はじめに:火輪について
誰にでも平等に与えられているものは『死』だと言う者がいる。
なるほど確かに人は誰でも死ぬ。
悪い人であろうと、良い人であろうと。
人に限らずともそれは当てはまるだろう。
花は枯れる。
木は朽ちる。
実も落ちれば、いずれは腐る。
動物などは言わずもがな。
永遠とも思える太陽ですら、悠久の時の彼方にその輝きは失われる。
確かに死は。
死は神に与えられたいくつかの平等のひとつかもしれない。
御崎火輪も当然、死の運命を背負っている。
他の大勢の人間、動物、植物、その他の生物たちと同じようにいずれは死ぬ。
少し特殊な部分を挙げるとするならば、火輪の場合は19歳までしか生きられないと “定められている”事くらいだろうか。
火輪がこの世に生を受けてまだ1年しか経っていない頃、彼の住む街は死龍に襲われた。
後に己の師となる御崎陽仙の救いを受け、火輪とわずかな子ども達はこの邪悪な龍の魔の手より生き延びた。
しかし、死龍の邪念は生き残った子ども達に死の呪いを与えたのだ。
それが【不成】の呪いである。
死龍の悪意にさらされた生き残りの子ども達は、どうしても20歳の誕生日を迎えることができなかった。
子ども達は特別体が弱かったわけでもなければ、命に関わる病を患っていたわけでもない。
それでも皆、齢18,19の頃に亡くなっていった。
どれだけ長生きをした子どもでも、20歳の誕生日の1日前までであった。
「死龍の呪いは花を咲かせない」
死龍の襲来を知る極々一部の大人たちはそんなことを言った。
子ども達は大人になることなく、命のつぼみが開ききる前に枯れていった。
死龍の呪いを受けた子ども達には、人間として成熟するための時間が与えられないのだ。
故に【不成】
物心がつき、死龍のことを陽仙から聞いた火輪は激昂した。
自分の命が脅かされていることについて。
故郷も両親も奪われてしまったことについて。
そして、呪いで死んでいった火輪よりもその事件当時歳上だった子ども達のことを考えると、腸が煮えくり返るような思いと、どうしようもないやるせなさを火輪は感じた。
死龍への怒りと、子ども達の死を悼む心を持つ火輪が、死龍を滅ぼすという決意を固めるのに時間はかからなかった。
死龍を滅せば【不成】は解かれる。
「誰よりも強い刃器使いになって必ず死龍を滅ぼそう」
火輪はそう思いながら師・陽仙のもとで厳しいに耐えてきたのだ。
先に逝ってしまった子ども達の無念を晴らすために。
死龍に縛られない人生を生きるために。
この物語は、死龍によっておおよそ他人とは違った死を約束された火輪が、どのように成長してゆき、どのような振る舞いをしていったのかを記すものである。