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第30話:ラシルドの雄叫び


 降伏したミハエルに対してパンツ一丁になれと宗一郎は命じた。宗一郎の特殊な性癖という訳でなく、純粋に武装解除の意図であった。

 ミハエルは当初反抗したが、従う他ないとわかるとノロノロと服を脱ぎ始めた。そうして服の下から出てきたのは、ロンベルクよりもひ弱と思われる身体だった。筋肉はほとんどなく、肋が浮いていてまるで骸骨のようだった。それを見たアリッサはウエッとえずいていた。


 服を脱ぎ終わったミハエルに服と杖を地面に置き、離れるように命じた。ミハエルと服の間に空間が出来た後、ミハエルの周りに再度結界魔法を5層ほど貼り、ミハエルを完全に閉じ込めた。戦闘中に貼った結界魔法を解除して服と杖を回収し、ラシルドに預けた。

 そしてうつ伏せになり両手を後ろで組むように指示した。ミハエルがその姿勢になってから、結界魔法を解除し、宗一郎とラシルドでミハエルを縄でグルグル巻きにした。縄は地面に落ちていた物で、すえた臭いがした。誘拐犯であるミハエルにはお似合いの縄である。

 その最中にリーザにお願いして、ミハエルと連れの男の持ち物を宿屋から取ってこさせた。2着の修道服と財布のみであった。


「よし!これでOKだな。こいつらは役所に連行すれば良いのか?」


「そうだ。服と杖も一緒に持って行こう。役所は中央区にあるため少し歩くことになるぞ」


「構わないさ。でもこれで大丈夫なのかな?こいつに魔力が戻ったら、縄なんて簡単に切って脱走すると思うんだけど」


「それなら心配はいらない」


 この世界の牢屋は魔法を使えなくする特別な金属で出来ていて、魔導師は牢屋に入ればどうすることも出来なくなるのであった。

 魔法が存在している時点で、当然犯罪者には魔導師もいることになり、牢屋を特別な金属で覆うことは、街作りの第一歩と言えるものである。


「そうか。それなら安全だ。そっちの男も恐らく魔法が使える。同じ牢屋にぶち込んでくれ」


 その時宗一郎は初めてジュライを見た。

 どこか懐かしく、それでいて恐ろしい気持ちになった。

 男は黒髪黒目の少年だった。この世界において黒髪黒目は一般的であり、特別な何かを覚える要因とはならない。しかし宗一郎はその男に奇妙な感情を持った。その感情がどこから来て、どの様なものかは宗一郎には全くわからなかった。

 殴打されたことにより鼻は凹み血が固まっているため、はっきりと容貌はわからないが、宗一郎はこの男に以前会っている気がしたーーそれもどこか重要な場面で。何回も。


「マリーン、リーザ、こいつらを任せて良いか?俺はその衣服を調べたい」


「勿論」


「はい、畏まりました」


 宗一郎はラシルドの声で我に返った。

 ラシルドはミハエルの衣服が気になるらしく、マリーンとリーザにミハエルを任せ、ジュライを宗一郎が役所まで連行していくことになった。

 ミハエルは終始下を向き苦悶の表情を浮かべ無言だった。ラシルドがミハエルの衣服を調べると言った時だけ顔をあげたが、すぐに下を向いてしまった。


「ソウ、助けてくれてありがとう」


「いやっ俺がアリッサを守れなかったのが悪いんだから」


「それでも助けてくれて嬉しかったよ。それに……カッコ良かったし」


 「カッコ良かったし」は小声だったので宗一郎の耳に届くことはなかった。


「何だって?聞こえないぞ」


「……何でもない」


 アリッサがふくれっ面でそっぽを向く。


「いやー青春ってやつだねー」


「そんなんじゃありません」


 アリッサが強い口調で否定する。反論されたマリーンが笑っている。

 誘拐犯を捕まえ、事件を解決したからか、穏やかな時間が流れていた。側には縄でグルグル巻きにされた2人の男がいるのだが、どこか牧歌的だった。


 見物に来ていたスラム街の住人も、ミハエルがグルグル巻きにされたのを見届けると、三々五々と散っていった。彼らは口々に「良いもん見たな」「あれが魔法ってやつか」「あんな火の玉出せたら冬は楽だな」「あのオネーチャン達胸大きいね」「あの男気持ち悪い」などと、話し合いながら離れていった。


 アリッサから攫われた後の話を聞きながら歩く。

 アリッサが嘘八百を並べ立てて、行進速度を遅らせたこと。

 ミハエルの連れの男がジュライと言う名前であること。宗一郎はその名前に聞き覚えがなかった。先ほどの既視感は勘違いなのだろうかと宗一郎は首を傾げた。

 ジュライが紳士的に対応してくれて、不便はなかったこと。

 ダンに来るまで、ミハエルによるラビア教の教義の熱弁をアリッサは片耳で聞いていたが、ジュライも不満げな顔で聞いていたこと。

 宿屋でミハエルに襲われそうになったが、ジュライがかばってくれたこと。

 ミハエルの裸が見るに耐えないものだったので、もしジュライがかばってくれなければ、悲惨な初体験になっていたこと。この話をアリッサはノリノリでしていたが、言外に自分が処女だと言ったことに気づくと、見る間に顔を赤く染めて、「もー何言わせてんのよ」と宗一郎に回し蹴りを食らわせた。宗一郎がその痛みに悶絶していると、「あっそう言えばソウには言ったことがあるわね。そんなに恥ずかしがることないわ」と一人で納得してしまった。宗一郎は納得できない顔で痛みを堪えていた。


 役所が視界に入り、勤務時間前なのか多くの人間が役所に吸い込まれていくのが見えた。役所はダンの中央に建っていて、玄関前には英雄ダンの像が設置されていた。右手に剣を持ち雄々しく天に掲げているその姿は、鎧を纏っていることも相まって見る者に強烈な印象を与えていた。


 宗一郎がダンの像に感動していると、アリッサがマリーンとリーザにお礼を言った。


「マリーンさん……ですよね?お礼を言うのが遅れてすみません。私を救出するためにソウに手を貸して頂いた事に感謝します。リーザもありがとう」


「いえ私は何もしておりませんので、感謝されるのは心苦しいです」


「私も感謝なんていらないよ。ラシルドの指示に従っただけだし。それに報酬も貰っているしね」


「報酬?」


 ドクンと宗一郎の胸がなったーー避けては通れない報酬の話になった。遂にこの時がきたのだと。

 ラシルドとマリーンの協力を取り付けるため、サブタの肉を報酬としたことをアリッサはどう思うだろうか?宗一郎は恐る恐るアリッサに説明した。


「それが……アリッサすまん。この世界の地理や仕組みをわかっていない俺にはラシルドとマリーンの協力が不可欠だったんだ。その報酬としてサブタを丸々1頭分やる約束をしたんだ。アリッサがサブタを好んでいるのを知っていたが、他にあげられるものがなくて……」


 アリッサがキョトンとした後、宗一郎を睨んだ。怒られるーー宗一郎はそう思ったが……


「仕方ないわね。元々私が攫われたのが悪いんだし。サブタを譲渡するのはしょうがないわ」


「えっ怒らないのか?」


「怒らないわよ。ソウが私の為にやってくれたんだもの……でもね、ソウが報酬としてサブタを譲渡する事を約束したことで、私が怒るって思われているのは心外だな。私はそれ程食いしん坊でもないし、恩知らずでもないわよ」


「すみませんでした」


「ん。わかれば良いわよ。さてここからが交渉よ」


「交渉?」


「ええ。ソウは私を助ける為にサブタを約束した。ここまではわかったわ。でも事件は素早く解決したはず。それにミハエルを倒したのはソウだし、マリーンさんやラシルドさんは傷を負っていない。ところでリーザは何でここにいるの?」


「リーザがここにいる理由はアリッサ様の救出の為ではないです。そのため報酬云々という話とは全く関係がありません。それに奴隷に報酬を支払うことは……」


 奴隷を卑下しようとしたリーザを遮ってアリッサが話し始めた。


「なら良いわ。アリッサでいいって。報酬はマリーンさんとラシルドさんを考えれば良いのね。そうするとどう考えてもサブタ1頭は多すぎる。値引き交渉の余地はあるわ」


「いやっ約束は守んなきゃ」


「勿論約束を守ることは大事よ。ただしフェアな条件でした約束という但し書きがつくわ。ソウはこの世界の物価や物の価値を知らないのよ。そんな人物に報酬額を決めるさせることはフェアじゃない」


「確かに俺は物価を知らない。貨幣を見たのもさっきが初めてだ」


「ほらね。そんな人に適正な報酬を決められる訳がない。私が再度報酬の額を決めるわ……という訳でマリーンさん?」


「私に言われても困るわ。そういうのはラシルドへ。でもサブタは美味しかったからサブタベースが良いかな」


「わかった、ラシルドさんに交渉を持ちかけるわ。ラシルド……何か震えているわね」


 ミハエルの修道服を調べていたラシルドは服から取り出した手紙を読みながらわなわなと震えていた。足元には所々が破れたミハエルの修道服が落ちていた。

 下を向いていたミハエルが嘆息した直後、ラシルドの笑い声が朝空に響き渡った。


「ハーハッハッ。ハーハッハッ。クックッ……遂に遂にやったぞ。遂にやってやったぞ親父よ。あれ程嫌っていたサルーンと手を結ぼうとは考えも及ばんかったわ。だが、だがしかし、ここに決定的な証拠が手に入った。これがあれば言い逃れはできん」


 役所から職員が駆け足で出てきた。


「あんたねーこんな朝っぱらから大声を出したらだめですよ」


 年配の職員が大声で笑っているラシルドを注意する。


「むっ。すまんかった。念願の物が手に入ったのでつい嬉しくなってしまってな。これから気をつけよう」


 ラシルドは年配の職員に向かって謝罪した。


「ん?誰かと思えば、ドーンじゃないか?」


「ラシルド様ではないですか?姿が見えないと思ってたら。何処に行ってらしたんですか?あなたはタージフ王の使者なんですよ。居場所をくらませたらこの町に迷惑がかかるのです。少しは自覚を持ちなさい!」


「すまない。もう大丈夫だ。目的を達したからな。ドーン、サルーンとの国境に派遣した兵士を呼び戻してくれ」


「もう良いのですか?まだ1月しか経っていませんが?」


「良いのだ」


「わかりました。伝えておきます」


「この縄で縛られている男達は誘拐犯だ。どちらも魔法を使えるので牢屋にぶち込んでおいてくれ」


「ラシルド様が囚えたのですか?素晴らしい。ジリ様がこの活躍を耳にしたら大層喜ぶことでしょう」


「……親父は喜ばないさ。ロンの方が大事だからな」


「またそんなこと言って。ジリ様がラシルド様にきつく当たるのは、期待してらっしゃる証拠ですよ」


「まぁそのことは良い。ついでに何処か部屋を貸してくれると嬉しいのだが、5人程入れる部屋を」


「そうですな……この時間でしたら1階の部屋しか使わないので、2階の好きな部屋をお使い下さい」


「すまない。借りることにしよう」


「いえいえ。受付に鍵を貸すように伝えておきますので。ではそれでは」


 ドーンと呼ばれた年配の男は、ミハエルとジュライを連行する男手を確保するために役所の中に消えていった。


「ラシルドさん。ちょっとお話したいことがあるのだけど」


「おお、アリッサか。無事で良かった。見たところ何もされてないようで。美人に傷がついちゃいけないからな」


 ラシルドがすらっと美人と言うのを聞いてマリーンがムッとした表情を見せる。


「助かりました。ラシルドさんがソウをこの町に導いてくれなかったら、私はサルーンに連れて行かれるところでした。ありがとうございます」


 アリッサは言外に、「ラシルドがしたのはソウをこの町に案内したことだけよね」と言っている。


「それで何用かな、アリッサ。それと敬称はいらんぞ」


「ソウが約束した報酬のことなのだけど」


「ああ、そう言えばサブタを報酬として貰う約束をしていたな」


「それでその報酬の……」


「いらんぞ」


「「えっ?」」


 宗一郎とアリッサが同時に驚く。


「だから報酬などいらんと言った。もっと大事なものを手に入れたからな。サブタよりずっとずっと価値のあるものを」


「価値のあるものってのはさっきの手紙か?」


「ああそうだ。この手紙1つで何百人という命を救うことが出来るんだ」


「何百人?すごい数だな……さっきの会話の内容半分もわからなかったんだが、そろそろラシルドの正体を教えてくれないか?」


「……そうだな。ここまで知ったからには、全部知っていて貰いたい。こちらもアリッサが何故サルーンの宣教師に皇女殿下と呼ばれていたのか知りたいし、先にこちらから情報を開示することにしよう」


 そうしてラシルドは懐から勲章を取り出して、それを宗一郎に見せる。


「俺の元の名は、カール・シャフタール。ジリ・シャフタールの長男にしてロンベルク・シャフタールの兄だ。王に新しい名を授かり、現在はタージフ軍第1部隊副隊長を務めるラシルド・シャフタールとしてこの地に参上した」

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