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何でも出来て何にも出来ない男が平穏無事な生活を手に入れるまで  作者: 大山秀樹
第1章:仲間をつくろう
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第12話:アリッサの正体


 大雨の中、一葉の上に座り火の玉を囲んで、女の子から身の上話を聞く。

 現代日本じゃ有り得ないシュチュエーションに苦笑しながらアリッサが口を開くのを待った。

 アリッサは胸の前で腕を組みながら考え事をしていた。その行為が豊満な胸を強調させ、アリッサをより扇情的にしていた。

 しばらくするとアリッサは自分の半生を頭の中で纏め終わったのかスラスラと話し始めた。


「まず初めに言っておきたいのは、私ことアリッサ・フォン・マクスブルクはカルドビア帝国の皇位継承第4位なのよ」


「はいぃ?」


 宗一郎はなるべく合いの手を入れないでおこうと思っていたのだが、のっけから入れてしまった。


(確かに、初対面の時にそう名乗った。姓があるから変だなとは思ったが、まさか皇族だったとは)


「信じられないのも無理はないわ。でも真実よ。私は現皇帝クライフ・フォン・マクスブルクの第4子にして、次女なのよ。全然お嬢様っぽくないってよく言われたわ。長女のカタリーナお姉様は周囲の想像通りのお嬢様。可憐でお淑やか。でも次女はガサツで無鉄砲。そんな比較ならよくされてたわ。ソウイチロウの持っていた筒はカタリーナお姉様の実家であるグレゴリウス家のものよ。グレゴリウス家はガルドビア帝国の有力貴族なのよ」


「……これからはアリッサ様って呼んだ方がいいですか?」


「やめて。敬語なんて使わないで。もう皇族じゃない。私は苗字を捨てたのよーー正確に言えば捨てられたんだけど。ともかくアリッサって呼んで」


 アリッサは食い気味に強い拒絶を示した。


「わかった。これからもアリッサって呼ぶぜ」


 アリッサはニコッと笑った。


「私はガサツだったけどやっぱりお嬢様だったのよ。幼い頃から蝶よ花よと育てられてきたわ。宗一郎は軽蔑するかもしれないけど皇族に生まれた者にとって奴隷って人間じゃないのよ。生まれた時から側にいて、こちらが何をしても反抗できない存在なんだから。宮殿だと扉を開けるだけの奴隷がいたわ。仕事は扉を開けて締めるだけ。交代制だったけど休日なんてなし。12時間の間、来るかわからない来訪者を待って、来たら扉を開けて締めるだけ。なのにそれが遅いだの五月蝿いだのと、何かと難癖をつけてマクレーンお兄様は殴っていたわ。あっ、マクレーンお兄様は長男で皇位継承第1位、いうなれば次期皇帝ね。お兄様はよく殴っていたけどその当時の私はそれが当たり前なんだと思っていた。この奴隷が悪いから、ノロマでグズだから殴られているんだと本気で信じていた」


 不意にアリッサは視線を逸らし頬を染めた。


「あと……これは言うの恥ずかしいんだけど、奴隷を人間と思っていない例としてわかりやすいからあげるわ。マクレーンお兄様が言っていた話なんだけど、年頃の男と女が、その………するときね、奴隷が篝火をもってベットを照らすらしいの。もちろん最初の間だけどね。そういう行為や自分の裸を他人に見られるのは恥ずかしいんだけど、奴隷に見られても恥ずかしくないんだって。奴隷は人間じゃないからってそう言ってたわ。悲しいことにこれは皇族どころか貴族全般に共通する考え方みたい。そんな下世話な話でマクレーンお兄様と貴族が談笑していたのを聞いたことがあるわ」


 肝心なところを喋ってないが意味は伝わった。


「あっ、勿論私はまだしたことないよ。安心して」


 アリッサは右手を前に出しブンブンと振りながら処女宣言をした。


「話を戻して。私も例に漏れず奴隷を人間と思わず生活していたわ。暴力は加えてないけど随分ワガママ言って振り回した気がするわね。うぅあの頃の自分を殴りたい。……でもね、15歳になった時に事件が起きたの。人生を一変させるような出来事が。ある晩背中に激痛が走ったのよ。とても耐えられる痛みじゃなくて一番信頼していた執事を呼んで背中を見てもらったんだ。そこにはね、小さな、本当に小さな、親指くらいの2対の羽が生えてたの。人間に羽は生えない。私に魔族の血が混じっているから生えてきたのよ。それを聞いた時は奈落の底に突き落とされたような気持ちになったわ。ソウイチロウに教えた通り、ガルドビア帝国は人間至上主義。当時の私も人間史上主義だったわ。そんな国で魔族の血が混じっているなんてもってのほか。ましてそれが皇族にいるなんてわかったら大問題なのよ。私のお母様はまじりけのない人間。勿論皇帝であるクライフお父様もね。でも稀にこういうことが起きるの。隔世遺伝って知ってる?」


 宗一郎は頷いた。


「私のお母様かお父様の何世代か前ーーもしかしたらもっともっと前かもしれないけどーー少なくとも私の先祖が魔族と関係をもった。そして人間と魔族の子供が生まれた。人間と魔族の混血っていっても半人半魔みたいなのにはならないの。むしろどちらかの特徴が色濃くでるのよ。その子供はどっちが強かったのかはわからないけど、代を経るに連れて人間の血が強くなり、傍目には人間にしか見えなくなった。そして先祖に魔族がいるなんてことが記録にも記憶にも残らなくなった時に私が生まれたのね。記録に残っていたらお父様とお母様が結婚するはずないもの。そして2人の間に生まれた私に魔族の力が発現したって訳よ。隔世遺伝の可能性は子供の頃から聞かされてたの。マクスブルク家は200年前はガルドビア帝国の田舎の1貴族でしかなかったのよ。でもそこから130年かけて勢力を拡大し、ガルドビア皇帝の座を奪った。その拡大方法が政略結婚だったのよ。跡取りのいない貴族、困窮した貴族、有力者と繋がりたい貴族などに目を着け、続々と子供たちを送りつけその家を乗っ取ることを繰り返していたの。ガルドビアでの結婚の際には事前に先祖に魔族がいないか調査するのが普通だけど、政略結婚はそうはいかない。タイミングを逃したらそれまでだし、これから親戚になる相手に対して身辺調査などで不快感を持たれたくないってのが理由ね。それだけの血を受け継いでるのが私達だから、もしかしたら誰かに隔世遺伝が起こるかもしれない、それが起こった場合は死ね、自殺しろ、ってのが家訓だったわ。酷いとは思わない?家訓が自殺しろだなんて。でもそうじゃないとカルドビア皇族としての地位は保てないこともわかってた。だから子供心に納得したわ。隔世遺伝した人間は運が悪いんだなって。まさかそれが自分になるだなんて想像もしなかったわよ。だってマクスブルク家300年の歴史の中でも隔世遺伝が確認されたのは1人だけ。しかも100年前の出来事よ。その間に生まれた子供は500をこえるわ。そんな確率のものが自分に降りかかるとは思わないわよ。でもその想像もしないことが起こってしまったの」


 500分の1、つまり0.2%だ。ほぼあり得ない確率だろう。

 アリッサはしゃべり疲れたのか、フーっと息をして水魔法で喉を潤す。先は長そうである。


「私はその夜泣いたわ。涙が枯れるんじゃないかってくらい泣いた。唯一そのことを知っている執事には1日だけ時間を頂戴と言って待って貰ったわ。執事も当然家訓を知っているからお父様に報告しなきゃならない立場だったけど、私のワガママを聞いて黙っててくれた。……でもね、1晩泣いて涙が枯れたくらいじゃ生き死にの決断なんて無理なのよ。頭がぐちゃぐちゃになりながら一睡も出来ずに朝を迎えたわ。私は混乱と寝不足で頭がガンガン鳴っても、太陽が昇ったから朝食を食べに部屋を出たわ。そんな時くらい朝食なんてって思うだろうけど、皇族としての16年間の呪縛みたいなものが自然と足を運ばせたのよ。朝食は皇族全員で食べる決まりだったからね。食欲はこれっぽっちもなかったわ。でも食堂に行かなきゃって夢遊病みたいになって部屋を出た私は想像もしていなかった光景を目の当たりにするの。それは一生忘れられない思い出になったわ」


 アリッサはここで一度言葉を区切り、その光景を思い出すように瞼を閉じながら言う。


「執事以下私を慕ってくれたメイド、騎士、庭師などが整列していて、私の事情を理解して私に逃亡するように、この命お嬢様の為に使いましょうって言ってくれたわ。執事が信頼できる使用人に相談をもちかけたの。黙っててという命令に違反した執事を怒れなかったわ。だって私はその言葉を聞いた瞬間に涙を流していたんだから。涙って枯れたと思っても出るなんて初めて知ったわ。涙の方向性が違うせいなのかな?とにかく私はこの部下を信じて、この一度も出たことのない城を抜けだしてみようって決心したの。この国を抜け出しまだ見ぬ土地で暮らそうって」


 アリッサはガッツポーズをする。


「そう決めた私は執事の言う通りに普段と何ら変わらぬ様子で朝食を食べたわ。背中の痛みは増すばかりだったけど、表情にはちっとも出さなかったわ。一世一代の名演技ね」


 アリッサはベロを出して笑う。


「そしてその夜南門から抜け出したのよ。夜には背中の痛みも治まっていたわ。門番は買収済みで見咎められることはなかった。私は初めて見る外の世界にワクワクしていた。初めて見る森、動植物、宮殿とは違う簡素な食事、葉っぱを敷いただけの硬いベット。何もかも新鮮で心は沸き立っていたわーー最初のうちだけね。執事の実家に行く予定だったのだけど、運悪くその周辺で戦争が起きてしまい進路変更を余儀なくされたわ。他に頼るところもなくアルエットにいる母方の親戚のところに身を寄せることにしたの。でもね、その旅路は悲惨だったわ。執事の実家に行く分の食費と路銀しか持っていなかったから当然底をついたわ。幸い私は水魔法が使えたから飲水は問題なかったけど、食料はどうしようもなかった。それこそ何でも食べたわ。木の実や草、虫に至るまで。生きるのに必死だったからね。だから私みたいな箱入り娘でも魔の森で食べられるものを知っていたのよ。その経験で私の『お腹が減っている人には見返りを求めちゃいけない』っていう信条が出来たわ。そうやって獣みたいな生活をして旅してたんだけど、長い旅路で絶望した騎士の一人が裏切り、お父様に私が隔世遺伝している事を告げてからは軍に追われることになったの。軍に抵抗した部下が命を落とすこともあったわ。でも軍は本気で追ってこなかった。本気で追ってきたら簡単に捕まえられるもの。多分軍を統括しているジョーお兄様が手回しをしてくれたのよ。ジョーお兄様は私を溺愛していたから」


(アリッサのお兄様ってことは次男だろう)


「朝起きて一番仲の良かったメイドがいなくなっていた時が一番堪えたわ。逃亡中もずっとおしゃべりしていたのに。その日何をしたかなんて覚えてないわ。放心状態で歩いてたって後から聞いたけどね。その後も一人また一人と姿を消していたわ。心が乾いていた私は、逃亡理由を聞かなかったわ。同然でしょう?逃亡に嫌気が差したからに決まってるもんね。やっとの思いで、国境を超えたら流石に軍は追ってこなかった。国境を超えた時点で連れは執事1人だけになっていたわ。その後も逃亡を続け、逃亡期間が1年経とうかという時にやっと母方の親戚の家に着けたの。その家が今朝行った村の小高い丘にある家よ。私の親戚はあの村の地主だったのよ。そしてその親戚は私を匿ってくれた。他所には新しく購入した奴隷として話してくれたわ。奴隷といっても仕事は何もなし。好きにしていいって言われたわ。たぶん親戚が何らかを村民に言い含めたから、私が奴隷として見られることはなかった。その頃の私は塞ぎこんでいたわ。何もかもを信じれなくなっていたのよ。唯一最後まで付いてきてくれた執事に当たり散らしたこともあったわ。そんな荒んだ私の心を癒やしてくれたのはあの村の子供達なの。私の魔法を見せればワーキャーと喜んでくれたし、宮殿で習ったお話も興味深く聞いてくれた。私が道を歩けば、アリッサお姉ちゃんだーと言って私の元に駆け寄って一緒に遊んでくれたの。それで私がどれだけ救われたか。あの村の住民には感謝してもし足りないわ。そしてその生活が1年程経ったある日、突然アルエットの軍が私の親戚の家に攻め込んできたの」


 宗一郎は目をそらしてはダメだと思いじっとアリッサの目を見る。


「それが2ヶ月前の話ね。アルエット軍によって、親戚も執事も殺されたわ。使用人も。家は破壊され、私も兵士に取り囲まれて殺されると思ったのだけど、私には手を出してこなかった。そして上官を呼びに行き、上官から指示を受けた兵士は囲みを解いたの。その行動の理由はわからなかったけど、とにかくどこか遠いところへ逃げようと思ったわ。でもダメだった。道という道が軍に閉鎖されていたの。開いているのは生存困難な魔の森への道だけ。私はそこで合点がいったのよ。アルエットの軍は私を直接的に殺害することを避けたいんだなって。おそらくお父様がアルエットの上層部に私がこの村にいることを伝えたのよ。アルエットはガルドビア帝国には頭が上がらないから指名手配されている私を始末するしかない。でも私を殺害すると難癖を付けられる可能性がある。よくもわが娘を殺したなって。そんな横暴を基本的に通らないんだけど、今は先の大戦からの復興の真っ最中だから、他国も見過ごすかもしれない。そう考えて私を殺害せずに、魔の森で野垂れ死にさせる方法をとったのよ。私が自発的に魔の森に入ったことにしてね。それならばお父様も難癖のつけようがないわ。私はその流れを理解出来たから、手を出せないだろと思って、つかつかと軍の方に歩いて行ったのよ。そこで軍はあの村の人々を人質にとったわーーお前が魔の森に入らないとこの村を破壊するぞって。酷いと思わない?自国民を人質にしたのよ。でもそれは私にとって絶大な効果があったわ。あんなに優しくしてくれた人を私は裏切れない。自分の命か、村人の命かを突きつけられた私は、村人の命を取って魔の森に入ったわ。親戚も執事も死んで絶望した私は何も食べる気がおきなかったの。私が逃亡中に虫や草を食べて飢えを凌げたのは、親戚の家に辿り着けば何かが変わると信じていたから。でも魔の森に入って生きる希望を無くした私には、虫や草は食べ物として映らなかったわ。魔物は私の力で狩ることはできないから、魔の森で食べ物を調達する手段がなかったわ。でもどんなに落ち込んでいようが、お腹は減るのよ。水をガブガブ飲んでも効果はなかったわ。そうしてお腹が減ってフラフラになったところでソウイチロウ、あなたと出会ったのよ。……運命の出会いね」


 フーっと息をアリッサが吐いた。つられて宗一郎もフーっと息を吐く。


(随分重い話を聞いてしまった)


「これで全部か?お前が話したいことは」


「ううん。もう少しあるわ」


「聞かせてくれ」


「私ってね、やっぱりお嬢様だったの。逃亡期間中私は絶対盗みもしなかったし、それを部下に強いていた。皇族の矜持ってやつかな。でも本当にそれで良かったのかって」


「何言ってんだ?それは誇っても良いことじゃないか。俺が同じ状況で目の前に食べ物があったらついつい手を伸ばすと思うぜ。飢餓ってのはそれほど恐ろしいことだと思う。そんな極限状態にあって、倫理観を持ち続けたアリッサは偉いと思う。あっでも俺アリッサに豚肉取られた気が……」


「あれは除外して。自暴自棄になっていたの。あれはソウイチロウが私に恵んでくれたってことになっているから。それに正確に言えば逃亡期間中じゃないし」


「はぁ」


「とにかく私達は盗みはしなかった。でも路銀も食料も尽きた私たちがどうして逃亡を続けられたと思う?砂漠など食べ物が存在しない場所もあるし、兵士に見逃して貰うための袖の下も必要だわ。逃亡にお金は不可欠なのよ」


「どうしてってお前……あれっ?どうして続けられたんだ?」


「私は逃亡期間中、そんなことを少しも考えなかった。ううん、考えたくなかったのかもね。でもなんとかなっていたわ。私が知らなかったのは、お金に関しては執事に全部任していたから。執事が意図的に隠していたのね。私に余計な負担をかけさせないために。私がそれを知ったのは、親戚と執事を殺したアルエット軍からだったわ。私を取り囲み上官に指示を仰ぎに行く間、暇になった兵士が言ってたのよ。『そういえばこの前宿場町で抱いた女に、なんで娼婦なんてやってんだ?って聞いたら答えてくれなかったんだけど、その後女将に聞いたら、あぁナターシャね、なんでも路銀がなくなったからって自分を奴隷にしてくれ、自分の主君はゆくゆくは大事をなす人になるからってのが理由だそうよって言われて、今頃こんな健気な子がいるんだなーって感心したよ』って。私は聞き流すことは出来なかった。その子の名前には聞き覚えがあったの。私と一番仲の良かったメイド、その子の名前だったの」


 宗一郎は息を飲む。

 突然いなくなったメイドは逃亡生活が嫌になって抜けだした訳でなく、逃亡生活の資金を捻出する為に自分の身を差し出したのである。


「私は、私は情けなかったわ。そんなことも知らずに、子供達と遊んでいた自分に。資金面で行き詰まっていることも知らずに、盗みを禁止した自分に。思えば逃亡者が出た次の日からはある程度まともな食事をするようになったわ。私はそれを何も考えずに食べていたけど、あれは私の部下が自分の身を売ったお金で買ったものなのよ。もし盗みを禁止してなければ……部下が奴隷になることはなかった。私は民間人への迷惑ばかり考えて、自分達の現状なんて見てなかったのよ。私はナターシャが娼婦になるくらいなら、盗みを働けば、犯罪者になれば良かったって後悔したわ」


 アリッサは涙ぐみながら、早口で話す。


「それは違う!」


 宗一郎は断言する。


「何が違うっていうのよ?」


「ナターシャの言葉を思い出してみろ。主君は大事をなす人になるって、そうお前に期待をしているから身を売ったんだ。困窮してもなお盗みを犯さないお前を見て、犯罪に手を染めようとしないお前を見て、自分から奴隷になったんだ。そんなお前が盗みをすれば良かったと後悔することはナターシャへの、部下への冒涜だ」


「でも、でも現にナターシャ達は苦しんでる。ナターシャ以外何してるかは知らないし、奴隷になったかどうかもわからないけど、もしかしたらナターシャと同様に自分の体を売るような、酷使するような苦役についているかもしれない」


「俺だってナターシャやそれ以外に奴隷になった者たちがそのままで良いなんて思ってない。だからお前が……そいつらを開放してやるんだ」


「開放…」


「そうだ。奴隷身分からの開放だ。それができるってお前が教えてくれたんだぞ。膨大な資金か絶大な権力が必要になるって。それを手に入れるんだよアリッサ」


「確かに犯罪奴隷でもない限りは、見受け金か領主の権限で奴隷は開放できる。でも資金か権力なんてどうすれば?私にはお金を稼ぐ方法なんてわからないし、もう皇族じゃなくなったのよ」


「方法は後から考えればいい。今やるべきことはお前の逃亡を支えてくれた部下のように、お前が信頼できる仲間を作ることだ。3人よれば文殊の知恵ってやつだ。仲間が集まれば資金集めをするのも、どこかの国で名を上げることだって出来る。そうして資金が貯まれば順々にお前の部下を買い取っていくんだ」


 宗一郎の訴えはアリッサの心をうった。アリッサは過去の自分と決別するべく涙を拭った。


「仲間……そうね、あの部下達みたいに信用できる仲間が欲しいわ。3人よれば文殊の知恵って平凡な人でも3人集まれば素晴らしい知恵がだせるって意味だっけ?」


「よく覚えていたな。アリッサ」


「ソウイチロウが言ってくれたことだもん、覚えているよ。……そっか開放か。考えなかったわ。ソウイチロウに奴隷は開放できるって話をした時にも、ナターシャ達を開放すれば良いんだなんて考えは頭によぎらなかったわ。私はなんで盗みを禁止したんだろうってそればかりを悩んでた、とらわれていた。そんなことウジウジ悩んでも何も変わらないのにね」


 アリッサは腰を上げ、濡れた右手を自分の服で拭いてから差し出した。


「ソウイチロウ、最初の仲間になってくれる?」


「あぁ勿論だ」


 宗一郎は握手をした。

 

 大地を覆う雨粒が降りしきる中、大樹の雄大な一葉の上で宗一郎とアリッサは仲間になった。


 これは伝説の始まりであり、このすぐ後の事件を含めて後々まで巷間の語りぐさとなった。


 彼らが何をなし、どこに向かうかはまだ誰も知らないことであった。



(アリッサがこんだけぶっちゃけてくれたんだから、俺も全部話さないとな)

 作中の主人公の語尾を全体的に少し修正します。書いててアリッサとの書き分けが難しくなってきたもので。スミマセン

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