第24話:敗北
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突然視界を覆ったネリーの死体をアリッサは両手で地面に叩きつけた。
カルドビアからアルエットに来るまで辛酸を舐めたからだろう。やはり突発的な事態にはアリッサの方が手馴れている。宗一郎は少々面食らい戸惑ってしまった。
「気をつけて」
アリッサがそう叫んでミハエルを睨む。ネリーの死体を蹴ったのは目くらましである。この間にミハエルは何らかのアクションを起こしているはずだ。
「偉大なる唯一神たるラビアの神に願い給う。裁きの光よ、刃と成りて、かの者を討ち滅ぼさん。断罪せよ。【マタールーズ】」
視界がクリアになった宗一郎の目に写ったのは、ミハエルの杖の先端から飛んでくる光った刃だった。
「危ない」
アリッサが叫ぶ。宗一郎はすんでのところで横っ飛びで回避した。
ズンッと重い音がして、地面が縦に裂けていた。
(地面割れてる。あんなのを受けていたら即死だったな)
宗一郎にとって初めて「死」の危険を感じる実戦だった。サブタとは戦闘にならず、ケンタウロスからは逃げ、ジラソーレと戦ったのは雷魔法を使った時のみ。ロンベルクとの戦いはお遊びも良いところだった。つまりこれが実質的に宗一郎の初めての実戦になるーーこれから殺し合いをするのだ。
途端に足がすくんだ。目の前にいるのは魔物ではなく人間ーー食べるために殺してきた魔物とは一線を画す敵。
もし宗一郎の魔法がミハエルを殺したら殺人罪になるのか?いやっ、正当防衛が認められるだろう。この光魔法だけでも宗一郎を殺傷するには十分な威力がある。魔法が殺傷方法として認められるかは、裁判所に聞いてみないとわからないが、認められない場合は宗一郎の魔法でミハエルを殺しても殺人罪には問われないから同じ事である。認められた場合は過剰防衛を争うことになるだろうーーそんな詮なきことを宗一郎は考えていた。
(ってここは異世界だから関係ねぇ。無駄な思考は死を招くだけだ。しっかりしろ、宗一郎)
平穏無事な生活を夢見た宗一郎でも、近くの女の子を守る甲斐性は持ち合わせている。
(アリッサに攻撃手段は無い。俺がやるしか無いんだ)
「【火炎放射器】」
宗一郎の手から火の矢がミハエルへ飛んでいく。ミハエルは身をよじりながら回避した。
「偉大なる唯一神たるラビアの神に願い給う。裁きの光よ、刃と成りて、かの者を討ち滅ぼさん。断罪せよ。【マタールーズ】」
ミハエルは光の刃を3発同時に撃った。ミハエルは毎回詠唱をしている為、魔法を撃つのに詠唱は必須なのであろう。詠唱が長いため対抗魔法を唱える余裕があった。
「【ガスコンロ】」
宗一郎の周囲に炎が立ち上った。ミハエルの光の刃は宗一郎の火魔法に当たり消滅した。
この魔法は敵の攻撃を受け止める魔法である。ただ炎に囲まれた宗一郎が灼熱地獄に耐えなければいけないのが難点ーー改良の余地あり。
ミハエルの攻撃対象にアリッサは入っていない様で、宗一郎ばかり狙っている。アリッサの利用価値を考えると傷1つ付けたくないのだろう。アリッサを守ることなく戦いに集中出来るメリットは大きいと宗一郎は微笑んだ。
「なんだその魔法は?見たことも聞いたこともないぞ。火の防御魔法?それにしても面妖な。そもそも貴様は誰なんだ?何故詠唱も無しに魔法が使える?無詠唱呪文など極限られて魔導師にしか使えないはずだ。そんな魔法をどうして年端も行かないお前が使える?」
ミハエルが吠える。年端も行かないとミハエルは言ったが宗一郎はもう20歳近い。日本人はこの世界でも童顔に見られるのだろうか?
「うるせーな。俺はもう20だ」
「ウソッ。2ヶ月前は19だって言ってた」
何故かアリッサが悲鳴を上げる。
(バシッと決める予定だったのに)
「大体だ。大体。アリッサには教えただろ?四捨五入ってやつだ。そうすれば俺もお前も20でお揃いだ」
「なるほど。四捨五入すればお揃いか。良いこと聞いちゃった。お揃い、お揃いっと」
アリッサは「お揃い」と言う言葉に弱い。適当なことをお揃いと言っておけば、大体機嫌は直る。修行時代に培った財産である。その後何回か笑顔で「お揃い」と呟いていた。
「20歳?その顔で?全くそうは見えんな。15歳くらいかと」
大学生なのに高校生、もしかしたら中学生に間違われたようだ。
「俺は20歳だ、覚えとけよ。後名前も言ってなかったか。俺の名前は…」
「彼の名前はソウ。私のパートナーよ」
アリッサが宗一郎の言葉を遮った。そして目配せしてくるーーこれでいけと。
本名を言えない理由はわからないが、宗一郎はアリッサに従った。
「ソウ、ソウ、ですか。聞き慣れない名前です。少なくともカルドビアでもサルーン出身でもなさそうです。しかしアリッサ皇女殿下のパートナーとは意味深な発現ですね?それはどのような類のものか伺ってもよろしいでしょうか?」
「俺はアリッサの目的に協力すると誓ったんだ。深い意味はねーよ」
「……今は…ね」
「今って」
「なるほど、なるほど。お二人の反応で理解出来ました。ソウ、あなたがこの世にいては殿下のためにならないことがね」
ミハエルが宗一郎を指差して宣言した。その後ニヤリと口元に笑みを浮かべながら魔法を発動させた。
「偉大なる唯一神たるラビアの神に願い給う。浄化の光よ、我が前に解き放たれん。顕現せよ。【プリフィカシアラールーズ】」
ミハエルが杖をかざし唱えると、まるで太陽が目の前にあるのではないか?というほどの明るさになり、宗一郎は完全に視界を失った。
「マズイ、目くらましか」
即座に探知魔法を展開させた。
そして戦慄し、今まで探知魔法を使っていなかった方ことを後悔したーー生涯で一番後悔した。
探知魔法は常に展開すべきとアリッサから口を酸っぱくして言われていた。そうすると背後や周囲の状況も掴めて、戦闘では優位に働く。魔法を同時発動できる探知魔法の使い手が戦闘中に探知魔法を展開させないのは、敗北の可能性を増すだけで絶対にやらないほうが良いと。
宗一郎は初めての戦闘で浮かれ、緊張していた。だから探知魔法を使うのを忘れてしまったのだ。
(いやっ、こんなのは全て言い訳。ただの自己弁護。最低だな、俺)
宗一郎の探知魔法は自身の成長により2km以上も可能になっていたが、そんな範囲は必要なかった。
何故ならば……
「バイバイ、ソウ」
耳元に聞こえてきたその言葉に反応する間もなく、宗一郎は頭を殴打されて意識を失った。
(アリッサ………済まない)
◇
ガンガンと音がする。
何か硬いものを殴りつけている音だ。
その音で目を覚ました。
痛っ、頭が……痛くない?寝起きで少しズキッときたが、頭は痛くなかった。確かに殴られたはずだが……
(はっアリッサは、アリッサはどこだ?)
周囲を確認する。薄い半透明な膜が宗一郎を包んでいた。結界魔法である。
「【人懐っこい笑顔】」
そう唱えると、周囲の結界魔法がバリバリと破れていった。
結界とは他者からの干渉を拒否ーー警戒するモノである。人懐っこい笑顔を浮かべている人を警戒する人は少ないはずであるーーそう考えて先の言葉を唱えると結界魔法を解除できたのである。
周囲を見渡すと、まず宗一郎が火魔法で焼き払った丘が目についた。丘の火災は収まっていた。
焼け焦げた跡はあるが、ネリーの死体は確認できなかった。回収したのだろう。ミハエルがネリーを操ってこの地を荒らしまわっていたとバレると国際問題になりかねない。当然の判断だ。勿論ミハエルが脳天にナイフを突き立てて殺したネリーもいない。
時刻は夕方である。地平線に沈もうとしている夕日が実に趣のある風情を醸し出している。こんな状況じゃなかったらこの景色で感動しているだろう。しかし今はそれどころではない。襲われたのが明け方だから12時間以上気絶していたことになる。
宗一郎の体にも特に異変はない。ナイフや水筒も取られていない。服も剥ぎ取られていない。
しかし、やはりというべきか、アリッサはいなかったーー攫われたのだろう。
(クソッ。周囲の確認を怠った俺のミスだ)
敵は1人では無かったーーミハエルの他にもう1人いたのだ。
ミハエルと対峙した際の突風は、もう1人の仲間が配置に付いた合図だったのではないか?あれがおきてからミハエルは話し始めた。味方が配置につくのを確認してからアリッサを勧誘したと考えるべきであろう。相手が一枚上手だったようだ。
探知魔法でミハエルの味方の存在に気づき振り向いた宗一郎は、その仲間によってドンっと鈍器のようなもので殴られた。しかし一撃で気を失う程のダメージが起きたら無くなっているなんてことはあるのだろうか?アリッサが回復魔法を?
宗一郎は必死に考え続けた。
「あのっ」
アリッサが宗一郎を心配して、宗一郎に回復魔法と結界魔法をかけるまではテコでも動かないと言ったのではないだろうか?ミハエルは結界魔法を破っていた為使えるのだろう。
「あのっ、聞こえてますか?」
本来の誘拐なら被害者の要望など聞く価値もないが、今回は毛色が違う。
アリッサを誘拐した後に、サルーンの傀儡として立ってもらうのがあいつらの目的だ。そのためアリッサの要望を聞けば、後々アリッサに命令しやすくなる。そのために宗一郎に回復魔法と結界魔法がかけられて、丸半日ほど野ざらしにされたにも関わらず僅かな外傷も負わなかったのだ。
宗一郎がそう結論付けて、善後策を考えようとすると、
「こっち向いてください」
肩を叩かれた。振り返ると、男女の2人組がいた。
男は雄偉な体躯をしており、赤茶けた髪を脂か何かでオールバックにまとめており、歳の頃は30前後と言ったところか。切れ長な目、引き締まった頬、整えられた口髭などから醸し出す空気は武人のそれであり、馬に騎乗している姿と相まって『将軍』を想起させた。背中には長槍を、左足には剣を装備していた。この乱世に相応しい格好と言える。
女は耳が水平に尖っていた。きめ細やか白髪をこちらもまたオールバックにして紐でまとめていた。日本で言うポニーテールであった。涼し気な目やピンっと切り揃えられた眉毛は見るものに知的な印象を与える。凹凸のない体つきなのが少々残念だ。背中には弓を背負っており、背後には馬が見えた。下馬して、倒れていた宗一郎を起こすために結界魔法を叩いてくれたのだろう。
(えっ?もしやエルフ?エルフってこの世界にいるの?お知り合いになりたいです)
2人とも服装はよく似ていた。赤と青の縦のボーダーを基調とした動きやすい服装だった。
「よかった。耳は聞こえるようですね。体は大丈夫ですか?」
「はい!心配していただいてありがとうございます。どうやら殴られて気を失っていたようですが、体はピンピンしています」
「先程から結界魔法を叩いて起こそうとしたのですが、中々起きてくださらなくて。私は心配で心配で」
ううっと涙を堪えるように右手の袖で目元を覆う。
「演技は止めろ、マリーン。見ていると苛々する」
騎乗した男がそう吐き捨てると、目元を袖で覆っていた女がフフフッと笑った。
「ゴメンゴメン、ラシルド。こういうの1回やってみたかっただけなんだ。許してよ。私の愛はあなたに捧げているんだから、浮気なんてしないよ」
「受け取った覚えなど無いがな。まぁ良い。どけ」
ラシルドと呼ばれた男は下馬して、マリーンと呼ばれた女を手で押しのけて宗一郎の目の前に来た。
「貴様は何物だ?隠すとためにならんぞ。俺が一度でも嘘を言っていると感じたら、マリーンの弓がお前の喉元を貫く。わかったな?心して答えよ。再度問おう。貴様は何物だ?」
最近この話を見返したのですが、主人公のキャラ立ちと他のキャラの容貌の表現が余りにも欠けていることがわかりました。そのため加筆修正をすることにします。主人公は危険な異世界に投げ込まれ、身に余る能力を授かりながらも平穏無事に一生を終えることを願うキャラとします。色々書き足していくので次話投稿が遅くなるかもしれませんがご容赦下さい。