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第61話:真相


「父上、どうでしたか?」


「ふむ、ルクスの言った通り、中々の器量だ。……お人好しすぎだがな」


「父上、ここは館ではありません」


「問題なかろう。いるのは余の兵士だ。こいつらは余を裏切らん」


 ガンツ公爵はサッと振り向くと、兵士の集団は一斉に首を縦に振った。


「なっ?」


「父上は全く…」


「ヌハハハ。ジェットよ、お前は気にし過ぎなのだ」


 豪放な性格で所構わず発言をする父親にジェット男爵は苦笑いを浮かべた。

 今回宗一郎がボーグルへと派遣されたのは、盗賊団を捕まえる為ではなくガンツ公爵が品定めをする為である。ルクス王は自分の目に自信を持っているが、自惚れてはいない。これは、と思った人物を他者に品定めしてもらう慎重さを持ち合わせていた。その際には、ルクス王が信頼でき、山を超えた隣町に住んでいる叔父に、品定めをしてもらうのが常だった。その為あれこれと理由を付けて、宗一郎をボーグルへと派遣したのである。

 そういう時、ガンツ公爵は仮病を使い、陰から監視することで対象の人物像を浮き彫りにしていた。他国のスパイや見掛け倒しの可能性もあるので、数日かけて部下と共にじっくり品定めをするのであった。宗一郎が泊まった宿屋にはガンツ公爵の部下が詰めており、宗一郎の行動は逐一把握出来た。

 今回はレッドドラゴンの襲来という緊急事態に対して、宗一郎がすぐさま避難誘導を行ったこと、盗賊団全員を逃がすチャンスがありながらビット一人を助けだしたこと、ビットを救う為にレッドドラゴンに立ち向かったことで、スパイの線も見掛け倒しの線も捨て、宗一郎を信用した。

 ーーガンツ公爵は宗一郎を気に入ったのである。

 老いてなお戦場を懐かしく思うガンツ公爵は、武に長じている人物に尊敬の念を抱く。そのためレッドドラゴンに立ち向かった時点で宗一郎には好意を持った。その上レッドドラゴンに手傷を負わせたのであるから、言うことなしである。自分の息子と同世代の青年に敬愛の情を抱いた。


「あやつはこの乱世を統べる上で重要な存在になるだろう。決して他国へ渡してはならんぞ、ルクスよ」


 ガンツ公爵は自分に言い聞かせるように言った。



「ムンーーーー。来てちょうだい」


 アリッサが呼びかけている側で、宗一郎、ビット、ナターシャは火の玉をグルリと取り囲み暖をとっていた。特にビットはブルブルと肩を震わせ、ナターシャに抱きついている。

 牢屋から出てきたビットは薄布を1枚しか纏っていなかった。ここまではゴッツの熱で寒さを感じることはなかったが、ゴッツが去った今となっては雪山の冷気が身にしみる。

 宗一郎が上着を貸そうとしたら、手を払いのけられ拒絶された。「嫌いな奴の施しは受けねー」と言って、ナターシャに抱きついた。ビットはナターシャを気に入ったようである。ナターシャもまんざらではないらしく、弟とでも思っているのか、よく頭を撫で、笑い合っている。

 リーザとトールは周囲の警戒とアリッサの護衛をしている。宗一郎が結界魔法を使えれば護衛の必要はないのだが、先の戦闘で魔力が尽き、ガンツ公爵との問答でも火の玉を出すくらいしか回復しなかった。


「ムン、来ないわ」


 アリッサがしょげた顔をして戻ってくる。


「流石に無茶だったか」


 どうやって王都へと帰ろうかとなった時に、宗一郎は「アリッサが呼びかければムン来るんじゃね?」とハチャメチャな提案したのである。それに従い10分程アリッサは声を張り上げているが応答はなかった。ビットを連れてボーグルへ行くと、ガンツ公爵もビットを捕まえなければならない。それはガンツ公爵の好意を袖にすることになるので避けたかった。かといってこのまま雪山に留まるのは得策ではない。


「アリッサが食事をしていれば来るかも」


 宗一郎が再度素っ頓狂な事を思いついた。


「どういう理屈よ?」


「アリッサとムンが仲良くなったのは大食い対決からだろ? ムンがわざと負けたのはアリッサの食べる姿が気に入ったからだと思うんだ」


「……待って、今とんでもないこと言ったわね。『わざと負けた』? ムンが? 私に?」


 アリッサが宗一郎へと突っかかる。


「ムンにアリッサが勝てる訳ないだろ」


「何言ってんのよ。私は勝ったじゃない」


「……気づいてなかったのか。対決中、ムンはチラチラアリッサを見てて、アリッサが満腹になる寸前で倒れたんだよ。大体ムンはボーグルに来る途中で、猪一頭を丸呑みしたんだぞ。アリッサは猪一頭食えるのか?」


「……私なら……それくらい」


 「やめとけ」本気で悔しそうな顔をするアリッサを宗一郎が止めると、ホーーホーー、と鳴き声が聞こえ、ムンが降りてきた。


「アリッサ、ボクのこと呼んだ?」


 アリッサの叫びがムンへと届いたようである。ムンの目はアリッサに呼ばれたことでキラキラしていたが、アリッサの目はドス黒い色をしていた。


「ムン、私との大食い対決で手を抜いたわね」


 「……何のことかムンわかんない」ムンは目を逸らした。

 「その反応で確信したわ。手を抜いたのね」アリッサが詰め寄る。


「リーザ、アリッサが怒ってる」


「えっと……謝るしかないと思います」


「ゴメンナサイ」


 ムンはリーザのアドバイス通り頭を下げる。


 「許さないわ」アリッサの説教が始まった。

 勝負で手を抜くのは言語道断。相手に情けをかけて何の意味があるのか。フェアな条件の勝負じゃなきゃ意味がない。それは敗者を気遣っているのではなく、敗者を冒涜しているだけだ。

 このような内容を、ムンでも理解出来るように簡単な言葉で話した。

 アリッサの趣旨には全面的に同意出来るのだが、理由が理由だけに宗一郎は苦笑するしかなかった。トールとリーザはブンブンと頷いていた。やはり2人は似た物同士である。

 ナターシャはというと、ため息を付いていた。


「アリッサ様は勝負事になると我を忘れる時があるんだい。それが玉に(きず)でねぇ。もっとお嬢様らしくして欲しいってのが使用人全員の願いだったねぇ」


「昔からああなのか?」


「そうさねぇ。カタリーナお嬢様とは真反対の性格でねぇ。でも不思議とウマがあって、よく遊んでいたもんさ」


 ナターシャが過去を懐かしむように目を閉じた。


「ナターシャ」


「……なんだい?」


 ナターシャは宗一郎の次の言葉がわかっているかの様に間を取った。


「改めて言おう。俺の家にメイドとして来てくれないか?」


「あたいは離れるって言ったのを覚えてないのかい?」


「俺は許容していない」


「あたいの行動に旦那の意志が必要なのかい?」


「そうは言わないが、俺の意志も汲み取ってくれないか。お前が離れることを望んでいる奴は誰もいないんだよ。……それともナターシャはその手を振り払うのか?」


 宗一郎が指差した先には、ナターシャの腰を抱えたビットの手があった。


「父親や家族同然の盗賊団の面々と離れて奴隷になり、嫌いな俺の家の奴隷になる少年の手を振り払うのか?」


「それは……」


 ナターシャが自分の腰に目を向ける。ビットはキッと宗一郎を睨んだ


「俺、アリッサ、リーザはお前に来て欲しいと思っている。お前が出て行こうとするのはお前のワガママに他ならない」


「おいらだってナターシャ姉ちゃんと一緒が良い」


 ビットはナターシャの腰に回した手をグッと絞める。


「少年の頼みをお前は足蹴にするのか?」


「……旦那は卑怯だねぇ。ビットをだしにするなんて。……ソウイチロウ様、汚れたこの身ですけどソウイチロウ様のお家にいさせて下さい。私に対する誹謗中傷でソウイチロウ様にご迷惑をお掛けすることになるでしょうけど、それでも私はアリッサ様の側に侍りたいです。どうかソウイチロウ様の家にいさせて下さい」


「こちらからもお願いします」


 宗一郎は快諾した。


「でも敬語はやめてくれよ。ナターシャから『ソウイチロウ様』なんて呼ばれると身震いするよ」


「おやっ、良い事を聞いたねぇ。これからは折を見て使っていくことにするさ」


 ナターシャはニカッと笑った。つられてビットも笑顔を見せた。

 ナターシャの勧誘が成功した直後に、アリッサの説教が終わった。ムンは見るからに肩を落として落ち込んでいた。


「帰ったらまた大食い対決するわよ」


「はい」


「ソウイチロウ、話はついたわ」


「そうか、どうなった?」


「また大食い対決することになったわ」


「違う」


「えっ? 他になんかあった?」


「アリッサ、本当に忘れているのか? 帰りも送って貰えるのか、行きとは違いビットが増えたけど大丈夫なのか、を聞くって話だろ」


 「あっ」と叫んだアリッサはクルッと振り向き、ムンに質問した。どうやら本当に忘れていた様である。

 アリッサの提案を受けて、ムンは「うん」と快諾していた。ムンは汚名返上とばかりにやる気を見せた。


「乗って乗ってー」


 ムンがしゃがみ、アリッサ、ナターシャ、ビットが背に乗る。


「どうしてリーザは乗らないの?」


「ムンさんの背中って3人乗りなんですよね? リーザは足に掴まって行こうかと思います」


「そんなこと言ってないよ。リーザが乗っても余裕があるから早く乗って」


「「「「「えっ?」」」」」


「ん? どうしたの、みんな?」


「ムン、あなたは確かに3人乗りって言ってたわよ……もしかして私に嘘をついたのかしら?」


「……言ってないよ」


 ムンがビクッと背中を震わせたため、アリッサ、ナターシャ、ビットが左右に揺れた。


「言ってたわ」


「言ってないよ」


「ムン、ちょっとお話しましょうか」


 ムンは悪あがきをしたが、背中に乗っているアリッサに首根っこを掴まえられて白状した。ビットどころか、宗一郎とトールを乗せてもまだ余裕があるそうだ。


「だからあんなにスペースがあったんだねぇ。あたいはてっきりバランスを取るために、旦那達に足を掴ませているのかと思ってたよ」


「すると、某達の行きの苦労は……」


「……無駄か」


 宗一郎とトールが絶句する。空気抵抗に必死で耐え続けた事も、ムンが猪を捕食するために地面とぶつかった事も、ムンが嘘をつかなければ必要なかったのである。

 ムンが嘘をついた理由は、生来の人間嫌いと宗一郎に嫌がらせをしたかったからとのこと。トールは完全に被害者である。


「ムン、私は嘘をつく人も嫌いなの。次に嘘をついたら絶交よ」


 「はい、もうしません」ムンはアリッサの説教で涙ぐんでいた。

 「もう、全く」アリッサは両手を組んで憤慨していた。


「まぁアリッサ、そんなに怒るな」


「……そうね、ちょっと怒りすぎたわ。ゴメンね、ムン」


 アリッサがムンの頭を撫でると、上機嫌になったムンが態勢を起こし、背中に乗っていたアリッサ、ナターシャ、ビットは地面と水平になり、しっかりと掴まっていなかったビットが転げ落ちた。


「ムン」


「ゴメンナサイ」


 ムンはアリッサから本日3度目の説教を食らうのだった。

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