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何でも出来て何にも出来ない男が平穏無事な生活を手に入れるまで  作者: 大山秀樹
第1章:仲間をつくろう
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第4話:能力把握


 ヒュンっと金切音をあげ風の刃が空気を切り裂いていく。

 その先には昨晩宗一郎が御相伴に預かった兎と豚を兼ね合わせた動物がいた。その動物の動きは空気を切り裂いてくる風の刃を回避出来ない程鈍かった。


 風の刃は物体を切り裂き、真っ二つにしたが、宗一郎の腹の悲鳴が収まる訳ではなかった。

 なぜなら風の刃は木を切り倒したからである。ドスンッという音と共に落下した植物は寿命よりも早く土に帰ることになった。

 宗一郎は2桁に届こうかという試行回数で、左右のズレを無くすことは出来た。利き手である右手を前に出して【クーラー】と唱えると、掌から風の刃が出現する。手をめいいっぱい開くと左右にズレやすく、掌を内側に折り曲げると左右にズレにくいことは理解できたが、上下の感覚は掴めなかった。


 すでに西日が差し、宗一郎の腹がけたたましく鳴っている。

 宗一郎はピョートルと別れてから、まだ1食にもあり付けていなかった。

 魔法で水を生成出来るので、飲水には困らないが食べ物はそうはいかない。


 宗一郎は現代日本の食べ物を召喚できないかなーと考え、カツ丼、ラーメン、寿司、アイスクリーム、カップラーメンなど思いつく限りの食べ物をイメージして唱えてみたが、うんともすんとも言わなかった。


 宗一郎に与えられた『加護;器用貧乏』は万能ではない、そう実感した瞬間であった。


 この方向性を諦め、そろそろ何か食べたいなと思った時に、先ほどの動物を見つけて狩りをしようとしたのは、まだ東日が差している頃であった。

 その時発見した動物は宗一郎の目の前にまだいて、3、4時間程のお付き合いである。大学で言えば2,3講義ぶっ続けで狩りの実習をしているようなものだ。

 

 何十発魔法を撃っただろうか。『加護:器用貧乏』の効果で魔法はそこそこ使えるのだが、宗一郎は全く当たる気がしなかった。

 宗一郎は風魔法に固執していた訳ではない。獲物を狩るために火、風、水などの魔法を唱えたが全て見当違いの所に行った。土の魔法だけは、イメージしても発動しなかった。闇、光魔法は試してすらいない。


 宗一郎の背後で焦げている木々、茎や花弁が切断されている花々、水に濡れ羽根が湿り飛べずに野鳥に捕食されている昆虫はレベルアップのための尊い犠牲となったのである。


(安らかにお眠りください)


 宗一郎は昆虫を捕食している野鳥に向かって、魔法を唱えたが当然の如く外れた。そもそも面積の広い豚(暫定的にこの動物を豚と呼ぶことにする)に当てられないのだから、狭い野鳥に当てられるはずがない。

 そのため豚に集中する事にした。


 宗一郎は少々不安に思うことがあった。


(魔力は大丈夫なのだろうか?)


 ピョートルは魔力が体内にある限りは魔法を撃てるが、切れたら頭痛や倦怠感に襲われ、とてもじゃないが立っていられないと言っていた。宗一郎は膨大な魔力を持っているらしいので、魔法を撃ちまくったが、魔力切れで立てなくなったところをケンタウロス等の魔物に襲われたら目もあてられない。


(そう言えば何故ピョートルは俺が水魔法を使えるとわかったのだろうか?膨大な魔力があるからか?それだけで様々な種類のある魔法から水魔法を選べるのか?それに俺は水筒を持っていた。水魔法を使える奴が荷物になるだけの水筒を持っている意味はあるのか?)


 そう思っている時期が宗一郎にもありました。

 ピョートルが何故宗一郎が水魔法を使えるかをわかったのか、という疑問の答えは出ていないがもう1つの答えは出た。

 水筒を携帯している理由は、単純に水筒の方が飲みやすいからである。水魔法で喉を潤そうと思ったら、頭を上に向けて口を開け、落下する水を飲むしか無い。飲みにくい上にむせて鼻に水が入り。水筒から蓋に注いで飲んだほうがよっぽどマシなことに宗一郎は気づき、水筒を持たせてくれた女神に感謝した。


(魔の森に放り込まれた恨みは忘れていないがな)


 宗一郎の目の前でノロノロと移動している豚は、どうやって外敵から身を守っているのだろうか?危険な森で、捕食者のいる森でどうやって生息、繁殖しているのだろうか?豚の全力疾走が宗一郎の小走り程度に負けるのである。ケンタウロスに追われたら逃げられるとは思えない。宗一郎が3,4時間追いかけ回した為、豚はぜいぜいと肩で息をしてる。

 そんな楽に狩れそうな獲物が目の前にいるのだが、宗一郎の魔法は当たらない。宗一郎は必死に腹の虫を押し殺して、他の手段を考えることにした。


 そんなことを思案していると、上着の内ポッケに膨らみがある事に気付いた。

 ジャージの上から内ポケットを触ってみると、硬く、掌よりも少々大き目な物体が入っていることがわかった。宗一郎は思い当たる事がありそれを取り出した。

 ーーナイフであった。予想通り宗一郎には解読出来ない文字が刻まれていた。


(女神からの贈り物だな)


 宗一郎の中で女神の評価がまた一段階上昇した。


 ナイフを手にしたは良いが、宗一郎の知識ではナイフの使い道は投げるか、手に持って刺すかしかない。それ以外はテレビでジャグリングしていたのを、幼い頃に見たことがあるくらいである。

 しかしド素人がナイフを投げて当たるだろうか?魔法も当たらないのに。

 そもそも宗一郎は生前ナイフなど殆ど握ったことがない。宗一郎にとっては父親がぎっくり腰で入院した際にお見舞いに行き、母親が止めるのも聞かずにリンゴを剥いた時に使って以来である。意外にキレイに剥けて褒められたのは良い思い出だった。


 それにナイフを投げると見失う危険性もある。現状においてこのナイフを無くす訳にはいかない。数少ない殺傷性のある武器である。やはり手に持って突き刺すべきであろう。

 目の前にいる豚は、魔法を撃っている間は反撃もせず逃げ回るばかりだった。身の危険を感じているはずなのに、反撃してこないのは戦闘能力がないからだろうか?それとも宗一郎の魔法に身の危険を感じていないのだろうか?前者ならばこのナイフを試すにはうってつけだが、後者ならばナイフで斬りつける事が豚の激情に触れ、反撃される可能性もある。宗一郎はしばし黙考した。


 宗一郎は覚悟を決めて豚にナイフを突き刺すことに決めた。生物を殺すことに不思議と緊張や良心の呵責はなかった。殺すために殺すのではなく、食べるために殺すという目的の違いが宗一郎の心の負担を軽くした。


 ナイフを右手に持ち、豚との距離を詰め胴体目掛けて振り下ろした。豚は絶叫を上げ動きを止めた。

 一撃だったようだ。

 心得もないのに、と宗一郎は驚いていた。


 豚を心の中で供養して、ピョートルの見様見真似で解体した。豚は死亡して動かないため魔法を当てやすかったが、宗一郎には魔法の細かな操作などはできないので風魔法で大雑把に切り分けた後、ナイフで解体した。内蔵は取り除き地中深く埋めた。昨日はピョートルがぱくついていたが、さすがに宗一郎は食おうと思わなかった。地中深く埋めるのは魔物が寄ってこないようにするためである。

 豚1頭を解体した。重労働だったが意外と早く済んだ。ちょっと力を入れるだけで骨までスパっといける女神のナイフのおかげであろう。


 豚肉をピョートルから貰った串に刺した後は火を起こして焼くだけである。

 何回かの失敗を経て火魔法で薪に火をつけることに成功した。串と薪は昨日ピョートルから貰った物である。素材となった木がある場所も聞いたため、宗一郎は無くなったら取りに行くことに決めた。


 豚肉の焼ける匂いが漂ってきた。辺りはもう影が闇に溶けこむ時間であり、宗一郎の腹も約1日ぶりの御馳走にありつけるとあって、盛大に雄叫びをあげている。

 焼き上がった熱々の豚肉にあられもなくかぶりつく。


(アチチ。……旨い!)


 塩や胡椒なんて気の利いたものは持っていない。素の味である。それでも生前食べていた物よりもずっと旨く感じるのは、大自然に囲まれながらとった食事だからであり、自分で苦労して仕留めた獲物だからだろう。

 宗一郎は大多数の日本人と同様に無宗教だが、今だけは糧を与えてくださった神に祈りを捧げたい気持ちになった。


 食事の後に新たな難題がふりかかった。予想はしていたが、宗一郎は頭を抱えた。

 豚肉が余ったのである。当然ながら豚1頭を1人の人間で1度に食すのは不可能である。まだ10分の1も食べておらず、このままでは腐らせてしまう。

 昨日はピョートルが余った分を空間魔法で保存した。空間魔法の中では時間が止まるため腐敗しないとのことであった。勿論生物は空間魔法の中には入ることができないし、液体もそのままでは収納できない。筒などに入れ、形作らないと不可能らしい。非常に便利だが使い手が少なく希少価値が高い魔法である。

 泉など発見せずとも空間魔法の中に水が入った筒があるそうだが、数に限りがあるためなるべく休むときは水源を探すとのことであった。ジラソーレにエナジードレインされた時は、空間魔法を唱える力さえなかったらしい。


(空間魔法使えないかな?)


 宗一郎は豚肉を収納するために空間魔法を試すことにした。まだ自分の能力を把握しきれていないため、試す余地は十分にある。

 そうと決まれば実践あるのみである。


(空間魔法だろ。イメージしろ。イメージしろ。魔法はイメージが重要とピョートルも言っていた)


 「ブラックホール」…何も出ない。

 「次元の扉」…何も出ない。

 約10分ほど格闘したが、何も出なかった。

 ここは異世界だし関係ないよなと思い、著作権に触れるようなものまで唱えてみたが当然のごとく変化なしであった。


 焚き火だけが煌々と闇を照らしている。

 宗一郎は10分ほど全力で叫んだため喉が渇いた。【蛇口】と唱えて、水魔法を使い飲水を出し、水筒に注いでから飲む。

 水を出し喉を潤すことは出来たが、人間の欲求とは果てしないものである。宗一郎はまだ大学生であり、メタボなどを気にする年ではなく、炭酸飲料を常飲してきた。豚肉で腹を満たした後には、ジュースが欲しくなった。特にコーラが。キンキンに冷やしたコーラが飲みたくなった。コーラの缶を片手に持ち一気飲みしている姿を想像して喉を鳴らした。

 それが宗一郎に閃きをもたらした。


(ん?コーラ?冷たい?あっ、あれがあったか!)


 驚きのあまり水が鼻に入った。当然気分は良くないが空間魔法の案を思いついたので、そんなことは気にしなかった。

 宗一郎は空間魔法という名前に引っ張られていたことに気づいた。アニメや漫画などに出てくるブラックホールとか原理もわからないものを唱えても効果はないのだ。魔法はイメージが大切である。自分がある程度理解してないと魔法としてダメなのかもしれない。


 宗一郎がイメージしやすく保存に適していて収納しやすい物。

 一家に一台あるのが当然とも思える物。

 幼い頃から見てきて、祖父世代には三種の神器とまで言われた物。


 宗一郎は右手を前に出して叫ぶ。


「【冷蔵庫】」


 その途端目の前に人間大の大きな歪みが生じた。

因みに一枚の葉っぱが枯れるまでに排出する酸素の量は人間の1呼吸分と聞いたことがあります。ちょっと物悲しいですよね。

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