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第23話:アリッサの推測


 ミハエルは首を傾げて問いかけた。仮面で表情は読み取れないが、今までの語り聞かせるようなゆっくりとした話し方とは違い、幾分か早口になっていた。杖を地面に突き立てて平静を装っているが、手持ち無沙汰な左手はせわしなく動いており動揺が伝わってくる。

 夜も白みだし、ミハエルの顔がはっきりと認識できるようになっていた。


(なんで動揺してんだこいつ?さっきの口上ごときでアリッサが付いて行くとでも思ったのか?)


「理由ね。ありすぎて答えるのが億劫だけど答えてあげるわ。まず手駒の魔物を殺害したのは気に食わないけど許容範囲だわ。それはそちら側の事情だから私が干渉するのはフェアじゃない……処分(・・)ってのは許せないけどね」


処分(・・)で何が悪いのですか?魔物は魔物です。人間ではありません。しかしそれが殿下を害したというのなら訂正してお詫び申し上げます」


「魔物だからやって良いとかそんな下賤な考えは私にはないのよ。それに私には魔族の力が混ざっているのよ。そんな私が配下の魔物を平然と殺せる国に身を寄せて大丈夫なのかしら?」


 ミハエルはアリッサに魔族の力があることは言ってなかった。それでもアリッサは自分からそのカードを切っていった。


「勿論で御座います。私どもの国では魔物と魔族は別物として扱われています。魔族は人語を解しラビア教を信仰出来ますゆえ」


 ミハエルに動揺は見えない。アリッサに魔族の力が発現したことも知っていたのだろう。


「ラビア教を信仰しない魔族、獣人、人間はサルーンではどう扱われるの?」


「奴隷です」


「はいい?」


 宗一郎はつい聞き返した。ラビア教を信仰していない魔族、獣人、人間は奴隷。目の前の男はそう言った。しかもさも当然のような口ぶりで。


(待て待てよく考えろ。日本に置き換え……日本はちょっときついな、アメリカにしよう。アメリカでキリスト教を信仰していない者は奴隷。どんな身分だろうが即奴隷……恐怖政治だな。南北戦争前のアメリカでもそんなハチャメチャな考え無かった。もしかして踏み絵とかあるんだろうか?)


「そこの男、何か問題でも?」


「あっハイ。ラビア教を信仰しないってだけで奴隷になるのはどうかと思います」


「何故です?ラビア教は唯一信仰すべき教えです。それを信仰しない生物など奴隷となんら変わりありません。巷間には様々な邪教が流布していますが、今に駆逐されるでしょう。なぜなら全ての生物はラビア神の元に帰る定めなのですから」


 ミハエルは身振り手振りを交えてどこかの劇場で公演しているかの様に抑揚をつけて話した。


「それに他国では奴隷の子は奴隷です。我が国では奴隷の子でもラビア教さえ信仰してれば、奴隷でなくなります。つまり他国より奴隷に対して慈悲深い国なのです」


「何言ってんのよ。奴隷に対して慈悲深い?そんな訳無いじゃない。奴隷の子にラビア教を盲目的に信仰させる狂信兵にして戦争で捨て駒にして使うのはサルーンの基本戦術じゃない」


「おやおや。やはり他国には誤解されているのですね。奴隷の子は基本的に希望なんて持っていません。親と同じ道を歩むしか無いのですから。そのような者に対して、ラビア教を教えると、どうなると思います?土が水を吸い込むように吸収して、正しい教えであるラビア教に傾倒してしまうんです。そうして成長していくとラビア神に尽くせることが至上の喜びになり、邪教徒を征伐する戦いに率先して向かうようになります。つまりすべては教徒の意志。我々は強制などしたことはありません。その証拠として殿下の言う狂信兵には、奴隷の鎖などのこちらの意に完全に従うような魔道具が装着されていません。魔族や獣人にそのような魔道具を装着させて戦わせるカルドビアの方がよっぽど野蛮ではありませんか?」


「カルドビアが野蛮だってことは認めるわ。でもサルーンも目に見えない鎖で奴隷を操っているだけじゃない。目くそ鼻くそってやつよ」


「目くそ鼻くそ?」


「どっちも最低って意味よ。カルドビアもサルーンも」


 ミハエルの機嫌が目に見えて悪くなった。杖を何回も地面に突き刺している。顔はこっちを向いたままである。


「それに私はカルドビアから放逐されたけど、報復してやろうなんて気持ちはこれっぽっちもないのよ」


「何故だ?理解出来ん。カルドビアから迫害され、アルエット王への告げ口で魔の森に追いやられたお前が何故カルドビアを憎まん?」


 ミハエルは怒りで敬語を使う余裕がなくなっていた。サルーンへの侮辱に腹を立てたのだろう。


「それについてはあなた如きに話すつもりはないわ。私の大切な、大切な思い出をあなたの様な俗物に伝えて汚すことないもの」


「俗物だと?」


 ミハエルの左手から血が滴り落ちている。爪で表皮を傷つけたようである。


「1つ仮定の話をしましょう」


 アリッサが人差し指を立てて言った。


「もし私が5カ国連合軍の旗として立ちカルドビアを滅ぼしたらどうなるか?まずサルーンは領地を求めないでしょう。サルーンとカルドビアは東西に果てにあって、飛び地を貰ったところで管理に困るだけで何の益もないわ。そのためカルドビア領地は、他の4カ国と私で分配される。その配分は貢献度次第だからはっきりとは言えないけど、おそらく私の領地は西の最果てであり、規模は……少なくとも今の10分の1程度になるわ。残りの10分の9は4カ国で分配。国境を接してないマージは飛び地運営に苦労することでしょうね。そしてサルーンは他の4カ国以外に領地以外の見返りを求める。ラビア教の布教の許可、関税の撤去、各国の特産品の輸入の優遇と値下げ、その他様々な優遇措置を他国に求めて他国は受け入れざるを得ない。領地を貰ってるからね。そうして民間から徐々にサルーンの宗教や制度が浸透して、気がつけば国家運営にもサルーンの意向が介入するようになってくる。つまり支配下に入らざるを得ない状況をつくり上げるのよ。他国の指導部を乗っ取り、南のタージフと戦争して勝利すれば統一王朝を作れる。これがサルーンの狙いじゃないかしら?まぁそれを漫然と見過ごすほど他国もバカじゃないだろうけど」


 宗一郎はアリッサの見識の広さに感心していた。領土代わりに特権を要求し、他国に触手を伸ばせば、占領にかかる費用を抑え込め、効率よく他国を滅ぼすことが出来る。

 アリッサの話を聞いたミハエルはというと、足をけたたましく動かして、口で左爪を噛んでいた。何回も何回も。何も言葉を発せず黙っている。


(それは違うとか何とか言わないと。それじゃ認めているのと何ら変わりがないぞ)


「私がサルーンへ協力する?冗談言わないでよ。するわけないじゃない。私の部下を傷つけようとした国に寄与しようなんてこれっぽっちも思わないわ。それに私を保護しようとしたが、護衛に話を聞いてもらえなかったって言ってたよね?笑わせないで。あなたは私が魔族の力を発現した事でガルドビアから迫害されると想定して、私を保護しようとしたのよね?」


「……」


「その時、私が魔族の力を発現した事は部下しか知らないのよ。それを何故あなたが知っているの?どうせカルドビア皇女が宮殿を抜けだしたから、誘拐してカルドビアとの交渉材料にしようとしたんでしょう?そうして私を襲ったが護衛を突き破ること出来なかった。厳重なカルドビアの国境を抜けるのは大軍では不可能だから、どうせ3,4人が侵入して、カルドビアで魔物を調教してひと騒ぎを起こそうって計画だったんじゃない?その計画前に私が宮殿を抜けだしたから襲っただけで、それを後から保護と言い換えただけでしょ」


 ミハエルの爪かじりが一層激しくなっている。血が滴り落ち、足元のネリーの死体が血塗れである。


「言いたいことはそれだけか?」


「いいえ。もう1点だけ。特に重要なことだわ。サルーンとアルエットは同盟関係にあって、宣教師は1人も入ってない。そうあなたは言ったわよね?」


「事実だ」


「そこが引っかかってたのよね。アルエットの内部事情に詳しくないあなたが、何故私がアルエット()に迫害されたとわかるの?私を忌み嫌った村人達が追い出したかもしれないじゃない?」


 アリッサは「軍」を一際力強く言った。


「それは……あのような屈強な護衛を持つ皇女殿下が村人に追い出されるよは思いません。そのためアルエット軍だと推測しただけであります」


 ミハエルが少し冷静になったためか、口調が戻ってきている。


(この反応は痛いところ突かれたから逆に冷静になったってところか)


「いいえ、それはおかしいわ。あなたは私がアルエット領に入るまで見守っていたと言った。つまり護衛が次々と身売りして奴隷になっていなくなっていくのを見ていたはず。実際私がアルエット領に入った時、護衛は執事1人だけだったわ。そんな私が村人達に勝てるとでも?」


「ぐっ」


「さらに言えば、何故あなたは私が魔の森に2ヶ月間(・・・・)いたことを知っているの?あの森は人間には生存不可能な森、私1人では生き残れないわ。普通は即座にタージフ領に抜け出てきたと思うはずだわ」


「それは……あぁそうです。私はアルエット王と懇意にさせて頂いてましてね。この前お会いした際に事の顛末を聞き、それで詳細を知っているのですよ」


「アルエット軍は私を殺す事でカルドビアを刺激したくないから、魔の森へ追い込んだのよ。そんな賢明な判断ができるアルエット王が、懇意にしているとは言え、他国の臣に詳細を話すと思う?もし私を魔の森に追い込んだことが明るみに出れば、カルドビアとの無用な火種をつくることになるのよ」


「それはそのあれですよ。あれあれ」


 太陽がしっかりと昇りミハエルの顔がはっきりと見える。仮面の隙間から覗かせるミハエルの目が泳いでいる。


(嘘の重ね合わせはどこかに綻びを生むから止めたほうがいいぞ、ミハエル)


「つまりこの推測から導き出されることは、カルドビアに指名手配されている私がアルエットの村に隠れ潜んでいることを、アルエット王に告げ口したのは……ミハエル・ブラン!あなただってことよ」


 ミハエルが唇を噛み締め少しだけ頭を下げている。口からも血が。口から、左手からと忙しない。


「おかしいと思ったのよ。お父様が何故この時期にアルエットの上層部に私が領地にいる事実を言ったのか。私がアルエットに侵入したことなんて簡単に想像つくことよ。親戚の家に身を寄せてただけなんだから。でも私があの村で1年ほど暮らしてからお父様はアルエットにその事を伝えた。ううん、もうちょっと前に伝えないと包囲することは出来ないから、私が10ヶ月ほど村で暮らした後に伝えたことになるかな?そんな中途半端な時期に何故って何回も考えたわ。毎回答えは出なかったけどね。でもね、ようやくわかったわ。お父様は教えてない。ミハエル、私が動かないことに業を煮やしたあなたがアルエット王に告げ口をして、私を譲ってもらおうとしたのね。残念ながらアルエット王はあなたの思惑通りには動かず、カルドビアの復讐を恐れて私を魔の森に追いやってしまったようだけど」


(確かにそれなら話が繋がる)


 そもそもカルドビアの皇帝から直々にアリッサが領地にいることを教えられたにも関わらず、アリッサを殺害したらそれを契機として戦争を始めるってのは到底無理な話だろう。大戦の復興にかかりきりで、他国が口出さないかもという激甘な観測でその推論は成り立っていた。

 だが新しい推測は破綻もなく、一本線が通っているように思える。


「そんなことある訳無い。私はあなたのことをアルエット王に告げ口などしていない」


「えぇあなたは頑なに認めないでしょう。そしてアルエット王に聞いても恐らくはぐらかされるばかり。つまりこの答えがわかることは一生無い。でも私はあなたがアルエット王ないしアルエットの上層部に告げ口したと確信している」


 アリッサがミハエルを指差す。


「アリッサ皇女殿下。もう一度だけ聞きます。サルーンへ亡命する気はありませんか?」


「ありません」


「わかった。ならばもう良い。頷けば手荒く扱わなかったものを。後悔するが良い」


 そう言ったミハエルは、足元のネリーの死体を蹴飛ばして宗一郎の視界を遮った。

スミマセン。遅れました。ストックがなくなってきたので遅れがちになるかもしれませんが、頑張ります。

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