第32話:ダンの町防衛戦
アリッサが正体を明かす事を決断した.
アリッサはラシルドを信用した訳ではなく、ラシルドを信用した自分を信頼してくれたことが宗一郎は嬉しかった。
だが、アリッサが話そうとする前に、リーザが声をあげた。
「あの、お話に割り込んで申し訳ないのですが」
「どうした、リーザ?」
「外が騒がしいです。兵士が大勢で西へと走っていくのが見えました」
「……それは何人くらいだ?」
「はっきりとはわかりませんが、少なくとも50人以上は」
「50人?多過ぎる。警備の交代時間でもないし……まさかっ。ソウよ。防音の魔法を解除してくれ」
「アリッサの話を聞かなくて良いのか?」
「すまないが後回しにする。俺の想像通りだと、緊急事態だ」
「わかった」
宗一郎が防音の魔法を解除すると「カランカラン」と鐘の音が耳に入ってきた。音を楽しむ優雅な鳴らし方ではなく、何かを警告する間隔の狭い鳴らし方であった。
防音の魔法でこの部屋には届いてなかったが、ダンの町では鐘が鳴らされていたのだ。
「非常事態の鐘だと?これは深刻な脅威が近づいている時にしか鳴らされない特別な鐘の音だ。この音が鳴っているっていうことは……」
ラシルドが席を立ち飛ぶように部屋を出て行った。
「追うわよ」
アリッサも席を立ち宗一郎を急かせる。宗一郎はやや事態に困惑しながらアリッサに従って、ラシルドの後を追った。マリーンは既にラシルドの後を追っている。
「リーザも付いてきて」
「はい」
「なぁ一体何があったんだ?」
「非常事態の鐘が鳴って、兵士達が西門に走ってるってことは、西門近くに盗賊が現れたか、他国が攻めてきたか……もしくは魔物が攻めてきたかよ」
アリッサは走りながら宗一郎に考え得る可能性を提示した。
「魔物の群れだ」
「すげー数がいるってよ」
「兵士総出で当たったとしても勝てるかどうか。もうこの町は終わりなのかもしれない。あぁダン様。勇気を」
「もう2,3人は犠牲者が出ているらしい。行商人が襲われたってよ」
「ダン様。ダン様。どうかこの町をお守り下さい」
「女、子供、老人は中央区に避難せよ。戦える者は西門へ集合せよ。勿論スラム街の連中にも伝えろ」
「スラム街の連中は何もしていないんだから、こういう時に肉の壁として使えばいいんじゃね?」
「あんた何言ってんだい?同じ街の住人じゃないか?」
宗一郎は周囲の喧騒から状況の把握が出来た。
アリッサの予想通り魔物が押し寄せてきているらしいーーしかも大群で。
「魔物が町を襲うのは良く有ることなのか?」
宗一郎が質問する。
「殆どないわね。勿論町の外にある畑が食い荒らされることはあるけど、町に集団で攻撃してくる魔物なんていないわ。魔物は自分の縄張りを守っていればそれで良いって生き物だからね。生存競争に負けて縄張りを追い出された魔物が襲ってくるケースもあるけど、稀ね。他に考えられるのは、ネリーのケースと同じで上位個体が出来た場合。統率者が現れて、規模が膨れ上がった集団が、縄張りを広げようと襲ってくることはあるわ。でも上位個体の出現なんて、早々ないことよ。しかもネリーの上位個体を私達は昨日見ている。同時期に上位個体が出現したなんて聞いたことないわ」
「上位個体の出現か……ネリーの件と言い、もしかしてミハエルとジュライが関わっているのか?」
「確かに彼らは魔物を使役していたようだけど、拘束されているのよ。牢に入れられて魔法も使えない状態でどうやってやるの?」
「それは……」
宗一郎は言い淀んだ。
「でも宗一郎の意見も一理あるわ。念の為に見張りをつけた方が良いわね」
「アリッサはだめだ。あいつらはお前を攫うのが目的なんだから」
「そうは言っても、ミハエル達を見張ってる人は必要だわ。この鐘を聞いて、牢番も迎撃にでている可能性があるもの」
「リーザ、頼めるか?」
宗一郎は後ろを振り向き、追走しているリーザに声をかける。
「牢にいるミハエルとジュライを見張っていれば良いのですね?」
「遠巻きで見張っているだけで良いぞ。何かあったらすぐに俺に知らせてくれ。俺も魔物を追い返したらすぐに戻るから」
「畏まりました」
リーザは来た道を取って返し、役所へ向かった。
「リーザ一人で大丈夫かしら?」
「仕方ない。他に人がいないんだから。遠巻きに見張っていれば危険はないさ。それにリーザの足はめっぽう早い。何か異変があったらすぐに知らせてくれる」
「そうね」
後方の懸念が解消された宗一郎とアリッサは西門へ急いだ。
◇
西門に到着した宗一郎が見た光景は、城壁に群がる魔物の群れだった。
「あれは……ホープ?」
「ホープね。草食動物で畑を食い荒らすくらいしか、害にならない魔物なのに」
ホープは次々に西門へ体当たりしていた。
ホープの足は馬より遅いのだが、体重は馬より重く、「ドシンッ」と重みを持った体当たりが西門を揺らしている。外からでも西門が揺れているのがわかる程である。
兵士は各々投石や弓でホープを迎撃しているが効果はなかった。投石や弓に当たったホープの傷は致命傷にはほど遠く、直ぐに起き上がり体当たりを繰り返す。中には当たりどころが悪く命を落としたホープもいるが、片手の指で足りる数だった。
宗一郎が西門に到着した頃、兵士が熱した油をホープに投下し始めた。これは一定の効果をあげ、西門に体当たりするホープの数を減らすことは出来た。それでも油を浴びていないホープは西門への体当たりを止めなかった。
西門が破られるのは時間の問題である。
何しろホープの数が多い。百匹は下らない数が群れをなして西門に体当たりを繰り返している。どんなに堅牢な門といえども、耐えきるのは不可能である。屈強な男達が西門の内側から支えているが、ミシミシという音が止むことはない。
おまけに兵士は決定的な成果ーーホープの数を減らす事が出来ていない。油をかけられたホープも少しすると回復し、再度体当たりに参加していた。
更に……
「ん?あれは?」
ホープの後方で砂埃が舞っている。宗一郎が急いで探知魔法を使って確認すると、ゴブリンと言われる小さな鬼の走っている姿が見えた。
「あれはゴブリン?」
宗一郎がゴブリンを見たのはこの世界に来て初めてだった。
ゴブリンのような弱い魔物は魔の森で生き残るのは不可能であり、生物淘汰により自然と駆逐され、魔の森の外に住み着くようになった。そのため宗一郎は修行期間中にゴブリンの影さえみなかった。
勿論弱いといってもそれは魔の森の中の話で、一般人から見たらゴブリンは醜悪、凶暴、危険な魔物であり、訓練を積んだ兵士がやっと互角に戦える程の力を持っていた。
ーーそれが群れをなして、走ってきているのである。
「ゴブリン?あの砂埃のところにいるのはゴブリンの集団なの?」
「木の棒や斧みたいなのを担いだ、人間のような体型の魔物だ」
「牙や角は確認できない?」
「……小さな角が2つ生えている」
「間違いない。ゴブリンだわ。でもなんでここに?ホープとゴブリンが共生しているなんて聞いたことないわ」
宗一郎とアリッサがゴブリンの出現理由を考えていると、南から兵士の一団が鬨の声をあげて、ホープの背後をつこうと接近してきた。
それにいち早く気づいた一際大きなホープが甲高い鳴き声を上げると、ホープの集団は一旦体当たりを中止し、南から近づく兵士へ突進していった。
短い距離ながらも十分に速度をあげたホープの突進は、兵士の一団をボロ雑巾のように蹴散らした。兵士の離散を見届けると、また西門に集まり、体当たりを繰り返した。
「ゴブリンが現れた理由を考えるのは後ね。あの大きなホープが上位個体、ホープキングでしょう。宗一郎、あいつを狙って」
「わかった。【火炎放射器】」
宗一郎は探知魔法を解除し火魔法を撃った。それは一直線にホープキングに向かっていったが、見事に躱され、残った火種には念入りに砂をかけて鎮火させられた。
ホープキングは自分が狙われていることに気づいたのか、自分だけは群れと逸れるように後方へ下がった。
しかし……
(それは悪手だろ。蟻ん子……いや馬)
魔法を避けようとホープキングは距離を取ったが、それは宗一郎にとって好都合だった。
「これで狙いやすくなったぜ。【扇風機】」
そう唱えるとホープキングの真下から突風が吹き荒れ、ホープキングの巨体を遥か上空へと押し上げた。
「ヒヒーン」と絶叫をあげ、舞い上がったホープは空中で成す術がなく、そのまま地面に墜落するかと思われたが、走ってきたゴブリンがホープキングの落下地点へと入り込み、円形に広がりホープキングを受け止めた。
ホープキングは大した怪我をすることもなく、パラシュート無しのダイビングを成功させた。
「なんだありゃ?」
ホープキングを受け止めたゴブリンは腕を骨折したものや、頭を撃ったもの、下敷きになって死んだものまでいる。しかしそれを意に介さないように「ワッ」と歓喜の雄叫びをあげている。
宗一郎はその時点で、ゴブリンとホープは敵対関係にないことを理解した。
ゴブリンがダンに迫っているのを見た時点では、僅かながらゴブリンとホープの争いを期待していたが、そうはならなかった。
ゴブリンとホープは協力関係にあるようだ。
「嘘よ。魔物が違う種族の魔物を助けるなんて。しかも我が身を犠牲にしてまで」
アリッサが常識はずれの魔物の行動に衝撃を受けている。
「どうやらゴブリンにも上位個体が存在するみたいだぞ。今ホープキングと向かい合っているのがそれだな。ゴブリンキングといったところか」
「同時期に上位個体が3体も……」
助けられたホープキングは、ゴブリンキングに近づき言葉を交わしている様である。
会談が終わり、ゴブリンの群れから離れたホープキングは遠吠えしてホープを呼び寄せた。
西門に体当たりを繰り返していたホープが引き上げていくのを見て、兵士達は歓声をあげたが、それはすぐさま悲鳴へと変わった。
ホープが西門から撤退したのは、新たな攻撃への準備であった。
なんとゴブリンキングがホープキングに乗馬したのだ。
それを受けて配下のゴブリンが雪崩れをうってホープに乗馬した。またたく間にゴブリンがホープに乗馬し終わり、余ったゴブリンはホープキングの元に集まり親衛隊の様に半円形に整列した。
兵士が驚愕に打ち震えていると、ホープキングとゴブリンキングの鬨の声を背に、ホープの大群が城壁に押し寄せてきた。
ホープの体当たりに合わせて、背に乗ったゴブリンが斧や木の棒で西門を殴った。また兵士の放った矢や投石はゴブリンに防がれ、熱した油はゴブリンの指示で躱された。ホープとゴブリンは言葉を交わすことが出来ないようで、身振り手振りで会話をしているが、油を躱す事は出来ていた。
おまけに親衛隊のようにホープキングの元に集ったゴブリンが、投石した石を使い西門の上で弓を引いている兵士への攻撃を始めた。勿論高低差があるので大した威力ではなく、致命傷を与える事はないが威嚇には十分であった。兵士の矢の間隔が徐々に空いてきた。
そのためホープの体当たりの激しさが増し、西門への圧力が強まった。
「このままではマズイ」
宗一郎の元に青い顔をしたラシルドが駆け込んできた。
「ラシルド、あなたタージフ軍一番隊の副隊長なんでしょ。何とかしなさいよ」
「それがどうも出来んのだ。一番隊の隊員はサルーンとの国境の警備でここにはいない。ここにいるのはダンの町にいる常駐兵だけだ。勿論国境の町だからそこそこは強いが、先程南門から打って出てホープの群れに蹴散らされてしまった」
ラシルドが状況説明をする。
「キングの出現でホープとゴブリンが強くなり、矢ではホープに致命傷を負わせられない。おまけにゴブリンが露払いをするとなると、矢など牽制にしかならない。精鋭である一番隊の隊員が戻ってくればやりようがあるが、それまで門はもたないだろう。俺一人で戦っても多勢に無勢で死ぬことになる。ここはソウ、お前に助力を請いたい」
ラシルドが土下座をし、頭を床につけながら言う。
「お前が力を隠していることはわかっている。それが必要なことも。その上で言う。その力を、この町を救うために使ってくれないか?」
「私からもお願いします」
ラシルドの教育係であったドーンも、ラシルドと同じく土下座をした。
「ラシルド様からソウ様のお話を聞きました。なんでも凄腕の魔法使いとのことで。この町には回復魔法や奴隷への魔法をかけられる魔導師はいますが、攻撃魔法の使い手はいません。謝礼はいくらでも払いますから、どうかそのお力でこの町をお救い下さい」
タージフ王の使者であるラシルドが土下座をして助けを求めているのを見た兵士達は、弓を引くのをやめて土下座した。誰か知らないが、ラシルド様が土下座をしている相手だ、もしかしたら……というのが兵士の感情であった。
その波は広がり、あっという間に宗一郎の腰より上に頭があるのは、宗一郎を除けばアリッサのみになった。ラシルド以外の男が嫌いなマリーンでさえ渋々といった様子で土下座をした。
そして土下座をした人々は口々に「助けてくだされ」「お願いします」と宗一郎に懇願した。
宗一郎は困惑しながらも、両手を腰の辺りで上下させ辺りの喧騒を沈めた。
「まずは立ってくれ。そんなことしなくても俺は戦うよ。集団と戦うのが初めてだったから少し困惑しただけだ」
「では?」
ラシルドの頭が上がる。
「今から行ってくる。ただ俺のことはなるべく秘密にしてほしい」
宗一郎は名声が欲しくなかった。
もし宗一郎に力をかしてくれる権力者がこの国を嫌っていたら?ダンの防衛を不快に思ってアリッサの部下の救出に手を貸してくれなかったら?宗一郎の感情としては、そんな人でなしの協力なんてまっぴらごめんだが、今はアリッサの部下の救出が最優先である。
アリッサの部下を助け出す際に権力が必要になった場合は、このことを広めてもらえば良い。資金集めが出来て、それで部下を助けだせたら、このことを公表する必要性はない。
(いずれにせよ、今は秘密にして欲しい。俺の好きにさせて欲しい)
「わかった」
ラシルドが立ち上がり兵士を見渡す。
「いいか、お前ら。今から起きることは全て忘れろ。何処かに漏らした奴は九族まで処刑とする。たまたまこの町に寄った名も無き冒険者がホープとゴブリンを追い払うのに協力してくれた。そういうことにしろ」
「はいっ」
城門の上にいる人間が声を揃えて叫んだ。
「いやっ九族まで処刑はやりすぎ…」
「脅しをかけているだけだ。実際に処刑する訳ではない」
ラシルドが宗一郎の耳元で囁く。
「こんな時になんだが、やはりこの手紙をソウに預けたい」
ラシルドがジリの反逆の証拠である手紙を宗一郎に渡した。先の対談は、鐘の音が聞こえた時点で打ち切られてたので、手紙はまだラシルドの元にあった。
「いいのか?」
「ああ。ソウが死ねば、俺達も死ぬ。俺が持っていても無用の長物だ。ならば安全に保管できるソウに預けるのが合理的と言うものだ」
この世界では空間魔法の使い手が死ぬと、死体の側に空間魔法に保管してあったものが出てくる。時々大量の物資の下で死体が発見されるのはそのためである。
そのため宗一郎が死んでも手紙がなくなることはないが、ラシルドは自分の覚悟と信頼を示すため、手紙を宗一郎に預けた。
「わかった。行ってくる」
宗一郎はラシルドから手紙を受け取り、空間魔法に収納し、風魔法を使い城壁の下、ホープの真横に降下した。
「頑張ってね、ソウ!」
アリッサの応援が背中を押す。
守りの戦い。
宗一郎にとっての初めての1対多の戦いが幕を開ける。
明日も投稿します