第25話:勇気の町ダン
男からヒリつくような殺気を感じた。その殺気から宗一郎はこの男の言葉は嘘や冗談などではなく真実なのだと悟ったーー嘘つけば殺す、そういう覚悟を目の前の男は持っていると。
宗一郎はラシルドと呼ばれた男に事情を話した。勿論アリッサが元皇族とか宗一郎が異世界人だとかは伏せたままである。
名前はソウ、出身地はアルエット、ということにした。
一緒に旅をしているアリッサという女性がサルーンの宣教師を名乗る人物に攫われたこと。
宣教師はネリーを使って国境地帯を荒らしていたこと。
宣教師には仲間がいて、その仲間から頭を殴られて気絶したこと。
おそらく気絶した宗一郎に対してアリッサが回復魔法をかけて、宣教師が結界魔法をかけたこと。
何がなんでもその女性を取り戻したいこと。
これらを洗いざらい話した。
宗一郎が初対面の男に事情を打ち明けた一番の理由は情報が欲しかったからだ。
宗一郎は最寄り町の位置やサルーンへの道を知らない。この世界の習慣や暗黙の了解も知らない。全部アリッサに任せっきりだった。
アリッサが攫われてサルーンへ連れて行かれたのなら取り返しに行くつもりであった。でもどういうルートならサルーンへ入れるのか?国境を超える上で必要なものは何なのか?ーーそれらを知らない。
最寄り町の情報も重要だ。ミハエル達が最寄り町で宿をとっている可能性がある。そうなるとサルーンへ行く必要なく、その町でアリッサを取り戻すことが出来るかもしれない。
つまり宗一郎に必要なのは1に情報、2に情報である。宗一郎は誘拐事件の解決は時間との勝負であり初動操作がモノを言う、と聞いたことがある。この男が信用できる人物なのかはわからないが、賭けにでるしかない。
2人組がミハエルのような修道服を着ていなかったことが、決断の後押しとなった。
ラシルドは身じろぎ一つせずに宗一郎の話を聞いていた。背後には弓矢をつがえたマリーンがいる。宗一郎が話を終え、祈るような気持ちでいると、ラシルドは後ろを振り向いた。
「どうだ?」
「うーん、少なくとも嘘は言ってないね。でも大切なことは隠しているみたい。どこかのスパイでもない。信用して良いと思う」
「わかった。マリーンがそう言うなら間違いない」
信用されたようである。ラシルドの身体から殺気が消えていくのを宗一郎は感じ、ホッと一息をついた。
(どうやら殺されずに済んだな)
「お前の話、アリッサという女が攫われた話は理解した。取り返したいという気持ちも。それを踏まえた上でお前に聞きたいことがある。お前が旅をしている目的は何だ?」
「目的……」
「そう目的だ。何の目的もなく危険な国境地帯を歩いている訳があるまい」
目的。
そう言われて宗一郎は少し考えこんだ。
アリッサの部下を奴隷から開放するのが目的だが、それ言うのはマズイ。この2人の反応から見て後ろにいるマリーンは何らかの方法で嘘を見抜く能力を持っている。アリッサの部下が奴隷になった理由について突っ込まれたら、アリッサが元皇族であることを誤魔化しきれる自信がない。
「……自分の腕を高く買ってくれるところを探しているんです」
「腕に覚えありか。そんな奴がサルーンの宣教師ごときに気絶させられたのか?」
「……油断していました。敵は1人だろうと高をくくってました。そう思っていた自分が恥ずかしいです。勿論これが言い訳にしかならないことはわかっています。俺はアリッサを守れなかった。大切な人を守れなかった。その事実は変わらない。……恥を忍んで言います。見ず知らずの人にこんなことをお願いするのが間違っていることもわかっています」
宗一郎は頭を下げる。
「どうか俺と一緒にアリッサを救ってください」
「……マリーン」
「嘘は言ってないね。私はラシルドの決断に従うよ」
「そうか。おい、ソウと言ったな。俺達がお前に手を貸すとしてその見返りは何だ?」
「見返り……」
「そうだ、見返りだ。何もメリットがないのに手を貸す訳がないだろ?交渉の基本は相手に相応の対価を約束することだ」
見返り、見返り。
空間魔法に収納してある剣はロンベルクが取りに来た時のために取っておくべきで、宗一郎が自由に扱って良いものではない。女神からの水筒やナイフはソウイチロウと名前が彫ってある。
他に持ち物で価値のあるものと言えば……
「これではダメですか?」
「なんだソレは。そんなものでこの俺が……ん?この肉はもしや……」
「サブタです」
「何?あのサブタだと?」
「私にも、私にも見せて」
マリーンがラシルドの背中に密着して覗きこむ。
「へーこれがサブタの肉なんだー。初めて見たよ」
「サブタ丸1頭分の肉を差し上げます。それで協力してくれませんか?」
「1頭分だと。まことか?」
「はい」
(アリッサの命を救うためなら安いものだ。救われたアリッサにこっぴどく叱られそうだけど、それは未来のことだ。今は関係ない……それに後3頭分空間魔法に保管してあるしな)
「信じられん。サブタ1頭分の肉の値段など想像もつかん。それこそ店で食せば庶民の1家族の年収を超えるだろう。それを?」
「はい。私がアリッサを無事救いだせたら差し上げます」
「やった。ラシルド、手を貸そう。あなたの腕なら危険なんてないよ」
「うむ、わかった。手を貸してやろう。……元々無関係とは言い難いしな」
「はい?」
「んん。何でもない。俺はラシルド、21だ。後ろはマリーン、エルフだ。歳は……」
「21」
「嘘をつくな、マリーン」
「良いの21で。ラシルドが生まれる前の記憶なんて私には必要ないから」
目の前の男は自分の歳を21と言った。
(見えない)
宗一郎はラシルドの貫禄ある立ち振る舞い、容貌(特に髭)から30すぎだと思っていた。老けすぎである。逆にマリーンは10代前半でも全然通用する顔立ちだ。しかも会話の内容的にマリーンはもっと年上のようだ。エルフが長寿って話は真実らしい。
「まぁお前がそう言うなら良いか。よろしくソウ。お前がアリッサを助けだすのに協力するぜ。あぁ後敬語もやめてくれ。見たところ歳も近そうだし、これからはアリッサを助けだすまで仲間になるんだから砕けた話し方をしてくれ」
「わかった。ラシルドとマリーン、協力感謝する」
そう言って宗一郎はラシルドと握手をした。
(力強っ)
因みにマリーンからは握手を拒否された。何でもラシルド以外には触られたくないらしい。
「そうは言ってもラシルド、当てはあるの?」
「確かアリッサが攫われたのが明け方なんだよな?」
「そうだ」
「ならば話は早い。ここからサルーン方面で1日以内の距離にある町、それはサルーンとの国境近くに位置するダンだけだ。そこに宿をとったに違いない。今から馬を飛ばせば、明朝までは間に合う」
「でも、町に宿をとっていない可能性もあるんじゃない?」
「それはない」
「どうしてよ?」
「ソウは宣教師から結界魔法をかけられていた。仲間であるアリッサからではなく、敵である宣教師からだ。何故かわかるか?」
マリーンは首を横に振る。
「恐らくだがアリッサがソウに結界魔法をかけないなら、自殺するとか何とか言ったのだろう。それで渋々結界魔法をかけたと思われる。誘拐犯は通常であれば目撃者など消す。だが今回はアリッサのお願いを聞いてソウを生かすことにした。あのラビア教の信徒以外人間とは認めないサルーンの宣教師がそれをしたんだ。異様という他あるまい。その行動から導き出される答えは、サルーンにとってアリッサの価値は非常に高いということだ。追跡される危険性を残したとしてもアリッサの言うことに従うしかなかった。そんな重要人物を魔物が蔓延る荒野で寝かせるか?宿にたどり着かないなら、荒野で寝るしかないが、馬で1日以内の距離にあるところだぞ。俺なら荒野より安全な町の宿屋を選ぶさ」
「なるほど」
神妙な面持ちでマリーンは頷く。宗一郎もラシルドの意見に同意である。
「サルーンとの国境近く?なら急がなければ逃がしてしまう」
「心配ない。今タージフからサルーンへ抜ける道は厳重に封鎖されている。急がなくてもその誘拐犯がサルーンへ逃亡することは出来ない」
「そうかそれは良かった。……でも何故厳重に封鎖されているんだ?」
「国境を厳重に監視することは当然だろ?」
「それはそうだけど、ラシルドは『今』って言ったよね。それには常ではないってニュアンスがあると思うんだけど」
「……確かにそうだな。ソウは案外注意深いんだな。後ろから殴られたくらいだから鈍いのかと思っていた。最近タージフからサルーンへ逃亡する人間が増えてな。それで厳重に取り締まる様に陛下からお達しがあったのだ」
幸運である。
「アリッサがサルーンに連れていかれる危険性がないことはわかったが、それでも急ごう」
「ああ急ぐことに異論はない。ソウは馬に乗れるか?」
「馬か。乗ったことはないな」
「となると相乗りしか手は無くなるが…」
ラシルドはマリーンの顔をチラッと見る。
「絶対嫌。私はラシルド以外の人物から触れられたくない」
ラシルドは、はぁーっと盛大にため息をつく。
「ソウ、すまん。許してくれ。こいつはこういう奴なんだ。決してお前を嫌っている訳ではない」
「それは別に良いが……そうすると、どうなるんだ?」
「俺とお前が相乗りするしかあるまい。ソウが馬に乗れたら、俺とマリーンが相乗り出来るのだが」
ラシルドは男とは相乗りしたくないと言外に言った。
(バカヤロウ、ラシルド。こっちも同じ気持ちだよ)
「じゃあさ、俺に馬の乗り方を教えてくれない?それで乗れるようになるから」
「馬に一朝一夕で乗れるわけがないだろう。馬から振り落とされるに決まっている」
「試して見ようぜ。多分大丈夫だから」
無理に決まっている、時間の無駄だと呟くラシルドに、宗一郎は馬の乗り方、扱い方を教わった。
そうして乗ってみると、ものの10分程度で馬を乗りこなせるようになった。
「なっ!?何故こんな短時間で!?」
「ほうら。乗りこなせただろう。これでラシルドはマリーンと一緒に乗れるな」
「……そうだな。マリーン」
「さぁどうぞどうそ。手綱は任せたわよ。私は後ろにズレるわね」
そうしてマリーンは手招きをして後ろにずれた。ラシルドが馬に跨っている隙にマリーンは小さくガッツポーズを作っていたのを宗一郎は見逃さなかった。
そうして2頭の馬に乗ってラシルドを先頭にして夜道を進んだ。ラシルドとの問答で辺りはすっかり暗くなっていた。
「先程はお前を疑うようなことを言ってすまんな」
「全然気にしてないよ。アリッサから国境地帯には良く間者がいるって聞いてたから、それだと疑ってたんだろ?」
「むっまぁそんなとこだな」
ラシルドは乾いた笑いを浮かべた。
「そう言えば先ほどサブタの肉を取り出したのは空間魔法か?」
「あぁそうだよ」
「空間魔法の使い手か。戦闘面ではなく、そっち方面で腕に覚えがある口か。旅を続ける訳だな。どうだ?これが解決したらタージフに仕官する気はないか?俺が口を利いてやるよ」
「考えてみるよ。ラシルドは口を利けるほど偉いのか?」
「いやっ大したことは……」
「何言っているのよ、ラシルド。あなたは……」
そう言いかけたマリーンの口をラシルドが右手で覆う。そして小声で何かを囁くとマリーンはふくれっ面のまま黙った。
「すまない。忘れてくれ」
「あぁそんなに突っ込んで聞く気はないから。忘れよう。それと俺からも聞いていいか?」
「良いぞ」
「ダンってどんな町なんだ?」
「ダン、ダンか。そうだな、これと言った特産品はないが、観光地として有名だな。旅人や行商人は大体立ち寄っていく。そういった奴らが落としていく金で成り立っている町だ」
ラシルドの声は弾んでいた。
「特産品もないのに立ち寄るやつが多いのか?」
「あぁ……その多くが勇気を分けてもらいに行っているんだ」
「勇気をわけてもらいに行ってる?よくわからんな」
「ダンという名前は、何百年も昔にその町を救った領主の名前だ。その領主の逸話からダンに行くと勇気がもらえると噂になってな。それを聞きつけた商人や旅人が、集まってくるのさ」
ラシルドはその後丁寧に、そして誇らしげに、身振り手振りを交えて説明した。
ダンという町はガイアが7カ国に別れる前には、その町1つで国として認められていた。
ある日、領主が急逝し、後を継いだのが若干13歳のダンだった。当初は跡継ぎが幼いため(15で成人として見られる)先代の弟、マルクが継ぐと見られていたが、マルクが固辞したためダンが領主の座に就くことになった。ダンは臆病で優柔不断な性格の上、戦や政治の経験がなく、全てを叔父のマルクに任せていた。
だが領主が急逝してから半年で隣国が条約を破り、戦争を仕掛けてきた。新しく就いた領主が13歳のダンだとわかり、今が攻めどきと判断したのだ。当然ダンの国も応戦した。
これが後に言う6日間戦争である。
1日目、ダンは布団をかぶって自分の部屋で震えているばかりだった。戦争は叔父であるマルクが将となってやった。何とか1日目は押し寄せる敵軍を跳ね返した。
2日目、1日目は自室で震えているだけだったダンは、窓から戦況を見るようになった。
3日目、ダンは自室から出て怪我人の手当や武器の補充を手伝った。
4日目、ダンは後方で弓を持って敵兵を射殺した。
5日目、ダンは城へと登ってくる敵軍を槍や剣で殺した。
6日目、ダンは叔父のマルクと共に城門からうってでたが、運悪くマルクが流れ矢に当たって死亡した。意気消沈する兵に対してダンは、「敵兵は将であるマルクを討って油断している。今日夜襲すれば必勝だ」と発破をかけ決死隊を募り、自らが将となって暗闇の中を走り敵将を仕留めた。将を失った敵軍は速やかに退散していき、ダンの国は守られた。
そして丁重にマルクや戦死者の遺体を埋葬し、戦死者の家族と負傷者を労わり、善政を心掛けた。ダンの国がまとまってくい様を見ていた敵国が再度和平を求めてきた。敵国の余りの傲慢さに業を煮やした国民の開戦の声を抑えて、和平条約を結んだ。
その後、ダンは見違えるように戦争や政治に優れた手腕を発揮し、信賞必罰を明らかにして、生涯不敗で、ダンの在任中国民が飢えを覚えることもなかった。そうして晩年になって他国からの使者を引見したダンは、「王は幼少時代は臆病で優柔不断だったと聞きますが、どうしてこのように変わられたのでしょうか?」という問いに対して、「勇気を……貰ったのだよ。叔父であるマルクや国民たちからな。儂はあの戦争で勇気は伝播することを知ったのだ」と答えた。
それが巷間に伝わり、ダンが亡くなった後その功績を偲んで、勇気の町ダンと言われるようになった。
今も町の中央には雄々しいダンの像が建っている。
ラシルドは長々と話した。後ろのマリーンはラシルドに抱きつきながら寝息をたてている。
「嬉しそうだな?」
「何がだ?」
「いやっダンの話をするラシルドが随分誇らしげに感じたからな」
「……実は俺にはダンの血が流れている」
「へーご先祖様ってことか」
「先祖と言っても俺の家は傍系だから、繋がりが強いわけじゃない。だが俺はダンの血が流れていると親に聞かされた時から、勇気を持って公明正大な人物になろうと決めた。なのに父ときたら……」
「ん?父親がどうしたのか?」
「はっ忘れてくれ。ソウにするような話じゃなかった」
「そうか。人に聞かれたくない話か。わかった。忘れよう。俺は何も聞いていない」
「……ソウは不思議だな」
「へっ?」
「俺は誰にもダンの血の話をしたことがないし、つい考えが漏れるなんてヘマもしない。だがソウには知らず識らずの内に話してしまう。ソウの柔らかい雰囲気がそうさせてるのかもしれないな」
「俺にはそんな自覚はないけどな」
「ははっ自覚なしか。たちが悪いな。ソウと敵にはなりたくないもんだ」
そんな話をした後は無言で馬を走らせ、明け方にはダンに着いた。
(ここにアリッサがいるはずだ。絶対に助けだしてやる)
遅くなりました。ダンの町の話は史実をオマージュしたものです。