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第50話:中級魔導師試験


 ブッフハルトが去った後に、案内役の使用人が顔を覗かせた。ブッフハルトに一喝されて宗一郎の視界に入らない所から戦いを見守っていたらしい。


「ブッフバルト様は言い出したら聞かなくて」


 案内役はそう苦笑した。ブッフバルトが我を通す日常茶飯事のことで、それこそルクス王にさえ無茶を言う時もあるそうだ。


(年の差あるしな。しかし随分と風通しの良い国だな。これもルクス王のカリスマゆえか)


 玉座の間に居合わせたタージフの重鎮は、王に対して臣下としての一線を引いていた。彼らはルクス王が解散を命じるまでは、凛とした佇まいを見せ、王の言葉を一言一句聞き漏らすまいとしていた。馴れ馴れしい言葉を吐いたのは王の話が終わった後である。

 それは王と臣下の同質性が低い証左であり、国家運営には有益なものである。


(全国民、とりわけ全閣僚が同じ方角を向き、同じイデオロギーを抱いていると暴走しやすいからな。第2次世界大戦のドイツみたいに)


「ここです」


 案内役が指し示した部屋でアリッサとナターシャは歓談していた。


「ソウイチロウ、早かったわね」


「そうでもないさ」


「嘘よ。私とナターシャはまだ大した話なんて、あれっ?私お腹減ってるわ。この減り方は、まさかっ、もう2時すぎ」


(腹の減り方で時間わかるんかい!当たってるし)


「ナターシャ……さんとの会話に夢中になって時が経つのを忘れたんだな。積もる話もあるだろうが飯にしよう。ナターシャ……さんもそれで良いかな?」


「ナターシャで良いさ。アリッサ様を呼び捨てにしている人間があたいなんかに敬語とかやめておくれよ」


「……皇女殿下をつけるのはやめたのか?」


「ああアリッサ様がそう呼ばれるのを嫌がってたことを思い出したのさ。さっきは気が動転してたんだい」


「そうか。ナターシャ、飯にしたいが何か食べたいものはあるか?」


「……そうさね。あたいは暖かいものが食べたいねぇ。この国はガルドビアより温かいけどやっぱり冬は寒いねぇ」


「なら温かいものでもーー」


「失礼するであります」


 部屋に騒音とも思えるノックの音が響き渡り、1人の若い男が入ってきた。歳は15くらいであろうか。丸坊主の髪型と目に灯る炎から並々ならぬやる気が伝わってくる。


「ソウイチロウ殿であられますか?」


「そうだが、おたくは?」


「はっ某はトールであります。今春入隊の新兵でありますが、ソウイチロウ殿の案内役として指名されたであります。ソウイチロウ殿の任務を果たすために某を馬車馬の如く使って欲しいとのことであります」


 トールはビシッと敬礼した後で深くお辞儀をした。


「早速ですが、皆々様方のお食事を食堂にご用意させて頂いたであります。これから山越えなさる皆々様方には英気を養って貰いたいとの王の仰せであります」


「任務?」


「山越え?」


 トールの口から飛び出した不穏な単語にアリッサとナターシャが反応する。


「こ、これはだなぁ」


「ソウイチロウ!しっかり説明して貰うわよ」


「はいぃ」



 食堂に移り宗一郎は事の顛末を説明した。トールは食堂の入り口に待機して不審な人物が出入りしないか目を皿のようにして見ている。ナターシャご希望の暖かいスープがあり、心の中まで温まった。アリッサはいつもの暴飲暴食の傍らしっかりと宗一郎の言葉に耳を傾け、「そういう事情ならしょうがないわ」と了解した。


「でもさソウイチロウ?」


「なんだ?」


「タージフの爵位を貰うってことはこの国に定住するのよね?」


「そう決めたよ。この国ならアリッサが迫害される可能性もないし、何より居心地が良い。俺が平穏無事な生活をするには迫害なんて無縁のこの国が良いな」


 宗一郎は4ヶ月ほどタージフ国内を旅した。その間の出会いは星の数ほどあり、とても一晩では語り尽くせないものだ。その出会いはセシルからもたらされた必然であったが、少なくとも宗一郎はゴブリンやら猫獣人、イタチ獣人、エルフなどの対応に不満を覚えることは一切なかった。加えてルクス王の他種族への技術供与と臣下との関係はこの国の明るい未来を確信するに足るものであった。


「ソウイチロウが決めたのなら良いんだけど、そうするとダンを救った功績で準男爵の爵位を貰えそうな気がするわ」


「いやっそれがな、その功績は爵位を贈呈するに値するものだが、あの時俺は自分の正体を隠したから、他の貴族を納得させる別の手柄が欲しいって言われたよ」


「ソウイチロウはこの国に定住するんだよね?なら正体を明かしても何の問題もないんじゃない?」


「えっ?」


「正体を隠したのは平穏無事に生きるためにそっとして欲しいからでしょ?私の部下を助け出すために何処かの権力者に(おもね)った時に不興を買わない為でしょ?でもルクス王はソウイチロウがダンを救ってくれたことに感謝してナターシャの解放に尽力してくれた。もう別の権力者に|阿る必要はない。なら正体を隠す必要は無くなったんじゃないの?」


 正論であった。


「ダンを救ったという功績があれば、他の貴族は何も言えやしないよ。むしろソウイチロウを英雄と見て、接近して来るでしょうね。ゴブリンキングとホープキングを倒した男なんだから。今は正体不明の英雄ってなってるけど、もし名乗りをあげたら、ラシルド、マリーンさん、ドーンさん、部隊長のハインツさん、ダンの住民が、英雄の正体はソウイチロウだって諸手(もろて)を上げて証言してくれると思うよ」


「確かに……ルクス王め、もしや俺をハメたな?だから足早に去っていったのか!」


 用事があるからとセシルの手を引いて玉座の間から退出したルクス王の口元が歪んでいる図を宗一郎は想像した。


「すみません。リーザも気が回りませんでした」


「リーザのせいじゃないさ」


「なんだい。ソウイチロウの旦那は意外と抜けてんだな」


 ナターシャは真紅の髪を揺らしながら「ハハハ」と笑う。目元の泣きぼくろが彼女の魅力を増加させていた。


「笑うなっ」


「だってそんなことあたいにだってわかるさ。それをアリッサ様に聡明って褒められているーー」


「ナターシャ」


「おっといけねぇいけねぇ。それで、どうすんだい?結局ボーグルには行くのかい?」


「……約束は約束だ。行くよ」


 宗一郎はため息を吐いた。


「後ね、例え準男爵になったとしても領地持ちってのは無理よ」


「でもルクス王はそう言ったんだよ」


「領地を持てるのは男爵以上の限られた人達よ。男爵でも領地を持てない人はいるわ。勿論タージフは最近発展を続けているから土地が余っている可能性はあるけど……準男爵に回せる程余っているのかしら?」


「むぅ、わからん。わからんが、ルクス王は約束を破るような不誠実な人間ではない。それはナターシャを救い、ラシルドを変えたことからもわかる。まぁ俺は騙されたのだが……取りあえず俺達は頼まれたボーグルの盗賊団退治をこなそう」


「そうね」


 3人が頷く。


「それでな、中級魔導師試験を受けようと思うんだよ」


「あらっそれは良いわね。でも大丈夫かしら?」


 中級に限らず、魔導師試験は四半期に一回と決まっている。魔導師として登録されると、特権と義務が付加されるため、役人側も準備が必要である。承認する王への書類、審査する魔導師の確保、その能力の調査、審査会場の確保、登録後の研修など、膨大な準備が必要となる。そのため予算の関係上四半期に一回の頻度で、上級、中級、初級魔導師試験が行われていた。

 しかしそれ以外にも抜け道があった。それは信頼のおける魔導師からの「紹介」、いわゆる「コネ」である。これは現代日本のように忌み嫌われているものではなく、一般的で、むしろ奨励されているものであった。

 なぜなら魔導師として登録されると戦争従軍義務など危険な仕事が増えるため、審査官は厳正な審査を行う。能力の低い魔導師はあっさりと落とされるのである。「コネ」を使えるのは試験を受けるまでなのがこの世界の常識であった。またこの世界は乱世であり有能な人材が亡命した際に、魔導師試験を受けさせ、特権と共に義務を与え行動を縛る必要性もあり、紹介制度は広く運用されていた。上級魔導師の亡命など100年に1度あるかないかのことではあるが、人材を逃さないためこのような制度になっていた。ただし「紹介」で試験を突破した魔導師は仮免許を貰い、次回の正式な試験を突破してやっと正式な魔導師として認められる。

 アリッサの懸念は宗一郎がどうやって「コネ」を使うのか、ということであった。


「大丈夫。玉座の間を出た後にブッフハルトさんに会って、試験を受けるように誘われたんだ」


「ブッフハルトさん?なら試験は出来そうね。この国の魔導隊隊長の『紹介』を断れるはずがないもの」


 アリッサは玉座の間で会った齢70に届こうかという老人を思い浮かべた。


「なら早速行きましょう」


 アリッサは3人前はあろうかという量をペロリと平らげていた。


「トール、中級試験を受けに役所に行きたいのだが」


「ははっ、不肖このトールが案内するであります」


 トールは先頭にたって、周囲を警戒しながら役所へと向かった。


「そんなに気を張らなくても大丈夫だぞ」


「いえっソウイチロウ殿の身を凶漢から守ることが某の使命です」


「それは奴隷であるリーザの役目っ」


 リーザが前に出てきてトールと対抗した。


 トールの道案内で役所に着いた。宗一郎の試験はあっさりと終わり、拍子抜けした。

 ブッフハルトに褒められた結界魔法の操作を試験官に披露したら、直ぐに中級魔導師の称号の証である腕輪が貰えた。右手にはめると伸縮して宗一郎の手首にベストフィットした。魔法がかけられているらしい。


「はい、これで試験終了です。これは仮免許ですので、春の始まりにある中級試験を受けて合格すると晴れて正式な中級魔導師として認められます。仮免許は半年で失効しますのでお忘れなく」


 親切な役人に見送られて宗一郎は役所を後にした。


「今日はもう遅い。一泊してから山越えだな。準備はゲーリッヒ宰相がしてくれるって言ってたけど?」


「ははっ、明朝山越えの為の装備を取りに来るように言われております。皆々様方の宿も手配済みであります」


「何とも手回しの良いことで」


 宿に着くと宗一郎の身の回りの世話をトールはしようとしたが、それは奴隷であるリーザの役目、とリーザに断られていた。


「しかし某は陛下の命をーー」


「リーザの役目!」


「しかし……」


 宗一郎は言い合いを続けていたリーザとトールの頭を叩いて止めた。

 宿は2部屋用意されており、宗一郎はこの世界に来て初めてアリッサと別々に寝ることになった。


(これが普通だよな)


 宗一郎は物寂しい気分を味わった。

 奴隷であるリーザはソウイチロウさんの近くに侍らないと、と言ってきたリーザを、トールが男女は別々の部屋で寝るものであります、と正論で追い返した。


(この2人は意外と似たもの同士かもしれない)


 宗一郎はリーザがトールに大して敬語を使わずに喋っていることに気づいた。喧嘩ばかりしていたから、敬語を使わなくなったのであろう。もしかしたらリーザにとって初めての敬語を使わない相手かもしれない。


(良い傾向だ)


 宗一郎にはリーザの変化が嬉しく思えた。

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