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私が魔法少女になった日

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 目が覚めると同時に飛び起きる。

 息は乱れ、シャツが汗で張り付いて気持ち悪い。


 周りを見渡すと、白を基調とした清潔感のある壁紙。

 小学校に入学してから買ってもらった,木製の学習机。

 教科書と漫画の詰まった本棚に,その上に所狭しと並べられたぬいぐるみ。


 そこはあの暗闇ではなく,慣れ親しんだ私の部屋だった。

 

 「―ゆ、夢…?」

 思わず口にだし、改めて確かめる。

 バクバクと早鐘を打つ鼓動を押さえるため,深呼吸しようとして


 ジリリリリリリリリリリ―――

 

 まるで計ったかのように,枕元の目覚まし時計が鳴る。

 時刻はいつも通り,朝の7時30分。

 朝の清閑を引き裂く,無粋で無機質なその音を,パチンとボタンを叩いて止める。

 改めて,朝の澄んだ空気を身体に入れ深呼吸。

 んー,と伸びをして凝った体を解すと,残っていた眠気がいくらか吹き飛んだ。


 ベットから下りてカーテンを開ける。

 外はすずめが鳴いており,暖かい日差しが目に飛び込んできた。

 

「うん,今日もいい天気!」


 時期は4月。

 こうして私―野々宮明菜―のいつもの一日常は始まった。

 

          ◇


「最近物騒だねぇ」

「へ―――?あ,ごめん,なんだっけ?」

「傷害事件。野犬が,散歩してた人に襲いかかったんだって」

 ニュースを見ていたお姉ちゃんの呟きに,私はぼーっとしていた頭を働かせ聞き返す。

「全く,いくら朝だからってぼーっとしてたら遅刻するよ?この町で起きたことみたいだし,明菜も気をつけないと」

「う…はーい。でも,それをいうなら,お姉ちゃんだって気をつけないと。私より,お姉ちゃんの方が帰ってくるの遅いんだし」

「私はいいの。ちゃーんと人通りの多い道を帰ってるし」

 そういってお姉ちゃん―野々宮明里ののみや あかり―はカップに入ったコーヒーを啜る。


 お姉ちゃんの外見を一言で表すなら,地味である。(本人にいったら怒られるが)

 髪を染めなければ伸ばしもせずのショートヘアー。

 今時の高校生には珍しく,化粧もしなければアクセサリーも着けない。

 身長は,大体160センチに届くか届かないか程度。

 顔立ちは整っていて,着飾って町に出れば何人か声をかけられるくらいの美少女なのに,服装も地味目が多い。

 一度,「お洒落しないの?」って聞いたら「あんまり興味ないかな」って返された。

 特技は家事で,野々宮家の家事を一手に引き受けている。


「明菜,聞いてる?帰るときにはちゃーんと人の多い道を帰るんだよ?寄り道しちゃ駄目だからね」

「はーい,わかってまーす」

「よろしい。それと,知らない人に付いていっちゃ駄目だからね?なにかされそうになったら,大声で助けてーって言うんだよ?」

「お姉ちゃん,私ももう4年生なんだし,ちゃんとわかってるって。それに,ちゃんと帰るときは途中まで友達と帰るし」

 10歳になってまで,まるで低学年の子に言い聞かせるみたいな言葉に,私は眉をひそめる。

「はいはい。でも,何かあったらとにかく助けを求めること。それと,あんまり遅くならないようにね」

 お姉ちゃんは,拗ねる私の頭を撫でながら苦笑していた。


         ◇


 私には、お母さんがいない。

 私のお母さん―野々宮のどか―は,私が幼稚園の頃,交通事故で亡くなったらしい。

 らしい,というのはまだ私が物心つく前だったので,あまり覚えていないから。

 でも、まるで春の日差しのような,暖かい人だったのは覚えてる。

 最近仕事が忙しくて会社に泊まり込みがちなお父さん―野々宮大悟ののみや だいご―。

 ちょっと地味だけど,しっかり者のお姉ちゃん―野々宮明里―。

 私こと,野々宮家の次女―野々宮明菜―。

 そして,今はもういないお母さん―野々宮のどか―。

 これが,私の家族。

 私の大好きな人たちだ。


         ◇ 


 学校へと続く通学路。

 舞い散る桜なかを,私とお姉ちゃんは歩いていた。

 ここ、S県伊月いつき市は田舎の町である。

 特産物などは特になく、人口も大体7万人前後。

 交通の要所とされているが特に発展するわけでもなく、畑もあれば田んぼもある。

 海は遠いが、車で30分も走れば山があり、買い物も商店街で事足りる。

 そんな、どこにでもある町の唯一の自慢が、この桜並木だ。

 駅前から続く大通りの左右に、約2キロにわたり植えられた桜並木は「1度は見ておきたい風景」として県のホームページにも掲載されている。

「もう桜も満開だねー!次お父さんがお休みの時、お花見しようよ!」

「お花見かー。そういえば、まだ今年はやってなかったね」

 桜を見て気分が高揚した私に答えながら、お姉ちゃんが肩にかけたスポーツバックをかけ直す。

 産まれた頃から見続けている光景とはいえ,何度見ても飽きることのない桜に私は見入っていた。

「でしょ?だから,お弁当作って,みんなも誘ってさ」

「あ、でもその場合は郁美に念を押しておかないと大変なことにな―」

「明奈ちゃぁぁぁぁん!」

 と。お姉ちゃんの言葉を遮って、女の人の声が聞こえてきた。

 声の聞こえた方を見ると、こちらに向かって手を振り走ってくる見覚えのある顔。

 お姉ちゃんと同じ制服に身を包んだ、160センチ程の身長。

 セミロングの髪を纏めたツインテール。

 普段は勝気で凛々しい印象を与える表情も、今はだらしなく緩みきっており,学校の顔しか知らない人はまるで別人かと目を疑うだろう。

 彼女ー小日向郁美こひなた いくみ―は私達の前まで来ると、胸に手を当て軽く息を整えた。

「おはようございます、郁美さん!」

「おはよう、明奈ちゃん!あぁん、今日もやっぱり明奈ちゃんの笑顔はかわいいわぁ・・・。あ、明里もおはよう」

「おはよう、って私はついでか」

 お姉ちゃんがジト目で挨拶を返す。


 この、(お姉ちゃんに言わせれば残念美人な)人は郁美さん。

 お姉ちゃんの中学生からの友達で、私との付き合いも長い。

 最初に会ったときに

「私と結婚しない!?」

 と手をとられた時はびっくりした。


「で、明奈ちゃん、私との結婚、ちゃんと考えてくれた?」

「あんたはいい加減にしろっつうの」

 

 ・・・まぁ、今でもこうして会うたび会うたび求婚を受けているわけだが。


「あはは・・・郁美さんなら私よりもいい人きっと出来ますよ!」

 そもそも私女ですし、とは口に出さないでおく。

 以前それを言ったら

「よし、じゃあニューヨーク行こう!」

 と全然聞く耳を持たなかったからだ。


 ふと,お店のショーケースに写る自分の姿を見てみる。

 身長は平均よりやや低く,130センチに届くかどうか。

 小学校指定のセーラー服は身長に比べてやや大きく,手のひらが半分ほど隠れてしまっている。

 少女特有のふっくらとした頬に,ぱっちりと開いた大きな目。

 肩の下までのセミロングの髪をサイドテールにした,10歳の女の子。


 …流石に結婚は無理じゃないかな…


 郁美さんは,お姉ちゃんと並ぶと美少女二人組みで実に絵になるのに、どうしてこんなに残念に見えるのか。

 2人に見えないところで,こっそりため息をつく私だった。


          ◇


 それから三人で登校し、途中でお姉ちゃんと郁美さんと別れ学校へ。

 別れる時、郁美さんが着いて来ようとしたのを,お姉ちゃんが引っ張って行ったのは余談である。


 ここ―伊月市立伊月小学校ーは創立から60年ほどたった公立小学校だ。

 1クラス30人前後で、それが各学年3,4クラスづつに分かれており全学生で約600人ほど。

 元々田舎なので土地は余っているためか、学校の敷地面積は広く、第1、第2運動場と2つの運動場がある。

 またそのうちの第2運動場は一般市民にも開放されており、授業中などに見ると散歩している人を見ることも出来る。


「みんな、おはよー!」 

「おはよー!」

「おう、おはよー!」

「明奈ちゃん、おはよー!」


 プレートに4-3と書かれた教室に入りいつものように挨拶をする。

 新しいクラスになって日が浅いが、ほとんどが入学するまえからの顔見知りなのでギクシャクした感じなど一切ない。

 自分の席について鞄を置くと、三人の女の子が近づいてきた。


「おはようございます、明奈」

「おっす明奈!なぁなぁ、昨日テレビ見た?すっげーよなNBA!俺もいつかあんなプレーしてみたいぜ!」

「おはよ、って夏樹、すごかったのはわかったから、暴れないでよね、まったく」

「あはは、三人とも、おはよー!」


 三人、藤堂若葉とうどう わかば木野夏樹きの なつき稲葉佳織いなば かおりは私がこの小学校に入学してからの友達であり、普段からよく話す女の子たちだ。

 若葉は,藤堂グループという交易会社の社長令嬢であり、いつも丁寧な言葉遣いで話す。

 腰まで届くふわふわな金髪は,染めているわけではなく,イギリス人である祖母の血が入っているため。

 少し世間知らずなところもある、癒し系の女の子だ。

 夏樹は,いつも元気なスポーツ大好きっ子。

 スポーツと名のつくものならなんでもやるっ!とは本人の談で、男兄弟の中で育ったためか口調がちょっと男の子っぽい。

 ショートボブの髪は,寝癖であちこちが跳ねており、それが彼女の元気さをよく表している。

 佳織は,このクラスの委員長を務めているしっかり者。

 ロングの黒髪をポニーテールにし、剣道を習っているためか,背筋がピンと伸びた綺麗な姿勢。

 私達4人のまとめ役であり、同い年とは思えないほど落ち着いた女の子。

 タイプこそ別々な私達だが、不思議と馬が合い,今では親友と呼べる関係になっている。


「そうそう、そういえば聞いた?例の傷害事件の話」

 ふいに,佳織が切り出した。

 若葉は確か、と続ける。

「昨晩起きた野犬に男性が襲われた、というものですよね?」

「それ、朝のニュースでもやってたぞ!なんか”きょーけんびょーの恐れがある”とかなんとか」

「狂犬病ね。狂犬病。しかもまだ見つかってないって話だし、ほんと物騒よねぇ」

 夏樹の発言を佳織が訂正する。

 

 佳織の言う事件,とは朝、お姉ちゃんも言っていた,野犬らしき獣に男性が襲われた,という事件である。

 事件現場は,伊月市にある公園。

 そこは,学生や社会人がよくジョギングコースとして利用している公園であり,休日には,子供連れやお年寄りなどの憩いの場として賑わっている。

 被害者の男性も,よくそこで夜にジョギングをしていたようだ。



―――事のあらましは昨日の夜に遡る。


 

 いつものように,仕事が終わって帰宅した男性が寝る前に夜のジョギングをしようと公園に入ったところ,黒い影が公園脇の茂みで動いているのを見かけた。

 大方,犬か何かが茂みの中に迷い込んだのだろうと最初気にしなかったのだが,犬にしては影が大きい。

 不信に思った男性は茂みの中をのぞき込もうとしたその時


―――黒い,大きな何かが,男性の顔目がけて飛びかかってきた。


 咄嗟に腕で顔を庇い大事には至らなかったが,男性は左腕を噛まれ,15針を縫う大怪我。

 男性にかみついた影は,そのまま男性を押し倒し逃走。

 影がいたとされる茂みの中には,無残に食い散らかされた動物の死骸が残されていた。

 警察は,男性の腕に残った歯形から,大型の野犬の可能性が高いとし,その凶暴性から狂犬病の疑いがあるとして近隣の住民に注意を呼びかけ,保健所と協力して捜査に当たっている。


 確か,ニュースではそのように報道していたはずだ。

 ・・・大型の野犬、か。

 確かに、本当に狂犬病だったらそれは一大事だ。

 それにまだ見つかってないというなら、物騒どころの話ではない。 


―――でも、なぜだろう


   私は、これがただの傷害事件ではないように思えて


   なぜか、今日の夢の内容が頭にちらついて―――


「だから警察も夜間の見回りを強化するみたい…って明奈?どうしたの?」

「―――へ?」

「ぼーっとしていましたけど、大丈夫ですか?」 

「体調でも悪いのか?」

 ふと意識を戻すと、三人が私を覗き込んでいた。

「う、ううん、なんでもないよ!ただ、もし狂犬病だったら大変だなーって…」

「本当ですよね…早く見つかるといいのですけど」

「なぁなぁ,なら放課後,みんなで探しに行かないか?」

「馬鹿言ってんじゃないの,まったく。ほら,先生来るわよ」

 その時、チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。

 席に戻っていく三人を見送りながら

 

 私はなぜか

 今朝の夢のことが頭から離れなかった。

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