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第20話:上級魔法


 何を代償としたらサブタを売るのかと聞いたら、ナターシャや元の仲間たちが奴隷から脱却するためなら売るとのことだった。


(よかった。ウチのアリッサはそこまで汚れてなかった)


 最寄りの町は東よとアリッサが教えてくれたので、東に向かって歩いて行く。

 ロンベルクが落としていった剣は背中に担いである。取りにきたら返すつもりであった。アリッサは反対するかもしれないが、宗一郎はロンベルクのことを嫌いにはなれなかった。

 周囲は魔の森のように樹木に覆われてはいないが、整備もされていなかった。街道の跡がわずかに残っているためにそれを辿っていくことにした。アリッサに聞いたら先の大戦で荒廃したのだろうと言われた。


「なるほど。上級魔導師は上級魔法を覚え、試験に合格したらなれるのか」


「そうよ。なれるのは魔法使いのほんの一握りの人物だけよ。ガルドビアでは年に5人もいれば良い方だわ」


「そんなに少ないのか」


「勿論上級魔法が使えても試験を受けない人もいるから、国が登録している上級魔導師ってだけどね」


「ふーん。それで上級魔法ってどんなのだ?」


「それが意外と単純でさ、初級魔法は魔法の強弱の操作。中級魔法は魔法の収束と拡散。収束で躓く人はよくいるってとこまでは教えたわね。上級魔法は魔法の性質の変化よ。具体的に言うと、火魔法で爆発を起こしたり、水魔法で氷や水蒸気を出現させるのが上級魔法で、内部の傷を癒やすのが回復の上級魔法。すごい人は内臓の損傷もあっという間に治しちゃうんだよ」


「めちゃめちゃかっこいいじゃねーか。やってみよう」


「エクスプロージュン」何も出ない。

「爆発」何も出ない。

「ガス爆発」何も出ない。

「水爆」何も出ない。

「魚雷」何も出ない。

「スターダストバースト」何も出ない。

「氷」何も出ない。

「つらら」何も出ない。

「かき氷」何も出ない。かき氷食べたい。甘いもの食べたい。

「アイス」食べたい。

「フローズンヨーグルト」食べたこと無い。でも食べたい。


(はっ。イカンイカン趣旨が変わってしまった。気を取り直して)


「南極」「北極」何も出ない。

「手術」何も出ない。


(……内蔵治すのって手術しか思いつかないな。とりあえずそれっぽいのを考えよう)


「世界樹の葉」何も出ない


 この他にも色々試してはみたが魔法の発動は確認できなかった。

 宗一郎は上級魔法を使えないようである。

 これがまだ見ていないからなのか、『加護:器用貧乏』のせいなのかはわからない。

 加護の力だとしたら合点がいく。器用貧乏な人間は飲み込みこそ早いがすぐ他者に追い抜かれるーーそういうもんだ。身にしみている。上級魔法を使えないのは有り得る話である。「万能」とは違うのだ。


(とにかく上級魔法を見れば判断できる。誰か使ってくんないかな?)


 因みに中級魔法はすぐできた。アリッサが躓く人が多いと言っていた収束の魔法も簡単に習得できた。思えばジラソーレの魔法は収束されたモノだったのだろう。アイツは水を収束させ水の塊をつくり、水魔法を撃っていた。


 修行時代に、収束がすんなり行き過ぎてアリッサに若干引かれたのを思い出す。火魔法を掌大まで圧縮すれば中級魔導師の試験は合格なのだとか。宗一郎は直ぐに出来た。勿論圧縮した火魔法の維持は不可能で、直ぐに大きさは戻ってしまった。

 因みに収束の魔法を会得してからは水魔法を一回水筒に注ぐというひと手間をかけずに、直接水を飲んでいる。首の高さに水の塊を作り、そこから口に注ぎこむのだ。水が器官に入る心配もなく実に便利である。

 

 ここで宗一郎に疑問が湧くーー何故アリッサは上級魔法を修行時代に教えてくれなかったのか?

 中級魔法が出来た後は、繰り返し中級魔法の練習をしていた。他の魔法について聞いてもはぐらかされるだけだった。


「なんでアリッサは修行時代に上級魔法を教えてくれなかったんだ?」


 宗一郎はアリッサに疑問をぶつけた。


「あぁそのこと?完全に私のワガママです。本当にごめんなさい」


 そう言って頭を下げるアリッサ。


「ん?どういうこと?」


「だって修行時代ってさ、私が魔の森に追いやられた時だよ。……そんな時にソウイチロウと出会ったなんて運命的だよね」


 うっとりしながらアリッサは想い出に浸る。その目は前を向いているが、前を見てはいなかった。

 その後待てども、答えが帰ってくることはなかった。その為宗一郎は催促することにした。


「アリッサ、運命的なのは良いんだけど、上級魔法を教えてくれなかった理由を聞きたいんだが」


「はっゴメンゴメン。忘れてた。突然現れて、魔法も録に制御出来ない人に、短期間で上級魔法を使われたら、私の精神がきつかったんだよ。私の人生が無駄だったかの様に思えて。更に心に深いキズを負ってしまいそうだから予防策として教えなかったんだよ」


「えっ?そんな理由だったの?」


「そんな理由って言うけど、こっちは大真面目だよ。魔族の力が発現して自分の運命を呪っていた私の目の前に、短期間で上級魔法まで会得する人物が現れたらこの世界に絶望していたわ。それで教えなかったの。ソウイチロウは自分の異質さに気づいた方が良いよ。普通の人間は初級魔法を覚えるので精一杯で、中級魔法を覚えるのは初級魔法を使える人間の半分くらい、それも5年10年と時間をかけてね。それを中級魔法を使えるのがこの世に転生して5日目の人間って言ったら、魔導師は全員卒倒しちゃうよ。むしろ私が気絶しなかったことを褒めて欲しいくらいだね。えっへん」


 アリッサは胸を張る。


「俺は魔法の練習として中級魔法をずっとやっているのかなって思ってたけど」

 

「そういう面もなくはないわ。殆どが私のワガママだけどね。でも良かったわ。上級魔法が使えなくて。上級魔法が使えるのは年5人程度しか増えないことでもわかると思うけど、上級魔導師は国家戦力。貴重な存在なのよ。ソウイチロウが使えてたら、危険だったわ」


「危険って?」


「ここら辺は国境地帯でしょ?この世界は戦争中だから、国境地帯には当然他国の間者が紛れ込んでいる。まぁ国境地帯以外にも紛れ込んでいるけど、国境地帯は特に多いと思って良いわよ。そいつらが秘密裏に接触してくるのよ。我が国に来ないかって。そして拒否をすると当然暗殺の対象になる。上級魔導師が敵国に加わるのは避けたいからね。そんな血で血を洗うことが行われているのが、国境地帯ってやつよ。因みに先の大戦まではシャフタール家の領地はアルエット国の支配下にあったのよ。タージフがアルエットに勝ち、その賠償としてシャフタール家の領地を割譲されたのよ。普通こういう時はシャフタール家を滅ぼすか、転封して信頼の置ける側近を国境地帯に置くのが常道なんだけど、タージフはシャフタール家のままにしているみたいね。余程シャフタール家がタージフに捧げた貢物が効果を発揮したのか、タージフの王が変わり者なのかね。たぶん後者だと思うわ。タージフの王様を一回見たことあるけど、変わっていたもの」


 アリッサがガルドビアのお姫様だったことを宗一郎は思い出した。


(すぐ忘れそうになるな)

 

 更にこの土地は元々アルエットの領地だったことも判明した。


「でも、他国にいる上級魔導師なんて信用するのか?間者かも知れないし」


「ソウイチロウ、ガイアは乱世なんだよ。能ある鷹が爪を隠して、他国へ立身出世を求めることなんて良くあることだよ。私のお姉様のグレゴリウス家も3代前までは東のサルーンって国にいたんだけど、国教のラビア教に嫌気が差してガルドビアに流れ着き、戦争で功をたて、わずか3代で皇帝の后を出すほどの家柄になったんだよ。サルーンで上級魔導師と認められてから、ガルドビアに亡命してきたのよ」


「おっその諺も使えるようになったのか。アリッサはすごいな」


「エヘヘ」


 照れ笑いを浮かべるアリッサ。寝る前に宗一郎が日本の話をするのはまだ続いている。アリッサはそこで学んだ諺を積極的に日常会話で使おうとしてくる。頭の回転が早い証拠である。


(しかし立身出世か、本当に日本の戦国時代や、中国の春秋戦国時代みたいだな)


 日が暮れる頃、小さな男の子が横たわっているのが見えた。何やら腹を抑えて苦しんでいる様子である。

 宗一郎が駆け寄ろうとするとアリッサから肩を捕まれ振り向いた。


「待って」


 アリッサは宗一郎を止めると、懐からナイフを取り出し男の子に投げつけた。因みにアリッサもナイフを所持していた。この世界ではナイフは必需品で、魚の鱗をとったのもこのナイフである。


「なっ」


 宗一郎は慌てて投げたナイフを手で止めようとするが、間に合わなかった。ナイフは男の子目掛けて一直線に飛んでいった。

 当たる、と思った瞬間に男の子は突然跳ね起きナイフを躱した。そうして四足で立ちこちらを睨んできた。

 よく見ると男の子の腕は異様に細長く、爪は切り裂くことを目的としたかのように鋭く、顔は面長で全身が毛むくじゃらであった。


「なんだ、アイツは?」


「アイツは、ネリーっていう魔物よ。幻覚魔法で病人の振りをして、近寄ってきた生物を捕食するの。今は私達が見ているから人間の男の子になっていたけど、ネズミがみたらネズミに、サブタがみたらサブタにみえるはずよ。私の大ッキライな魔物だわ」


「幻覚魔法?」


 宗一郎が質問しようとすると、ネリーがざざざっと後退り逃げていった。その姿が視界から消えるのを見届けてから、再度アリッサに問いかけた。


「幻覚魔法なんて魔法もあるのか。でもどっからどう見ても人間の男の子にしか見えなかったぞ」


「それが幻覚魔法の恐ろしいところよ。知らない人ならつい駆け寄ってしまうわよね」


「アリッサも見破れたわけじゃないのか」


「ええ、私には幻覚魔法なんて使えないもの」


「もしあの男の子が幻覚魔法を使っているネリーじゃなくて、本当に病気で苦しんでいる人間の男の子だったらどうするつもりだったんだ?」


「こんな人里離れた所に男の子が1人でいるなんて考えられないわ。それにナイフで狙ったのは男の子の右腕のみ。致命傷は避けたわ。もし本当に男の子だったら怪我した右腕を回復魔法で癒やすつもりだったわ」


「しかしなー」


「ソウイチロウ、この世界は親切に出来てないんだよ。危険は出来る限り避けなきゃならない。私だって人殺しはしたくないけど、あのまま宗一郎が駆け寄って行ったら大怪我どころか死んだ可能性すらあるわ。それを避けることで赤の他人が傷つこうが知ったこっちゃないわ」


「うん、わかった。アリッサありがとうな」


 ドライな考え方である。しかしこの世界で平穏無事に生きていくためにはその考え方がピッタリのように思える。

 アリッサは自分の投げたナイフを回収する。


「しかしあんな狡猾な魔物もいるんだな。魔法使えない人とかはどうしてるんだ?」


「魔法使えない人間は基本的にああいう危険には近づかないようにしているわ。それにネリーが出る街道は、ネリー出没注意って看板があるからそれを見て判断しているはずよ。この街道にないのは、戦争で破壊されてまだ復旧してないからかもね」


「おっ、じゃあ俺達がその看板を作ろうぜ。人助けにもなるしな」


「良いけど、どうしたの突然?」


「アリッサに習った字を書いてみたかったんだよ。中々書く機会がないしな。それにこの剣の斬れ味も試してみたい」


 宗一郎は背中から「何者も切り刻む剣」を取り出し、アリッサに見せる。


「わかったわ。あそこの木を切り倒して看板を作りましょう」


 アリッサは道の先の木を指差した。

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