which…? 3
「はあぁぁぁぁ」
華乃は大きなため息を吐いた。
春のうららかな日には大変似つかわしくないものだ。それでも許して欲しいと思う。
だって、来週なのだ。高等部の入学式が。
ちなみに今日は中等部の卒業式であり、数年前に卒業した兄様たちも来ている。祀兄様なんて昨日までイギリスにいたはずなのに、今日のためにわざわざ帰国してきたというのであるから、なかなかの過保護っぷりである。しかし、これは今に始まった話ではないが。
「ため息ついてどうしたの?」
心配そうに横からのぞき込んでくるのは、横峯侑那ちゃん。華乃のいちばんの女友達で大和撫子の見本みたいな子だ。
「浮かない顔だな」
「どこか具合でも悪い?」
続いて話しかけてきたのは、幼馴染その1とその2である北大路清治と御園貴明だ。
こいつらは間違いなく攻略対象だろうから、あまり近寄りたくないのだけれど、親同士の付き合いがある以上、無下にはできないし、金持ちのぼんぼんではあるものの、将来、大企業を率いていかなければならない立場に立つことを考えればちょっと生意気なところも向上心のせいだといえなくもないし、それを除けば、別に悪い相手ではないのだ。ゆえにずるずると友好関係が続き今に至ってしまっている。
「いや、高等部楽しみなとこもあるんだけど、知らない人がいっぱい入ってくるから馴染めるか心配で」
さすがに友人たちに心底心配そうな顔をされては、何でもないと言葉を濁すこともできずにもっともらしい理由を告げてみる。全くの嘘というわけでもないが。
そう、なぜか華乃たちが通う学校は中等部ではあまり入学生を採らないくせに、高等部になると一気に倍近くの学生を入学させるのだ。
小学生のころから顔見知りばかりに囲まれていた華乃としては、高校生になっていきなり知らない人と友達になれよ、と言われても今更どうやってトモダチ作ればいいのかわかんねーよっ、と叫びだしたい気持ちなのだ。
「大丈夫ですわっ。わたくしたちがいますもの」
「ええ、そうですわ。華乃さまが心配なさることなど何一つありませんわ」
華乃さまに不埒なことをする輩は近寄せませんので安心してくださいませ、などと次々に女生徒から声がかかる。
彼女たちはよく珍しいお菓子や可愛らしいお菓子などをもってきて華乃にくれるいい子たちばかりだ。普段、一緒に行動するのは侑那が多いけれど、彼女たちとおしゃべりしながらお菓子を食べる時間は華乃のお気に入りのひと時でもあった。
お嬢様に転生してしまって大変なこともあるけど(マナーとか、マナーとか、マナーとか!)、うふふ、あははとお上品に過ごす時間は悪くない。なにせ、お菓子の美味しさはさすがお金持ちと感心するほどだし。
そうかなぁ、でも確かに中等部の子たちはみんな一緒に高等部に行くわけだし、半分以上が顔見知りなわけだから、よっぽど自分から積極的に動かなきゃヒロインと接触することなんてないよね、なんて考えていたのが間違いだったのか。
わたくしたちがいたら心配なんてありませんわ、という心優しい級友たちに励まされて高等部に入学した華乃だったが、そこでまたしても新たな問題に気が付いたのだ。
ヒロインはどこ…?
つまり、だ。
華乃は今、自分が生きている世界がもしかしたら乙女ゲームの世界ではないかと疑っている、というより半ば信じているのだけれど、この世界が具体的にどんな名前のゲームなのか知らないし、ゲーム自体にはまっていたわけではない華乃では推測すらできない、というのが問題なのだ。
一言でまとめるなら、ヒロインがわからない。
なんてこったい!
と、ちゃぶ台がここにあればひっくり返したい気持ちになった。
だって、ヒロインが分からないんじゃどうしようもないじゃん!?
たとえばだが、ファンタジー系の乙女ゲームであれば、主人公はストロベリーブロンドなどの可愛らしい(実際にいたらどうなんだろうと思わなくもないが)髪をしていたり、希少な目の色や髪の色を持っていたりするのがデフォルトだ。
ところが、華乃が生きているこの世界は前世である現代日本とほぼ変わらない。
それゆえ、黒目黒髪ばかりが周りにあふれているというわけだ。もちろん、ストロベリーブロンドなどと目立つことこの上ない髪色をしている者はいない。
しかも、だ。
当然、乙女ゲームの主人公たるヒロインは美少女という設定だが、華乃たちの通う学校は顔面偏差値も考慮して入学者選抜を行っているに違いないと思わせるほどの美形揃いである。ヒロインに出会う前に、彼らのきらきらに目を焼かれてしまうのではないかと恐れ、学校に行くのを嫌がったことすらある。もちろん、梓兄様と祀兄様にお説教の上、三人一緒のベッドで寝るというよくわからないものに巻き込まれ、学校を休むことなどできなかったのだが。
がっでむ!
どうやら、この世界にも神様はいらっしゃらないらしい。偉大なるニーチェの影響はこんなとこにまで及んでるのか、おそるべし!
その晩、あまりの無常さに嘆きつつも世の中ってそういうものだよな、と平家物語を音読していたら、祀兄様にベッドに放り込まれ、抱き枕にされてしまった。
だから、華乃は抱き枕じゃないのよ?
平家物語には必要だ、ということでおそらく琵琶を習いたいとじぃやかなちゃんにおねだりして怒られたこともある。