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第57話:ビット暴走


 フローは死んだ。

 宗一郎は人が死ぬ瞬間に初めて立ち会ったが、不思議と恐怖や悲しみ、嘔吐感などは覚えなかった。

 アフリカの大地で子供が死んだような、何処かの戦争で兵士が死んだような、テレビドラマで犯人が死んだような、自分とは関係ない出来事として、フローの死を捉えた。

 それはフローの死の理由が余りにも自業自得なものであり、死に方がドラゴンのブレスという余りにも非現実的な方法であり、遺体が残らなかっただったからだろう。


 全幅の信頼を置いていた父親が消し炭になったシーンは、相当なトラウマをビットに与えるに違いない。ーーフローの息子であるビットが気絶して、親の死ぬ瞬間を目の当たりにすることはなかったことに宗一郎は安堵した。


 レッドドラゴンはフローにブレスを放った後、フローが元いた、今は人間大に陥没している地を右足で撫でて、首を折り曲げて鼻を近づけた。猫や犬がしていたら、名残惜しいのかな、と思ってしまうその動作は、フローの死の確認であろう。

 確認が終わったのか、ドラゴンは首をピンっと伸ばし宗一郎を真っ直ぐに見た。


 次は俺達かーー戦闘が始まるのを覚悟し、抱えているビットをナターシャへと預けようとした時、ビットが意識を取り戻した。


「父さん?」


 キョロキョロと周囲を確認する。フローはいない。


「父さん。父さんはどこ?」


 ビットが問うような目を宗一郎に向けた。宗一郎は何と言って良いのかわからず目を逸らす。

 宗一郎の仕草に不審を抱いたビットは地面に足をつけて、フローが元いた場所へとかけ出す。宗一郎はそれを黙って見ているしかなかった。


「……父さん?」


 人間大に陥没したその地には、何も残っていなかった。父の肉体も、着ていた服も、楽しかった思い出も。全てが失われていた。

 しゃがみこんで陥没した地を何回か指でつつく。感触はない。

 次第に現実を、父の死を理解したビットは泣き出した。

 大粒の涙を流しながらビットは泣いた。

 その様子を宗一郎はもとより、レッドドラゴンもじっと見ていた。

 2・3分ほどビットは泣き続けた。その間ビット以外の時間は止まっていた。宗一郎はビットを慰めたかったが、その行為がレッドドラゴンとの開戦の合図になるのを恐れて踏み出せなかった。

 泣き止んだビットは立ち上がり、目線を上げ父の仇であるレッドドラゴンを睨む。


「お前が! お前が父さんぉぉぉ」


 叫びながらビットは駈け出した。陥没した地を飛び越えレッドドラゴンの膝を殴った。何回も何回も。

 レッドドラゴンは微動だにせず、自分の膝を殴るビットを見ていた。レッドドラゴンにとってはビットの攻撃など蚊に刺されたようなものであった。

 がむしゃらに殴り続けるビットの手は鋼鉄のドラゴンの鱗で血塗れになっていた。それでもビットは殴るのを止めなかった。手が使えなくなると、ビットはレッドドラゴンを蹴った。足も利かなくなると、遂にはレッドドラゴンの肉体へ噛み付いた。予想以上の硬さだったのか、ビットは呻きながら一度口を離したが、再度噛み付いた。

 レッドドラゴンは噛み付いたビットを尻尾でグルグル巻きにした。


 やばい。ビットが死ぬーービットの暴走に呆然としていた宗一郎は、レッドドラゴンがビットを殺そうとしているのを見て弾かれたように声を上げた。


「待て。待ってくれ。レッドドラゴンよ」


「……なんじゃ?人間」


「そいつを、そいつを離してやってくれ」


「こやつは儂に攻撃してきたのじゃぞ」


「それはわかっている。それでも離して欲しい。そいつはガキなんだ」


「野生では大人も子供も関係ない。弱けりゃ食われる。それだけじゃ」


「ぐうの音も出ないほどの正論だな」


 宗一郎は肩をすくめる。


「なら俺が代わりにお前と戦うから、そいつを解放してやって欲しい」


「お前が?」


「ああ、俺だ」


「死ぬぞ。彼我の実力差もわからんほどじゃあるまい」


「死なないさ。生き残る」


「……大した自信だな。こいつはお前の何なのじゃ?」


「昨日会ったばっかりの赤の他人さ」


「他人のために命をかけるというのか?」


「だから俺は死なないって。命をかけるわけじゃない」


「…ふむ、良かろう。儂もお前に興味が湧いてきたからの」


「すまない。感謝する。戦う前にそいつに回復魔法をかけたいんだけど良いかな?」


「良かろう」


 ドラゴンが尻尾を絞めるとビットはうっ、と呻きを漏らし、口を離した。そしてレッドドラゴンは尻尾でビットを宗一郎へと放り投げた。


「もう大丈夫だからな。【消毒】」


「……勝てなかった。仇をうてなかった。ゴメン、ゴメンよ、父さん」


 宗一郎に回復魔法をかけながらビットは泣いた。自身の無力さに。


「お前は頑張った。後は俺に任せろ」


「仇……うってくれるの?」


「それは無理だ。お前の父親はレッドドラゴンの子を殺した報いを受けた。自業自得の死だ。あのレッドドラゴンを仇と呼ぶのはお門違いさ」


「でも、おいらはそんなこと知らない。父さんがレッドドラゴンに殺されただけだ」


「事の発端はお前の父親だ」


「関係ない


「憎しみの連鎖は何処かで断ち切らないといけない。じゃなければ堂々巡りになるぞ」


「知らない、知らない、何言っているかわからない。お前なんて大ッキライだ」


 ビットは地面の土を宗一郎の顔へとぶつけた。宗一郎は躱さずにそれを受け止めた。ビットは憎しみの目を宗一郎に向けた。宗一郎は回復魔法をかけ終わった後に、ぺっと砂を吐いて立ち上がる。


「待たせたな」


「もう良いのか?」


「ああ」


「なら……」


 レッドドラゴンはブレスをビットに向かって放った。


「【カーテン】!?」


 宗一郎は即座に結界魔法を放ったが、レッドドラゴンのブレスは結界を破壊してビットに直撃した。


「何を?」


「慌てるな。こうするためじゃ」


 ブレスが直撃したビットに外傷はなく、肉体がすっぽりと収まるような四角い箱の中に入れられていた。箱は炎を纏っていた。


「お前はそいつを置き去りにするつもりであったろう。そうはさせぬ。そいつには儂とお前の戦いを見届ける必要があるのじゃ」


 図星であった。宗一郎はビットをナターシャに預けようとしていた。


「……わかったよ。それで戦う場所を変えたいんだが、良いか?」


「ああ、この町の外に大きな空き地があったのじゃ。そこにしよう」


 レッドドラゴンは両翼を羽ばたかせて飛び上がった。同時にビットも浮き上がり、レッドドラゴンの後を追った。宗一郎は見たことのないレッドドラゴンの魔法に驚いた


「ソウイチロウ」


 アリッサが宗一郎を心配して声を掛ける。


「すまない、俺がレッドドラゴンと戦うことになった」


「何言ってんの? 私も戦うに決まってんでしょ」


「リーザもです」


「いやっでもさっき俺が戦うって」


「『俺』には私とリーザも入ってんのよ。それにこの戦いはボーグルを守るのが目的でしょ。1対1の必要性なんてないじゃない?」


「それにドラゴンさんは、ソウイチロウさんより大きいし、おまけに飛べます。3対1でも問題無いかと思います」


 リーザはドラゴンに対しても「さん」付けしていた。


「……それもそうか。俺のちゃちなプライドなんてこの場には必要ないな」


「そうよ。私達で力を合わせて戦うのよ」


「はいっ」


「それにしてもソウイチロウ。ビットに対して何気に酷い言葉をかけてたよね?『憎しみの連鎖は〜』とか『親父の死は自業自得だった』とか。あんなきつい言葉をかける必要なかったんじゃない?」


「ビットはたった一人の肉親を失ったんだ。おまけに仲間だと感じていた盗賊団は近い内に処刑されるだろう。そうするとビットはこの世界にたった一人になる。これまでの拠り所が無くなった奴が生きていけると思うか?」


「…………」


「誰かの奴隷になれば食いつなぐことは可能だが、心が死ぬだろう。それじゃ意味がないんだよ。残りの人生を死んだように過ごしたって楽しく無いじゃないか? だから生きる意味を与えたかったんだ」


「生きる意味?」


「ああ、強い意志さえ持てば人間は生きていける。そして『恨み』ってのは人間の感情の中でもトップクラスに強いものでな。その『恨み』を返すためなら、人間は岩にかじりつき泥水をすすってで生き抜くもんさ」


「つまりその『恨み』の対象に自分がなろうと」


「ああ」


「呆れた。そんなこと考えていたのね」


「そしてビットが盗みの罪で奴隷落ちになるのなら、俺の奴隷にしたい。そうすれば『恨み』の対象が近くにあって、その感情を忘れないで済むだろうしな」


「つまりリーザの後輩ですね」


「いやっ後輩って。リーザは後8ヶ月で奴隷から解放されるんだから」


「……はい」


 リーザがシュンとなった。


「某も参加するであります」


「トール、お前もか。間近でドラゴンを見て何も思わなかったのか?」


「ソウイチロウ殿、某を馬鹿にしすぎであります。某の力が寸毫ほどもレッドドラゴンに及ばないのはわかっております。しかしここでソウイチロウ殿、アリッサ殿、リーザ殿、ビット殿を見捨ててはおけないであります」


 トールはレッドドラゴンに「殿」をつけなかった。


「某は一太刀でもレッドドラゴンに浴びせるであります」


「わかった。協力感謝する。ナターシャはどうする?」


「あたいは戦力になれないさ。でも戦いは見届けたいねぇ。出来れば連れて行ってくれないかい?」


「わかった。アリッサ、ナターシャは任せたぞ。後は入り口まで走って行こう。レッドドラゴンが待ちくたびれてビットを攻撃しないとも限らん。……まず無いとは思うが、用心にこしたことはない。よし! 行くぞ」


「「「「オー」」」」


 アリッサは呪文を唱えて飛翔し、ナターシャを抱え飛び去る。宗一郎はトールと自分に風魔法をかけて走る。リーザに風魔法をかける必要はない。風魔法をかけなくても、風魔法をかけた宗一郎とトールより早く走れるからである。


 大通りを抜けてドラゴンに破壊された門を潜り、空き地へと着くとそこには仁王立ちしたレッドドラゴンと、空中に浮いているビットがいた。


「待ちわびたぞ。人間よ。さぁ掛かって来るが良い」


「その前にちょっと良いか?さっきは俺とお前のタイマンみたいな発言をしたけど、俺の仲間達も参戦したいらしい」


「構わん。何人で来ようが儂を倒せるわけがあるまい」


「そうか。感謝するぜ」


 宗一郎は構えを取る。


「では参る」

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