第16話:ロンベルクとの戦い
本日2話目です。1話目を見ていない人は戻って下さい。
ロンベルクは剣を斜めに構え宗一郎を睨みながらタイミングを待っていた。
対する宗一郎はすでに待ちくたびれていた。そんな大した戦いになる筈ないのだから早くしてくれと思っていたが、先ほどそちらのタイミングでどうぞと言った手前、自分から手を出すのも気が引ける。そのためこの茶番劇に付合わなければならなくなったのだ。
ジリジリと太陽が照らす中、宗一郎はロンベルクの汗が1滴地面に落ちたとか、試合の開始を告げる鳥が鳴いたとか、ついでにその鳥の声でロンベルクがビビって逃げたとか起こらないかなーと思いながら待っていた。
(あれっ、鳥の声で軍が逃げ出したのは源平合戦のなんて戦いだっけか?一の谷、壇ノ浦、違うな、清盛が死ぬ前だもんな。うーん、あっそうだそうだ富士川の戦いだ。水鳥が一斉に飛び立ったのを源氏が夜襲に来たと勘違いした平氏が逃げた戦いだ。うん、思い出せてよかった。喉の支えがとれたよ)
そんなことを考え終わってもまだロンベルクは攻撃を仕掛けてこない。奥にいるリーザは立ってこの戦いを注視しているが、アリッサは疲れて座ってしまった。しかも喉が乾いたのか、水魔法で水分補給してる。
(ちくしょー、俺も水飲みたいのに今飲んだらアホみたいじゃないか。早く始まんないかなー)
いまだロンベルクに動きはない。
小刻みに震えているようだが武者震いをしているのだろうか?
(どうでも良いから早く始めてくれ。開始できるのはそっちだけなんだからさ)
この戦いが終わったら俺リーザの耳を触らせてもらうんだ、それフラグか?っていうお決まりのパターンを宗一郎は目をつむりながら頭の中でやった。
それでも始まらない。
(相手が目をつむっている時なんて大チャンスだろ?早く打ち込んでこいよ)
無駄な時間が流れ続ける。
(おい……そろそろ堪忍袋の尾が切れそうだぞ)
構えてから少なくとも30分は経っただろう。宗一郎は自分で自分を褒めたくなった。ほんとによく我慢したものである。アリッサは木の棒で地面に、宗一郎が教えた「アリッサ」と「ソウイチロウ」の文字を書き連ねている。
暇なのだろう。
でも一言も早くしろーと言ってこないアリッサの優しさが身にしみた。リーザは微動だにせずこの戦いに目を向けている。
「おいっ、来ないならこっちから行くぞ」
「うむっ、今行こうと思っていたところだ」
宗一郎の呼びかけに反応してロンベルクの体の震えが更に強くなったな。武者震いかと思っていたが、ただ恐怖していただけのようである。
宗一郎は自身の初実戦がこんな戦いになるとは思ってもみなかった。こういう話では、普通盗賊やら悪役が相手で、そいつらを魔法でオーバーキル(殺しはしないが)するのがテンプレだと思っていた。それが戦いに怯えている少年が相手になろうとは。
宗一郎はまるで自分が悪役になったような気がしていた。
宗一郎は無防備にも構えを解いて(適当な構えをとっていた)両手をだらんと下げて距離を詰める。ロンベルクの元へ一歩一歩近づいて行く。ロンベルクはワナワナ震えているだけで何も出来ない。そして宗一郎がロンベルクの構えている剣の切っ先に迫った時、やっとロンベルクは刀を振り上げた。
その振り上げの遅いこと遅いこと。宗一郎は振り上げている腕を掴んで止めることも出来たのだがあえてそれをせずに、ロンベルクが振り下ろしたのを躱して、腕を蹴り剣を手離させることにした。
「いたー」
ロンベルクは奇声を上げて剣を手放した。カンカンカンッと剣は大地を転がった。
宗一郎のヤワな蹴り1つで武器を手放すとは剣士失格である。
ロンベルクは宗一郎と剣を何回も見比べていたので、とってこいと剣の方に顎を向けた。ロンベルクは怪訝な顔をしながら恐る恐るその場を離れ、少し距離ができると全速力で剣を拾いに行った。勢いをつけすぎて剣を拾った後に転んでしまった時、宗一郎は心の中でため息をついた。
「我に剣を拾わせたのがそなたの運のつきだったな」
ロンベルクが剣を振るってきたので宗一郎は振リ降ろされる腕を掴み、軽く捻るとロンベルクはイテテと言って剣を落とした。その剣を蹴り遠くへやり再度拾ってこさせた。
その後は、結界魔法を発動させ弾き、風魔法をロンベルクの腕に撃ち剣を落とさせ、水魔法でロンベルクを吹き飛ばすなど、ロンベルクが向かってくる気概がなくなるまでやった。
途中、空間魔法から豚肉を取り出し剣が振り下ろされる位置に投げたら、ものの見事にスパっと切れ、地面に落ちた。豚肉を指している串まで真っ二つになっている。ロンベルクのヒョロヒョロな剣でもこの威力が発揮できるってことは相当な業物であろう。
意外にもロンベルクは気合の入った男で、宗一郎を斬ることが不可能だと薄々感づいていても泣きながら剣を振るってきた。レパートリーのなくなった宗一郎が結界魔法で弾くのを3回連続でやったところで、ロンベルクの心が折れた。
大地に転がった剣を取りに行かず、地面に伏したまま動かなくなった。
宗一郎は十分間をとって口を開いた。
「ロンベルクよ。お前の敗因はわかっているか?」
「……はい。僕の敗因はこの剣にあります。この剣が『何者も切り刻む剣』ってのを信じたのが悪かったんです」
ロンベルクから尊大な口調が消え去り、歳相応の言葉使いになっていた。
こっちが本当のロンベルクなのだろう。尊大な口調は気を張っていたのを隠す為だ。
(だが年長者として若者の間違いは正さねばならん)
「違うだろ。ロンベルク。一番の敗因はそこじゃない」
「……わかっています。一番の敗因は僕の修行不足。剣と関係ないところであんなに何回もやられてちゃ流石に……そう痛感しました」
「そうだ。一番敗因はお前の腕だ。お前そもそも剣の練習とかしてないだろ。素人の俺でも止まって見えたぞ。どんなに良い剣をもったとしても、持ち手の腕がその剣に追いついてなきゃ意味がないだろ。だから負けたんだよ」
ロンベルクは唇を噛み締め右手で拳を作り地面に何度も何度も叩きつけた。ゴンゴンッという音が響く。
「ロンベルク、ついでにお前にピッタリの言葉を教えてやろう。『矛盾』という言葉だ」
「はいはいそれ私知っている。ソウイチロウに聞いたもん」
アリッサが手をあげた。
「そういえばアリッサには話したっけな。『矛盾』というのはだな……」
そう言いかけた宗一郎をアリッサが突然遮る。
「えっと、『ムジュン』っていうのはね、ある武器商人が自分の売っている矛を『何者も突き通す』って宣伝して、その後自分の売っている盾を『何者からも守る』って宣伝したんだって」
「いやっ、だからそれを俺が今から…」
決め台詞を取られてはなるまいと宗一郎は必死にアリッサを止めようとするが、アリッサは止まらない。
(お前は矛か!)
「そうしたらね、それを見ていた観衆が『じゃあお前の矛で、お前の盾をついたらどうなる?』って聞いたら商人が途方にくれちゃうって話だね。どうソウイチロウ?合ってる?」
目を輝かせているアリッサに文句は言えなかった。
「あぁ合ってるよ。すごいなーアリッサは」
「エヘヘ」
照れるアリッサに、決めセリフを言われて落ち込む宗一郎の対称的な図だった。
「それと今の状況が何の関係が?」
「あぁこれは色んな解釈が出来る話なんだけど、今に即して言えば『何者も切り刻む剣』なんてのは有りはしないってことかな。大体それは先々代の時代の物だろう。そこから技術発展を遂げて、その時代にはなかった鉱物などが盾に使われたらどうだ。その剣はそんなの想定していないから切り刻めない可能性があるだろ。だからな、いくら優れた道具でも盲信しちゃいけないってことだ」
「なるほどそういうことですか」
「因みに他の面白い解釈は、もしその矛で盾をついたとして両者が砕け散った場合を考えると、矛という脅威から盾は身を挺して守り、脅威を駆逐したため盾の勝ちなんてものもあったな」
「そんな答えがあるんですね」
「1つの問いに多くの答えがあるのがこの『諺』ってやつの良い所だと俺は思っているね」
「ははっ確かに」
ロンベルクは顔を上げ朗らかに笑う。
その顔は先程のゴリゴリの貴族のお坊ちゃんの顔ではなく、歳相応の柔らかい顔をしていた。
(憑き物でも落ちたのだろうか?)
ロンベルクが立ち上がり右手を差し出してきた。宗一郎もロンベルクと握手をしようと、近づいていくと突然リーザがタックルを仕掛けてきた。
「な?な?」
「ロンベルク様早くお逃げください」
「リーザもう……」
「いいから!早くお逃げください!」
リーザは鬼気迫る表情でロンベルクを怒鳴った。リーザの怒声にロンベルクは怯えたのか、馬に乗り魔の森とは反対方向にかけていった。
残るは馬乗りになって威嚇しているリーザと、はてなマークが浮かんでいる宗一郎、さらにリーザよりももっと怖い顔をしているアリッサのみであった。
「申し訳ありませんがお二人にはロンベルク様が逃げるまでこうしていただきます。その後でしたら私の身を如何ようにもして頂いても構いません」
「なっ?如何ようにもだと。つまりそれは……」
「ソウイチロウ?」
「何でもございません」
猫撫で声でアリッサが宗一郎の名前を呼んだ。怒っているはずなのに可愛い声。あっこれあかんと宗一郎は判断して、欲望を出すのを止めた。
(犬耳に触るだけだったのに)
しばらくするとリーザは宗一郎の上からどき、少し離れた場所で土下座をした。
「ロンベルク様を逃すためにタックルを仕掛けて申し訳ございませんでした」
地面におでこをつけながらリーザは謝罪した。同時に犬耳と尻尾もチョコンと大地についている。
その可愛らしさに宗一郎の頬が緩む。
「なんでこんなことをしたんだ?」
「ロンベルク様は私のご主人様です。ご主人様を逃がすのは奴隷の勤め。例えその身を犠牲にしようとも逃がすようにと言われております」
「なるほど。それで……。俺はもうロンベルクを傷つけるつもりはなかったんだがな」
「……例えソウイチロウ様がそうでも私の方はそうはいきません。万が一があっては申し開きがたたないのです。そのため確実な手段を選びました」
「そっちからしたらそうか。もしかして奴隷って主人を守れなかったら……」
「ご主人様を守れない奴隷に価値などありましょうか?」
「そうだな。わかったわかった。とりあえず立って立って。いつまでも土下座させてちゃ気分が悪いよ」
「はい。畏まりました」
リーザはすくっと立った。その身のこなしは余りにも無駄がなく、流麗であった。
「リーザって武芸の心得ある?」
「いえっ全くありません」
予想外の答えに面食らう。
「そうなの?そんなに動きに無駄がないのに?」
「自分では無駄がないとは感じてないのですが。まだまだ改善すべき点はあります。ソウイチロウ様がそう感じたのでしたら、奴隷の勤めのためになるべく無駄を省くようにしているからかもしれません」
宗一郎はそんなものなのかなと思いながら、リーザの処遇を考えていた。
如何ようにもしていいと言われたが、アリッサが怖いので犬耳には触れない。また宗一郎とアリッサの秘密がバレるのが怖い。
宗一郎はリーザと別れることにした。
「わかったよ。じゃあリーザ帰っていいよ。こっちは何か危害を加える気はないからね」
「えっ?本当に帰ってよろしいのですか。ソウイチロウ様に何も得がない気がするのですが?」
「あぁ大丈夫だよリーザ。お前も帰りたいだろう。得なんて求めてねーよ。いいよな、アリッサ?」
「うん。ソウイチロウが決めたなら従うよ」
「だってよ」
リーザは宗一郎の返答に安堵した様子だった。
しかし、帰ろうともせず、うつむき、チラッチラッっと左前方の地面を見ている。
(何かあるのかな?)
リーザは何回目かの唾を飲み込み、覚悟を決めたように宗一郎を直視した。
「私を返して頂けるというご決断感謝申し上げます。そのような温情を下さった方に対して厚かましいお願いをするのは気が引けるのですが………そ、その、地に落ちている豚肉を私に、め、恵んでくださいませんか?」
「豚肉?あぁロンベルクが切った豚肉か。いやっ良いけど、あれ土…」
宗一郎が言い切るのを待たずに、パッとリーザの姿が消え、リーザの左前方、宗一郎の右後方に移動し豚肉をぱくついていた。
「リーザそれは生だぞ。それに土が…」
「豚肉なんて食べたのは生まれて初めてです。脂がのってとろけるような口触りです。今朝から何も食べてなくて腹ぺこだったんです」
喜色満面の笑みで生の土付き豚肉を咀嚼するリーザを見て、宗一郎は喉元まで出かかった言葉を抑え、全く違う言葉を告げた。
「リーザよ、やはり何もせずに開放しないことにする」
「はい、何なりとお命じ下さい」
リーザは咀嚼をやめて宗一郎を真顔で見た。
宗一郎は指をピンっと立てて宣言する。
「お前が帰る条件はただ一つ……俺達と昼食をともにすることだ」