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第21話:ネリーとの戦い


 茜色に染められた大木が雄大に佇んでいる。

 その大木に目を向けると、根本にほど近い部分が長方形に削り取られているのがわかる。その側で宗一郎は木の板に文字を掘っていた。


「この木削ってよかったのか?」


「大丈夫、大丈夫。往来にあるものはみんなのものだよ。それよりいけそう?」


「なんとかな」


 宗一郎は「ネリー出没注意」と書くために、剣で木の板を掘っていた。


「しっかしソウイチロウの魔法はすごいねー。この木、削られた部分しか傷ついてないもん」


「それくらいならもう余裕になったな」


 手を動かしながらアリッサに答える。木の板を削りだす時に風魔法を撃ったが、他の部分に被害を出さずにキレイに切り取ることに成功した。宗一郎の魔法制御はますます精緻になっていた。

 だが文字は別問題であり、宗一郎は「ネリー」まで掘って諦めた。


「ダメだなこりゃ。ナイフのほうが全然やりやすい」


 剣を背中に戻しナイフに持ち替えた。

 剣の斬れ味を試すためにこの看板を作り始めたのだが、剣を使うのを断念した。剣だと切っ先と持ち手が離れているため、微妙な操作が出来ない。そのためミミズが這ったような字になっていた。


「そうだね。これじゃ読めないよ」


 そう言ってアリッサは笑っていた。その通りなので宗一郎は何も言えなかった。

 木の板を裏返してナイフで文字を掘った。スイスイ掘れた。


「どっちが斬れ味良いの?」 


「あんま変わんないな。どっちもスイスイ斬れるよ」


 そうして看板は完成した。初めて書いた文字にしては上等だろう。少なくともミミズが這ったような字ではなく、アリッサも笑わなかった。

 看板を地面に刺す為に、スミマセンが大木さん、もう一度少々失礼します、と心の中で呟いて、大木から細長い長方形の板を切り出した。2箇所程、人為的な窪みのある大木は滑稽に見えた。

 その後看板と支え棒を合わせる糊や釘が無いことに気づいた。どうしようかと考えこんでると、アリッサが宗一郎の背中から剣を外して、剣を担ぐための紐を引きちぎって差し出したーーワイルドである。

 その紐で看板と支え棒を括りつけ、ネリーが出没した地に戻り、看板を差してからその日は就寝した。適当な寝床がなかったので、結界魔法を貼って大地に横になった。紐のなくなった剣は空間魔法に収納した。


 そうして熟睡したのだが、結界魔法に反応がありガバッと起き上がると、結界をガンガンと手で叩いている無表情な女な子と傍らでお腹を抱えてうずくまっている男の子数人が見えた。辺りは真っ暗で月明かりしか無いため、正確に何人いるかはわからなかった。

 なんだこいつらは?と肝が冷える思いをした。ブルっと震えた時に昨日のアリッサの言葉を思い出したーーネリーは幻覚魔法を使う。目の前の子供がネリーである可能性に気づいた宗一郎は、幻覚魔法を解こうと【鑑定】と唱えた。

 魔法は一発で成功して、目の前の子供たちの輪郭が歪む。徐々に子供たちの正体が顕になり、結界を叩いている女の子も傍らでお腹を抱えてる男の子もネリーと判明した。


 これで宗一郎は9つ目の魔法を使えたことになる。


 魔物の群れにこれ程接近された覚えはないため、少々面食らったが、相手が魔物とわかれば容赦はいらない。【火炎放射器】と唱えて火魔法を撃とうとしたが、結界魔法の中にいるため魔法を撃っても意味がないことに気づいた。結界魔法に弾かれるだけである。

 宗一郎は隣に寝ているアリッサを揺すって起こして事情を説明した。アリッサは寝起きで目をこすりながら聞いていたが、目の前に女の子がいることに気付くと「おっ」と声をあげ意識を覚醒させた。再度説明してアリッサが了承すると、結界魔法を消し、ネリーに火魔法を撃った。

 近距離のため躱されることもなく直撃し、ネリーは叫び声をあげた。即死1匹、重症1匹、それ以外は軽症であった。軽症のネリーは一目散に逃げ出した。相変わらず逃げ足は速いなと考えているとアリッサは重症のネリーを回復魔法で治療していた。


「宗一郎、そのネリーを空間魔法に放り込んでおいて」


 アリッサが回復魔法をかけながらそう言ってきたので、言う通りネリーの死体を空間魔法に放り込んだ。アリッサがそこそこ回復させたネリーを解き放つと、ネリーは足を引きずりながら逃げていった。


「逃がしてよかったのか?」


「追うわよ」


「ネリーを?」


「ネリーをよ」


「なんで?」


「とにかく早く」


 アリッサに促されて、宗一郎は不明瞭ながらも走りだした。ネリーに見つからない程度に距離をとりつつ、探知魔法を展開させて尾行した。探知魔法に集中していると地面の出っ張りに気づかず何度か転びそうになった。


「なんで追うのか、そろそろ教えてくれよ」


「ネリーは基本的に単独行動なのよ。多くても3匹くらいが限度ね。それなのに、さっきは私達の周りに10匹ほどネリーがいたのよ。多すぎると思わない?」


「多すぎだな」


「ネリーに知恵を持つ変異種が出た可能性が一番高いわ。時々言語を操れない魔物でも進化を遂げて上位個体になる奴がいるのよ。何年に1回って頻度だけどね。ネリーキングとか、ネリージェネラルとか呼ばれているわ。国によって違うわね。もしネリーキングがいるのなら私の恨みを晴らせるわ」


「恨み?」


「ええ、私がネリーを一番嫌いな魔物って言ったでしょ。その理由は気持ち悪い見た目でもなく、実害があったから。あれは私がガルドビアを出国してすぐの頃よ。その頃の私は見るモノ全てが新鮮で、あらゆるモノに興味を持ち、知らないモノを見つけたらかけ出して行く子供だったわ。ある日男の子がお腹を抑えてうずくまっていたのよ。私はそれを見て真っ直ぐにかけよったわーー助けなきゃって思ってね。ネリーの生態や危険性を宮殿で学習済みだったけど、やっぱり机上の知識だったのよ。とっさに引き出すことは出来なかったわ。自ら危険に近づこうとする私は男の子と接触する寸前に後ろから突き飛ばされた、騎士のツヴァイが私を突き飛ばしてきたのよ。私は間一髪ネリーの牙から逃れられたわーーツヴァイの右腕が身代わりになったおかげでね。ツヴァイが噛み付いてきたネリーを切り捨てた後、私は急いで回復魔法を掛けようとしたんだけど、私達をネリーの大群が囲んでいたのよ。部下は私を中心に円形に布陣して、ネリーに応戦した。そうして5分ほど戦った後、後ろから一際大きなネリーが出てきたのよ。普通のネリーの2倍位あったわ。そいつが咆哮を上げるとネリーがひと塊になって逃亡し、私達は事なきを得たんだけど、ネリーに噛まれたツヴァイの右手は回復が遅れたせいで、剣を持てなくなってしまったの。私は頭を下げて謝ったんだけど、ツヴァイはご無事で何よりでしたって言うばかりで、私を責める言葉は一言も吐かなかったわ。私はそれが逆に辛かった……その1週間後くらいかしらね?夜中にトイレに立ったんだけど、見張りをしていたツヴァイが泣いていたのよ。これでお嬢様を守るために剣を振るえなくなったって言って、あの勇敢なツヴァイが泣いていたのよ。私は自分の未熟さを実感し、同時にネリーを激しく恨んだわ」


 そう言ってアリッサは一度唾を飲む。


「勿論私が迂闊だったのが一番悪いってのはわかっている。それでもネリーはツヴァイの敵で、私が倒さなきゃならない壁、トラウマでもあるのよ。あの大きなネリーを倒さなきゃ、殺さなきゃならない」


 アリッサは真顔で言った。


「わかったよ、アリッサ。あのネリーを尾行したら、その大型のネリーがいるかもしれないってことだな」


「ええ、そうよ」


「なら俺も嫌とは言わないさ。アリッサの仇討ちに手を貸してやるよ」


「ありがとう」


(仇討ちと言ってもツヴァイは生きているっぽいけどな)


 そうして尾行を続けること30分。宗一郎の探知魔法に反応があった。ネリーが30匹ほど固まっている場所があった。小高い丘の上のようである。


「アリッサ、この先にネリーの巣がある。一際大きな個体も確認できた」


「どうやら正解だったようね。ツヴァイの恨み返させてもらうわ。ソウイチロウ、お願い」


「あぁわか……ん?アリッサお前が仕留めるんじゃないのか?」


「何言ってんのよ。私が使えるのは回復魔法と探知魔法と飲水用の水魔法。攻撃魔法なんて使えないのよ」


「いやっそうだけど、話の流れ的にだなぁ」


「私とソウイチロウはもう一心同体よ。ソウイチロウのものは私のもの、私のは私のものよ」


(ジャ◯アン理論だ。そう言えば一昨日そんな話をしたな)


 アリッサはジャイアンが映画版だと途端に良い子になるのがツボで大笑いしてた。宗一郎も同感でつられ笑いをした。アリッサは宗一郎の話を盛大なリアクションを交えつつ聞いてくれるため、宗一郎にとっては非常に話しやすい相手であった。


 宗一郎はアリッサのジャイ◯ン理論に悪い気はしなかったので、苦笑するだけだった。


 ネリーの巣から約100m程度離れたところで、先手必勝とばかりに魔法を唱えた。


「【山火事】」


 そうすると丘の麓からボワッと円状に炎が上がり、辺りを焼き尽くしながら丘を登っていく。

 丘の中腹にきた辺りでネリーも気づいたらしく、「ギィーギィー」と吠えている。しかしどうすれば良いのかわからず右往左往している間に炎が足元に到達し、避ける為に丘の頂上に登っていく。

 丘の頂上は30匹ほどのネリーがひしめき合い阿鼻叫喚の地獄絵図になっている。

 ある者はジャンプで炎を越えようとして炎の中に突っ込んで焼死した。ある者は土を掘り地中に隠れようとしたが、炎が達する方が早く為す術なく炎を身に纏いながら頂上へ逃げ、仲間から体当りされ、炎の中に再度身を投じるハメになった。しかし仲間を突き飛ばした薄情なネリーたちも余命を幾ばくか伸ばしただけで結局は炎に纏わりつかれ、死んでいった。

 その中で唯一大型のネリーだけは炎が丘の中腹に来た時点で炎のもとへ走り、その勢いのままジャンプして焼死を回避した。軽い火傷に加えて、着地に失敗し左足を骨折したようだ。

 その大型のネリーは逃走を試みたが、宗一郎にすぐに追いつかれ諦観し、腹を見せて両方の前足と後ろ足を上げて仰向けになったーー野生動物の完全服従ポーズである。

 例えそんな姿を見せたとしても、アリッサの怒りが収まるとは思えない。


(しかしこんな無抵抗なネリーを殺すことに意義はあるのか?捕まえて近隣の村に突き出したほうが良いんじゃないか?)


 宗一郎は大型のネリーに結界魔法をかけ動きを封じ込めて、アリッサに問いかける。


「どうする?」


「殺すわ」


「もう片足が使えず抵抗の意志を持たないこいつを殺すことでお前の恨みが晴れるのか?」


「それでも殺すわ」


「ネリーはあの丘で30匹ほど焼け死んでいる。それでツヴァイさんの仇はうてたんじゃないか?」


「……」


「それにこいつほど危険な魔物なら近隣の村とかで討伐依頼がでてる可能性はないのか?そこに突き出せば報酬が貰えるんじゃないか?資金難に喘ぐ俺達にとってはこいつを殺すメリットはあるのか?」


 少々アリッサには酷だがツヴァイの話に加えて、金銭面のメリットも提示した。

 宗一郎はアリッサが弱り切った魔物を殺す姿など見たくない。偽善と言えばそれまでだが見たくないものは見たくないのだ。

 この金銭面のメリットがアリッサの心に響いてくれることを期待した。


「討伐依頼が出てる可能性はあるわ。でも討伐依頼なら指定された部位だけ持っていけば大丈夫よ」


「その部位はどこなんだ?」


 アリッサはグッと黙りこんだ。

 ネリーを殺して、丸々空間魔法に入れておけば何も問題ないのだが、それは言わないことにした。

 

「……わかったわ。殺さずに連行しましょう。今私達にはお金が必要だもの」


 唇を噛み締めながらアリッサは言った。

 殺さないと決断してくれたことに宗一郎がホッと胸を撫で下ろした時に、突然蛇が纏わりつくようなガラガラした気色の悪い声が響く。


「これはこれはお見逸れしました。まさかネリーどもを一撃で仕留めるとは。クックックッ。この土地に混乱をもたらすためにネリーを置いたというのに、それよりももっと大きな獲物がかかるとはね。全く笑いが止まりませんよ。クックックッ。アッハッハ。ねぇぇ、そうですよねぇ、ガルドビア帝国第4位継承権保有者のアリッサ皇女殿下ぁ」


 そうやって大笑いする白い修道服のようなものに身を包んだ男が大型のネリーの奥に突然現れた。


 丘で焼け死んでいるネリーから時折聞こえてくる断末魔と宗一郎の火魔法が大地を焦がす音も重なり、その声は酷く不吉なものに聞こえた。

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