蟷螂の死んだ夜
夏だ という訳で、今まで一度も書いたことがないのですが。
ホラーに挑戦してみようとチャレンジ精神を発揮。
しかし何というか…
思いつきだけで書いたせいかもしれませんが。
自分で書いたせいか、怖いかどうか、ホラーかどうかも分からない出来になりました。
今でも思い出すのは、頭を捥ぎ取られた蟷螂。
そして蟷螂の頭を捥ぎ取った、あいつの吊り上がった口元。
今にも泣きそうな顔をして…次はお前だと、その目が言っていた。
隣の家に住む十三歳年上の紀伊 自生。
ミズキは、二面性の有る子供だった。
そして恐ろしく顔の整った奴だった。
大人には人当たりよく接していたが…
……その本性は顔と同じくらいに人形めいていて、恐ろしかった。
周囲に私以外誰もいなくなると、途端に無表情になる。
虚ろな瞳は、人形の顔面にくりぬかれた穴のようだった。
その奥から、空っぽな中身が垣間見える…。
私はそんなミズキを恐ろしく思いながら、側から離れることができずにいた。
まるで、縛り付けられたみたいに。
「あら、エミちゃんったらまたミィ君にくっついて…
ごめんなさいね、ミィ君。面倒見てもらっちゃって」
「いいえ? エミの相手は楽しいから大丈夫ですよ」
そう言って、私の手を握る力を強める。
手の甲に爪を立て、引き裂こうとするような力を感じる。
私はいつか、この手をミズキによってぼろぼろにされる予感がしていた。
大人たちから寄せられる、過剰な期待。
過度なストレスの原因になるもの。
それがミズキの中を空っぽにしていく。
加速していく、人間味の喪失。
そんなミズキが唯一、子供らしい無邪気さを垣間見せる瞬間があった。
無邪気な、幸せそうな、至福と愉悦。
整った顔が満足げに笑う姿は、何故かとても歪で……
『笑顔』のはずのそれが、本当に笑顔なのか見るたびに分からなくなる。
私には整った顔を写し取った紙を、ぐしゃぐしゃにして歪ませたように見えた。
黒い蝶の羽をむしり、足をぽいと放り捨て、触覚を力任せに千切り取る。
引き千切った体は柔らかく、昆虫特有の硬さ、独特の感触を指先に残す。
腹を押し潰し、昆虫特有の複眼を硬い靴底でぐちゅりと潰す。
ばらばらにした体を、ひとつひとつ丁寧に破壊していく。
小さな存在には抗えない、体の大きな人間の圧倒的な力。
指先を掠る虫の抵抗。
痒さしか感じない、藻掻く足先。
子供なら誰だって体験するような、幼少期に特有の昆虫『遊び』。
『遊び』という名の、殺戮。
だけどミズキのそれは、『遊び』というにはどうにも度を越していた。
小さな存在の嬲り殺しに生を、生きる実感を。
自分という自意識の建て直しを。
己を再確認し、受け止めなおす作業を。
昆虫『遊び』にそれを見出したミズキの行為は、ゆっくりと、速く、加速する。
エスカレートしていく行為は、常軌を逸していた。
目を逸らすことも逃げることも出来ない私に、特等席で見せ付けながら。
私に見られていることにまた、背徳的な笑みを深めてミズキが喜ぶ。
私は、この少年が恐ろしくてならなかった。
ミズキお気に入りの虫たちのように、『お気に入り』の私。
私までをも、いつか同じ目に合わせるんじゃないかと。
むしろ私を嬲る予行練習だとでも言うかの様な目で。
奴は、私に見せ付ける。
本番は、私だと。
私を殺す前の代替作業なのだと。
いつもいつも私の目を真っ直ぐに見つめながら、ミズキは歪みを大きくしていく。
硝子に入った亀裂が、どんどん深くなるように。
だけど私に、逃げる術がない。
私の家の人間は、仕事が急がしい。
頻繁に留守にするのが、むしろ常のことで。
そしてその間、目の行き届かない私の世話は隣家に任される。
つまり、ミズキの家である紀伊家に。
日常的に預けられ、だけど紀伊家の大人たちも忙しく仕事や時間に追われていて。
必然的に、ごく自然な流れで。
私の世話と行動の全責任は、いつもミズキに委ねられていた。
ミズキお気に入りの虫は、鈴虫、飛蝗、そして蟷螂。
ぶちゅりと潰れる芋虫も嫌いじゃない。
だけど繊維の塊のような筋肉質な体を引き裂く、その独特の感触が何より好きで。
足を捥ぐ。
羽をむしる。
触覚を千切る。
腹部を中身が出るほど潰す。
胸部を引き裂く。
そして、頭を捻り取る。
歪んだ行為を繰り返す少年の行いは、今日も加速する。
ヒートアップしていった果てに、今日のミズキは何を殺すのか…。
今日こそ、私だろうか。
あいつはきっと、いつか私の首を捥ぎ取り、引き千切る。
そんな想像に今日も首元がひやっとする。
あったかい温もりなんて感じられない日々。
「エミ、おいで」
だけど、私は離れられない。
私の生命線の全てが、この少年の一手に握られているから。
温室育ちの私では、彼の手なくして生きることもままならない。
そして私の口では、彼に感じる異常性も恐怖も、誰にも訴えることが出来ない。
少年の行動を止め、私と引き離してくれるだろう………誰にも。
『にゃあ…』
――だけど。
だけど、最近。
ひとつ、希望が見えてきた。
私の、この目に。
人には見えないものを映し出し、見てしまうこの目に。
最近、強く濃く見えてきたモノがあるから…。
まるでメインを待ちわびるように、舌なめずりをして私を殺す算段を立てても。
じっくりと本命を楽しむ主義のミズキは、実行までに酷く時間をかける。
ざわざわ ざわ ざわざわ ざわり ざわわ… ざわり
ざわ… ざわざわ ざわり ざわざわ ざわざわ ざわわ…
ざわ ざわざわ ざわざわ ざわざわ ざわわ… ざわ ざわざわ
ざわわ ざわ… ざわ ざわりざわり ざわざわ ざわり… ざわざわ
ざわり ざわざわ ざわわ… ざわり ざわざわ ざわわ
闇の凝った夜の奥深いところで、犇き蠢きさざめく気配。
かさかさという、人間には聞こえない音。
赤く灯り、密集し、明滅を繰り返す人間には見えない光。
虫の眼光が、密やかに
つどった。
ああ、恐ろしいこと。
あんなにも背筋のざわつく気配を、感じ取れないなんて。
あんなにも暗く湿った、おぞましい光景を目に映すことができないなんて。
どうして見えないんだろう?
どうして聞こえないんだろう。
どうして、気付かない。
あんなにも沢山、蠢いている。
あんなにも沢山、集ってきているのに。
あいつらをあんな風にした、ミズキの背中…
背後に広がる、闇いっぱいに。
殺されたモノが。
無為に嬲られたモノが。
嘆きも知らぬ、暴力だけを知る惨めなモノ共が。
奴等は嘆く心も、悲観する魂もない。
恨みを感じるほどの情動は知らない。
――なのに、無念は知るらしい。
私はいつかきっと、ミズキの手にかけられる。
殺されてしまう。
それを悟りながら、その恐怖に耐えてきたけれど…
心情に、変化。
もう私は怯えるだけじゃない。
心の奥に期待と、楽しみが生まれた。
私は、助かるかもしれない。
生きながらえるかもしれない。
ミズキに殺されず、済むかもしれない。
私と、ミズキ。
ミズキと、あいつら。
どちらが殺され、どちらが殺すのが早いのか…
今はまだ、その結末は知らないけれど。
だけどどの道、殺される命がある。
私が助かるかもしれないという、一縷の望みも有る。
どうなるとも知れない未来。
でも、それを知ってしまえば……
殺して、殺されて。
殺して殺して、殺されて。
殺し返して。
暴力は、容易く命を奪う。
その見返りも制約も、必ず付随するとは限らないけれど。
私はミズキに殺される。
ミズキは、あいつらに殺される。
どうせ、死ぬ。
どうせ、殺される。
………だったら、わざわざ殺されるのを待つまでもない。
何故今まで、私は大人しく殺されるのを待っていた?
馬鹿らしい。
殺されるよりも、先に。
そうだ。
ああ、そうだ。
私が殺してしまえば、良かったんじゃないか。
私が殺すのも、殺された虫たちが殺し返すのも。
どちらも殺すことには、全く代わりないことなのだから。
済みません、普段コメディ畑の人間なんです…。
ちょっとこれが限界ですが。なんですが。
全然怖くなかったらごめんなさい…。
ホラーになっていなかったら、済みません…。
ですが、ここまで読んでくださって有難うございました。