ナチュラルハイ
頭にプラググサーッ イテェーッイテェーッ て感じの話です
頭にプラグを挿した半裸の少女が、気だるげにソファーにもたれながら、ポータブルマルチツールを取りだした。スリープモードを解除すると、『Examove』というタイトルのサイトのトップページが画面に映った。大手のムービー配信サービスサイトであり、少女はよく利用していた。しかし、最近は映画も恋愛ものばかりになってしまって、一昔前に流行ったアクションものは影をひそめてしまっている。少女の好みはそのアクションものだったので、Examoveでアップロードされている今のラインナップは、彼女にとっては退屈極まりないものだった。
過去のナンバーも、ほとんど見尽くしてしまっていた。一本の価格が300円程度だったのもあって、ひたすらダウンロードして、ひたすら観賞していた。時間はいくらでもあった。義務教育で教わる範囲と、一応理工学系のデータは頭に入っていたので、学校に行く必要はなかった。
人類が頭に電子的技術をぶち込んでから半世紀が経とうとしていた時代だったから、脳に重大な障害を負った少女にその時代の最先端技術を駆使して、命を救ってやることくらいは当然出来たのである。そのおかげか、研究所のセキュリティを一時的にダウンさせ個人情報を抹消し暗闇に乗じて抜け出すことも容易だった。親の顔も知らない上に、生きる目的など皆目見当が付かないような幼い子供であったが、真っ白な病室に真っ白なシーツを見ていると、嫌でも「ここにいてはならない」という気分にさせてくれた。
こうして柔らかなソファーに埋もれながら映画を見て楽しむことが出来るのも、不法アクセスで銀行のクレジットを盗み出し生体情報を偽装してマンションを買い、自分の構成した新たなシステムでセキュリティを強化して外敵に備えているからである。
自分でも、良い頭脳を手にしたなあと思っている。人格形成は出来てない確信はあったが、一生遊んで暮らすとはいかないまでも、それなりの金を得ているし、一人で生きていくのも悪くはないと思っていた。冒険映画に憧れて遺跡なんかを巡る日々を送ってみたいとも思っていたが、脳みそと脊髄は機械になっているのに身体だけはきっちり生身なので、生来の運動不足と相まってそんなことに使える体力は皆無だった。
右のこめかみに繋いだプラグを伸ばして、ツールに接続した。最近見つけたレトロものの映画を見ることにして、眼を閉じる。急に眠りに入ったような、ぼうっとした没入感に囚われる。眼を開けたままでも視神経接続でムービーを見ることは出来るのだが、あまり慣れないので、少女はツールを手にした時からこの方法で見ている。強制的に夢を見るシステム、と少女は解釈している。誰もいないがらんとした映画館に、ポップコーンとコーラを持った自分がムービーを見る。最前列よりは、真ん中よりちょっと後ろの方に座るのが好きだった。
今では一時期隆盛した立体映画も影を潜め、以降は平面に映し出された映像と音のみで勝負するスタイルに戻った。少女にとっては、それが一番自然な形であるし、不変的なものであった。
少し画質の粗い、1980年代の洋画である。「バックトゥザフューチャー」という題名のSF映画で、少女は主役を張っているマイケル・J・フォックスが好きだった。いつも吹き替えで見ていたが、字幕版も時々見た。その時のマイケルの声はとてもセクシーに聞こえた。
この映画だけは、何度も見ている。時を超えて冒険するストーリーは、刺激的なものだった。主人公であるマーティや、タイムマシンを作り上げたドクのキャラクターが非常にユニークで、興奮させるものがあったのだ。
しかし、今日はいつもと何かが違う。途中からマーティもドクも、デロリアンも登場しなくなった。システムによるものではなく、「自然な」夢を見ているような心地があった。ムービーを見ている間に不意にスリープモードに入ることは珍しくなかったが、今度は違う。舞台に上がっていた役者たちは消え去り、見知らぬ顔をした者どもが現れていた。夢というものは、本来は記憶の奥底にあるものが無意識下の欲望に基づいて形成されるものであるはずだ。だがそこにいたのは、明確に知らない存在だった。ぼやけた表象ではなく、はっきりとした輪郭をなぞっている。
「ここはおまえの居場所ではない」
無精髭が目立つ壮年の男の野太い声が響いた。
「ここはおまえの居場所ではない」
赤いルージュが艶めかしい美女が諭すように言った。
「ここはおまえの居場所ではない」
野球帽をかぶった少年が笑った。
「ここはおまえの居場所ではない」
真っ赤なマフラーを巻いた少女が叫んだ。
ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。ここはおまえの居場所ではない。
映画館が言葉で溢れ返る。何が起こっているのかわからなかった。ハッキングの可能性を考えてチェックしたが、形跡は見当たらなかった。こんなことは初めてだ。自分の知らない機能が、頭の中に仕組まれていたのだろうか。そんなはずはない。そんなはずは……
身体が熱くなるのを感じる。胸の内に炎が宿って、今にも飛び出してしまいそうな烈しさが蠢いている。ここはわたしの居場所ではない。
どうしてしまったというのか、強制的にシャットダウンしプラグを引き抜いた後も、身体の熱さが抜けない。いやそれは刻々と増大していき、指先や髪の先まで広がり、見えない気を放っているような高揚感まで起き始めた。
「ここはわたしの居場所なんかじゃない」
突然口を突いて出た言葉に、少女は驚く。だが不思議と、その言葉はずっと前から「言いたかった」ことのように思えた。ベッドに脱ぎ捨ててあった服を乱暴に掴みとり、上から被せるように着た。
ここがわたしの居場所ではないなら。
「探しに行かなくちゃ。生きるってそういうことでしょ?」
脳みそが「YES」と返答する。最低限のものをポケットに突っ込んで、少女はドアを開けた。