第五話 BLUE
「エモ、エモっ!」
エモが色の意味を探すために本を読んでいると、扉の向こうからチョンの声がしました。
扉を開けると、チョンはいつものようににこにこしています。しかし、今日チョンが言い出したことは、いつもとは違いました。
「ねぇエモ、一緒に外に出かけようよ!」
「え?」
「僕ね、とってもいいもの見つけたんだ。ね、一緒に行こ!」
「ちょ、ちょっと、チョンくん、待って……」
エモはそう言いましたが、チョンはそれに構わず、エモの手を引いて駆け出してしまいました。
「こんにちは!」
「やぁ、チョン!」
「こんにちは!」
「おや、チョン。こんにちは」
エモとチョンは、町に来ていました。
チョンはみんなと挨拶を交わして、笑顔で会話をしています。
けれど、エモはただチョンの影に隠れていることしか出来ませんでした。
「エモ?」
「……」
「エモ、どうしたの?」
「……チョンくん、帰ろうよ……」
「どうして?」
「……町は、怖いよ……」
エモは、ずっと町の人の笑顔に憧れていました。
けれど、最近、町の人が怖くなってしまったのです。
エモは気が付いていました。
町の人々は、チョンには笑いかけても、エモとは目も合わせようともしないことに。
前までは、それも気にかけはしなかったはずです。それが当たり前、日常。それ以外のものは感じたことが無かったからです。けれど、チョンに会って、笑いかけられてから、エモは気が付いてしまったのです。
それはとても、悲しいことだと言うことに。
「ねぇ、エモ、そんなに怖がらないで。ここには怖い事はなんにもないよ」
「でも……」
「大丈夫だよ。ね、僕が一緒にいるから」
「……チョンくんは……私が挨拶しても、大丈夫だと思う……?」
「もちろん!」
チョンにそう言われて、エモは少し安心しました。
そして、二人はまた町の小人とすれ違いました。
「こんにちは!」
チョンが言います。
「こんにちは、元気がいいね」
町の小人が答えます。
「こ、こんにちは……」
エモはぺこっと頭を下げて言いました。
胸はどくどく鳴っているし、ぎゅっと握り締めた手には汗がにじんでいます。
でも、エモは勇気を出して言いました。町の誰かに挨拶をするなんて、初めてのことです。
エモが顔を上げると、町の小人と目が合いました。
エモは、暗い部屋にひとりでうずくまっていました。
壁一面の本が、エモを見下ろしています。
お家の中にある色は、白と、黒。あとは、たったのわずか、お鍋の中に橙と黄色。そう、それは本当にわずかなのです。
それに、エモの胸元で揺れる青色の華。
どんどんどん、どんどんどん、
扉をたたく音がするけれど、今のエモには、もう怖くて開けられません。
今日、初めて目を合わせた、町の小人の瞳を思い出します。
エモを見るのは、凍りついた眼差し。
町は怖い。
人が、怖い。
きっとみんな……みんなわたしを……
悲しさが駆け巡る日、青色。