。それとは別個に衣食住を提供する。2、奴隷ビットの奴隷主ソウイチロウに対する加害行為は致命的な怪我を負わせるモノ以外は、いついかなる時でも全て不問とする。3、奴隷ビットは然るべき教育を受けなければならない」


「ん? もう一度言ってくれ」


 宗一郎は再度同じ説明をする。「賃金」「加害行為」「致命的」の意味も説明した。


「随分おいらに有利な話だな。大体奴隷って賃金貰えるのか? リーザはどうなんだ?」


「リーザもビットさんより多めに頂いています。最初はビットさんと同じでしたが、段々と上昇して今では銀貨5枚(5000円)です。使い道がないためソウイチロウさんの空間魔法に保管して貰ってます」


「そう言えばリーザの奴隷書には書いてなかったな。ここで変更しておくことにしよう」


 奴隷の詳細条件の変更は役所で手続きをすれば可能である。


「ふーん。おいらは奴隷の事なんて何にもわかんないけど、くれるってんなら貰っとこう。2は願ってもない条件だな。おいらはいつかお前を倒す」


 宗一郎が詳細条件2を明記した理由は、ビットに生きがいを与え、強く育って貰う為である。


「ただ……3はどうにかなんないか? 教育を受けるって勉強をするってことだろ。おいら生まれてこの方勉強なんてしたことない」


「ダメだ。俺は領地持ちになったら学校を建てる。そこは奴隷や貴族、農民など貧富の差なく学べる場所にするつもりだ。お前はそこに通って貰う」


「うーん、わかったよ。奴隷のおいらがどうこう言う問題じゃないや。任せるよ」


 そう言い残してビットは外へ行き、再度アリッサとナターシャと遊んだ。

 ビットの了承を得た宗一郎は他の書類の確認をする。


「フーッ、これでひとまずは大丈夫だな」


「お疲れ様です」


「お疲れであります」


 宗一郎が書類を役所に提出すると、間違いがあると言われ差し戻され、再度書類と格闘した。役人のOKが出てから、ビットを連れて奴隷術師のところに行き、ビットには奴隷の鎖として首輪が付けられた。

 その晩就寝前に宗一郎がトイレに立ち、用を足している時にビットから襲われ、明朝「トイレ、風呂、就寝時は襲わない」という詳細条件を追加しに行くハメになった。



「あぁガンツ公爵から手紙が届きましたか」


 ゲーリッヒ宰相が自室に戻ると机に一通の手紙が置いてあった。


「さて、ガンツ公爵はソウイチロウ殿のことをどう評価したでしょうか」


 ゲーリッヒ宰相が手紙を開くと、そこには力強い字で「信用すべし」と書いてあった。


「ハハッガンツ公爵らしいですね……そうですか、ガンツ公爵のお眼鏡にもかないましたか。サッサと男爵を与えて抱え込むとしましょう。さて他には? ん? これだけですか? ビット君のことや土地関係のことは一切なしですか?」


 ゲーリッヒ宰相が困惑していると、扉がノックされた。入室を促すと役人が手紙を手渡してきた。


「只今届きました。ジェット男爵からです」


「はい、確かに」


 ゲーリッヒ宰相は即座に理解したーーガンツ公爵が手紙を出した後に、内容を知ったジェット男爵が急いで欠落している部分を補う手紙を寄越したことを。

 その手紙には、ビットの処遇はルクス王に一任すること、残りの盗賊団は法に則り死刑に処すこと、土地の譲渡は適正に行われルクス王の承諾待ちであること、ソウイチロウは信頼すべき人物であること、が書かれていた。


「生真面目なジェット男爵にしては珍しく、文面から熱気が伝わってきますね。ソウイチロウ殿を賛美する言葉がアチコチに見られます。これは……男が男に惚れたという事ですね」


 ゲーリッヒ宰相は微笑んだ。


「人物鑑定では右に出る者のいないルクス王、豪放で戦場を渡り歩き、幾多の死線をくぐり抜けたガンツ公爵、そんな父を越えようと内政に抜群の手腕を発揮するジェット男爵、全員がソウイチロウ殿の事を褒め称えるとは。王が我々幹部を呼び寄せるだけのことはありますね……これはあの領地を任せるに足る人材かもしれませんね。領主がスグに音を上げる土地『ドレスデン』を」

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