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第34話:脱走

本日2話目です。見ていない人は戻って下さい。


 ホープキングが死ぬと西門がギィと音を立てて開いた。中から大勢の男達が飛び出してきて、宗一郎に近寄ると口々にお礼を言った。少し遅れてアリッサとラシルドも西門から出てきた。

 アリッサは宗一郎に飛びついた。


「ソウ、大丈夫だった?」


 何とも言えない心地よい感触とアリッサの心配に、自然と宗一郎の頬が緩む。


「ああ、どこも怪我してないよ」


「良かったー。私心配で心配で」


 涙ぐむアリッサを宗一郎が抱きしめた。


「ソウ、よくやってくれた」


「いやっ無我夢中だったから。それより俺はダンの町に被害を出してないよな?」


「何を言っているんだ?ソウはこの町を守ってくれたんだ。被害なんて出ている筈がない」


「なら良いんだ。俺は昔ある人、人か?……ゴホン、俺は昔ある人からお前の魔法は人間にとっては災害となりうる、って言われたから気にしていたんだよ。町に被害を出さないように威力を抑え気味にしたんだけど、ゴブリンキングの圧力で焦って力を込めたから気になってさ」


「あれで抑え気味だと?お前はどれだけ……まぁ良い。礼を言う。よくこの町を救ってくれた。まずは休んでくれ。後始末は俺達でやる」


「わかった。任せた」


 宗一郎は後始末をラシルドに任せ、何者も切り刻む剣を拾い、足早に西門をくぐった。


「この町を救ったことで、ソウは町の若い女にもみくちゃにされるだろうが……アリッサがいるから大丈夫か」


 ラシルドはその光景を想像して苦笑した。


「ところでラシルド様?」


「なんだ?」


「この町を救ってくれたあいつは誰ですか?お礼を言いたいのですが」


 声をかけてきた男は西門の上にいたわけではなく、西門の内側を支えていたため、ラシルドの宣言を聞いてなかった。


「んん。あいつか。あいつは名もないただの通りすがりの魔導師さ。お礼は俺がするから、お前達からは気持ちだけ受け取っておこう」


「しかしそれじゃあ……」


「そうか。お前は西門の内側で支えていたのか」


 宗一郎の条件を守らせるのは自分の役目だと考えたラシルドは、手を叩いて注目を集めた。


「お前達に言っておくことがある。あいつはこの戦いに加勢する条件をだした。それを破れば、お前達の九族まで処刑せねばならん」


「条件?それは?」


 「条件」と言われて男の顔が歪む。

 

「そう嫌な顔をするな。名も無き男が出した条件はただ一つ。自分の名を表に出さないでくれ。それだけだ」


「それだけ……ですか?」


「それだけだ」


「嘘ですよね?これだけのことをした男には何だって望む権利があるでしょう。金も名誉も女も。あいつはこの町を救った、何百、何千人という人間を救ったんですよ」


 新兵である男は、この町を救ってくれたことが、善意でなく自己の利益のためだと知り、憧憬を抱いたソウへ僅かに幻滅した。無償の善意というきれいごと信じていた若い男は、宗一郎が条件を突きつけてきたことに落胆し、そんな世迷い事を信じた自分に腹がたっていた。

 しかし名も無き男の願いは、当初信じていたきれいごと。幻想だと捨てた青臭い、しかし甘美な考え。動揺した男は、自分の理想ではなく、理性的な、現実的な意見を口にした。


「それがあいつの望みだ。勿論別途町や国から謝礼金も送るし、町民が心付けを送ることを規制したりはしない。あいつが受け取るかどうかは知らんがな」


「そんな……」


「そういう人間なんだよ。あいつは」


 ラシルドは若い兵に笑いかけた。


 ◇


「ソウイチロウ、カッコ良かったわよ」


「何とかゴブリンキングを倒せたな。ヒヤヒヤしたぜ」


「剣弾かれた時はマズって思ったけどね。意外と余裕ありそうだと思ったけどそうでもなかったの?」


「余裕なんてあるわけ無いだろ?こっちはただの一般人なんだぞ。ゴブリンキングっていう化物の前に立たせられて戦うことになるなんて、想像もしてなかったよ」


「一般人って。ソウイチロウは既に魔導師だよ。ただ資格がないだけで」


「資格?上級魔導師って資格があることは知っていたが、それ以外にもあるのか?」


「ええ。中級や初級魔導師の資格もあるわ。役所にいって試験に合格すれば取れるの。ソウイチロウならすぐ……役所と言えばリーザにミハエルとジュライを見てもらっていたのを忘れてたわ。急がないと」


「俺はそのつもりで後片付けをラシルドに押し付けてきたんだよ」


 そんな話をしていると役所に着いた。

 しかしその役所は出た時とは違っていた。ドアが取り外され、風がビュウビュウと内部に入っていた。役所のドアがダンの像の土台の周辺に転がっている。取り付け部分が破壊されているため、何者かによって壊されたのだろう。


「来るものを拒まないなんて役所の鏡だな」


「軽口なんてたたいてないで。どうみても何か事件があったんでしょう。リーザ?大丈夫?」


 宗一郎に注意をし、大声でリーザの名を叫びながらアリッサは役所の中に入っていく。するとすぐさま、横たわってうめき声をあげている女性が視界に入った。


「大丈夫?」


「うぅ…」


 アリッサは女性の肩に手をかけ揺する。女性は足に怪我をしているが命に別状なく目を覚ました。


「何が起こったの?」


「……脱走よ。ドーンさんに言われて閉じ込めておいた奴らが」


「脱走?だってあの中では魔法を使えないはずでしょ。牢屋からどうやって?」


「獣人の女が……鍵を奪って牢屋を開けたわ。そして私達に攻撃して役所から出て行ったわ」


「獣人の女?もしかして犬の?」


「知っているの?犬の獣人よ。幼さの残る顔をしていたけど、やっぱり獣人なのね。力が強くて、残っていた女、老人達だけじゃ止められなかったわ」


 まさかリーザが?

 宗一郎とアリッサの頭には疑問符が浮かんでいた。リーザがサルーンの宣教師に協力する理由はないし、奴隷であるリーザが一般人に迷惑をかけたら罰せられる。この女性が生きている事でリーザが罰せられるのは確実である。

 何故その危険を犯してまで、サルーンの宣教師の脱走を幇助したのか?


「リーザが何故?」


「おいあんた、犬の獣人がここを脱走したのは何時頃だ?」


「えっと、私がどれくらい気を失っていたのかわからないけど、私が気を失う時にちょうど西門から男達の声が聞こえたわ。大歓声をあげていたわね」


「ってことはついさっきだな。走れば追いつけないこともない。アリッサ追うぞ」


 もしリーザ一人なら追いつないが、ミハエルとジュライは違う。どちらも怪我を負っているし、馬などの移動手段も確保していないはずだ。その二人になら風魔法でブーストをかければ追いつく自信が宗一郎にはあった。


「追うってどこへ?」


「サルーンの宣教師が逃げたんだ。サルーンへ逃亡するだろう」


「なるほど。なら東ね」


「東か。よし。走るぞ」


「うん。私達は逃げた人を追うからお姉さんは、周りの人を介抱してあげて」


 アリッサが倒れていた女性に指示を出した。役所を出ると、周囲には避難した住民がいた。恐らく鐘の音を聞き、役所に避難していたが、ミハエル達が脱走する際のゴタゴタで外に出たのであろう。

 そんな人達が役所を出てきた宗一郎とアリッサを遠巻きに見ている。


「皆さん、西門に押し寄せてきた魔物は退治され危険は去りました。私達は脱走犯を追いますので、手の開いている方、怪我をしていない方は、役所に倒れている人の介抱と西門の後片付けの手伝いをお願いします」


 戦えないため役所に集まった女、子供、老人へ宗一郎が声をかけると、歓声が上がった。兵士より泣いている割合が多い。特に幼い我が子を抱いた母親は例外なく泣いていた。宗一郎とアリッサは賞賛を受けながら、役所を後にして東門へと走った。


 役所の人垣を抜けると人通りが殆ど無かった。それは宗一郎にとって好都合で、風魔法を全身に浴び、飛ぶように東門へと向かった。


「ヤバイわね。あの熱狂をみると、ソウイチロウに虫がつきそうだわ。何とか排除しないと」


 アリッサが呟きは、風魔法の影響で宗一郎に届くことはなかった。


 宗一郎とアリッサが開け放たれた東門を見たのは、門番が閉門する寸前だった。宗一郎はミハエル達がサルーンへと逃亡中であることを確信した。


「おい、お前達、何処へ行くつもりだ?」


「ここを犬の獣人と男2人が通らなかったか?」


「何故それを知っている?まさかお前たちも仲間か?」


「仲間じゃない。俺達はそいつらを追っているんだ」


「信用できるか」


「取り敢えずあんたの反応からここを通ったことはわかった。俺達も通してくれ」


「通すわけに行くか。今この町は非常事態なんだ。こういう時は誰もこの町から出しては行けない、入れてもいけないんだよ。先程は不覚を取ったが今度はそうはいかないぞ」


 宗一郎は職務に忠実で愚直な門番に好感を持ったが、今は説得している時ではなかった。宗一郎は何も言わずに、アリッサを引き寄せ、目を掌で塞ぎ、自分自身の目を閉じた。


「【電球】」


 光魔法を発動させた宗一郎は、アリッサの手を握り数秒、間を取ってから走りだした。門番は光に目をやられてうずくまっている。


(優秀な門番なのに1日に2回も門を突破されたとあっては、叱責は免れまい。後でフォローしよう)


 無事に東門を突破した宗一郎とアリッサは街道沿いにサルーンを目指した。


「びっくりしたわ。いきなり目を塞がれて……でもドキドキしたわ」


 この呟きも風魔法のせいで宗一郎に届くことはなかった。

 小1時間走っていると、街道の奥から100人くらいの軍隊がダンへと向かってくるのが見えた。


「ソウイチロウ、こっちよ」


 アリッサに促され、宗一郎は街道から逸れ、軍隊に道を開けた。軍隊は馬を全速力で走らせ、一心不乱にダンへと向かっている。ラシルドから魔物の襲来を知らせられたのだろう。急げ急げと隊長格の男が鬼気迫る表情で叫んでいる。


(あの様子じゃ、もしミハエル達がこの道を通ったとしても、見逃されているだろ)


 軍隊に聞くという選択肢を捨てた宗一郎は再度走りだした。


 ダンを出たのは昼下がりであったが、サルーンの国境に着いたのは夕方であった。未だリーザの姿を見かけてはいない。

 宗一郎は当初想定していたよりもミハエルとジュライの歩みが早いことに困惑していた。


(サルーンへ抜けられたら俺に出来ることはないだろう。だからその前に。どうか無事でいてくれ)


 宗一郎の願いが届いたのか、届かなかったのか、国境付近で「キン」「キン」と剣の合わさる音が聞こえた。その音はリーザと国境警備兵が剣で戦っている音だった。国境警備兵で立っている者は20人。他に10人が地に伏しているが、いずれも命に別状はないようである。


 サルーンとタージフの国境警備兵は30人で構成されている。昼夜3交代制で10人ずつが国境に異常がないかを常時監視している。

 8時間労働とは何処のホワイト企業だと言いたくもなるが、実際はそうではない。

 彼らは国境を警備する他に、過酷な訓練に加え、書類整理、町への連絡などの雑務を警備班以外が担当する。そのため彼らに与えられた余暇時間は、8時間程度。1日16時間勤務である。国境警備兵は激務であるため、半年に一回交代がある。国境警備兵はその時を今か今かと待ちながら、警備についているのが実状であった。

 今地に伏しているのは昼の班の国境警備兵である。ちょうど夜の国境警備兵との交代間近であった彼らは謎の襲撃者により倒され、彼らの悲鳴を聞いて飛び起きた他の国境警備兵がリーザと向かい合ったのが、宗一郎がここに着く直前であった。


「「リーザ」」


 宗一郎とアリッサが同時に叫ぶ。その声に反応してリーザは宗一郎を見るが、何処か虚ろな目をしていた。宗一郎とアリッサが自分の名前を呼んだことは理解しているが、宗一郎とアリッサが誰なのかを認識できてないようである。その証拠に、宗一郎がリーザの名前を呼んだ直後、リーザは間合いを詰めて剣を振り下ろした。


「おっ【カーテン】【カーテン】」


 宗一郎は僅かに狼狽したものの、すぐに気持ちを立て直し、唱え慣れた結界魔法を発動した。リーザとの距離が離れていたため、念の為に2層ほど結界魔法を貼ったが、リーザの一振りで2層とも破壊された。


(マジかっ。リーザはゴブリンキングより力が強いってのか?)


 リーザは振り下ろした剣を宗一郎の胸元へと振り上げた。

 その一撃は偶然にも胸元に保管してあるナイフに当たり、宗一郎は鈍い痛みを感じ、宙に浮き後方へ飛ばされた。もしナイフが受け止めてくれなかったら、間違いなく死んでいた、そう思えるほどの攻撃だった。


(リーザ強すぎ。攻撃は全く見えないし、動きも捉えれない。ケンタウロスに初めて会った時と同じくらい詰んでいる気がする)


 宗一郎が弱音を吐くのも仕方ないと思える程、リーザの動きとパワーは人のそれを超えていた。屈強な国境警備兵を1人で10人も倒したのは頷ける話であった。

 宗一郎はリーザに怪我をさせるような魔法を使う気はさらさらなかった。ゴブリンキングを切り刻んだ【鎌鼬】や火傷をさせる【火炎放射器】などは言語道断であった。

 殺傷能力の高い攻撃魔法を使わずにリーザを無力化させる方法ーーそんな虫の良いことを考えていた。


(結界魔法は内部から破壊されて意味がない。となると、これしかねーな。この魔法は本当に有能だな)


「【電球】」


 宗一郎は追撃を加えようと構えをとったリーザに向かって目くらましの魔法を唱えた。

 リーザの耳は人間より遥かに良く、宗一郎が【電球】と唱えている隙に、何らかの対策を講じることは可能であった。しかしリーザにとって「電球」とは未知の言葉であり、どんな魔法か予想出来ないため、目を見開いて、「飛んでくるであろう何か」を回避することに専念した。それは逆効果であり、リーザは宗一郎の光魔法を回避することが出来ずに「キャ」と声を上げて身体を丸めた。


 宗一郎はその瞬間を逃さず、リーザに近づきその小さな身体を抱きしめた。

 リーザは振りほどこうとしたが、その前に耳元で宗一郎の声が聞こえた。


「ごめんな。【ライトニング】」


 極限まで力を抑えた雷魔法が放たれ、リーザは電気ショックを受け気絶した。


 宗一郎はブルっと身体を大きく震わせた後に動かなくなったリーザを膝にのせ、回復魔法でリーザの身体に残る無数の傷を治していった。リーザは国境警備隊との戦いに無傷で勝利した訳ではない。身体のあちこちに裂傷を負いながら敵を倒していったのだ。


 あらかたの傷を治し終わると、リーザは意識を取り戻した。


「あれっ?リーザは何していたのですか?いつの間にか夜になっていますね」


「リーザ?何処まで覚えている?」


「宗一郎様?あっいえ間違えました。ソウ様。リーザが覚えているのはソウ様の言いつけ通り、サルーンの宣教師を見張っていたところまでです。後は何も……ってこの態勢は?この視界は何です?もしかしてリーザはソウ様に膝枕をされている状態なのでしょうか?」


「うん」


「いけま……」


 宗一郎は起き上がろうとしたリーザのおでこに手を当て、再度リーザの頭を膝にのせた。


「怪我人は安静にしていなきゃ」


「いやいやいや。奴隷が膝枕されるなどありえません。膝枕なんて幼い頃、両親にしてもらったくらいですから」


「嫌なのか?」


「嫌じゃありませんけど」


「ならそのままで。まだ傷が残っている」


「……はい」


「イチャつき禁止」


 ここまで無言だったアリッサが宗一郎の耳を持って、文句を言った。


「いてててて。いちゃついてねーよ」


「傍からみると完全にいちゃついているわよ。リーザが子供だから一層危険に見えるわ」


「そうだな。リーザはこんな小さな身体なのに、大人を10人も倒すなんてすごいな。俺も危なかったし」


「えっ私そんな…」


「リーザは操られていたんだろ。リーザのせいじゃないさ」


「お取り込み中のところ申し訳ない」


 突然背後から声がしたので振り返ると、そこにいたのは中年に足を踏み入れた兵士だった。


「私は国境警備兵の隊長であるマッシュという者だが、その倒れている女性と君らは知り合いなのかな?」


「あぁそうだ。知り合いだ。マッシュさんと言ったか。俺はソウで、隣にいるのがアリッサ、横になっているのがリーザだ。よろしくな。それで頼みたいことがあるんだが……リーザが国境警備兵をのしてしまったのはわかる。だがこいつは操られていたんだ。だからお咎め無しってことに出来ないかな?」


「……お咎め無しは不可能だ。だが確かにその寝転がっているやつからは、先ほどのような殺気は感じられない。操られていたかどうかはわからないが、そいつが変わったってのはわかる」


「なら……」


 譲歩を持ちかけようとした宗一郎の背後で「ドンッ」と音がした。


「これはこれはご機嫌麗しゅう、皇女殿下。まさか貴方様の方からここへ出向いて頂けるとは思えませんでした。クックックッ、アッハッハ」


 蛇が纏わりつくようなガラガラ声の気色の悪い声が背後から聞こえた。

 宗一郎はその声に聞き覚えがあった。

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