ちょっとした卒業
ふと、思い立って書いてみました。つまらない話かと思いますが、お付き合いいただけたら幸いです。
高校の三年間はあっという間だって、入学の時だれかが言ってたなあ。誰かなんて覚えてないし、なんか誰もがそう言ってた気がする。それも納得、入学したと思ったら、もう高校最後の文化祭が終わってしまった。高校に入って、部活の仲間と出会い、二年と少し一緒に頑張って、最後のステージを迎える。おおむね、満足のいく生活ができたと、俺は思う。
後輩たちに記念品とか花束とか、寄せ書きとか渡されて、女の子たちは号泣し、いつもはおちゃらけているアキヒロまで涙ぐみ、冷静なヨウスケも暖かく笑っている。サトルは、あいついつも何考えてるかわからないからな、今もよくわからないや。決して多くない同輩に、同じくそう多くない後輩。いろんな思い出が噴き出してくると、喉まで熱くなってくるけど、むりやりにおしこめた。
「お前が引退か、早いよなぁ」
そう話しかけてきたのは、二年前に引退した先輩だった。いまは地元から上京して、東京の名門大学にかよっているらしい。
「そうですね、早かったです。あんまり、引退したくないなぁ」
「そうだね、気持ちはわかるよ」
観客はみな帰って、身内しかいないステージの端にふたりで腰をおろし、先輩は俺に笑顔で尋ねてきた。
「楽しかったかい?」
「はい、とても」
「いろいろイザコザもあったでしょ?高校生特有というか、さ」
「はい、いろいろと」
「でもさ、懐かしいでしょ?」
「はい、とても」
やっぱり、先輩も同じような思い出を持って、引退していったんだなあ、と、ふと思った。
「先輩は、この部活、楽しかったですか?」
「ん?だいぶ昔のことだからなぁ」
そう言いながら少し笑って、続けた。
「やっぱり昔のことだからさ、人間、都合よくいい思い出にしちゃうんだよね。そのときは決して楽しいなんて思ってなかったことも、今思うといい思い出だわな」
心当たりがありすぎて、俺も思わず苦笑いしていた。
「先輩、老けましたね」
「おい、なんでさ」
「なんか言ってることが、おっさん臭いというかなあ」
「大人になった、ってことならいいんだけどなぁ」
「大人、ですか?」
ちょっと違和感を感じて、聞いてしまった。
「大人になるより、今大学生とか高校生でしかできないことしたくないですか?」
「そうだね、それもいいなあ。でもさ、最近、おとなになるってなんだろうって、よく考えるんだ」
「大人になる、ですか」
「うん、何だと思う?」
「そうですね、改めて聞かれるとわからないですね」
「だよね。例えば、俺はもうハタチで、飲酒も喫煙もオッケーにはなったし、選挙にも行くけれど、俺が完全に大人になったかって考えると、なんか違う気がするんだよな」
「ふうむ、そうですね……」
「どうすれば、大人になるんだろう?って」
「就職したら、大人になるんじゃないですか?」
「うーん、それもひとつの転機にはなるかもしれないけどさ、違う気がするんだよな。自分で自分のメシの種を稼いで自立するのもひとつの大人なんだろけどさ、俺の考えるそれとは違う気がするんだ」
「なんでですか?」
「なんでだろうなあ。自分のために働いて、自分のために生きる感じだけだとなんか違うと思うんだ」
「それは確かに……」
「俺、上京する前は、いろんな大人を見た気がするんだよね。おれの両親は大人だったし、先生も大人だった。部活の先輩も大人に見えたしね」
「それは俺も同じですね」
そう、俺がこの先輩のことを大人だと思うように。
「やっぱり、ひとつの目標なんですかね」
「そうかもね、この部活だって、子供でいる時間だって、いつかは大人になるためにある時間なのかもしれないね」
「よく言うじゃないですか、諦めのいいのが大人だって、コミックスとかでは」
それはどうだろうなあ、と笑いながら先輩は答えた。
「諦めていいことと悪いことがわかるのが大人なんじゃないかな?」
「そうなんですか?」
「どうだろうなあ、俺大人じゃないからわかんねえや」
同輩と後輩が入り乱れて感慨に浸ってる姿を見ながら、二人して笑った。
後輩たちには、俺達が大人に見えているのだろうか。俺がこの先輩のことを大人だなあと思うように。わんわん泣いている後輩もいる。少なくともいなくなってガッツポーズされるような先輩じゃなくてよかった。
「ほらさ、お前たちが引退するからって泣いてくれる後輩がいるんだね」
「ありがたいことに」
「だよなあ。俺、たぶんああいう風に泣いてくれる後輩が、俺達を先輩にしてくれたんだと思う」
「なるほど、確かに」
俺達は、手取り足取り後輩を指導した、一緒に楽しいこともしたし、時には不服そうな顔するあいつらも見た。二年前、入学してすぐの後輩だった俺に、先輩を教えてくれたのはあいつたち後輩だったんだろう。
「大人になるってのは、同じことかもしれないな」
先輩は、そうつぶやいた。そう、彼ら後輩からしたら、俺はちょっとした大人、なんだろう。いまはまだ完全にはなれないけれど、いつかは大人になるのだろう。
「感謝しないとな」
「ええ、感謝しないとですね」
そう答えた俺の胸の内は、晴れやかであった。願わくば、今泣いている後輩たちが、来年、再来年はいい先輩になって、同じ気持ちで引退を迎えられれば、いいなあ。
「みんな、ありがとね」
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。