第13話:伝説の幕開け
大雨は休むことも知らずに大地を穿っている。
泣き止んだアリッサは秘密を明かした満足感で満たされていた。
宗一郎は自分の正体を伝えた事によるメリット、デメリットを天秤にかけ、アリッサに全てを伝える事にした。デメリットを受け入れようと決めたのは、アリッサの秘密を聞いた事による感情の昂りとは無縁ではなかったが、それを差し引いたとしてもアリッサは信頼に足る仲間だと感じていた。
貴族の子女、魔族の能力が隔世遺伝した女の子、元奴隷の女の子、アリッサには多くの肩書があるが、そんなのは関係ない。
アリッサはアリッサだ。
魔の森で2ヶ月過ごし、宗一郎によくちょっかいをだし、笑い合い、魔法を教えてくれたアリッサだ。宗一郎はアリッサの過去を知ったとしても、前と変わらず接すること決めたーーそれがアリッサの一番求めているものだと信じて。
「アリッサ」
「はい?」
「お前が隠し事をしていたのと同様に、俺も隠し事をしていたんだ。話を聞いて俺の決心もついた。お前の話を聞いて俺の話をしないのはフェアじゃない。聞いてくれるか?」
「フェアって私のセリフだよ。勿論。聞くよ。でも隠し事って何?なんで見た魔法を使えるのかとか?聞いたこともない話を沢山知っていることとか?それとも実はソウイチロウもどこかの国の王族とか?」
「俺は王族なんかじゃない」
「そう。よかったわ。元皇族と王族だったら釣り合いが取れないものね」
仲間になるのに資格なんていらないという名セリフが頭の中に飛び込んできた。
(仲間になるのに釣り合いなんて関係ないよな)
「ともかく俺の隠し事を話したいから場所を変えよう。実際に見せた方が早い」
「良いけど、どこ行くの?」
「それはな……」
大樹から降り目的地へと向かう。アリッサは宗一郎の後ろを付いてきた。
雨よけに大樹の一葉を2人がかりで千切った。一葉は余りにも固く魔法を唱えまくり、10分かけてやっと千切れた。それを半分に折り、2人で頭の上に持ち上げ傘代わりにしている。この一葉は全く雨を通さない。また身長の関係で蓄積された雨水が傾斜に沿ってアリッサ側に流れる為、宗一郎とアリッサが通った後にはジョーっと一直線に水の塊が流れている。
一葉にあたるダンダンというまるで弾丸のような雨音を聞きながら歩いて行く。
「アリッサ」
「ん?何?」
「お前って俺に初めて会った時に、奴隷と魔族について聞いてきたよな。あれは何だったんだ?」
「あれは確認よ。確認。奴隷と魔族についてどう思っているかってことをね。私はナターシャが自分のために奴隷になったって聞いてから、奴隷を蔑む人間を嫌悪するようになったわ。奴隷も人間なんだって気づいたのよ。魔族については、もしソウイチロウが魔族を憎むような人物だったら離れようと思ったからよ」
「ナルホド。とすると俺の回答は……」
「満点よ。完璧。感動さえしたわ」
(褒めすぎです。アリッサさん)
その後アリッサの奴隷への思いを熱く語られながら歩いていると程なく目的地に着いた。
そこは宗一郎がこの世界に来た場所、始まりの地であった。
今日はピョートルもいないし、ケンタウロスも戦っていない。しかし眼前にはピョートルから水分を奪った植物ーージラソーレがいた。
こいつが目的であった。
突然足を止めた宗一郎を不審に思ったアリッサは宗一郎の背中に胸を押し当て、前方を確認した。
「なになに?着いたの?どれどれ……げっ!?ジラソーレじゃない?ソウイチロウ、逃げるわよ。雨の日は最悪な魔物なのよ。あいつは生物から水分を吸収して養分にしているんだけど、雨の日は水分を摂り過ぎて酩酊状態になり、所構わず水魔法を撃ってくるんだから」
(ジラソーレって最悪な魔物だな)
確かに眼前のジラソーレは陽気そうに花弁を左右に振りながら、時々水魔法を撃って周りの木々をなぎ倒している。枝葉は手拍子を打つかのように交差している。水で酔えるとは、嬉しいのやら悲しいのやら、宗一郎は未成年の為、その答えはわからなかった。
「アリッサはそこに隠れていてくれ」
宗一郎は持ち上げていた葉を下ろし、木陰を指差す。
「逃げようよ。元々Bランクの魔物だけど、大雨の日はAランクに認定されている凶悪な魔物なんだよ」
「俺なら倒せる」
「どうやって倒すの?」
「逆に聞くが俺はどうやったら倒せる?」
んーっと考えこむアリッサ。
「ソウイチロウが使える魔法は8つ。火・水・風・回復・結界・封印・空間・探知魔法……有り過ぎね。攻撃に使えるのは火・水・風だけ。他の魔法を攻撃に使うにはまだ練度が足りない。武器はナイフだけ。でもジラソーレの攻撃を躱しながら切りつけられる腕前ではない。つまり火・水・風魔法で倒さなければならない。でもこの大雨で火は多大な影響をうけるから不可能。水はジラソーレが吸収するから問題外。風魔法が唯一の手段。でもこれも大雨の影響で威力は落ちる。ジラソーレを倒せる威力がだせるかどうか……」
「……結論はでたか?」
「無理よ。やっぱり無理。風魔法が唯一の希望だけど、もし一撃で倒せなかったら強力な水魔法で反撃される。ジラソーレは大地に根を貼って動かないのが弱点だけどそれをこちらがつく方法はない。よって勝てない。逃げるが勝ちよ」
「そうだよな。やっぱりそう思うよな」
宗一郎は一拍間を置いてから、人差し指をピンっと立てる。
「俺はもう1つ魔法が使える」
「は?」
「隠していて悪かった。でもこの魔法だけは誰にも知られるわけにはいかなかったんだ」
「いえ、それは良いけど。9種類目の魔法?はは、世界中の魔導師がドン引きするわ」
「たぶんアリッサが考えている以上にドン引きするだろうな。ひとまず見てくれ」
宗一郎はジラソーレの直線上に移動した。
思い起こせばこの魔法だけは練習してこなかった。修行中は四六時中アリッサがいた為、撃つ機会がなかった。修行後の宗一郎のフルパワーで撃ったら、どうなるか予測はつかない。
(スマンな。ジラソーレよ。個人的な恨みはないが、ピョートルの恨みってことで倒させてもらうぞ)
ジラソーレはほぼ水分で出来ている魔物ーーこの魔法が通用しない訳がない。
宗一郎は右手を前に出し念入りに力を貯め唱える。
「貫け!【ライトニング】」
刹那宗一郎の右手から放たれた雷光は、龍のような形状へと姿を変えジラソーレに襲いかかる。
バリバリッと雷鳴が轟き、龍はジラソーレを焦がし尽くした後、天空へ昇り雲を切り裂き消えていった。
魔の森の上空を覆っていた積乱雲は雲散霧消し、雨がサーッと消えてなくなり、顔を覗かせた太陽は雨粒によって濡れた大地に乾きを与えた。
後に残るは焼け焦げた、親指程度の大きさのジラソーレの遺体のみであった。
予想を遥かに超えた威力だと喜んでいた宗一郎は、少しだけ目眩を覚えながらアリッサの方を振り向いた。
アリッサはワナワナと唇を手で押さえて、震えながら宗一郎とジラソーレと空に何度も視線を向けていた。そして常より幾分か早口で驚嘆の声をあげた。
「有り得ない、有り得ない、有り得ない。これはまさか以前帝立図書館で読んだ禁書に出てくる秘法ーーラ、ライトニング。神にしか扱えない創生の魔法にして破滅の魔法。1度その魔法が放たれれば、大地は砂漠と化し、海は陸地と化す。有史以来研究され続けているが、誰もその端緒さえ掴めずにいる未知の魔法。1回で上級魔導師10人分以上の魔力を消耗すると考えられている究極にして絶対の魔法。そんな神話にしか出てこない神々の魔法を……なぜソウイチロウが?」
(おおうそんな魔法だったのか。これ)
「信じて貰えるかわからないけど、俺は異世界人だ。異世界からこのガイアに転生する時、女神にこの魔法を食らったんだ。その後女神から『加護:器用貧乏』を頂いた。その『加護』のおかげで俺は見た魔法を真似できるんだ。正確に再現はできないがな」
「異世界?女神?転生?『加護』?『器用貧乏』?聞いたことのない単語がポンポンでてくるわね。詳しく聞かせて欲しいけどその前に魔力はどう?切れてないの?」
「少し目眩がしたよ」
「それだけ。不快感や倦怠感とかはないの?」
「特に」
「呆れた。あれだけの魔法をうって目眩だけだなんて。どんな魔力しているのよ」
「なんかすみません」
「いいえ謝る必要はないわ。誇って良いことよ。でもみっちりソウイチロウのこと聞かせてもらうからね」
それから宗一郎は自分のことを語った。アリッサは疑問点があると即座に質問をした為、大分時間がかかった。宗一郎が雷魔法を撃った時は、昼下がりの陽気な気候だったが、話し終える頃には真っ暗になっていた。
「そう。大体わかったわ。ソウイチロウがニホンから来た異世界人なのも理解したわ。だから色々私の知らないことが出てきたのね。異世界の知識なんてあるわけないもの」
アリッサは宗一郎の異質さに合点がいった。
「それでアリッサに俺の身の上話以外で2つ伝えたいことがある」
「何?」
「まずは今後のことだ。この魔の森を抜けてどこに行くか。俺達はアリッサの部下を開放するために、金か権力を得なければならない。しかしアルエットにアリッサの居場所はない」
「ええそうね」
「そこで提案なんだが、この森を抜けて南の大国タージフに行くってのはどうだ?この森はタージフに続いているそうじゃないか」
「ええ私もそれしかないと思っていたわ。でもなんでこの森がタージフに続いているって知っているの?私言っていないよね?ソウイチロウは異世界人なんだからそんな知識無いわよね?」
「あぁそれはな、アリッサがいた村の茶髪のおっさんが独り言を言っていたんだよ。ご親切に太陽の登る方角まで教えてくれたよ」
「シンさんが?」
「そんな名前だったのか。そうそのシンっておっさんが南に行けばタージフに出られる。タージフならアリッサを突き出さないだろうって教えてくれたんだよ」
「……」
「あの人達もアリッサを追い出したことは不本意だったんだろう。アリッサは気づいてないかもしれないけど、小高い丘の上にあった家は修復されていたよ。たぶん村人の手によってな。アリッサに対する罪悪感がそうさせたんだろうな」
「そうそんなことが……気づかなったわ。シンさん達がそんなことしていてくれたなんて」
涙を隠すように、膝に顔を埋めるアリッサ。宗一郎はその顔が上がってくるのを待っていた。
「うん。ありがとう。私あの村の人たちに嫌われてないんだね。それだけで元気が出るよ」
「あぁそうだ」
「それで?」
「ん?」
「私にしたいもう一つの話って何?」
「それはその、非常に言い難いのでありますが、しかし同時に権利を主張したいと思いまして…」
「……まどろっこしいわね。ソウイチロウの頼みなら何でも聞いちゃうから言ってみて」
(チャンスだ!ここしかない!言質はとった)
アリッサはひどく恥ずかしい思いをするが、宗一郎も気恥ずかしいからおあいこだ、アリッサ的に言うならフェアだ、と宗一郎は欲望を果たす為の言い訳をした。
「アリッサが俺に魔族や獣人について聞いてきた時のことを覚えているか?」
「勿論。忘れてなんかいないよ。あんな大事な思い出を」
「あの時お前に言ったことを叶えて欲しいんだ」
んーっと右手の指を唇に当て月を見上げながらアリッサは考えていた。
少しすると思いついたのか、右手を下ろし地面を見て顔を歪ませた。そしてみるみるうちに顔を林檎のように真っ赤に染め、右手を前に出し必死に左右に振った。
「いやいやいや、まだ早い、まだ早いから。そういうのは1から手順を踏まないと。いきなりはだめだよ。あっ、でもソウイチロウは異世界人。異世界ではそういうのが普通なのかな。でもでもでもー……」
ブンブンと首を左右に振る。
「どうかしたのか?」
宗一郎が問いかけるとアリッサは身を引いた。
「いやだからね、まだ早いんじゃないかなーって思うんだー」
「俺は今したいんだが」
宗一郎は距離を詰めて言う。
「今ってここで?」
「ここはちょっと恥ずかしいからあの大樹の根本に行こうぜ。あそこなら葉っぱが隠してくれる」
「いやいやいや初めてが外なんておかしいでしょ」
「周りに誰もいないから大丈夫じゃないか?」
「そういう問題じゃないし」
アリッサは赤ら顔でプンスカ怒っている。
「嫌なのか?」
「……嫌じゃない。嫌じゃないけど……」
言い淀むアリッサを見て宗一郎は諦めることにした。
「そうかーダメかー。アリッサの背中に生えている羽に触ってみたかったんだけどなー」
「へ?」
アリッサがマヌケ顔をする。
「ん?どうしたアリッサ。あの時俺は言ったじゃないか。羽の生えている女の子を助けた暁には触れてみたいって。ケンタウロスを追い払ったから条件を満たしたと思ってたんだが」
「……うん。確かに言っていた。言ってたよ。えっ?でもそっち?」
「そっちってなんだ。他になんか言ったっけか?えーっと」
と宗一郎が考えこもうとしたらアリッサのまわし蹴りが飛んできて、宗一郎の体を吹き飛ばした。
(ぐっ、こいつ絶対お姫様じゃないよ。探知魔法使っている俺が反応できない蹴りだもんな)
そしてアリッサは宗一郎に馬乗り、俗に言うマウントポジションになりポカポカと殴りつけてきた。
「紛らわしいのよーーーーーー」
言葉足らずであった。