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第26話:ジュライ

 3件目の評価頂きました。ありがとうございます。励みになります。

 これ以降も不定期更新になりますけどよろしくお願いします。


 小さなボロ宿の1室にアリッサはいた。着衣に乱れはなく、暴行の跡も見えない。胸の前で両手に巻かれた縄だけが彼女を虜囚だと示していた。


「それにしても狭いわね」


 その部屋には粗末な2段ベットとテーブルが1つ。それ以外の調度品はなく、組み立てられた木材がむき出しになっていた。少し歩くだけでもギィギィと音がなる。ここは2階のためまだマシだが、一階に泊まる旅人は天井から聞こえてくる騒音で大変であろう。


 それも当然である。

 ここはスラム街にある最低ランクの宿屋なのだ。


「もうちょっと良いとこはなかったの?」


「そんな所に泊まれないっすよー。この国でサルーンの宣教師なんてバレたら袋叩きならまだマシな方っすよ?最悪は処刑っす。そんなの嫌っす。だから目立たないスラム街の安宿に泊まってるんすよ」


「なるほど。それで?ベットが2つしかないけど、誰が使うの?」


「そんなん、ミハエル様とアリッサさんに決まっているじゃないですかー。俺は床で大丈夫っす。新入りの寝床は大体床っすからねー。そもそも女の子を床で寝かせて、自分がベッドで寝るなんて考えたこともないっす」


「そう。随分紳士的なのね、あなたは。そういえば名前を伺っていなかったわ。なんて言うのかしら?道中は『あれ』とか『おい』としか呼ばれてなかったから、あなたの名前知らないのよ」


「紳士的だなんて、俺の地元では普通っすよ。普通。名前言ってなかったすね。ミハエル様は呼んでくれなかったし、ダンに来るまでアリッサさんが動きっぱなしで、自己紹介する暇さえなかったっすもんね」


「それで名前は?」


「あぁすいません。俺の名前はジュライ、歳は16っす。気軽にジュライって呼んで下さい」


「ありがとう。ジュライね。覚えたわ。ジュライはサルーンの宣教師なの?」


「いやいや自分なんか全然っす。この世界のことなんて何も知らなかった俺をサルーンの孤児院が拾ってくれたんすよ。そうして1年前にその孤児院の院長が俺のことを教会に推薦してくれて、やっと教会の見習いになれました。つまりぺーぺーです」


「ペーペー?」


「あっまだまだって意味です」


 ジュライは苦い顔をして下を向く。顔には「しまった」という文字が浮かんでいる。


 彼はミハエルが国境を超えるために闇組織と渡りをつける間、アリッサの監視を命じられていた。


 彼がサルーンの教会に入信したのは1年前のこと。特別な才能が認められてのことである。

 そのため彼はサルーンの国教であるラビア教に完全に染まっていない。むしろ宗教に対するアレルギーが、彼の内部までラビア教が侵食することを拒んだ。

 ラビア教の聖職者になろうとする者は、手始めに1週間の合宿と集中講座でラビア教の教義を叩き込まれる。合宿と集中講座と言ったが、それは監禁と催眠となんら変わりなく、教会の1室に閉じ込められ、寝る時間もなく延々と司祭からの話を聞かなければならない。出てくるのは水と粗末な食事ばかりである。そして完全にラビア教の教義を理解した者だけが、晴れて聖職者見習いと認められる。1週間で理解出来なかった者は、巷間へ帰され敬虔な信徒として生きることになる。再度この合宿と集中講座を受けることも出来るが、少なくとも1年空けなければならない。しかも再試験の合格率は1%に満たないため、ほとんどの信者は1回目の試験で合格しなかったら、聖職者への道を諦めて手に職をつけることになる。そのため聖職者はエリートであり、信者から羨望の目で見られる。

 このようなシステムになっているが、教義を理解したかどうかは教会のさじ加減ひとつで決まるため、実際のところ、教会はラビア教の布教に役立ちそうだと思う人物を聖職者に就けているに過ぎない。

 現に彼は教義など殆ど理解出来なかった。むしろ獣人や魔族に対する差別や莫大な数の奴隷、教義の押し付け、特権階級の優遇、汚職の蔓延、など負の面を持つサルーンとラビア教に疑問を抱きながら見習いになった。ラビア教に対して不信感を持つ彼だが、極めて特異な能力のため聖職者になることが出来た。例えラビア教を信仰していなくても問題ないと教会上層部に思わせるほど、彼の能力、才能は価値の高いものであった。

 そうして10ヶ月ほど教会の見習いとして下働きをしたあと、教会の命に従いミハエルとタージフへ来たのだ。


「クソっ」


 ミハエルが荒々しくドアを蹴飛ばしながら入ってくる。


「ミハエル様どうかなさいましたか?」


 ジュライは間髪入れずに答える。返答、反応が遅れた際のミハエルの怒りがどれほどのものかは、この旅で理解している。


「どうもこうもない。国境を超えさせる仕事をしている闇組織の連中が、最近は監視が厳しすぎて不可能だと断りやがった。なんでもサルーンへ亡命する奴が多すぎて、それを見兼ねたタージフの国王が監視を厳しくしろと通達してきやがったらしい」


「えっしかし……」


「あぁそうだ。タージフからサルーンへの亡命なんて年に数回も起こらない。むしろここ数年は0だ。闇組織の連中もどうして王がそんな通達をしてきたのかわからんそうだ。少し時間が経てばその情報が誤報だったことがタージフ王にもわかり、すぐ元通りになるとか笑っていたが、こっちにはそんな悠長な時間はない……何故、何故急に監視が厳しくなった?我々のことがばれたにしては早すぎる……まさか、サルーンの上層部にタージフのスパイが?」


「敬虔な大司祭様が野蛮なタージフのスパイなど…」


「じゃあどう説明をするつもりだ?我々がこの任務を与えられたのはつい2ヶ月前。タージフとサルーンの国境を荒らすと共に密書を……」


「ミハエル様!」


「なんだ?急に大声を上げて」


 ジュライがアリッサに目線を向けるーー部外者がいると暗に伝えた。


「……そうだったな。すまん。良く教えてくれた。あぁそれにしても忌々しい。忌々しい。この任務を無事遂行すれば、第1級宣教師になるとともに内地勤務への栄転が約束されていたのに。私の教皇への第1歩になるところがっ」


 ミハエルはテーブルを何度も何度も足蹴にした。


 それを見てアリッサは心の中で笑っていた。勿論皇族として受けた教育のおかげでおくびにも出さない。

 宗一郎がジュライに頭を打たれて気絶した後、アリッサは即座に回復魔法をかけたが途中で拘束され、ミハエルが宗一郎にトドメを刺そうとしたが、「そんなことしたら死んでやるー」と絶叫したのが功を奏した。動揺した彼らに対し、ソウを見逃すこと、ソウに回復魔法をかけること、ソウが魔物から襲われないように結界魔法をかけることを約束させた。そうすれば自殺や暴れたりせずにそちらの指示に従うと言って。

 それが終わるとアリッサは縄をかけられ、ジュライの馬に乗せられてダンまでやってきた。道中には、突然体調が悪くなったり、水浴びがしたいわとダダをこねたり、お腹が減ったと文句を言った。ひとえにサルーンへ近づくのを少しでも遅らせるためである。遅らせればきっと宗一郎が助けに来てくれる。そう考えて演技をしてきた……お腹が減ったのは本当である。

 そうして門が閉まるギリギリの時間にダンへと到着した。

 アリッサはここが勇気の町ダンで、サルーンとの国境付近に位置していることは知っていたので、明日がタイムリミットと考えていた。明日まで宗一郎が追いついてこなかったらサルーンへ連れていかれることを覚悟した。

 サルーンとタージフは敵国であるため、自由は往来は認められていない。両国の使者、又は割符を持った商人しか国境を通ることはできない。

 しかしどの世界にも非合法な組織はある。目の飛び出るような金額をその組織に払えば、厳しい監視の目をくぐって国境を通り抜けることが出来るのだ。ガルドビアからの逃亡でそういう仕事をしている組織があることもわかっていた。

 だがそこへ国境の警備が厳しく亡命が出来ないという話が舞い込んできたのだ。

 幸運である。降って湧いたような話である。

 タージフ王が何を勘違いしたか知らないが、アリッサには感謝の気持ちしかなかった。時間を掛ければかけるほど、宗一郎がアリッサを発見する可能性は高くなる。アリッサはそれをこの町で待ってれば良いのだーー運命の王子様が助けに来てくれるのを。


 夜もふけて、夕食の時間になった。ミハエル一行は宿屋の食事を特別に部屋に届けさせた。縄をかけているアリッサを食堂に連れていくことはできない。勿論タダではないが、アリッサのことがバレるよりは全然良い。出てきたメニューは硬い黒パン2つと粗末なスープだけだった。しかしアリッサにとっては久しぶりの黒パンである。見た目から宮殿で出されていた黒パンよりずっと品質が悪いものだとわかるが、そんなことは関係なかった。

 2ヶ月ぶりのパンである。

 ミハエルは異教徒のアリッサと食事を共にしたくないと言い、食堂に行った。

 この部屋にいるのはジュライとアリッサのみである。


「ジュライ、早く食べさせてよ」


「了解っす。はい」


「んんー。懐かしい、この味。久しぶりだわー」


「次はスープっすね。どうぞ」


「美味しー。塩が良く利いているわ。もっともっと」


「はいっす」


 そうしてジュライはアリッサの求めるままに給餌して、更には自分のパンを半分アリッサにあげていた。アリッサは両手が縄で縛られている為、自分で食事ができず、下っ端であるジュライがパンやスープをアリッサの口元に持っていかなければならない。


 粗末なパンに大して上手くもないスープをこれ程まで喜ぶとは、魔の森での食生活は大変だったのだろうとジュライは思った。


 そんな誘拐された人物とは思えない平穏な食事が終わると就寝時間となった。

 この世界は電球などの明かりはないため、太陽が隠れると就寝時間となる。太陽の出ている時間が人間の行動する時間である。


 夕食を終えて部屋に戻ってきたミハエルは、さて、と言って徐ろにズボンを脱ぎだした。


「ミハエル様?何をするつもりですか?」


「男と女が同じ屋根の下にいて、することと言ったら1つしかなかろう」


「なっ?いくらミハエル様でもそれは許されないですよ」


 ミハエルとアリッサの間にジュライが入り込む。


「どけ」


「どきません」


「どけと言ったらどけ。上司である私が命じているのだぞ」


「いくらミハエル様とはいえこれだけは聞けません」


「何故だ?将来サルーンの教皇となるこの私とカルドビアを占領した後にその地の支配者になるアリッサの子供が出来るのはめでたいことではないか?」


「子供…転勤ミハエル様が仰っていることはわかりますが、そこにはアリッサの意志がありません。女性は男性の道具ではありませんよ」


「女の意思など必要ない。そもそも異教徒の女など道具に過ぎないではないか?」


「いいえダメです。俺は認めません」


「貴様が認めるかどうかなど私には関係ない。そこをどけ」


 ミハエルは荒々しく腕を使ってジュライをどかそうとするが、ジュライはピクリとも動かない。


「ミハエル様、今この場で俺と戦えば負けますよ。俺の能力をお忘れですか?この件に関しては例え上司である貴方が相手でも引きません。俺の身に、出世に影響が及ぼうともアリッサを守ります」


「お前は上司を脅そうと言うのか?」


「いえっそんなつもりはございません。しかし再考してくれませんか?もし犯されたアリッサが自殺したり、犯されたことを教皇に報告したらどうなりますか?アリッサはサルーンの大望にとって欠かせない重要人物です。そんな人物を傷つけたとしたら、ミハエル様のお父上のご不興を買うことになりませんか?そうなれば血筋だけでのし上がって来たリオン様達との後継争いに悪影響が出るでしょう。ミハエル様の目的は教皇になることではありませんか?」


「むっ」


「ここは潔く寝るのが賢明かと。ミハエル様の旅の無聊を慰めるのはアリッサのような異教徒の女ではなく、サルーンの敬虔なラビア教徒の女が相応しいでしょう。サルーンに行けばミハエル様はモテモテなんですから。そこで思う存分女を抱けば良いではないですか?」


「……それもそうか。わかった。おまえの言う通り寝るとしよう」


 そう言ったミハエルは当然のように2段ベットの上に昇り体を横たえた。ミハエルが体を横たえるまで目を離さなかったジュライは、フーと息を吐いた。


「ジュライ、ありがとう」


「いいえこっちこそ怖い思いをさせちゃってスミマセンっす。後言葉遣いも謝ります。ミハエル様の前で異教徒に対して敬語を使うと叱られますので」


 ジュライはミハエルに聞こえないように小声で話した。


「そう。あなたも大変ね。ミハエルがズボンを脱ごうとした時怖かったけど、ある程度覚悟はしていたからそれ程でもなかったわ」


「そう……なんすか。強いっすね」


「こんな世の中じゃ有り得ることだもん。初めてを好きな人にあげられる訳でも、好きな相手と結婚できる訳でもない」


「……」


「むしろ皇族なんて何歳も歳の離れた男と政略結婚させられるのが普通。私もそうなっちゃうんだろうなーって子供の頃から思っていたからね。その点については皇族やめてよかったわ。好きな人と結婚できるからね」


「アリッサさんには今好きな人いるんですか?」


「……うん。とても大切な人が」


「そうっすか。大事にしてくださいね」


「あなた方が私を開放してくれれば大事に出来るんだけど?」


「申し訳ないっす。それは出来ないっす」


「そう言うと思った」


 そう言って優しい笑みを浮かべるアリッサに対して、ジュライは不覚にもドキッとしてしまった。


 教会に入信したからには、ラビア教徒と結婚して一生をラビア教に捧げると決めていた彼は、アリッサという虜囚になっても希望を失わず、確固たる信念を持って生きる女性に心惹かれていた。

 これを恋と呼べば良いのかは、彼にはわからなかった。

 少なくとも自分の心に恋に近い何らかの感情が芽生えていることを自覚した彼は、それを押し殺したままアリッサをベットに寝かせて、床に寝転がった。

 「おやすみ」とアリッサから言われた彼は、中々寝付けなかった。上司であるミハエルへの反逆やアリッサへの思い、ソウと呼ばれていた男への攻撃、可愛がっていたネリーの死、ラビア教への疑問、様々な感情が心の中で混ざり合って彼に睡眠を許しはしなかった。

 ふと耳を澄ましてみると、アリッサのスースーという寝息が妙に気にかかって、彼は一睡もしないまま朝を迎えることになる。


 硬い床から体を起こして、日の出前の空を見つめながら彼は思う。



「一睡もしないなんて……修学旅行以来だな」

後の話にも史実をパク……オマージュした話が出てきます。その際は後書きにその旨をのせることにします。出処がわかる場合はそれも書きます。前回のはなんかの本で読んだので覚えていません。スミマセン。

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