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第17話:シャフタール家の反応


 その日のシャフタール家では使用人と奴隷が総出で、次男であるロンベルクの捜索にあたっていた。


 ロンベルクの失踪は昼食をとっている時に発覚した。ロンベルクは良く朝食を抜くため、昼食まで部屋が開けられることはなかったのである。昼食時にメイドが起こしに行き、部屋がもぬけの殻だったのだ。


「倉庫はみたか?いつもロンベルク様が隠れている使用人室はどうだ?近くの池へ遊びにいったのではないか?」


 使用人頭ともいうべき執事が指示を出し、使用人と奴隷はロンベルクを探したがどこにも見当たらなかった。執事が鍵を借り、宝物庫を捜索した際に家宝の剣がなくなっていることに気づき、最悪のケースである誘拐も考慮に入れる必要性を当主であるジリに報告すると、ジリの妻が心労で倒れるという2次被害も発生した。

 

 出来の悪い子ほど可愛いとは良く言われることだが、ロンベルクはそれであった。

 この家には2人しか子供が生まれなかった。どちらも男である。幼い頃はどちらも大切に育てられていたのだが、成長していくに連れて自然とロンベルクが大事にされるようになった。

 その理由は容姿にある。

 この時代、容姿は為政者の要件とされ、上に立つ者は民衆の憧れとなるような美男子、美人でなければならなかった。そして長男はそうでもなかったが、ロンベルクはその容姿において際立っており大いに期待がかけられた。その顔立ちは幼少期に内外の様々な貴族から縁談が持ちかけられる程であった。ジリはそれらを断り続けた。成長すればもっと格上の貴族から縁談が来るに違いないと考えたからである。

 しかし残念なことにロンベルクは戦闘の才能がなかった。勉強はそこそこであり、魔法は回復魔法と援護魔法が使えるのだが、武芸がからっきしであった。剣、矛、弓など様々な教師を招いたが、誰もロンベルクに長続きさせることは出来ず去っていった。唯一馬術には興味を示し、抜群の腕前になったが、馬術だけ鍛えても意味がない。後継ぎは長男のカールのため、ロンベルクは戦争で大功をたて、ゆくゆくは王の元に侍るようになってくれれば、というのが両親の希望だったが、それはもろくも崩れ去った。


 ロンベルクは学校をそこそこの成績で卒業した後、この家に引きこもるようになった。

 15歳とは職についていてもおかしくない年齢である。勿論この家は貴族であるため、1人2人が働かなくても食べていける余裕はある。いつかは目覚めて雄々しく飛翔するに違いないと、両親が暖かく見守っていたら失踪事件が起きたのである。

 奴隷や使用人からは、ロンベルクが先日魔の森周辺に発生した龍のことに興味をもっていたという報告を受けた。更に探知能力に優れている奴隷のリーザがいないこともわかった。

 それを加味した結果、魔の森に行った可能性が高いと考え、明朝まで戻らなければ捜索隊を派遣するとジリが決断を下した。


 そうして家族と使用人一同が眠れぬ夜を過ごした。明朝ロンベルクが帰還した。ジリと妻は抱き合いながら喜び、使用人に肩を借りながら歩いてくるロンベルクを見た。

 ロンベルクは汚れた鎧を纏い、髪はボサボサ、目は虚ろで十分な睡眠を取れていない様だった。怪我を負っていないことは救いだった。

 ジリは執事以下使用人、奴隷を下がらせ、妻と自分だけにした。因みに長男は王都にいるためここにはいない。


「ロンよ、どこに行っていたのだ?」


 ロンベルクは家族からは親しみを込めて、それに何より呼びやすいように「ロン」と呼ばれている。彼は母から差し出されたお茶で生気を取り戻し、父からの問いかけにはっきりとした口調で答えた。


「はい父上、魔の森付近で龍を見かけたという話を聞きましたので調査に行って参りました」


「それは結構なことだが、儂は命じてないぞ」


「私の独断です。申し訳ありません」


「まぁそれは良かろう。無事に帰ってきたことを喜ぶべきだ……だがそなたは家宝の剣を持ちだしたな?」


 ロンベルクのこめかみがピクリと動いたのをジリは見逃さなかった。


「……間違いないようだな。ではその辺りを含めて、魔の森近くでの顛末を洗いざらい喋れ。隠すとそなたを庇うことが出来なくなるかもしれん。よいかロンよ。正直に話せ」


「はい、父上」


 ロンベルクは洗いざらい話した。奴隷のリーザを伴って行ったこと。魔の森から出てきた2人組の人間に決闘を挑んで負けたこと。リーザがその人間から身を挺して守ってくれたこと。その際に家宝の剣を置き忘れてきたこと。

 ロンベルクは自分が覚えている限り、正確に話した。

 そこには何ら脚色などなかった。彼の誠実な人柄がそうさせたと言えよう。


 話し終わった後、ロンベルクは恐る恐るジリの顔を見上げると、ニヤッと笑っていた。

 その顔からは何やら妖気のようなものが漂ってきて、ロンベルクは背筋が凍るのを感じた。

 ジリが、パンパンと手を叩くと部屋の外に控えていた執事が顔を出した。


「お呼びでしょうか?」


「うむ。奴隷のリーザが家宝の剣を盗んだようだ。帰ってきたら捕らえて牢に入れておけ」


「畏まりました」


 執事はさっとドアを閉めた。


「父上?何を仰りますか?私が宝物庫から家宝の剣を拝借、いえ窃盗したのです。リーザが盗んだ訳ではありません。そもそも奴隷に宝物庫が開けられましょうか?」


「そこはどうとでもなる。鍵を盗んだとでも言っておけばいい。今大事なのはロン、そなたの将来よ。一介の冒険者に負けて剣を取られたとあっては経歴に傷がつく。お前はリーザに気絶させられて、何処かに放置されていたが、自力で逃げ出してきたという筋書きにしたほうがよい。いやっ剣を売り払って戻ってきたリーザを捕らえたとした方が評判になるか。リーザは鎖がある為この家に帰ってくるしかないしな」


「それは父上、嘘、誤魔化しではありませんか。いくら奴隷とはいえリーザの身を犠牲にしてまで、自分の評判を気にしようとは思いません。どうかお考えなおし下さい」


 ジリは殊勝なセリフを吐く息子は見ながら、再度パンパンと腕を叩いた。


「お呼びでしょうか?」


「ロンが少々混乱しているようだ。部屋に連れて行き、私が許可を与えるまで部屋から出してはならん」


「承知しました」


「なっ父上」


 ロンベルクは大柄な執事に抱えられていく。抵抗はしているようだが、ロンベルクの細腕では全く効果はなかった。


「ロンよ、少しの辛抱だ。じっとしておれ。大人になれば儂の判断が正しいことがわかるだろう」


 「父上、父上ー」と叫ぶロンベルクは執事に抱えられて部屋を出て行った。


「あなた……」


「これをやらなければあの子の将来に悪影響がある。なーに、儂に任せろ、全部上手く行くさ」


「そうですね。あの子の為ですもんね。奴隷の一人や二人くらい代えがききますわ」


 そうして2人は肩を寄せ合った。


 奴隷は財産、我が子のためなら財産の一部をなくそうが問題ない。

 現代では総スカンを食らうであろうこの考え方はこの世界の貴族の共通認識であった。



「出せっ、出してくれ」


 僕はそう絶叫するのが返事はない。


 僕は部屋に閉じ込められていた。ドアの前には屈強な男が2人控えていて逃げ道はない。窓も外から板を打ち付けられて、脱出不可能になっている。

 だがこのまま手をこまねいているだけでは、リーザが窃盗犯として拷問を受け、果ては処刑されるのが目に見えている。何かしなくては、何かしなくてはーーそう思ってはいるのだが妙案は浮かんでこない。堂々巡りしているだけである。

 

 くそっ、こんなんだから僕はダメなんだ。もっと勉強をしておけばよかった。打開策が思い浮かんだかもしれない。今日は後悔の連続だな。何もしていない空虚な日々が僕にどれだけあっただろうか。その日々はもう戻ってこないーー時間は戻ってこない。


 あぁどうしよう、どうしようと部屋を何往復かした頃、ドアがノックされた。


「誰だ?」


「執事のオズワルドでございます。入ってもよろしいでしょうか?」


「入れ」


 オズワルドが何故?もしや父の意向が変わったのか?

 一縷の希望を抱いた僕は、逸る気持ちを抑えて冷静に声をあげた。


「失礼します」


 ドアを開けたオズワルドが僕を見つけると一礼した。


「要件はなんだ?」


「ご報告がございます。先ほどリーザが帰ってきましたので捕らえて牢に入れました」


「なっ」


 早すぎる。僕が帰ってきて1時間も経っていないはずだ。リーザは徒歩で移動していた。いくらあの2人組に即座に開放されようが馬で来た僕との差がこんなものであるはずがない。いやっ、行きも徒歩だったが僕にピタリと付いてきていた。獣人の足は馬並みなのだろうか。


「そうか」


「報告は以上でございます」


 そう言ってオズワルドは一礼して、部屋を出て……いかなかった。顔をあげたまま微動だにせずドアの前に立っている。

 おかしい。オズワルドはいつも一礼したら部屋を出て行く。


「なんだ、まだ何かあるのか?」


「ご明察恐れいります。失礼ながらジリ様とロンベルク様の会話を拝聴いたしました」


 部屋の前に控えていたんだからそりゃ聞こえるか。でもこういう時は聞いてない振りをするのが使用人の務めだ。そしてオズワルドはその一線を超えたことはない。


「それがなんだ?」


「その内容からロンベルク様は奴隷のリーザの身を案じていらっしゃると推測致しましたが、お間違いではないでしょうか?」


「あぁその通りだ。言われもない罪で投獄されてしまうリーザを助け出したいと思っている」


「ならば(わたくし)めに考えがございます。僭越ながら申し上げてもよろしいでしょうか?」


「話せ」


「ロンベルク様は魔の森から出てきた2人組に剣を用いて戦いを挑み敗れ、剣をそこに残してきたと仰られました。また先ほど帰還したリーザも剣を持っていませんでした。つまり剣はその2人組に拾われたと思って間違いありません」


「おそらくそうだろうな」


「そしてその2人組の顔を見知っているのはロンベルク様とリーザのみ。しかしロンベルク様はジリ様の言いつけでこの部屋から外に出ることは叶いません。またいくらその2人組を見知っているからと言って、ジリ様が今のロンベルク様を外に出すことはしないと思われます。つまり2人組の顔を見知っていて動けるのはリーザのみ。つまりリーザにその剣を取り戻させるのです。そうすれば処刑されることはないと思われます」


 その手があったか。

 リーザが剣の窃盗犯とされることは父の決定のため覆ることはない。ならば自分の手で盗品を取り戻したらどうか。処刑されることはない。おそらく奴隷としてもこの家にいられなくなるが、死ぬことよりはずっと良い。


「なぜそれを?」


 オズワルドは父から僕の監視を命じられている。それを伝える必要性があると思わない。


「これはこれは異なことを。私がジリ様から命じられているのはロンベルク様をこの部屋から出さないことだけです。ロンベルク様がリーザの身を案じ、何か対策を講じようとしている時に助言してはならないとは命じられておりません。私は執事でございます。執事の仕事は、主の意向を全力でサポートすること。主には当然ロンベルク様も入っておいでです」


「オズワルド……感謝する」


 基本的に執事は自分の意見を主人に言うことは出来ない。問われた時に答えるだけである。少なくともこの家ではそうなっている。だからオズワルドはこの話を僕にしてくれたのだ。僕なら父上に意見を言える。しかもこの建設的な意見を父は喜ぶはずだーーやっと奴隷を使うことを覚えたかと笑いながら。

 僕はキリッとした表情をつくり宣言する。


「オズワルドよ。ロンベルク・シャフタールが命じる。囚われの身であるリーザを剣の奪還に使うのが最善であると父上に進言してくれ」


「その命承りました」


 そう言って恭しく一礼したオズワルドは、今度は本当にドアを開けて部屋から出て行った。

これ以降は毎日1話投稿を目指します。無理になってきたら後書きで報告することにします。更新は18時にします。

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