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第22話:宣教師


 ネリーを焼き尽くそうと煉獄の炎は轟々と燃え続けている。火の勢いはネリーを食ったことで増すばかりである。

 

 宗一郎は自分で出した煉獄の炎のことなど頭にはなく、ネリーの奥にいる真っ白な男を注視してたーーなぜなら男の発言は非常に危険なものだったからだ。


(なぜアリッサの正体を知っている?この土地に混乱をもたらす?何のために?混乱をもたらすよりアリッサの身柄拘束の方が価値が高い理由は?)


 わからないことだらけの中でただ1つわかっていることがある。


(こいつは危険だ。アリッサを守らなきゃいけない)


 白い修道服のような物を着た男の身長は170cm程であり、体型はヤセ型。右手に持っている杖には蛇が巻かれており不気味さを醸し出していた。顔は闇夜に隠されていてはっきりと見ることが出来ない。

 すると突然突風が起こり、炎がこちらに流れてきて顔を照らした。シメたと思ったが真っ白な能面のような仮面を被っており、顔を確認することは出来なかった。髪は金髪であった。


 腹を向けて絶対服従のポーズをしていたネリーは男の発言を機に、四足で立ち上がり男に寄り添おうとしては結界魔法に弾かれている。もう何回目かはわからないが、愚直にその行動を繰り返している。


「その服装はサルーンの!あなたはサルーンの修道士?」


「如何にも。その通りです、殿下。私達共は悪しきガルドビア皇帝に追い出されたあなたを保護しに参った次第であります。どうかご同行頂けると嬉しいのですが」


「保護ー?さっきネリーを解き放ってこの地に混乱をもたらすとか何とか言ってたじゃない。その舌の根も乾かない内に、抜け抜けと保護しに来たですって。信じられるわけないじゃない」


「混乱をもたらすために入った地で殿下を見つけたため、その保護を再優先としたまでです。殿下を保護することに比べれば、ネリーを使ってこの地に混乱をもたらすことなど些細なこと。比べるまでもありません」


「だから信用できないって言ってるでしょ」


「ではどうすれば信用して頂けると?……あぁ妙案を思いつきました」


 男はチラッと足元のネリーを見て、宗一郎がネリーを監禁するために展開した結界魔法に手をかざした。


「偉大なる唯一神たるラビアの神に願い給う。我にこの理を破る力を授けんことを。破砕せよ。【デスチュリーバリラ】」


 宗一郎の結界魔法がパリンと木っ端微塵に砕け散り、あっさりと破壊された。目の前の修道服に身を包んだ男も結界魔法の使い手であった。

 牢獄から解き放たれたネリーは真っ直ぐに男の元へ近づいていき、太ももに頬ずりをしている。

 男は左手でネリーの頭を撫でながら、右手で腰に装着してあったナイフを取り出し、一切の躊躇なくネリーの頭に振り下ろした。


「「ちょっ」」


 宗一郎とアリッサが止めようと声を上げたと同時に、ネリーの頭頂部にはナイフが突き刺さり、ネリーは左右にフラフラと揺れながら体を横たえ事切れた。男は事切れたネリーの頭からナイフを抜き出して、取り出した布で血を拭いた後腰に戻した。拭いた布は宗一郎がネリーを焼き殺すために出した炎へと投下して消えていった。

 宗一郎とアリッサは男の残虐かつ迅速な行為にあっけに取られていた。


「これでよろしいでしょうか?アリッサ皇女殿下。殿下が一番であると理解していただけましたか?」


「あ、あ、あんた何してんのよ?その魔物はあんたの命令で動いてたんじゃないの?」


「えぇそうでございます。しかし片足が折れて使い物にならなくなりましたから、処分(・・)したまででございます。殿下に我が国にお越し頂く際に足手まといは必要ないですからな。あぁご心配なく、お隣の男なら同伴可能でございます。ここまで殿下を守ってきた功績で手厚くもてなされるでしょう。何ら憂いや不安など感じることなどございません。さぁサルーンへ逃げましょう、アリッサ皇女殿下」


 宗一郎は薄気味悪い男の発言を不快そうに聞いていた


処分(・・)?こいつは魔物のことを家畜か何かと思っているのか?お前の命令に従っていた魔物に対してその扱いはないんじゃないか?)


 宗一郎はネリーがアリッサの同行者に傷を負わせ騎士人生にピリオドを打たせたことを恨んでいても、傷ついたネリーは殺さないと決断したアリッサの発言の尊さを再認識した。同時にこの男の処分(・・)と言う発言にはより一層ムッと来た。


 アリッサはどう思っているのだろうか?と考え横を向いたが、無表情だった。ただし僅かに唇を噛み締めていた。

 アリッサは幼い頃から皇族として表情を表に出さない教育を受けていた。宗一郎はすぐに表情に出てしまうが、それは決して褒められることではない。


「その前にいくつか私の疑問に答えて欲しいのだけど良いかしら?」


「勿論でございます」


「まずはあなたの名前を教えて。初対面なのに名乗らないなんて非常識も良い所よ」


「これは失礼いたしました。私の名前はミハエル・ブラン。サルーン国の第2級宣教師でございます」


「宣教師?」


「サルーンの国教であるラビア教を布教するために、各国に派遣させている修道士達の総称よ。宣教師とは名ばかりでスパイまがいのことに手を染めてるって話だけどね。ってか、ブランってことはあの……」


「その通りで御座います。現サルーン国のトップである教皇モーゼス・ブランは私の父であります。ただ私は養子でして特段継承権とかはありませんので悪しからず。おっと口が滑りました。継承権などと訳のわからぬことを申しました。どうかお忘れ下さい。教皇はその徳をラビアの神に祝福された人物のみがなれます。決して相続してる訳ではございません」


「?」


「サルーンの教皇は代々ブラン家の者がなっているのよ。建前は神の選択だけど実質は相続と何ら変わりがないわ」


(アリッサが俺の疑問をことごとく解決してくれる。感謝感謝)


「それで何故サルーンがガルドビアから放逐された私を保護しようとしているの?」


「これは異なことを仰る。聡明な殿下なら既に考えが及んでいることでしょう。わざわざ手前から聞き出す必要など有りはしないでしょう」


「そうね。思い当たることはあるわ。でも私はあなたから直接聞きたいのよ」


「なるほど、確かに我が国の思いを殿下に伝えるのも重要なこと。畏まりました。ご想像の通りでしょうが我が国の真意をお伝えいたします。殿下に我が国とカルドビアが戦争するための旗として立って頂きたい、それが我が国の望みであります」


「やっぱりそんなところだと思ったわ」


「どういうことだ?」


「長年カルドビアとサルーンはこの世の覇を争っているのよ。東西の大国としてね。そこにカルドビアの継承権をもつ皇女である私が、カルドビアで迫害されてサルーンに亡命してきた。しかも隔世遺伝という私には全く過失のないことでね。そのことを他国民の感情に働きかけるのよ。元々ガルドビアはその軍事力と人間至上主義という思想の押し付けで他国からの反発を買ってきた。それに加えて、皇女に対するこの仕打ちに対して各国から非難が続出するのは目に見えているわ。そこでサルーンが各国に協力してカルドビアに攻めこむことを持ちかけるのよ。相応の見返りを用意してね。各国はこぞってそれに参加するでしょうね。参加しないのは恐らく…南の大国としての矜持があるタージフくらいね。そうやって5カ国の連合軍が結成され、カルドビアに侵攻する。カルドビアはある程度持ちこたえるでしょうが流石に5カ国の連合軍には勝てずに滅亡する。……これがサルーンの首脳部が書いている絵じゃないかしら?」


 パチパチパチパチ、ミハエルが拍手をしている。


「素晴らしい。素晴らしい。全く持ってその通りで御座います。流石は聡明と名高いアリッサ皇女殿下。感服いたしました。そうすれば人間至上主義と言う空虚な理想を掲げる国家は消滅して、殿下の恨みも返せた上にカルドビアの皇帝として即位できます。お互いに得のある話ではありませんか?」


「そうね、その通りかもしれない」


「おい、アリッサ」


「黙ってて」


 いつになく強い口調でアリッサは宗一郎にそう言った。あんな顔も晒さないようなやつを信頼出来るはずがない、と宗一郎は助言するつもりだった。


「もう1つ聞かせて。そのネリーはあなたが操っていたのよね?私はそのネリーと同じような魔物から襲われたんだけど何か関係はないかしら?」


「そのことですか。えぇ勿論関係御座いますよ。アリッサ皇女殿下が唐突に王宮から脱出されたとの報告があったため保護しようと向かったのですが、護衛の方たちにお話を聞いて頂けなかったため、やむなくネリーをけしかけたのです。それが軽率にも殿下に襲いかかったものですから、すぐに撤退させました。しかしその抗戦を見ていますと、護衛の方々が皇女殿下を任せるに足る実力を備えていると確信しました。そのため私どもは彼らに殿下の護衛を任せ、殿下の旅をアルエット領に入るまで陰ながら護衛させて頂きました」


(なんだと?ツヴァイの腕を傷つけたのはこいつの配下のネリーだと言うのか。そうするとこいつはアリッサにとって不倶戴天の敵じゃないか)


 アリッサは無表情で、心情は読み取れなかったが無反応だった訳ではない。

 アリッサはこの会話中努めて冷静さを保っていたが、今は足の裏で仕切りに大地をノックし続けている。


「アルエットにあなたが入ってこなかったのはサルーンとアルエットが同盟関係にあったからかしら?」


「えぇそうです。友好的な関係を保っているアルエットに対してこちらから火種を作りたくはなかったのです。現にアルエットにはサルーンの宣教師など1人もいません。このまま殿下がアルエットで一生を終えるのも選択肢の1つかと思い、私どもは見守ることにしました。しかし現実はそうはならなかった。殿下はなんとアルエット軍に迫害されて魔の森へと入られた。そして魔の森で2ヶ月ほど過ごした後に、魔の森から自力で抜け出し、私どもと邂逅した。これはまさに運命。唯一神であるラビア神が殿下をサルーンへと導いているのであります。さぁアリッサ皇女殿下!共に行こうではありませんか?」


 ミハエルはそう言って右手をお腹の辺りに当て、足を交差し優雅に一礼した。その所作は惚れ惚れするほど滑らかだった。まるで「イエス」という答えが返ってくるのが決まっているかのように、口元には笑みを浮かべていた。

 

「当・然、お断りよ!」


 アリッサは両手を胸の前で組みながら、顎を上げミハエルを見下すように宣言した。宗一郎の助言は必要なかったようだ。


「はい?私の聞き間違いでしょうか?今拒絶の言葉が聞こえたのですが」


「聞き間違えじゃないわ。正真正銘拒絶の言葉を口にしたのよ。私はサルーンなんて行かない。それどころかツヴァイの腕を、ツヴァイの夢を奪ったあなたを許すわけにはいかない。やってちょうだい」


 アリッサが宗一郎に向かって手で「いけ」と合図してくる。それを見て宗一郎は【火炎放射器】をミハエルに向かって撃った。

 ミハエルへ一直線に火の矢が飛んでいく。

 アリッサの言葉に呆然としていたミハエルは、目前に迫った火の矢をすんでのところで避ける。だが完全には回避できず白い修道服に火が燃え移り、その部分を必死にバンバンと叩いていた。そして火が完全に鎮火した後でミハエルは首をギョロッとあげてアリッサに問いかけた。


「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

 初めて傍点を使ってみました。もしかしたらやり方を間違えていて後で修正するかもしれません。

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