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一 軍人は忠節を盡すを本分とすへし
凡生を我國に稟くるもの誰かは國に報ゆるの心なかるへき况して軍人たらん者は此心の固からては物の用に立ち得へしとも思はれす軍人にして報國の心堅固ならさるは如何程技藝に熟し學術に長するも猶偶人にひとしかるへし其隊伍も整ひ節制も正くとも忠節を存せさる軍隊は事に臨みて烏合の衆に同かるへし抑國家を保護し國權を維持するは兵力に在れは兵力の消長は是國運の盛衰なることを辨へ世論に惑はす政治に拘らす只々一途に己か本分の忠節を守り義は山嶽よりも重く死は鴻毛よりも輕しと覺悟せよ其操を破りて不覺を取り汚名を受くるなかれ
「ここからが本文だね」
「相変わらず難読…」
「まあ、読み上げながらやっていくから。
一つ、軍人は忠節を尽くすことを本分とするべし。
おおよそ我が国に生を受けた者は、誰であろうが国に報いようとする心がなければならない。まして軍人である者は、その心が固くなければ物の用に役立つと思われない。軍人で報国の心が固くない者は、その技芸にいかに熟し、学術に精通していても、人形に等しいであろう。その隊伍も整えて節制も正しくても、忠節が存在しない軍隊は、有事に臨んだ時に、烏合の衆と同じものだ。
そもそも国家を保護し国憲を維持するためには兵力が必要であり、兵力の消長は国運の盛衰そのものであるとわきまえ、世論に惑わず、政治にかかわらず、ただ一途に自らの本文の忠節を守り、義は山獄よりも重く、死は鴻毛よりも軽しと覚悟せよ。その心構えを破って不覚を取り、汚名を受けないようにせよ」
「義は山獄よりも重く、死は鴻毛よりも軽しって、そのまま読んだよね。どういう意味なの」
桃子は伊野上に聞いた。
「この部分は元ネタがあるんだ。司馬遷の報任少卿書に、「人もとより一死有れども、或いは泰山より重く、或いは鴻毛より輕し」という一文があるんだ。ここから執ったのだろうとされているんだ」
[作者注:司馬遷「任少卿に報ずるの書」より。参考URL:http://kanbun.info/koji/shitaizan.html]
「この意味は?」
「人は必ず死ぬけれど、ある死は泰山よりも重く、ある死は鴻毛よりも軽い。ということだね。さらに続いて、用の趨く所異なればなり、と結ばれるんだ。このことから、義を主語として、義によって死ぬ人の命の重さについて書かれているとされるね」
「つまり、要約すると、軍人は天皇に忠誠を誓えと、そういうことだね」
「そういうことだね。天皇の忠義の前では、命などは軽いものというニュアンスかな。じゃあ、次行ってみようか」