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第19話:リーザの誤算


(昨日今日と幸せなことばかりでした)


 だって昼寝が出来て、ロンベルク様を庇えて、今まで経験したことのない素晴らしい食事も出来たんです。

 それを幸運と言わずしてなんと言いましょうか?

 ロンベルク様に感謝ですね。リーザを連れ出して頂いたことが、こんな幸運をもたらすなんて思いもしませんでした。

 その中でも一番の思い出はやっぱり食事ですね。勇気を出してお願いして良かったです。


 ソウイチロウ様が何気なく肉を投げた瞬間から、リーザの目は斬られた肉に釘付けになっていました。ロンベルク様を何時でも庇えるように戦いに集中するべきなんですが、不可能でした。匂いから、当主様の食卓にも殆ど上らないサブタという肉だとわかりました。是非食べてみたい。ヨダレが出そうなのを必死で我慢しました。


 そうしてサブタに気を取られていて、ハッと我に返った時には、ロンベルク様が敗北宣言をし、ソウイチロウ様がロンベルク様との距離をつめてきました。

 マズイと思い、前後関係も分からぬまま体当たりをしてロンベルク様に逃げて貰いました。その後ソウイチロウ様から話を聞くと和解寸前だったとか。それを聞いた時はダラダラと冷や汗が流れました。サブタに集中して戦いを全然見てなかったなんて言えません。

 なんとか理由をつけて誤魔化しましたけど、変ではなかったでしょうか?取り繕えたでしょうか?それ以降その事についてソウイチロウ様は触れてこなかったので、誤魔化せたのか、それともソウイチロウ様は誤魔化しを知ってなお普通に接してくれるお優しい方なのでしょう。


 それにお食事も奢って下さいました。

 奴隷であるリーザを憐れんでのことでしょう。奴隷にとっては土が付いた肉などはご馳走にしか見えません。土をはたけば良いだけですから。

 しかしそれがソウイチロウ様の気に触ったのでしょうか?リーザが土付きの肉を頂いた後にサブタや魚をふんだんに振舞って下さりました。余りの美味しさにほっぺがおちるかと思いました。アリッサ様より食べないと罰を与えるという言葉にも心底驚きました。今までは食べる分はこれだけと量が決まっている食事しかしたことありません。いくらでも食べて良いなんて初めて言われました。

 感動しました。

 このご恩は忘れるものではありません。両親から恩義は返すものだと言われて育てられました。必ず何かの拍子でお返し致します。


 そう言えばアリッサ様より食べてないんですけど、罰を課されてませんね。今度お会いしたら罰を課すようにお願いしてみましょう。


 そうやって幸せな記憶に浸っている間にシャフタール家に着きました。魔物が出なかったのは幸運ですね。シャフタール家周辺に魔物は頻出しますが、リーザは殆ど会うことがありません。何故でしょうか?わかりません。

 ロンベルク様の馬も見えます。無事御帰還されたようで良かったです。

 さぁリーザも帰りましょう。


「リーザ、ただいま戻りました」


 門番さんに声をかけます。外から戻る時は何時もこの言葉を告げます。そうすると門番さんが門を開けてくれます。

 いつもはサッと開けてくれるはずなのですが今日は変ですね。リーザの顔を見るなり仰天して、ヒソヒソと二人で話し、一人が門の内側に入って行きました。何かあるのでしょうか?リーザは門番さんから許可を頂けないのでまだ入れません。

 じっと待っていると執事さんが門の外側に来られました。使用人さんが奴隷の出迎えをするはずがありません。ましてや使用人さんの上司ともいうべき執事さんがなぜ出迎えてくれるのでしょうか?


「お帰り。リーザ。ちょっと用事があるから一緒に来てくれないか?」


 執事さんは柔和な笑みでそう言います。執事さんは奴隷と使用人に対して平等な扱いをしてくれます。良い行いは褒め、悪い行いは叱責して下さいます。ただそれだけですが、平等な扱いというのが奴隷にとってどれだけ嬉しいものか。そんな執事さんの言う事ですので、答えは決まっています。


「はい。わかりました」


 門をくぐり、廊下を歩きます。


 広間に出たところで突然5人くらいから押さえつけられました。リーザはどうすることも出来ず、床に突っ伏すだけでした。


「何を?」


「リーザ…あなたを家宝の剣を盗み出した罪で投獄します」


「なっ、私は盗み出していません。あれは…」


「リーザ、口を慎みなさい。口に出さないほうが良いこともあります。今は私を信じて従って下さい」


 口を塞がれて地下の牢屋に連れて行かれ……檻に入れられました。


 リーザはこの状況を理解出来ませんでした。

 ロンベルク様を庇ったことを称賛されたとしても、叱責される理由はないはずです。もしかしたらロンベルク様が嘘を言ったのかもと考えましたが、すぐその考えを打ち消しました。ロンベルク様は誠実な人です。嘘をつくとは思えません。


 それから3時間何もありませんでした。

 リーザは心ここに在らずの状態でしたーーなぜこんな事に。

 奴隷が犯罪で捕まったら死刑に決まっています。どうしよう、どうしようと焦りだけが募っていきます。


 突然カツンコツンと足音がして、当主様と執事さんが降りてきました。ここは無実である事を訴えるチャンスだと思いました。奴隷が主人より先に口を開くのは厳禁なのですが、リーザの心はそんなことを考えている余裕などありませんでした。


「当主様。リーザは家宝の剣を盗んでおりません」


「では誰がやったと言うのだ?」


「それは…」


 ロンベルク様です、と言えば済む問題かも知れません。

 しかしその言葉を飲み込みました。シャフタール家の人々を売る様な奴隷を当主様が信用される訳がありません。リーザは文字も読めませんし、計算もさっぱりですが、この家で6年働いてきた経験はあります。

 当主様は裏切りを憎む方です。

 黙ることにしました。これが良い結果に繋がるかはわかりません。

 沈黙の時間が長くなるに連れて、真実を語れば良い、あなたは犯人でないのだから何を恐れる必要があるの?と悪魔の囁きが強くなっていきます。リーザはそれを必死に押し殺し、沈黙を続けました。

 ふと執事さんを見ると微かに頷いた様に思えました。その対応で間違ってない、やり通せと言外に仰っているのかも知れません。もしかすると、リーザが捕らえられた時執事さんが、口を慎みない、私を信じなさい、と仰ったことは、この状況を想定しての助言だったのでしょうか。

 長い長い沈黙ーー本当は1分くらいかも知れませんがリーザには永遠とも感じられる沈黙が終わり、当主様は深いため息を吐きました。


「どうやら奴隷としてシャフタール家へ義理立てはできる様だな。ここでロンベルクなどと言っていたら即刻処刑だったぞ」


「……」


「いいかリーザよ、一度しか言わんからよく聞け。お前には家宝の剣の窃盗疑惑がかかっておる。その疑惑を晴らすには家宝の剣を儂の前に、儂の眼の前に持ってこなければならん。幸い窃盗の仲間と目される男女の2人組の顔を知っているのはお前だけのため、監視つきでお前をここから出すことにする。1週間以内に家宝の剣を持ってこなければ処刑する。お前の命の期限は1週間だと知れ。監視にはそのチョーカーに魔力を込めた者を当てる。毎日更新がてらそいつに進捗状況を報告しろ。わかったか?」


「はい……寛大な処置感謝申し上げます」


 それだけを絞りだすのが精一杯でした。

 処刑までの1週間で、家宝の剣を恩のあるアリッサ様と宗一郎様から取り返せば、処刑は取りやめる、そう言われたのです。監視をつけるのは逃亡防止のため。毎日奴隷契約を更新して、逃亡の可能性を0にすると。

 

 当主様は言い終わると降りてきた階段を登って行きました。しかし階段の中腹で止まりこちらを振り向きました。


「言い忘れていたが、ロンとオズワルドに感謝するんだな。本来お前など即刻処刑だが、その2人がこの案を出したからお前はそうしていられるんだ」


「旦那様、私は何も申し上げておりません。ロンベルク様のご意見が全てでございます」


「オズワルドよ、儂を見くびるなよ。ロンにこのような有益な意見がだせるか。お前が企んだことに決まっておろう」

 

「いえ、私は何も申し上げておりません」


「まぁよかろう。お前がそう言うなら何も言うまい」


「ははっ」


 そう言って当主様はハッハッハッと笑いながら階段を上って行きました。執事さんも続いて地下牢から姿を消しました。


 1人残されたリーザは今後の方策を考えます。

 ロンベルク様と執事さんには感謝しなければなりません。まだ命があるのはお二人のお陰です。お二人のおかげで1週間の猶予を貰えました。この時間を有効活用しなければなりません。

 リーザが助かるには剣を取り返す以外方法はありません。お話してご返却頂ければ問題ありませんが、あの剣は相当値が張るはずです。シャフタール家の家宝になるくらいですから。そんな物をおいそれと手放すでしょうか?

 ソウイチロウ様は、決闘に勝利して手に入れたものと言うかも知れません。その言い分はこの世界の常識に照らし合わせると正当なものです。


 対話で無理な場合は、戦って取り戻すか、剣を盗むしかないのでしょう。

 戦って取り戻す場合を考えると、ソウイチロウ様がどれほどの実力を持っているかに左右されます。ソウイチロウ様とロンベルク様の戦いを見ていなかったため、ソウイチロウ様がどんな技を、魔法を使ってくるのかわかりません。魔の森から出てきたのですから相応の実力者のはずです。戦闘技術を磨いてないリーザに倒せるでしょうか?こんなところでサブタに目を奪われたのが響くなんて思いませんでした。

 また奴隷は加害行為を禁止されているため、戦う場合は誰も見ていない場所におびき出してから……ソウイチロウ様達を……殺さねばなりません。目撃者がいたら一巻の終わりですから。奴隷の私にあれほど優しくして頂いた恩人を殺す。私には出来そうもありません。

 盗み出すことを考えると剣は腰につけて肌見放さず持ち歩くものですから、宿に泊まるなどして腰から外されている状態を狙うことになります。しかしリーザは、奴隷は宿屋に入れません。入れてくれません。夜人気が無い時に忍び込むしかないでしょう。


 はぁそれにしても昨日今日は幸せだったのに、この命令を下されて、最悪の気分になりました。殺すにせよ、盗むにせよ、恩人を裏切ることになります。

 それは耐え難いものです。



「しかし本当にリーザに任せてよろしいのでしょうか?」


「あぁあいつなら陽動くらいにはなるだろう」


「陽動……ですか?」


「家宝の剣を取り戻すのを奴隷であるリーザにだけ任す阿呆がいるか?当然儂の兵たちも出す。リーザが話をつけて剣を取り返すならそれでよし。話し合いが決裂して戦闘になった場合は、揉めてる最中に儂の兵を投入してリーザもろとも始末すればよし。そうすればロンを負かしたという2人組からその事実が漏れることなくロンの評判も保たれる」


「もし奴隷であるリーザがその2人組に攻撃した場合、当シャフタール家が不利益を被りませんか?」


「儂の家と何も関係ないリーザが2人組を攻撃したところで何があるというのだ」


「と申しますと?」


「鈍くなったもんだな、オズワルドよ。牢から出す時にリーザの奴隷契約を解除するのだ。チョーカーはつけたままでな。解除しても傍目には変化がないから問題なかろう。奴隷契約を毎日更新するというのは、更新すると見せかけて、リーザに自分が奴隷であることを再認識させて、逃げられなくするパフォーマンスだよ。さすればリーザが他者に攻撃したところで儂の家に被害はない。話し合いで返して貰ったら再度奴隷契約を結べばよい。更新にみせかけてな。どうだ?完璧な計画だろ?」


 邪悪な笑みを浮かべるジリを見ながら、オズワルドは自問自答したーーリーザのために良かれと思ってやったことが逆効果だったのではないか、自分は間違っていたのかと。


 オズワルドはジリの元から退出すると、形容しがたい感情になり空を眺めた。


 そこには煌々と輝いている月があるばかりであった。

スミマセン。編集前を投稿してしまったので修正します。確認不足で申し訳ありません。ジリとオズワルドの会話を少々変えます。

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