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1人で行けるもん

ここは内定レストラン。

就職活動をしている人々が日夜集まり、お互いにアドバイスしたり、面接の練習をしながらご飯が食べられる素敵な場所。

おや? しかし今日は何やら、様子がおかしいようだ。


 *****


「あのさ、だから……さっきから言ってるじゃんか」

「うう……ぐすっ……でも……ショックでっ!」


レストランの端っこの方にある角のテーブルで、男女が向かい合って座っていた。野性味のある浅黒い男が、金髪ストレートでややだぼっとしたスウェットを着た女に話しかけている。


女の格好とは対照的に、男は値段の張りそうなスーツをビシッとキめていた。

女の涙は、拭いても拭いても流れ続ける。


「マサヒロだけは違うって、思ってたのに……さいあく。もう別れよ?」

「ちょ、なに言ってんだよ! 俺はぜってー別れねーからな。お前のことを愛してるから!」


男の声があまりに大きかったので、店中の視線が一瞬二人の方に向いた。その目線に気がついた男が「なんだよ! 見せもんじゃねぇぞ!」と叫び、他の客も店員も全員、そそくさと二人から目線をそらす。


男は女の手を握ると、「な? 信じてくれよ。俺は、俺だけは違うって!」と女の顔をのぞき込む。


「じゃあさ……」


女は男の目をじろりと見かえして、強い口調で言った。


「今度受ける会社の説明会、お母さんと一緒に行ったら別れるから!」


今度は女の声が大きくて、店中の人々が料理を食べる手を止め、ウェイターが料理を運ぶ足を止め、二人の方を見た。


「なによ! わたしら見てんじゃねぇぞ? あ?」


金髪の女が鬼の形相でまわりを睨みつける。全員、何も聞いていませんよという風に装った。

女の言葉にしばらくショックを受けていたらしい男は、「で、でもよ……」と話を切り出す。


「会社の説明会には、やっぱりママにもついてきてもらいたいんだよ。だって、俺まだ学生だろ? ママは世の中の事すごくよく知ってるから、ほら、ブラック企業にも気をつけなくちゃいけないし、アドバイスももらいたいしさ……」

「なによ! やっぱりあんたもそうじゃない!」


男の話を聞いている途中で女は叫ぶと、またぐすぐすと泣き出した。


「うう……なんで、なんでわたしが付き合う男はみんなこんな感じなの……? どいつもこいつもそろいもそろってママが、ママが……って。バカなの? もしかして、ママに逆らったら死んじゃうの? いいじゃない! 会社の説明会に一人で行って、難しい話だからわかんなくて困ってもいいじゃない! 挫折だって立派な社会勉強でしょ? どうしてみんな、マザコンなのよ!」


ドンドン、ドドド!!

男の手を払いのけて、女は両手のこぶしでテーブルをたたき出した。

ドンドン、ドンドン!


「あの、お客様……」


エプロンをつけた紳士風の老人が、一杯のコーヒーを女の前に差し出した。


「なによ、これ!?」


女は標的を老人に切り替えると、ギリリと歯噛みしながら睨みつける。


「あちらのお客様からでございます」


老人が手のひらで指し示した先には、スーツに身を包み、髪を短く切りそろえた好青年……いや、好青年に見えるきれいな顔の女の人が微笑んでいた。カウンターに腰掛け、誰も座っていない隣の席をポンポンと叩く。


「レディ……オレが話を聞いてやるぜ?」

「きゅんっ!」


金髪の女は目をキラキラさせて、立ち上がった。


「お、おい! 俺の話を聞けよ!」


さっきまで女と話していた浅黒い男が焦った表情で女を引き留めようとする。しかしそれを、老人が遮った。


「ここは内定レストラン。あなたにいいことをお教えしましょう」

「なんだよ!?」


声を荒げる男に、老人はふぉっふぉっふぉと穏やかに笑う。


「いいですかな? いくら社会に出るのが心配だからって、受験する会社の説明会や面接に、ご両親を連れて行ってはいけません。そういう人は目立ちますし、採用担当の人はしっかりと見ています。そんな人は、まず落とされてしまうでしょう」

「そ、そうなのか?」


すがるような目で、男は老人に尋ねる。

老人は穏やかな微笑みで「ええ」とうなずくと、


「何より……どうやらこのままでは、大事な彼女を失ってしまいますよ?」


とカウンターの方を見た。

カウンターではちょうど、女が男装の令嬢の隣に座るところだった。


「わかった! 俺、一人で説明会に行くよ!」


男は叫んだ。力の限り、店中いっぱいに響く声で。

その声は、女に届いただろうか。


「……信じてた。マサヒロ!」


女は振り向くと目に涙を浮かべ、言い寄ろうとする男装の令嬢を突き飛ばして浅黒い男の腕の中に飛び込んだ。


「やっぱり、わたしはあんたが好きよ! マサヒロ!」

「俺もだ!!」


抱き合う二人を、店中の人々が拍手で祝福した。


(やれやれ、世話のかかるお客さんだな)


床に倒れたまま、男装の令嬢も拍手を送る。


(助かりましたよ、あなたの演技、素晴らしかった)


老人が、男装の令嬢に手を差し伸べた。


そして数日後、金髪の彼女に応援されながら会社の説明会へ行く浅黒い男の姿を、男装の令嬢を演じた彼女……内定レストランのフロアリーダーは見たのだという。


「ふふ、ご来店、ありがとうございました」


===================

★就職活動ワンポイントアドバイス002

 会社の説明会、特に面接には親を連れていったらダメ!

 面接官に『1人じゃ何もできない人かな』と思われるぞ!

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あなたも就職に悩んだら、内定レストランに行くといいだろう。

悩みを解決するヒントが、見つかるかもしれない。


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