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第43話:羽


 鬱蒼と茂る木々の合間を縫ったかのように鎮座する切り株を一筋の月明かりが照らす。

 周囲は漆黒の闇と静寂に包まれている中で、この場所だけが生きているようであった。

 そんな幻想的な雰囲気を醸し出す場所へと、アリッサは宗一郎を連れてきた。


 恋愛経験の豊富でない宗一郎は、雰囲気にのまれて、右足と右手が同時に出ていた。


(これは……噂に聞く……こ、告白ってやつかー。いやっこういうのは男からって)


 宗一郎に自身の「羽」をみせつける為に人気のないところへと連れだしたアリッサは、これほど雰囲気のある場所とは把握していなく、動揺していた。


(ヤバっ。雰囲気良すぎるわ……これでソウイチロウから迫られたら断れるかしら?)


 双方思い違いをしていたが、緊張しているのは一緒であった。2人は切り株に腰掛けた。

 お互いに話題を出すことも無く、沈黙が場を支配していったが、それを破ったのは……


「ソウイチロウさん、アリッサさん、何事ですか?」


 リーザであった。

 宗一郎の横で寝ていたリーザは、ふと目が覚めると宗一郎がいないことに気づき、何かトラブルがあったのではと考え、自慢の鼻を使ってこの場所を探り当てたのである。

 リーザの見当違いの発言によって、張り詰めた緊張感は、プシューと風船から空気を出す時のように弛緩していった。脱力した宗一郎とアリッサは、どちらともなく笑い出して、リーザは困惑した。


「そうね。リーザだけのけ者にしちゃ悪いわね。もう仲間だもんね」


「仲間。はい、そうです。リーザはソウイチロウさんの奴隷にして、ソウイチロウさんとアリッサさんの仲間です」


「そうだな。リーザはもう仲間だ。仲間には隠し事はなしだな」


 それから宗一郎とアリッサは自分が隠してきたことを洗いざらいリーザに喋った。勿論宗一郎の防音魔法を周囲に張り巡らしたため誰かに聞かれる危険性はない。

 リーザは特に宗一郎が異世界人であることに驚いていたが、概ね受け入れてた。


「何があってもリーザはソウイチロウさんの奴隷ですから」


「……それは嬉しいが1年後には奴隷から開放するからな。それまでやりたいことを見つけておけよ」


「……はい」


「それで私が話したかったのはここからよ。私が今日寝床を抜けだしたのは、生き字引といわれたゴブリンに話を聞くためなのよ」


 パンッと両手を合わせて注目を引いてからアリッサは言った。


「私の背中にある『羽』のことでね」


 「羽」をことさら強調してアリッサは言った。それは自分に言い聞かせているかのようだった。


「私は……背中の『羽』を受け入れられなかった。例えソウイチロウが見たいと言っても、私にとっては嫌悪すべき対象でしかなかったの。ソウイチロウがミハエルや魔物の群れから私を守ってくれたのに、私は約束を果たさずにのうのうと過ごしていた。こんなのフェアじゃないことは重々わかってたんだけどね」


「アリッサ、そんなに重く考えるーー」


「いいえ、約束を守ることは大事よ」


 ニコッとアリッサは笑う。


「だから……ソウイチロウに見て欲しい。私の『羽』を。リーザはその後ね」


「……良いのか?」


「ええ、悩みに悩んだ結果よ。本来ならミハエルから助けてくれた時に約束を果たすべきだったわ。それにソウイチロウに見てもらったら、この『羽』を使えるかもしれないの。今は無用の長物と成り果てているこの『羽』を」


「わかった。見せて貰おう……リーザもそれで良いか?」


「はいっ」


 2人の返事を聞いたアリッサはクルッと後ろを向いて背中を露わにした。

 背骨と肩甲骨の間に2対の親指程度の大きさの羽が生えていた。

 周囲の闇と比べても遜色のない漆黒に、真っ白な線が何本も放射状に中央から伸びていた。

 それは見る者を魅了する様な、得もいわれぬ美しさを醸し出していた。


「キレイだ」


 宗一郎は蜜に吸い寄せられる蜂のように、フラフラとした足取りで近づくと、アリッサの背中に無意識に手を伸ばした。


「あんっ」


 アリッサは喘ぎ声のような妖艶な声を出した。


「キレイだ。手触りは高級なシルクを触っているようにサラサラで心地よい。色合いも鮮やかで、白と黒の比率が美しい。こんな素晴らしい『羽』は地球でも見たことがない」


 宗一郎の賛美を聞いたアリッサの頬が自然と緩む。


「……ありがと。そこまで手放しで褒められると照れるわ。そんな色合いしているんだ。自分でもみたことなかったから」


「ん?自分で確認してないのか?ならナターシャさんとかには?」


「勿論見せてないわ。この『羽』を見せたのはゴブリン族を除いて執事だけよ……ソウイチロウ、シルクって何?」


「ん?こっちの世界では存在していないのか?蚕の繭を原料として作られる高級品だ。絹とも呼ばれて軽くて丈夫なんだ」


「そんなものがあるのね。知らないわ」


「アリッサが知らないのならこの世界にはないのかもな」


「……もう良いでしょ」


「えっ?」


「もう離しなさいって言ってるの」


 そう言われて宗一郎は自分がずっとアリッサの「羽」を掴んでいたことに気づいた。


「ああ、すまない」


 宗一郎はパッと「羽」から手を離した。


「では次はリーザの番ですね」


 宗一郎の後ろからニュルっと出てきたリーザはアリッサの「羽」をマジマジと眺め、擦った後で、ベロンと舐めた。


「こらっリーザ」


「はっ。ちょっと犬の血が騒ぎました。すみませんでした」


 頭を下げてからリーザは下がった。


「心地良い手触りですし、とてもキレイです。隠す必要ないと思います」


「そう言われても」


「リーザの言う通りさ、アリッサ。これは決してお世辞じゃない。俺はその『羽』の美しさに惹きこまれそうになったよ」


「ありがとう。そう言われると……『羽』がぴくってなったわ」


「ぴくってなった?」


「ええ勘違いじゃないわ。『羽』が動いたのよ。今までどうやっても動かなかった『羽』が」


 宗一郎はマジマジと「羽」を見ると、小刻みに動いていた。まるで褒められた子供が喜んでいるように。


「確かに動いているな。それは自分の力で動かせるのか?」


「ちょっと待って……無理みたい。そもそも動かし方わかんないし」


「そもそも無理なのか、それとも将来的には出来るようになるのか」


「背中から生えているんですから、出来るようになるんじゃないですかね?リーザの耳と尻尾も自由に動かせますから」


 リーザが耳をピコピコさせて、尻尾を自分のお腹に当てる。


(可愛い)


「そうだな。リーザの言う通りだ。いずれ出来るようになるだろ。今日は一歩前進って言ったところか」


「一歩ねー。動かせるようになるには何歩進めばよいのかしら?」


「一歩一歩が大事なのさ。ゆっくり行こう……アリッサはどうして『羽』を動かしたいと思ったんだ?」


「私って宗一郎に助けてもらってばっかりでしょ。少しは戦力にならなきゃって思って。誘拐されないくらいにはね」


「そうか。アリッサもしっかり考えているんだな」


「何よ。私が何も考えてないって言うの」


「いやっそんなことは」


 笑い合ってその場はお開きになった。


 明くる日、夜ふかしをしたにも関わらず、宗一郎達は太陽が昇る前に起きだして日課のラジオ体操をしようとしたら、岩を枕にして寝てるルッツがいた。お仕置きとして一晩外で寝かされているのだ。

 起こさないようにとソーッと抜き足差し足で移動したのだが、何の前触れもなくパッとルッツが目を覚ました。


「ううーん。朝?……イテテ、岩硬かったな。これじゃあ枕無しで寝た方がよかったよ……ってあれ?ソウ兄?どうしたの?こんな朝早くから」


「いやな、ラジオ体操というのをやろうとしてな」


「ラジオ体操?」


「ルッツもやってみるか?」


「やるー」


 元気の良い返事に満足した宗一郎は出血大サービスと思い、口でラジオ体操のテーマを口ずさんだら、ルッツとアリッサに爆笑された。リーザは苦笑いを浮かべていた。しかし続けていると覚えてきたのか、アリッサとルッツも口ずさむようになり、そこにリーザも加わり合唱しながらラジオ体操をこなした。

 それ以降ルッツは毎日ラジオ体操をするようになり、それに子供や大人も参加し始めてゴブリンの集落の一大ブームまでになった。彼らは一様に耳慣れない歌を口ずさみながら身体を動かすんだ、と魔族の間で評判になった。


 ラジオ体操の後に朝食を頂き(ルッツは謹慎中のためなし)、ゴブリンの人々に見送られて集落を出た。


「アリッサ、一晩寝て『羽』の調子はどうだ?」


「まだ変化ないかな?寝床に入ったら動かなくなって、それっきり動いてない。見間違いだったのかしら?」


「いいや、確かに俺は動いているのをみたね」


「リーザもです」


「ならまた動くまで待つとしますか。取り敢えず王都を目指して進みましょう」


「「おー」」



 アリッサの「羽」は、本人の意志により成長を止めており、「羽」が生えてきたその日から全く姿形を変えていなかった。本来なら自身の成長と共に「羽」も同時に成長していくのだが、アリッサの負の感情が「羽」に伝わり、進化が止まった。しかし、愛しき人、信頼出来る仲間へと「羽」を見せて賛辞を得た結果、アリッサの正の感情が「羽」へと伝わった。それに反応して「羽」は小刻みに動いたのである。

 今はまだ蛹、いやっ幼虫の様な「羽」だが、アリッサが受け入れることによって進化は続いていく。

 ゴブリンの生き字引と言われたルーでさえ知らない未知の「羽」がどのような進化を遂げるかは、まだ誰も知る由もなかった。


 それから半日ほど馬を走らせると宗一郎の探知魔法に反応があった。


「これはっ」


「どうしたの?宗一郎」


「急ぐぞ。こっちだ」


 宗一郎は馬を走らせた。


 少しすると開けた草原にポツリと1人で猫の子供の獣人が泣いているのが見えてきた。


 例によって辺りは全く荒らされていなかった。


 草原に生い茂った草が風でゆらゆらと揺れていた。

明日は閑話をあげます。

ラシルドの話です。明後日はきついかも(笑)

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