第三話 YELLOW
チョンが来た次の日、エモはまた困っていました。
首飾りのお花。
このお花を、一体どうすればいいのか分からないのです。
本をたくさん読みましたが、どうにも答えが見つかりません。
お鍋を覗き込んでみますが、なんにもわかりません。
お鍋で揺れる今日の朝露は、静かにエモの顔を映し出しています。
朝露を入れなさい。いちばん大きな木が教えてくれたのは、それだけでした。
首飾りを手の上に乗せて眺めても、やっぱりなんにもわかりません。
「はぁあ……」
溜息をつくと、息がかかったのでしょうか、お花がぼこっと首飾りから取れてしまいました。
「わっ」
ぽちゃん。
お花はお鍋の中に落ちてしまいました。
花びらが水の上にふわあっと広がり、橙色が滲み出ます。
「あわわ、どうしよう!」
見る見るうちに色を広げて、とうとう花びらは完全に溶けてしまいました。
「ああ……」
そんな時に、扉を叩く音が聞こえました。
とんとんとん、とんとんとん。
「こんにちはーっ、エモーっ、また来たよーっ!」
チョンです。昨日の言葉のとおり、また来てくれたのです。
エモは走って扉に向かいました。
「チョンくん、どうしよう! お花が、お花が取れて、消えちゃったの!」
そう言って、エモはチョンに昨日首飾りに咲いたお花の事を話し、お鍋を見せました。
「どうしよう、チョンくん、いちばん大きな木さんから、何か聞いてない?」
「……」
「チョンくん?」
お鍋を覗き込むチョンに訊きますが、なぜだか返事がありません。
チョンは橙色に染まった水に釘付けのまま、ぴくりとも動きません。
「チョン、くん……?」
もう一度訊くと、チョンは今度は物凄い勢いで顔を上げました。
「エモ! エモ、どうしよう! 見えるんだ!」
「な、なにが?」
「お鍋の水の色! これ、何て言うの?」
「……!」
「ねぇ、エモ、これ何色?」
「……橙、色!」
チョンは、お鍋を覗き込んで、橙色が見えるようになったのです。
どうしてかはわかりません。でも、チョンはみかんの色、にんじんの色、自分のシャツの色が見えるようになったのです。
「やったね、やったね、チョンくん!」
「うん! 橙色、橙色。ぼくの服の色、橙色! ほら、エモ、きみの首飾りにも、小さいきれいな橙色!」
「え?」
エモが首飾りを見ると、黒かったはずの涙型がひとつ、橙色に、宝石のように輝いています。
「わぁ……っ」
実は、エモはお花が取れてしまって少し残念に思っていました。
せっかく白黒以外のものを身につけられたのに、それが無くなってしまったからです。
けれど、今、またひとつの輝きが、エモを飾ってくれています。
「嬉しい! チョンくん、嬉しいね!」
「うん!」
二人は手をたたきあって喜びました。
そして思いました。
きっとこれから、もっともっと、たくさんの色が手に入る。
嬉しいことは、まだまだ、たくさん待っている……!
するとまた、エモは胸元にあたたかさを感じました。
びっくりして見てみると、首飾りに、お花がひとつ、咲いています。
ささやかで小さい、でも鮮やかな、黄色の華。
「黄色……!」
さぁさぁ、お鍋にお花を溶かしましょう。
見れば今度は、バナナの色がわかるようになりますよ。
希望を見つけた日、黄色。