幸せ
僕は幸せ者である。
母は美人女優、父は社長。そんな二人から生まれた僕――なんと、長身のイケメンで成績優秀のエリートである。裕福な暮らし、両親は俺をとっても可愛がってくれているのだ。もちろん自らの態度も従順である。こんな幸せを与えてくれた両親に対して僕は感謝しているのだから――どんなことがあっても幸せを守るために精一杯尽くしている。
人生は順風満帆――
――なんて考えていた矢先の出来事であった。
高校に電車で通う僕だが、車内である一人の男に話しかけられた。
「ヨオ! 三井じゃねえか!」
その男は同じ学校に通うクラスメートである。名前は鬼山将平。
「将平くん……おはよう……」
彼はクラスのいじめっ子である。体格は身長百八十センチ、筋肉質であり、顔は厳つい。眉毛が太く、いつもニヤニヤとした表情を浮かべている。そんな彼はいつだって、チビで不幸そうで気の弱そうな相手を見つけると、仲間を引き連れては校舎の裏へ連れ込み暴力を振い、財布から現金を奪い取るのだ。彼がいじめ行為をするのを電車でも見かけたことがある――同じ学校のクラスメートである標的を見つけては話しかけるといつものニヤニヤとした表情を一辺させ眉を凝らして怖い表情で標的を脅すと捕獲したように一緒に電車を降りて人目のつかない所へ連れ込むのである――だが僕は違う! いじめられたことはないし、いじめたこともない。
なぜなら僕は幸せ者だから――無縁である。そんな野蛮なことはしないし、されたこともない。いじめっ子の彼もいつも僕に話しかけるとそのまま標的を探しに電車の中をニヤニヤとしながらうろついているのだ。
毎日同じ時間帯の電車に僕と彼は乗っており、いつものように彼は僕を見かけるとニヤニヤとした笑い顔で話しかけ、僕が挨拶をすれば通り過ぎて行く……筈だった。
彼は表情を一変させた――それは僕の知っている彼が標的を捕獲するときの顔、
「一緒に学校行こうぜ! ナ?」
僕は目を疑った。
初めての出来事に驚いた僕は少し頷いてしまうと、彼は僕から離れることなく学校近くの駅まで一緒に居るのだった。彼はなぜ標的でない僕、幸せ者である僕から離れないのか……。
――駅に着いた。車内からは、同じ学校に通う生徒たちが沢山降りて行く。もちろん僕と彼も周りと一緒になって降りて行くのだ。僕たちは捕獲者と獲物の関係でなければ、仲の良い友達ではない――僕は野蛮な人と友情を深めるなんてことはしない。
いつもと違う様子、いつもと違う表情、いつもと違う状況に僕は驚きながらも彼と一緒に学校へ向かうのであった。
すると突然、彼が僕に話しかけた。
「三井! ちょっとあっちに行かないか? ナア?」
ニヤニヤ笑っていない顔。
いつもの僕に対する表情と違う彼が、指をさして僕を学校とは反対の方向へ誘ってきた。駅を降りて目線の奥に河原の流れる土手に上がり西へ向かって校舎まで歩く道のりで登校していく毎日であった――――にも関わらず、今日は彼と一緒に登校しているばかりか、土手に上がると東の方向へと二人で歩いて行くのであった。僕たちが逆の方へと一緒に歩いて行く様子を同じ学校の制服を着た生徒たちは驚いた表情で眺めている。
「ど、何処に行くのかな……?」
不思議でたまらなかった。僕を眺めていた生徒たちの眼差しは、幸せ者に向ける目線ではなく不幸な者へと向けるものだった。
唖然とした僕が連れて行かれた場所は土手を少し歩いた先で河原の方へと降りて行ったところだった――そこには、彼が捕獲行為をするときに一緒に連れている四人の仲間が居た。
「ヨウ! 連れて来たぜ!」
まるで事前に仕組まれていたかの状況。
僕は彼らに囲まれるように捕獲されてしまったのだ。
幸せ者であった僕は、彼らの表情を見て理解した。いや、彼らの表情を見るまでもなく既に車内で声をかけられた時から理解していたのかもしれない……。
「金貸してくれない?」
そう言って彼らは僕の財布から現金一万円を受け取ると、意気揚々学校へと向かっていく。
僕は河原の前に取り残された。彼らと一緒に仲よく学校へ登校する間柄ではない。僕の表情は愕然としている。普通の高校生が一万円を奪われるのは痛いかもしれないが、裕福である僕にとっては問題ではない。
ならば彼らは僕から何を奪って行ったのか――そう、幸せを奪って行ったのだ。順風満帆である筈の僕の暮らしから野蛮な行為によって幸せが消えていく音がした。
ライトノベルに応募しようと書きましたが、断念しました。
アドバイス、批判、感想があればご教授頂けると幸いです。