第2話:出会い
『器用貧乏』…『万能型』の蔑称。『何でもこなせるが何にもできない』という意味。
「いてててて」
男は体を起こし、そんな声をあげる。
異世界転生が無事完了したことを男は確信する。
なぜなら男の周辺には見慣れぬ動植物がいるからである。
男の身長(180cm)と同等の全長を持った向日葵が、雀を捕食しようとしている。茎が異様に細く、雀を捕食出来ないと思われたが、向日葵が雀を花びらに押し付けると雀がまるで死人(死鳥)のようにやせ細り地面に落ちた。雀からエネルギーを吸い取ったのだろうか?男は地球ではあり得ない異世界の現実に恐怖した。
ドンッ、と背後で音がしたので振り返ってみると牛の体に人の上半身を持った、俗に言う「ケンタウロス」が争っていた。傍らには乳房の大きな雌のケンタウロスがいる。発情期か、と思いながら見ていると双方斧で戦っており、お互いが必殺の一撃と思しきものを放った際に「メキメキ」という轟音と共に凄まじい風圧が飛んできた。
男は飛ばされながらどうにか体勢を立て直し顔を上げると、先ほど雀を食らった向日葵が目の前にいた。
(ヤバイ)
男はすぐさま寝転がった。直後に向日葵は花びらを男がいた場所に振るってきた。間一髪で回避に成功した。咄嗟の判断がなければ雀と同様にエネルギーを吸い取られ、屍になっていただろう。
男は寝転がった際に付いた土を手でパンパンっと払った。その際上下ともジャージで、パンツとTシャツを着用していることに気づいた。
(前には動物を捕食する向日葵、後ろには凶暴なケンタウロス、両脇は林で通れそうもない。…あれっ?これ詰んでね?異世界に転生した瞬間に俺の人生終了ですか?平穏無事に生きるのが俺の夢だったのに〜)
男が絶望していると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「水を。水をくださいませんか、旅のお方よ」
その声は男の耳に届いた。か細く弱々しい声だったが確かに届いた。急いで周囲に目をやったがどこにも人影は見当たらない。聞き間違いかなと思っていると再度同じ声が聞こえてきた。
「足元の水筒から水を飲ませていただきたい。私は手紙を届けなければならないのです。こんなところでは死ねないのです」
耳を澄まして聞いてみると、自分の腹部から聞こえてくることに気づいた。大慌てで腹部に目を向けると、上着のジャージのポッケに何か入っているのが見えた。
それをそーっと慎重に取り出してみると、半分ミイラ化した、向日葵にエナジードレインされた雀であった。男は驚いて雀を投げそうになったが、グッと堪えて地面に置いた。雀の言葉を思い出し、急いで転がっている水筒から蓋に水を注ぎ雀の前に置いた。
しかし雀はピクリともしなかったので、水筒の蓋に注いだ水を少しずつ雀の口に注いでやった。水が雀の口と大地を湿らせると雀の体が少しづつ生気を取り戻しているように見えた。2杯分の水で雀が起き上がったので、水を注いだ蓋を雀の前に置いた。
すると雀は勢い良く水を飲み始め、水筒が空になる頃にはエナジードレインされる以前の状態になっていた。
(喋る雀が水を飲んで回復するとか、流石は異世界ってところか)
「礼を言うぞ旅の者よ。我が名はピョートル。手紙を送り届ける任務中にワイバーンと戦い負傷したところをジラソーレにやられてしまい、死を待つばかりだった我を助けてくれて感謝する」
傷が癒え口調も変わった雀の話を聞きながら、男はこの世界が異世界であることを再確認した。
雀は水を飲みながら魔法?を使っていたようで、突然体が光に包まれると、右半身の羽が治っていた。ワイバーンに襲われた際に出来た傷で、傍目に見ても痛々しかったモノが瞬く間に治ったのだ。男は回復魔法だと当たりをつけた。
(回復魔法は平穏無事な暮らしをするために必須だ。絶対覚えよう)
雀の話を聞き状況を理解した。ケンタウロスの風圧に飛ばされ、「ジラソーレ」と呼ばれる植物の側に近づいた時に、ピョートルはポッケに潜り込んだらしい。偶々横に寝転がるだけで、入り込める位置にポッケがあり、雀は死にものぐるいで寝転がり九死に一生を得たところであった。
雀の目的は手紙を届けることにあった。この危険な世界では魔物が闊歩する荒野を走る馬などより、魔物が少ない空を駆けることの出来る鳥の方が、情報伝達の手段として重宝されていると雀は自慢気に話した。勿論空にはワイバーンなどの危険な生物もいるため絶対とは言えないが、陸よりは安産度が高い。
しかし雀は手紙を携帯している様子はないどころか、何も身に付けていなかった。
「感謝なんてとんでもない。私は水を注いだだけですから。そもそもこの水筒が誰の物かもわかりませんし」
「ぬっ?その水筒はそちのものでは無いのか?水筒を身につけながら倒れていたの見て、一杯貰おうかと降りてきたのだから間違いないぞ」
「えっ?そうなんですか。あぁ女神が持たせてくれたのかな?でもなんで地面に転がっていたのだろう」
「大方ケンタウロスの撃ち合いの風圧で外れたのだろう。あやつらには近寄らないことが肝要だ。何せ雌を巡って1つの村を滅ぼしたこともあるからのう。…ところでそちの話に出てくる女神とは何者だ?」
(やべっ。マズった。変な人間と思われないように誤魔化しとかないと)
「言い間違いですので、お気になさらず。ところで、ここは魔の森というのですか?」
「ふむ言い間違えか。まぁ良い。恩人に詮索等無用だ。その通り。この地は魔の森と呼ばれ人間が恐れて近づかない所だ。そのため空を飛べる我が適任なのだ」
(なるほど。ってあの女神め。人間が近づかない所だと。何も出来ない俺をこんなところに放り込みやがって。今度あったら文句行ってやる。トランプでコテンパンにしてやる)
「私はひどく遠い田舎出身で、出来ればこの世界のもろもろを教えて頂きたいのですが…」
「ふむ……良かろう。恩返しというやつだな。ちょうど怪我を癒やす時間も欲しい上に日も暮れてきたことだし、今夜はここに泊まりそちの話を聞くことにしよう」
回復魔法も万能ではない。治ったように見えるのは表面上のことであり、内部まで回復魔法が行き届き完治するには時間が必要である。高位の回復魔法なら即座に完治させられるが、ピョートルはそれを修めていなかった。
ただ空を飛ぶことに支障はなく、空を飛んでいる内に完治できる怪我ではあったが、ピョートルは助けてくれた恩を返すためにこの地で一晩を過ごすことにした。
ピョートルは男に一晩中質問攻めされることになる。
◇
刻は男が転生した直後に遡る。
女神は頭をたれていた。その相手は一介の転生者などではなく同僚の見目麗しい長身の女神であった。
白色の歪みはこの長身の女神の仕業であり、その意図は「催促」にあった。
「あんたねぇ、一人で長々と時間かけてんじゃないわよ。こっちは詰まっちゃって大変なんだからね」
転生させるのはこの空間でしか行えなず、先の人間が転生するまで、次の人間と担当の女神は別の部屋で待機している。女神はそれを忘れてトランプに興じてしまったことにより、転生者の渋滞ができてしまったのだ。
1人の女神は1日に2人程転生させる。ここには女神が何十人もいるため、1人の女神が時間をオーバーすると後の女神が割りを食う。勿論ある程度オーバーしても間に合うように調整してあるのだが、この女神は通常30分くらいしか掛けない『加護』の儀式に半日程度費やした為、前代未聞の転生者の渋滞を起こしたのである。
怒られて当然であった。
「ごめんなさい。トランプが面白すぎて、時間が過ぎるのを忘れてました」
「はぁまぁいいけどね。これからの転生者をパパっとやればいいだけだからね。……でも反省はしなさいよ」
長身の女神がそう言った瞬間に後の転生者達の運命は決した。
哀れな転生者達はものの5分程度の流れ作業で片付けられた。
……1人の女神がトランプに興じたばっかりに。
そしてこの流れ作業をこなした同僚の女神のほとんどが、仕事終わりに時間をオーバーした女神のもとに来て言う。
その言葉は微妙な違いがあるが、内容はほぼ同じ。まず初めに時間をオーバーしたことへの注意。そしてその後は……
「私にもトランプとやらを教えなさい!」
女神達は総じて暇なのであった。