第41話:ヤン
本編はお休みして、宗一郎がダンの町を旅立ってから1ヶ月後の話になります。スーは14話:反応に出てきますので、お忘れの方はそちらを一読下さい
「ああ、そうだよ。たまたま町に寄った魔導師がゴブリンとホープの群れを蹴散らしてくれたと思ったらすぐどっか行っちまってよ。おかげでお礼を言う暇さえなかったね……お客さん、なんでそんなことを聞くんだ?」
「ゴブリンとホープの群れを追い返した魔導師様に会ってみたいんですよ。あわよくば弟子入りしたいなって」
「そうかい……だがすまんね、俺は何にも知らないんだよ」
「そうですか。お手数かけました。あっこの布良いですね。一つ頂いてよろしいでしょうか?」
「毎度あり」
購入した布を袋に入れた男は会釈をしてから通りを先に進む。
同じ行動を何回繰り返しただろうか?男の袋にはこの町で購入した、果実、アクセサリーなどがギュウギュウに押し込められており、パンパンの状態であった。おまけに店主の反応は判で押したように大差なく、旅の魔導師がゴブリンとホープの群れを追い払ってくれたが、スグに立ち去ったため名前、容貌、体格、人種さえも知らないという情報しか得ることは出来なかった。
男の名前はヤン。アルエットの次期国王であるスーの部下である。
ヤンは立派に成人していながら、子供にしか見えないその体躯や容貌を活かしてダンの町で情報収集の任に当たっていた。
それというのも、王に命じられてスーがユティエ村で事情聴取した結果、龍が雨雲を突き破った日に、魔の森から男が一人で出てきたことを突き止めていた。そしてこの村では泊められないと言うとスゴスゴと森に引き返していったそうである。
その男が龍について何かを知っている可能性が高いと考えたスーは、魔の森周辺にある村々に事情聴取したが、ユティエ村以外からは情報が出てこなかった。そのため男はタージフへと亡命したのだと考えて配下であるヤンに調査を命じたのだ。
無事にタージフへと侵入できたヤンは、旅人から魔物の襲撃を撃退してダンを救った魔導師の話を聞いた。時期的に魔の森から抜け出た男の仕業かもしれないと考えたヤンは今朝この町を訪れた。それからずっと聞き込みを続けているのだが目新しい情報がなく、悲嘆に暮れていた。
(このままだとロクな報告ができないよ。そもそもその魔導師が魔の森の龍に関係あるかもわかんないし)
その後も聞きこみを続けるのだが、新たな情報を得ることはなく、袋が2つになるだけだった。
中央に行くとダンの像の隣に巨大な斧が飾ってあった。近くの人に聞くとゴブリンキングの持ち物だったそうだ。あまりにも巨大で立派な斧であったため、この町を救った魔導師を称えるオブジェクトとして飾ってあるそうだ。
(流石ゴブリンキングが持っていただけあるな。僕の背丈近くあるよ)
宗一郎はゴブリンキングの斧の扱いに困っていた。宗一郎が使用するには大きすぎで、かといって心情的に捨てる、又は譲ることは出来ない。そんな折に、この事件を後世に伝えるために飾りたいとドーンが提案をしてきた。渡りに船と思った宗一郎はその提案を受け入れた。
そして英雄であるダンの像の隣に展示されることになった。町民はこの斧を見る度に、宗一郎への感謝と、宗一郎の正体を隠す約束を思い出すのであった。
ダンの町を彷徨いていたヤンは異臭を感じて顔を向けた。目の前の小道の奥から漂ってきているようである。ああ、スラム街かとすぐに合点がいったヤンは臆すること無くその小道を進んでいった。
スラム街はどの町にもあるもので必要悪とみなされている。奴隷を持てない者が下働きを頼む相手、汚れ仕事を頼む相手、子供や親を養えなくなった者が捨てる場所、裏の世界で生きる人々が暮らす場所といった様に、様々な需要がある。勿論ヤンの故郷にもあるため、ヤンはスラム街に抵抗はなく、また普通の商店で聞けない、きな臭い話を耳に出来る場所だと考え歩を進めた。
スラム街に入るとすぐに子供が目についた。
「ぼくー、ちょっと話を聞きたいんだけどいいかな?」
「誰?」
「旅の者だけど、この前の魔物が襲撃された事件について話を聞きたいんだ。勿論お礼はするよ」
ヤンは数枚の銅貨と先ほど情報料として商店で買った果物を男の子の手にのせた。
「わー。これ貰って良いの?」
男の子は目をキラキラさせていた。ヤンは無言で頷いた。
「ありがとう」
お礼を行った子供は皮も向かずに果物にかじりつき、またたく間に胃に収めた。
「ふー。美味しかった。それで何を聞きたいの?」
「ちょっと前に、魔物を撃退した魔導師って知ってる?」
「うん。知ってる。この目で見たよ。すっごいカッコ良かった」
「そうかい。それでどんな顔だった?」
「それはね……だめだ。これ言っちゃいけないんだった。ごめんね。おじさん」
「おじ……」
まだ10代前半で通用する顔をしているヤンでも、5,6歳くらいの男の子から言わせればおじさんに見えるのかもしれない。
「おじさんはまだそんな歳じゃないから、お兄さんって呼んでね」
「わかった。でもこれは話しちゃいけないんだ。果物くれてありがとう。じゃあね、お兄さん」
男の子は手を振りながら去って行った。
「何だって全く」
悪態をついたヤンは同じ行動を繰り返したが、これまた商店の店主達と同じく魔導師の話になると急にトーンを変えて、口が重くなった。子供から老人まで緘口令を敷かれたかのように、魔導師の正体の情報を一切漏らすことはなかった。そのため町中の調査と同様にスラム街での調査でも大した成果を上げることは出来なかった。
ヤンはパンパンだった2つの袋が空っぽになったのを契機としてスラム街での調査を打ち切った。
宗一郎が去った後ラシルドとドーンの連名でダンには緘口令が敷かれていた。旅の魔導師について情報を漏らした者は処刑すると言う内容であった。流石に九族まで処刑するとはならなかったが、十分厳罰である。住民はこの緘口令を重く受け止め、ダンを救ってくれた英雄の話を墓まで持っていくことを決めていた。
だがどの町にも愚か者、裏切り者はいる。
訝しげ表情をつくりながらスラム街から抜け出たヤンに対して声をかけた者がいた。
「旅の魔導師の情報を集めてるのか?」
「そうだが」
「俺がその情報を教えたらいくらくれる?」
「情報の量や重要性で判断する。もし重要性が高いものなら、金貨を出そう」
「き、金貨だって?」
「ああ。それで?情報を売ってくれるのか?」
「売る、売る、勿論だ」
ヤンに話しかけてきたこの男は、縄にかけられたリーザに対して投石した中年の男だった。
彼は英雄が自らの口で仲間と宣言した獣人の女に対しての投石に加えて、生来の嫌味な性格で周囲から爪弾きになっており、ダンからの移住を考えていた。しかし先立つものがない。どうしたものかと途方に暮れている時に魔導師の噂を収集している男がいると聞き、ここに来たのである。情報を売って金を稼げ、遠くへ引っ越すつもりであった。
男はヤンに知る限りの情報を流した。住人に緘口令が如かれていたこともヤンはここで知った。
その中で興味深い情報が2つあった。
1つはユティエ村へと宿を借りに訪れた男と魔物からダンを救った男の容貌がそっくりであること。身長や黒髪黒目、体格、おおよその年齢など類似点が多く観られた。
もう1つはその男の横にいた人物が、軍隊で魔の森に追っ払ったアリッサ元皇女に似ていたことである。魔の森に人間は入れないため、当然ながらアリッサの「死」の確認はとれていなかった。しかしアリッサが魔の森に入ってから周囲には軍による見張りをつけており、その際にアリッサが魔の森から出てきたことは確認されていなかった。そのためアリッサの「死」はアルエットの上層部では既成事実として信じられていた。それがここに来て、「生存」を示す情報が出てきたわけである。
サルーンからもたらされた自国の領土に元皇女がいるという情報に対して、ガルドビア帝国を恐れたアルエット王は、アリッサを自殺させることにした。そのために魔の森へと追い込んだのだが、それが失敗に終わったのかもしれないのだ。もしアリッサがガルドビア帝国皇帝と万が一にでも和解した場合には、復讐される恐れがある。アリッサの「死」はアルエットにとって死活問題であった。
ヤンは部下に指示を出して、上司であるスーに報告させると共に、自分はこのまま捜索を続けることに決めた。
男は宗一郎が戦っているシーンを見ていない上に、兵士にはすぐさま緘口令が敷かれたため、宗一郎の魔法についての情報は持ちあわせていなかった。
「さあ、ありったけ話したぞ。さっさと金をくれっ」
ニコニコと笑顔を浮かべていたヤンの顔が突然歪む。
「金?なんで?」
「なんでじゃないだろ?話したら金をくれるって言ってただろ。俺は金が必要なんだよ」
「死人になんで金が必要なのかって聞いてんだよ」
「死人って何言っ……」
男はそれ以上の言葉を紡ぐことは出来なかった。
ヤンの腰から抜かれた剣が男の首を切断したからである。
血の噴水と共に宙に浮いた男の頭をヤンは掴み、耳元に口を近づけ「ありがと、拉致する手間が省けたよ」と呟いた後、まるでゴミの様に男の頭を投げ捨て、無表情でその場を後にした。
ヤンは幼い顔立ちをしているが、所属部署は暗部であった。拉致、監禁、拷問などあらゆる悪事に手を染めている。殺人を犯したのも1度や2度ではない。男はそんなヤンに対して交渉を持ちかけるには、余りにも未熟であり迂闊であった。
返り血を拭ったヤンが何食わぬ顔でダンを出る頃には男の死体は、スラム街の中に移動させられて裸になっていた。スラム街の住人が身ぐるみを剥いだのである。
もう少しすれば、野犬やカラスが男の死体を処理するだろう。
スラム街の死体は髪の毛一本残らない。