第42話:集落
王都への道すがらゴブリンの男の子であるルッツを拾った宗一郎は、ルッツの住んでいた集落へと向かう事に決めた。ルッツを励まそうと始めは陽気に振舞っていた宗一郎だが、次第に不満を溜め込んでいった。ルッツが懐かないのである。馬での移動中はアリッサと相乗りして、リーザにも話しかけているのだが、宗一郎には少しも近寄ってこない。おまけに宗一郎がルッツに近づくと、一目散にアリッサかリーザの背後に隠れる始末である。
宗一郎は面白くなかった。
「なんでルッツは俺に懐かないんだ?」
「集落では特に人間の男に対しては近づくなと教わっているらしいの。私は魔族の力があって、リーザは獣人、しかもどちらも女だから。ルッツの警戒心がとけたのかもね」
ゴブリンを攫うのは大抵人間の男の仕業である。
成人したゴブリンは人間より遥かに力があり、とてもじゃないが女性が太刀打ち出来る相手ではない(例外あり)。おまけに女性は攫われてゴブリンの苗床にされる可能性があり(魔族のゴブリンは殆どしない)、攫う役には向いてなかった。
そのため人間の男に注意を払うのは当然であった。
「しかしなー、ここまで恐れられると凹むぞ」
アリッサはルッツに懐かれなくて落ち込む宗一郎を慰めていたが、ひょんなことからこの騒動が終結した。
馬での移動中、アリッサにじゃれつきすぎたルッツが落馬したのだ。その原因はアリッサを驚かせようとアリッサの前に滑り込もうとしたルッツがバランスを崩したという、自業自得のものだった。その際に宗一郎が即座に風魔法でルッツを浮かせたら、数秒の間をあけて、ルッツが宗一郎に詰め寄り、「お兄さん、魔導師なの?すごい、僕魔導師見たことないんだ。もっと見せて見せて」とお願いしてきた。
ルッツの無邪気な笑顔を見て機嫌が良くなった宗一郎が、言われるままに魔法を見せていくと、「すごい、すごい」とルッツが宗一郎を尊敬の眼差しで見るようになった。
それ以降はリーザとルッツの位置を変えて移動している。
宗一郎はゴブリンの集落に向かっている。ルッツはどの方角に集落があるのかは知らなかったが、約2時間移動したのは覚えていた。
「リーザ、匂いでわかる?」
宗一郎が冗談交じりにリーザに問いかけると、
「調べてきます」
と言うや否や脱兎の如く走り去っていった。
呆然とした宗一郎とアリッサだが、リーザに任せようと思い待機すると、2時間程でリーザは戻ってきた。因みにこれはルッツが宗一郎に懐く前なので、リーザを待っている間、ルッツはずっとアリッサと遊んでいた。
「ここから南西の方角にゴブリンの匂いを見つけました。馬で……2時間くらいでしょうか?」
イマイチ馬の速度を把握していないリーザは適当に当たりをつけた。
「そうか、ならそこへ行こう。リーザ、疲れてないか?」
「はい、疲れてません」
リーザの生真面目な性格を考えると、全力疾走したと思われるのだが、少しも息はあがっていなかった。
「どういうこと?アリッサお姉ちゃん?」
「ルッツ、あなたのおっとうとおっかあが暮らしている場所がわかったのよ。あなたは家に帰れるのよ」
「ホント?すごい、すごい」
キャキャっとアリッサと手を合わせながら、ルッツは喜んだ。それからリーザの言う方角に馬を走らせているのだが、2時間経っても着かなかった。
「リーザ、後どれくらいだ?」
「このペースですと……後1時間くらいでしょうか?すみません。馬の足を測り損ねました」
謝るリーザに「気にするな」と言ってから馬を進める。それから1時間すると、小高い山がみえてきた。
「あそこです」
リーザが指差した。
「だそうだが、ルッツ?」
「ゴメン、ソウ兄。僕は集落から出たことないからわからない。でも山の上に住んでた覚えはあるよ」
「そうか。もう少しすれば俺の探知魔法の範囲に入るから、そうなったらはっきりしたことがわかるぞ」
「すごい、ソウ兄は探知魔法も使えるの?」
ルッツが宗一郎に尊敬の眼差しを向ける。宗一郎はそれが何とも言えず気分がよかった。
宗一郎が探知魔法を使いゴブリンの集落であることを確認した。人間はゴブリンの集落では忌み嫌われているため、ルッツ1人で帰ってもらおうと思ったが、「ぜひ一晩泊まってって」とルッツに押し切られた。
アリッサとリーザもOKしたため、宗一郎は一晩泊めてもらうことにした。
小高い山を登ると中腹に剣を携えたゴブリンが見えた。
「ロビンおじさん!」
そのゴブリンを見たルッツは馬の背から飛び降り、抱きついた。
「ルッツ……お前どこに……探したんだぞ。族長のギャンさんも山を降りて探している途中だ」
「おっとうも。ごめんなさい。迷惑かけました」
「……人間?」
ロビンが宗一郎を見て警戒を強めた。
(ルッツって族長の息子だったのか)
「ソウ兄は人間だけど僕を助けてくれたんだ。帰り道がわからなくなった僕をここまで送ってくれたんだ」
「……そうか。歓迎するぞ、恩人。良くぞルッツを送り届けてくれた。だが、どうかそのまま待機していて欲しい。人間を集落に入れるかどうかは族長の専権事項となる。ギャンさんが帰って来るまで、お前らをこの集落に入れることは出来ん」
「……俺としてはこのまま帰っても何ら問題ないんだが」
「だめだよ。ソウ兄。恩は返すもんだっておっとうから言われているんだから」
ロビンから離れたルッツが宗一郎に駆け寄り、涙目になり懇願する。
「随分懐かれたもんだな。ソウイチロウとか言ったな。俺からもお願いする。ルッツは次期族長。しっかりとした道を歩んで欲しいんだ」
ロビンも頭を下げる。
「わかった、待つよ。とりあえず頭をあげてくれ」
それから小1時間くらいすると、背後からガヤガヤと音が聞こえてきて、ギャンを先頭としたルッツ捜索隊が姿を見せた。
「おっとう」
「おおルッツ、戻ってきたか」
ギャンが両手を広げてルッツを迎える。
「おっとう」
ギャンの胸に飛び込んだルッツは、涙ながらに謝罪に言葉を吐き、これ以降は集落から出ないことを誓った。そして罰として、畑の手伝いを増やさせると聞いた時、ルッツは少し不満顔をしたが、宗一郎の話になると途端に弾けるような笑顔をつくった。
「なるほど。この方々がルッツを助けてくれたのか。歓迎するぞ、客人」
「どうも。宗一郎と申します。後ろにいるのが、アリッサと獣人のリーザです。リーザは俺の奴隷ですが、俺達と扱いを等しくしてくれると嬉しいです」
「ふむ、奴隷か。リーザとやら奴隷生活はどうだ?」
ギャンがリーザへと目を向ける。
「はい。大変よくしてもらってます」
「……嘘は言っとらんようじゃな。奴隷にしては目が死んでおらん。ソウイチロウは余程良い奴隷主と見える。あいわかった。リーザとやらもソウイチロウと同じ扱いにしよう」
族長の了承を得た宗一郎はゴブリンの集落へと足を踏み入れた。そこは人間の町と何ら変哲のない建物が立ち並び、秩序ある町並みであった。
「こっちじゃ」
宗一郎はギャンに促されて、集落の一番奥にある族長のお屋敷へと足を踏み入れた。
「あれ?ルッツは?」
「あやつは罰として今日は外で寝泊まりさせる。お客人は気にせんどいてくれ」
それから歓迎の宴に入った。
ギャンと宗一郎が当たり障りのない会話をしていると、食事が運ばれてきた。ゴブリンの食事はどんなものかと、宗一郎は警戒していたが、ダンの料理と何ら変わりのないものが運ばれてきて拍子抜けした。
「客人をもてなすなど5年振りじゃ。何か至らぬ点があったら遠慮なく言ってくれ」
宴は盛り上がった。おいしい食事に加えて、ゴブリンの音楽、踊りと宗一郎は素晴らしいおもてなしを受けた。「至らぬ点があったら」などとギャンは殊勝なことを言っていたが、何ら不満を覚えることはなかった。宗一郎が不満を覚えたのは、ゴブリンの女性と食べ比べ対決をしたアリッサが2人抜きを決めてしまったことくらいである。
リーザはチョコンと宗一郎の隣を陣取り、幸せそうに宗一郎の世話をやいていた。
宴が終盤に差し掛かったところで宗一郎はギャンに懸念を伝えた。ルッツが置き去りにされていた場所に何ら異変がなかったことを聞かされたギャンは、「ふむ、変だな」と言っただけであった。
楽しかった宴は終わり、散会になった。宗一郎一行は族長の屋敷の2階を寝床として与えられた。
就寝前にアリッサが一人で外へ出て行こうとした。宗一郎が危ないから付いて行こうと言ったら、「一人で大丈夫」と言われてしまいスゴスゴと寝床に引き返した。
アリッサはある家へと向かっていた。
「ミー、来たわよ」
「ようこそ、アリッサ。ゲフッ……ごめんなさい。歓迎するわ」
食べ比べ対決でアリッサに敗北したミーは満腹らしく、お腹を抱えてアリッサを奥へと案内した。
「しかしアリッサの胃袋はどうなっているの?私でも勝てないなんて」
「まだ腹八分目だよ」
「あれで腹八分目ってあんた……」
ミーが絶句した。
「まぁ良いわ。こっちこっち」
ミーが手招きしている。
「この部屋よ。お祖母ちゃん、入ります」
「失礼します」
扉を開けると、ヨボヨボのゴブリンが正座していたーーアリッサのお目当ての人物である。この集落で一番の年長者、生き字引と言われたゴブリンであった。
「お祖母ちゃんのルーだよ。お祖母ちゃん、この人がさっき言っていたアリッサよ」
「ふむ、魔族とのハーフ、クォーター……いやっ子孫か。歓迎するぞ。アリッサよ。魔族のお客人は半年振り。しかも人間との混血など初めてじゃ」
「どうも初めまして。アリッサと言います。わけあってタージフの王都へと向かっています。よろしくお願いします」
アリッサは丁重に礼をした。
「ふむ、それで?見せたいものとは何じゃ?」
「はい。これなんですが……」
アリッサは服をたくし上げて背中を露わにし、自身の魔族としての象徴である「羽」を見せた。
彼女がここを訪れたのは自身のレベルアップを目論んでのことである。
アルエットへの逃避行、アルエット軍による襲撃、魔の森、ミハエルとジュライ、ゴブリンとホープの群れ、ワイバーン、彼女は様々な危険を経験してきたが、そのどれにも打ち勝つことは出来なかった。それはひとえに彼女の力の無さが原因であった。
皇族としての教育を受けたが、覚えれたのは探知魔法、回復魔法、水魔法(攻撃には使えない)のみ。対人戦では無力なものばかりである。
そんな彼女が何故これらの危機を乗り越えれたかと言ったら、全て他人の力によるもの。
彼女自身がその危機に対処したことはない。
それがアリッサには悔しかった。
自分は宗一郎に頼るだけで何も出来ない、このままではナターシャを救い出せない。そう悩み続けていた彼女は、自身にまだ成長の可能性があることを思い出した。
それは自分の背にあり、目を逸らしていたもの。
ーー魔族の証である「羽」。
それがどの魔族のものなのかは、アルエットで古文書を読んでもわからなかった。
しかしここならどうだ?魔族なら知っているのではないか?
ーー「羽」の名前と使い方を。
ルッツへと「羽」を見せつけた時にその考えへと至った。
アリッサは人間至上主義のガルドビアで暮らしていただけあって、自身の羽は嫌悪すべきものとしか捉えてなかった。それは奴隷や魔族、獣人への偏見が無くなってからも変わらなかった。
朝起きて日課のラジオ体操をしている時に、必ず羽が服に擦れた。それで毎朝憂鬱な気持ちになっていたが宗一郎に心配されないために、必ず笑顔を浮かべていた。
例え宗一郎から「羽」を嫌悪しないと言われても、幼い頃の教育が、「洗脳」が彼女の行動を縛った。
自分から「羽」の話題を出すこともなく、ミハエルとジュライから救出してもらっても、宗一郎に「羽」をみせつけることもなく、ここまで過ごしてきた。幸い宗一郎が催促してこないため、このままにしておけば有耶無耶になるかとも考えた。
それは彼女にとってフェアとは言えなかった。フェアとは言えないが「羽」を見せるのは嫌だ。自身の信条に反しても愛する人に汚点と言うべき「羽」を見せたくなかった。そんな悩みを抱えながら旅をしていたのだが、そこで今回の決断の最後のひと押しとなるものを目にした。
リーザである。
奴隷として薄幸な運命を背負ったリーザは、奇跡的に奴隷身分から脱出し、宗一郎の仮面奴隷となりこの旅に随行した。時々奴隷としての間違った価値観で、宗一郎とアリッサを呆れさせることもあったが、不平不満を言うことなく宗一郎に付き従っていた。
リーザには長所があったーー足と鼻と耳である。
足は馬より速く、鼻は何百m先の匂いまで嗅ぎ分けられ、耳は葉のかすれる音さえ聞き漏らさない。その類まれな足と鼻によって、ゴブリンの集落を突き止め、ルッツを親元に返すことに成功した。
アリッサはそのリーザの活躍ぶりを見て、密かに嫉妬していたーー宗一郎の役にたったからである。
ダンからゴブリンの集落までアリッサに出来たことと言えば、魔族の証である「羽」をルッツにみせつけて安心を与えたことと、馬に乗れたことくらいであった。どう考えてもリーザに貢献度では劣る。
勿論リーザは宗一郎の奴隷であり、自分たちの仲間であるため貢献度なんて考え方は見当違いであるが、恋するアリッサにとって宗一郎の役にたつことは他の何よりも重要であった。
それから導き出されたのが、自身の「羽」の使い道を知ることであった。
「むぅ、何とも珍妙な羽じゃ……ババも見たことがないのぅ。すまんな、力になれなくて」
「いえっ……」
アリッサは頭を下げるルーにつられて頭を下げた。
(ルーさんでもわからないとなると……ってくじけちゃいけない。私は宗一郎の力になるって決めたんだから。もっと詳しい人を探せば良いだけよ)
アリッサは落ち込みかけた自分を立て直した。
「ただのぅ」
「お祖母ちゃん、何かあるの?」
「アリッサよ、その『羽』は子供の頃からそのままなのか?」
「いえっ、これは大体1年くらい前に突然生えてきたものです。それから変わってないと思います」
「なるほどのぅ」
アリッサの返答に合点がいったのか、ルーは何度も頭を上下させた。
「お祖母ちゃん、何かわかったらアリッサに教えてあげて」
「わかった、わかった。そう話をせかすな。アリッサよ、その『羽』を自分の力にしたいのじゃな?」
「はい」
「何の為じゃ?」
「……自分の目的を果たすため……そして好きな人を守れる強さを得るためです」
「良い目じゃ。ならば教えてしんぜよう。アリッサよ。お主はその『羽』を内心では拒んでいるのではないか?」
図星であった。アリッサの顔がひくつる。
「やはりそうか。お主がその『羽』を拒めば『羽』も力を貸してくれんよ。お主が本当にその『羽』を受け入れた時、『羽』は成長して強大な力を得るだろう。さしあたっては……お主、好きな人は近くにいるのか?」
「……はい」
「そやつにお主の『羽』を見せてやれ。さすればお主の中にある枷もとけよう」
「見せる?」
「出来れば触らせた方が良い。その方がはっきりと実感出来るだろう」
「でも、でも……その、恥ずかしい」
「一時の羞恥心など捨て去れ。『羽』が成長しないことによって、危険に晒されれば、恥ずかしいなどと言ってられなくなるわ」
老齢のルーが大声で言ったこの言葉にはアリッサを納得させる威があった。
「……わかりました。ご助言感謝します。今見せに行きます」
ルーにお礼を言ったアリッサは、部屋から退出して族長の屋敷へと向かった。
「お祖母ちゃん?」
「何じゃ?」
「アリッサが『羽』を受け入れる為には好きな人に見せなくちゃいけないの?」
「そんな訳がなかろう。自分で受け入れると決めれば、自然と『羽』もそれに答えてくれるじゃろう」
「じゃあ何で、さっきはあんなことを?」
「……恋煩いをしている若い娘に対する、ババからの金言じゃ。恋は攻めじゃよ」
ワハハとルーが笑う。
ミーがルーの笑い声を聞いたのは5年振りだった。
この話でまとめようとしたら長すぎたので分割します。
あぁまとめられない自分が憎い。