第18話:リーザ
いえいえいえ、奴隷が食事をともにするなど恐れ多いと言っていたリーザを、これは罰だから従えと説き伏せてから食事に入った。
「ソウイチロウ、探知魔法を最大範囲で展開して人が見えたら私に知れせて頂戴。あと私達の周りにも封印魔法をかけて」
「良いけどなんでだ?」
「訳は後で話すわ」
アリッサに従い宗一郎は2つの魔法を同時に発動させた。
宗一郎は雷魔法でジラソーレを倒した後から複数の魔法を同時発動出来るようになっていた。
ただ何回やっても攻撃魔法の同時発動は出来なかった。攻撃魔法と防御魔法、防御魔法と防御魔法は大丈夫であった。
結界魔法と封印魔法の違いは、前者が物理的に対象物を守る魔法で、後者は認識を阻害させて対象物を守る魔法という点である。アリッサが封印魔法と言ったのだから、リーザと食事をともにしている姿を見られたくないのだろう。
リーザに後ろを向いてもらってから薪・豚肉・魚を取り出した。後ろを向かせた理由は宗一郎が空間魔法を使えることを隠すためである。
豚肉も魚も火で炙れば食べられる状態である。
空間魔法による加熱済の豚肉や魚の収納、温度の維持は可能なのだが、宗一郎はしていないーー衛生的ではないからである。
生前、衛生面には無頓着で手洗い・うがいは風邪を引いてからしかやらない宗一郎だが、医療の発達していないこの世界での食あたりは怖い。高度な回復魔法でしか、食あたりなどの内部の病気は治療出来なく、自然治癒を待たなければならないのだ。
加えて単純に目の前で焼いた肉の方が上手いって理由もある。香りや見た目は味の重要な要素である。
薪に火魔法をぶっ放してからリーザに振り返るよう指示した。
豚肉を目にしたリーザは、今まで見たことがないくらいに顔がゆるゆるになっていた。
リーザ曰く、火を通した食べ物を食べるのは冬以来です、肉や魚に火を通して食べるのは人生初ですとのことだった。どうやら冬には寒さを凌ぐためにくず野菜の入ったスープが飲めるらしく、それが豚肉を生で食うまでで一番美味しかったとの事だった。
(涙が止まらないね)
豚肉の焼ける匂いは、シャフタール家の人々に給仕する際に嗅いだことがあるそうだ。しかし盗み食いの経験はないと断言した。以前盗み食いがバレた奴隷の悲惨な経験を両親から聞いて、絶対にしないと誓ったらしい。因みに悲惨な経験については食事中に話すことではないですと頑なに断られた。リーザの肩がカタカタと震えているのを見て何も言えなかった。
基本的に食生活は自給自足であり、生で食べるそうだ。
(生肉にはビタミンなどの栄養素が入っているから健康には良いと聞いたことはあるが)
アラスカの先住民であるイヌイットは生野菜の代わりにアザラシの生肉をたべてビタミン補給するのが伝統だったが、現在では交通網の発達で生野菜が流通するようになり生肉を食べる文化は失われていると聞いたことがある。それを年配のイヌイットがなじっていた。
(リーザは犬の獣人だから生肉に対する抵抗はないのかな?)
ふとアリッサに生肉食べるって聞いたら、食べるわけ無いでしょと背中への張り手付きの強い口調で否定された。
(てか奴隷の飯くらい雇い主が用意しろ)
肉の脂が爆ぜ、その脂が焚き火に落ち、パチパチと音が聞こえ肉が焼き上がった。塩や香辛料なんて高価なものはなく、素のままの味である。
その肉をアリッサに渡した後、リーザに渡すとリーザは肉をじっと見つめ、神妙な面持ちで、これがお父さんもお母さんも食べれなかった焼いた肉、と重いことを言っていたので早く食えと催促した。そしたら、いやっまずソウイチロウ様が先に食べるべきです、と言われたため、宗一郎が肉に口をつけ、アリッサが肉を飲み込むのを見届けると、リーザは肉を頬張り一口で完食した。大きめの肉なのに一気にいった。
(アリッサは肉を噛んでなかった気がする。咀嚼したのか?いやっ、たぶん気のせいだろ。気のせいってことにしよう。深く考えるのはよそう)
恍惚の表情を浮かべ、尻尾を左右にブンブンと振りながら頬に手を当てているリーザにほらよともうひと串渡してやると、もうひとつ頂いて良いんですか?と聞いてきた。勿論と宗一郎は答えると満面の笑みで肉を受け取り口にいれた。そろそろ魚も焼けてきたので、魚の串をとってリーザに渡すと、魚も頂いて良いんですか?と言ってきた。食べ物を受け取る度にこのセリフを繰り返しそうだな、と考えた宗一郎は面倒くさくなったので、アリッサより食べないと罰を与えるよ、と言った。既にアリッサは5串目に入っている。ヨーイドンと宗一郎が掛け声をかけると、慌てたリーザが頑張りますと宣言して怒涛の勢いで食べ始めたので、宗一郎は焼くことに専念せざるを得なかった。
肉と魚を食べた後の串は焚き火に放り込んでいった。大量の肉と魚が無くなりそうになった時に、リーザがギブアップ宣言をした。流石にアリッサに付いて行くのは無理だったようだ。ちなみに宗一郎はまだ肉1串しか食ってない。ずっと焼く仕事に従事していた。
それから宗一郎は自分の食事に入った。満足そうに横になっているリーザにどうだった?旨かったか?と聞くと、天上の食べ物のようでしたと言われたので、そんなにいいもんじゃねーよと言い返した。リーザは魚もウマイウマイと言っていたが、豚肉を特に好んでいたようだ。
生前の世界では犬は肉、猫は魚が好きってイメージがあったが、猫は魚が大好きではいないらしい。そんなニュースを見た記憶がある。そもそも硬い鱗に覆われた魚は食いづらい。ガイアに来て魚の鱗取りをするようになった宗一郎はひしひしとそう感じていた。
(魚好きな生物は丸呑み出来る海の生物くらいであろう)
食後の一休み中、再度リーザの話を聞いた。
まとめると次のようになる。
年齢は11歳。
春が始まると歳をとる。
両親は戦争で死んだ。お墓はない。奴隷に墓がないのはこの世界では常識。
最近当主のボディタッチが激しい。
基本的に奴隷は飢えているため今日みたいに満腹になったのは人生で2回目。1回目は5歳の誕生日の時、両親が頑張って獲物をとってくれたから。
ロンベルクはシャフタール家の次男坊で、長男が優秀で自暴自棄で引きこもりになっており、訓練はしていなかった。貴族の嗜みとして魔法学校に行っていたため、援護魔法と回復魔法が使えるが、何故か先の戦闘では使っていなかった。単純に初めての戦闘で舞い上がり忘れていた可能性が高い。
ロンベルクは嫌な人物ではなく、父親の奴隷の扱い方を真似しているだけで、長男とは違い奴隷に暴力を振るうことは決してない為、奴隷からは人気がある。
宗一郎は奴隷の扱い方に憤慨していた。
(家畜でももっとマシな扱いを受けるぞ。死んだ後は貴賎に問わずに墓は作るべきだ)
同時にロンベルクの印象が良くなった。やはり最初の威張った態度は演技であり、忠告をきちんと聞いていた彼が、本当の彼なのだろう。
ロンベルクは援護魔法を使えるという事実が発覚した。援護魔法は自分や他人の身体能力などを高める魔法と魔の森でアリッサ先生に習った。宗一郎はロンベルクが使用しなかったことに落胆した。
(使ってくれれば俺にも使えるようになったはずなのに)
話を聞けば聞くほど、リーザはシャフタール家に帰るべきではないという思いが強くなった。そこに戻るくらいなら、共に来たほうが良い。何より宗一郎が犬耳に触れるチャンスが増える。
「じゃあリーザさ、そんな所には戻らなくていいから……」
「じゃめよ、……ソウイチロウ」
まだ肉をモゴモゴしているアリッサが言う。
(口に物を入れている時に喋っちゃいけません)
「なんでだよ、アリッサ?」
「……ごくん。リーザ、あなたは貴族の奴隷なんでしょ?ということは奴隷の鎖が体のどこかに付いているはずよね?」
「はい…」
リーザは少し躊躇いながらも前髪をかき上げおでこを晒す。その仕草もまた可愛い。
リーザの髪の生え際には、チョーカーが装着されていた。
「そう、それがあなたの鎖ね。基本的に奴隷は契約で成立するものよ。小さな商人や、地主の奴隷は大体契約のみで成立しているわ。でも貴族や大商人の奴隷は身体のどこかに魔法によって鎖をかけられ、反抗や命令の拒絶を禁じられるのよ。その鎖の設置場所、種類は様々だけどリーザはあのチョーカーね。反抗や命令の拒絶をするとチョーカーが頭を締め付け激痛を負わせるはず。ただ自殺などの直接的に死を招くような命令は拒絶できるけどね」
「リーザ、本当か?」
「はい。仰るとおりです」
「その解除方法は?」
「装着した人でないと無理ね。封印魔法の一種だけどだいぶ特殊なものよ。長年に渡って継続する必要があるんだから。確か1ヶ月毎に更新が必要なんじゃなかったっけ?」
「その通りです。アリッサ様は博学でいらっしゃいますね」
「アリッサでいいわよ。ありがとう。そういう訳だからリーザを帰さないと、あのチョーカーがリーザを締め付け、最終的には死ぬわ」
それ程危険な物がリーザの頭に装着されていることに宗一郎は衝撃を受けた。
確かにそのような魔法具?があった方が色々と便利だろう。何しろ地球でも、奴隷が暴虐な主人の扱いに反発して主人を弑したという例は数多くある。スパルタクスの乱で有名な奴隷の反乱もある。それらを防ぐための手段としては最適だろう。逃亡も防止できるというおまけ付きである。
理屈では理解出来るが、目の前の女の子がそれを装着しているとなると宗一郎はどこか納得できないモノを感じた。
(封印魔法の一種なら俺にも外せる可能性はあるな。試してみよう)
「リーザ、そのチョーカーに触らせてくれないか?」
「このチョーカーは全然洗っておりません。ソウイチロウ様が触るに値しないものだと思います」
「大丈夫、大丈夫、気にしなくていいから」
宗一郎はオロオロしているリーザの元へ行き、強引に前髪をかき上げチョーカーに触れ、【金庫破り】と唱えたが何の変化もおきなかった。宗一郎は解除出来なかった。
「無理みたいだな」
「言ったでしょう。素直に帰してあげるのが一番よ。リーザもそろそろアイツを追わないとまずいんじゃないの?」
「あっそうですね。追いかけます。ではソウイチロウ様、アリッサ様、お食事を恵んで下さりありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
「アリッサでいいってば」
「いいえ、アリッサ様とお呼びします」
リーザはパッと起き上がりロンベルクを追って去っていった。
リーザはまたたく間に見えなくなった。あんなスピードで走れるなんて、やはりリーザは只者ではない、自分の目に狂いはなかった、と確信した宗一郎は、先程から感じている違和感をアリッサにぶつけた。
「アリッサはリーザに酷くないか?しきりに帰りを促していただろ?」
「そうしないとあの子が罰を受けるのよ。私達との食事風景を誰かに見られたら、アリッサが疑われる可能性があるのよ。最悪は内通の罪で処刑されるわ。奴隷を処刑するのに証拠なんていらないからね。主人が内通したと言えば、内通したことになるのよ。それにロンベルクが家にたどり着いてから時間を置けば置くほど、リーザへの疑念は高まる。その時間に何かしたんじゃないかって。だから早く帰るように仕向けたって訳。あんなに足が速いとは思ってなかったからいらぬ心配だったみたいだけどね」
「なるほど」
「それにね、あの子が私達を攻撃してこなかったのは、奴隷が自身と主人の防衛以外で人間、魔族、獣人に攻撃するのは厳格に取り締まられているのよ。もし攻撃したことが確認されたら、その奴隷を所持ーー嫌な言い方だけどーー所持している家は罰金が課せられるのよ。ソウイチロウにタックルしたのはロンベルクを逃がすためだから問題ないけど、私達が追う素振りを見せなかったから攻撃できなくなったのよ。勿論戦争に奴隷が出た場合はその規則が除外になるけどね」
「奴隷ってそんなに制限されているのか」
相変わらずガイアでは奴隷の地位が低い。リーザの様に初対面の相手に対して下手にでるのも頷ける話である。
食事は終わり長居する理由もなく、そろそろ出発するかと思って腰をあげた宗一郎の目に、反射した光が入った。
「眩しっ」
太陽の光を反射していた物体に近づくと、きらびやかに装飾が施された剣が見えた。
「これはロンベルクの『何者も切り刻む剣』だっけ?あいつ忘れて行きやがったな。どうする?」
「もらっとけば。決闘に勝ったんだから正当な報酬でしょ。取り返しに来たら金銭と引き換えればいいんだし」
「うわっ、あくどっ」
「ソウイチロウ、この世界はそういう世界なんだよ。ニホンとは違うんだよ。それに私達に差し迫った問題って何かわかる?」
「何だ?」
「お金よ、お金。私達一文無しなのよ。このままじゃ宿に泊まれないし、元手がないとナターシャ達を買い戻すための資金集めさえ出来ないわ。ソウイチロウの空間魔法のなかにあるサブタや魚達を売るのだけは避けたいしね」
「いやっ俺はそれを売るつもりだったんだが」
「もう魔の森にはいないんだよ。サブタや魚達を売ったらもう食べられなくなるんだよ?売るなんて言語道断ね」
「サブタのほんの一部を売れば宿に泊まれるんじゃ」
「サブタを売るくらいなら野宿するわ」
「その宿が3食付きだったら?」
「食い放題なら宿、それ以外ならサブタね」
(ダメダコリャ)