あかりさんを探して2
「さっきはどこまで話したかな?」
「えーと、医師になろうと思っていたが、軽い気持ちだった。で、それが決意にかわる出来事があった。と」
「おぉ、そこか!」
一人目の清田あかりさんの病室を後にし、三階から五階に移動してきていた。
この病院は八階建てで、屋上も開放されてる施設。
でも……高いところから飛ばしたら、学校に届く可能性はどんどん低くなる。
このあたりの階が一番ありえそうなんだけどな……。
「私のこの眞樹という名前をね、素敵だといってくれた人がいたんだ。昔ね」
「昔?」
「あぁ、もうこの世にはいない」
っ……!
「あ、あの無理に話してもらわなくても……」
「お、気遣ってくれるのかい?嬉しいねぇ。でも、大丈夫。私ももう大人だ、高校生に気遣われるようじゃ顔も立たないってものさ」
確かに面目は潰れるかもしれないけど……わざわざ、自分の傷を抉ってまで話してもらうような内容じゃ……。
「その子とはね、高校二年の時に出会って、意気投合したんだ」
「二年ですか?」
「あぁ、でも決意したっていうのは三年の時だよ」
「その一年で……一体何が?」
しかも、亡くなってるわけだから……なにか特殊な理由があったってことなんだろう。
病死なのか事故死なのか、それとも……自殺なのか。
聞きたいけど、聞けない。
いや、どうなんだろう。……多分この気持ちは、聞きたくない方に傾いてる。
聞いたらきっと、同情してしまうから。
同情なんてのは甘えで、わかったつもりになっただけで何一つ理解できやしないから。
結論を言うのなら、俺は、眞樹先生にとっての大事な人……大事だった人については、言及しない。それは、相手を気遣ってじゃない。俺がその理由を聞きたくないからだ。
「それでね、三年生になって」
「え?あ、すいません。聞いてなかったです」
「ん?そうかい?まぁ、大丈夫。今までの部分はそんな大事じゃないから」
じゃあ、なんで話したんだ!
「それに、会話としては区切りがいいんじゃないか?」
「えっ?」
「ここだよ、二人目のあかりさん」
あ、忘れてた。
先生のことで頭いっぱいで、本題が脇にいっちゃってた。
よし、気持ち切り替えるぞ!
自分の手で両頬を力強く叩いた。
五階中にいい音が響き渡って、看護師さんたちが一斉に視線を向ける。
「少年、威勢がいいのは、大いに結構だが、場所は考えような」
「ふぁい、すひまふぇん」
「あと力加減も」
「じゃあ行ってきます」
「今回も疲れるとは思うけど頑張ってな」
「はい」
疲れるのか……気が進まないな。
ま、でも、手紙をくれた彼女かもしれないし。
少し疲れるくらい平気さ。
「失礼します!」
…………あれ、反応なし。
「あの~、失礼しま~す」
恐る恐るベッドの方を見てみるも、人影はなく、あるのはベッドとゲームだけ。
ゲームがあるってことは若そうだな。可能性高いか?
でも今は留守。あとでもう一回寄るしかないか。
そう思い、ドアから出ようとしたその瞬間。
水の流れる音が、俺の耳のみならず視線を奪った。
視線の先で立っていたのは小さな女の子だった。
「おじさん、誰?」
「うぐっ……おじ……はぁ、おじさんね野村って」
少女は俺の言葉なんて聞かず、ベッドの方へ走っていった。
確かにこれは疲れそうだ。
「ねぇ、あかりちゃん?ゲームもいいけど、ちょっとだけおじさんとお話し……し、な」
なんかボタン押してるな、赤いボタン。
あ、れ、は!ナースコォール!!
「あかりちゃん!そのボタンはダメ!」
急いであかりちゃんを抱き上げる。
時すでに遅し。もう、ボタン押しちゃってたよなぁ……。
冷汗が止まらな。
「富川さん!どうしましたか!?」
勢いよく入ってきた看護師さんと目が合う。
三秒くらい間があって、冷汗はその間も流れ続けてた。
「警備員さーん!大変です、不審者が!」
「いや、ちょっ!違います!俺は単純に聞きたいことがあって!」
「ママが知らない人来たら押しなさいって」
なんでそんなとこしっかりしてんだよ!
「そ、そうだね~。偉い偉い」
「警備員さーん!」
「いや、だから!」
「はいはいはい、なになにどうしました?」
眞樹せんせぇぇぇえい!!
ありがとうございます!ホントに!
「眞樹先生!不審者が!」
「おぉ、本当だ。警備員さん呼ばなければ」
おい、眞樹!
「なんてね、冗談だ」
「眞樹先生、先生の冗談に付き合ってる暇なんかないんですよ!」
「あ、はい」
眞樹先生立場弱すぎだろ!医師の立場が看護師より低いってどんな状態なんだよ……。
さすがにダメだよ、それは。
「もう、私が呼びに行きますから!眞樹先生はここにいてください!」
「いや、本当に大丈夫なんだ」
「なにがですか!」
「彼、私の知り合いだから!」
いえ、違います。
が、まぁいい助け舟ですね。
「そうなんですよ!眞樹先生にはいつもお世話になってます」
「……本当ですか?」
「ホントです、ホントです!」
「すみませんでした!」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「まさか、眞樹先生の甥っ子さんだったなんて」
ホント、眞樹先生、無茶な設定つけたなぁ。
「言われてみれば、少し似てますよね」
いや、勘弁してください。
さすがに、それは嫌です。
「それで、なぜ富川さんの病室に?」
「あー、あのですね。今あかりさんって方探してまして」
「あかりさん……」
看護師さんがゆっくりとあかりちゃんを見る。
「この手紙の送り主なんですけど」
「なるほど……。でもこの字はさすがに」
「ですよね、一応聞いてみます」
首を傾げながら、なんとか、承諾してくれた。
この歳でこの字だったら上手すぎるから、ないとは思うけど。
「あかりちゃん、この手紙見たことあるかな?」
「んー?あ、これ私の!」
「「「えっ!?」」」
俺、看護師さん、眞樹先生、三人の声がそろった。
嘘だろ……。字上手いな、あかりちゃん。
「ほ、ホントに?」
「うん!」
見つかった!よかった!
この子と友達なら、簡単そうでいいな。
「あのー、どうかしたんですか?」
「あ、富川さん!」
「うちの子、何かしたんですか?」
「いえ、違います。ちょっと、彼が聞きたいことがあったみたいなので」
「彼?」
あかりちゃんのお母さん?だよな。多分。
俺の方を見はしたが、わかるはずもなく首を傾げている。
「初めまして、野村といいます。この手紙についてあかりちゃんに聞きたかったんです」
「はぁ、この手紙は?」
「あかりちゃんが書いたそうですよ」
「え?なに言ってるんですか!そんなわけないでしょう?」
…………ん?
「でも、さっき本人が」
「まぁ、子供ですから。それにこんな字綺麗じゃありませんよ、あかりは」
まぁ、確かにそうなんだが……。
信じちゃったよ。
「あかり、これアナタが書いたわけじゃないわよね」
「うんー!違うー!」
言ってることがめちゃくちゃだ。
…………まぁ子供だしな。
はぁ、しょうがないか……。
「じゃあ、失礼しますな……」
「え、暗っ!なんか、すみません」
「いえいえ、大丈夫です」
道が遠のいただけで。
「はぁ、違いましたね」
「……違ったね」
「……あの、眞樹先生?どうか、したんですか?」